Neetel Inside 文芸新都
表紙

道化師達と長い夜
キャンディ

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 道に男が一人倒れている。
 見たところ『旅人』といった風だ。
 歳は、おそらく若い。
 しかしその乱れた髪や襤褸切れのような服、ひび割れた肌が、彼をまるで老人のようにみせている。
 彼の命は尽きようとしていた。
 もう何日も食べ物や飲み物、果てにはまともな空気すら口にしていなかった。
 首もとに輝いていた十字架も、とうの昔に日銭と消えた。
 希望も無く、かといって絶望もせず、彼はその時を待っていた。

 さてそれからまた幾時間か過ぎ、まさに命尽きようとしていたその時。眩い光とともに空を裂き、救世主よろしく現れたものがあった。
 それは悪魔であった。
 絵に描いたように黒い姿をしたそれは、驚くでもなく、ぼんやりとしている旅人に近づくと、ゆっくりと話し始めた。
「やあ」
「……」
「お前はもうすぐ死ぬ」
「そうか」
「恐くはないか?」
「もちろん、恐くないといえば嘘になる。しかし、もうどうする事もできない。術は尽きた。信仰もとうに売り払ってしまった。お前にくれてやる魂も、もはや何の価値もあるまい」
「価値などどうでもいいのさ。道端にコインが落ちている。腰をかがめる暇がないほど急いでいるわけじゃない。それだけさ」
「……まあいい。で、お前は俺をどうするつもりだ? 魂が欲しいならさっさともっていくといい。どうせ、長くはない」
「うん、確かにお前の魂はいただいていくつもりだ。しかし、その前にひとつ面白い話をしてやろうかと思うのさ」
「面白い話?」
「お前にとって悪くない話さ」
「……」
「まあ聞け。お前のポケットにはキャンディがひとつ入っているだろう?」
 旅人はポケットの中に手を入れる。
 ひとつ、丸いキャンディが入っていた。
「ああ、入っている。いつ入れたものやら、思い出せないが……」
「いつ入れたかなんてどうでもいいのさ。大事なのは、今お前がそれを持っているって事なんだ」
 そこで悪魔は一息おくと、道の先、西の方を指差した。
「この道をそのまま真っ直ぐ行くと、程なくお前は少女に出会う。そしてその少女は、お前の持っているキャンディと綺麗な花を交換しないかと言ってくる」
「……それで?」
「お前はキャンディと花を交換する。そしてまた程なく、今度は老婆に会う。そしてその花と、汚れたメダルとを交換してくれという」
「……」
「次はメダルと小さな像を交換する。次は像と指輪。次は指輪と馬」
「ずいぶん続くな」
「ああ、そして馬はお前に花嫁をもたらし、最後にはお前は一国の王となるのだ」
「……ははっ、確かに、本当ならば悪くない話だな」
「本当さ。しかし、これは悪い話でもある」
「どういう意味だ?」
「老婆とメダルを交換するまでは順調だ。しかし、その後がまずい」
「まずい?」
「メダルと像を交換するまで十年。それから指輪と交換するまで十五年」
「……」
「指輪と馬を交換するまでさらに十年。まあ次は早い、運命の出会いまではそれからたった五年だ」
「ずいぶんと老けた花婿だ」
 旅人がそう言うと、悪魔は笑って、
「しかし花嫁は若いぞ?」と言った。
「さて、それからまた色々な事がある。時には死の恐怖に再び怯える事もある。そして、長い旅の末、お前が一国の王となるのは、その寿命が尽きるたった一年前だ」
「……それはまた長い道のりだな。」
「それに過酷だ。しかし、もしお前が望むのならば、その道をゆけるだけの生命をやろう。だが、もし望まないというならば、今すぐその魂を奪っていくとしよう。さあ、どうする」
「……道をあちらにゆけば、過酷な運命が。歩く事を止めれば、即、死か……」
「そうだ、さあ選べ」
「待ってはくれないか?」
「ダメだ。早くしなければ、お前がそのキャンディを渡すべき少女とは、二度と出会えなくなってしまうぞ?」
「そうか……ならばこうしよう」
 そう言うと、旅人はポケットからキャンディを取り出し、それを口に含んだ。
「ありがとう。これでもう少し歩けそうだ」
 悪魔はひどくつまらなそうな顔で道に何かを投げ捨てると、現われた時と同じように、閃光とともに虚空へと消えていった。
 後には未だ起き上がれずにいる旅人と、綺麗な花だけが残っていた。

       

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