Neetel Inside ニートノベル
表紙

もみてぃっく
S02-2 知られている

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 この世に千里眼というものがあるとしたら、俺は考えを改めないといけないのかもしれない。
「……えっと……え?」
「だから……あなた……? わたしを見てるのは?」
 ニシヤマがその千里眼持ちだったとする。――と、なるとヤバイとかそういうレベルの話じゃない。俺の行動、そして行動理由も筒抜け状態だろう。
「……なんのことかなー?」
 と冷や汗だらけの顔でごまかす俺。
 そんな俺に、前髪の奥にあるであろう目で「逃げるな」と訴える掛けてくるニシヤマ。
「……だから……あなたでしょ……? わたしのこと……ストーキング……してたの」
 言葉と言葉の間に、少しだけ合間の開けるニシヤマ独特の喋り方。声は綺麗なのに勿体ない。
「……そうだって言ったら、どうする?」
 俺は、何かを隠すような視線をニシヤマの前髪の奥にあるであろう目に送りつけた。
「……どうもしない。でも……」
 ニシヤマは窓の方を顔を向けて。
「その……わたしの……取材の手伝いをして……」



 取材の手伝い。
 カメラを持って、現地に行って、何かをレポートする……そんな手伝いだと思っていたのだが、ニシヤマの言う取材とは俺の知っている取材とは少々違うものだった。
「……そこに立って……空を見上げて……」
 青空の下、俺の左右後ろには木々が繁茂し、俺の目の前には太陽光を反射しキラキラ輝く池がある。
「こんな感じか?」
 と青く澄み渡る空を見上げる。
「……そんな感じ」
 ニシヤマはそんな俺の後ろで何かメモを取る。
 最初はこれが取材だとは気づかなかったが、どうやらニシヤマの言っていた取材というものはこういうことらしい。
「なー、ニシヤマ。これのどこが取材なんだ?」
「……小説を書く時の取材……なの」
「こんなことして、何が取材になるんだ?」
「なるの……いいからそのまま……動かないで」
「あいよ」
 池の上をはうように吹く風が俺の吹くを、俺の髪を揺らす。
 残念ながら俺は、そんなかっこいい状態の俺を見れない。そして俺の後ろに居るニシヤマも、カッコイイ俺を正面から見れない。
「なぁ、ニシヤマ。思うんだけどさ、どうせなら俺とニシヤマの位置交換しないか?」
「……どうして?」
「だって、前から見たほうが人の表情とかよくわかるだろ?」
「そういうの必要ないから。……第一……主人公はあなたじゃなくて、わたしが書くキャラクター……なの。だから……あなたの顔が写ると……邪魔」
 どうやらニシヤマという女は辛口らしい。邪魔なんて久々に言われたから軽くショックだよ、ママン。
「ところでニシヤマ」
「……なに」
「俺はいつまでこの格好をしてればいいんだ? 首が痛いんだが」
「この……場面のシーン……が、書けるまで」

 あれから二〇分間、空を見上げたまま立ち尽くした俺。
 道行く人には小声で「なにしてるんだろ、あの人」って言われるし……もう、なんかなぁ……。
「おつかれ……」
 木の影で腰を下ろして休んでいると、ニシヤマが缶コーヒーを買ってきてくれた。
「ありがと……って、これブラックかよ! ニシヤマ、よく飲めるな、お前」
「普通……。徹夜して……小説書いてる……時とか……よく飲む」
 一人でそそくさどどっか行ってしまった時は、トイレにでも言ったのかと思ったのに。
 どうせなら「なにがいい?」くらい聞いてから買いに行けよ……。
「飲まない……なら……貰うけど……」
「いやいや、飲むよ! 超もらうよ! ……ところでさ、一つだけ聞いていいか?」
 俺がそういうと、ニシヤマは小さく首を縦に振った。
「……これ、ニシヤマのおごりか?」
「……そうだけ……ど?」
「ならもらう」



 ニシヤマの言う取材に付き合わされたり、文芸部の手伝いをやらされたりと、ニシヤマの半奴隷化した俺。
 ジミーニシヤマと一緒にいるぞアイツ。どういう関係なんだ? と言う噂もどこかへ消え、今ではニシヤマの子分として、クラスメイト達に認知されている俺。
 最近はタカオカさんの殺気も消えたので……まぁ良しとするか……。
「で、ニシヤマ。今日はなにをするんだ?」
 文芸部員はニシヤマだけで他の生徒は誰一人居ない。そう、部活動=ニシヤマと二人っきり状態なんだが、ニシヤマの人相が人相だけに、今の今まで、俺はニシヤマに女性としての魅力を感じたことがなかった。そう、今日までは。
「部室の……換気したい……から……窓際の掃除……手伝って」
 図書室ほどではないが、文芸部の部室にはそれなりの本が積まれている。それも何故か、窓際に。
 そんなわけで、理科室もビックリするほどジメジメしている文芸部の部室。正直、本にはあまりよろしくない環境だと思いつつも、突っ込まないでおこうと思っていたのだが……まさかあっちから突っ込んでくるとは。
「……分かったよ……ニシヤマ」
 そう言えばニシヤマは、どうして俺の視線に気づいたんだろうか? そんなことを思いつつ、窓の前に積まれた本をニシヤマと二人片付ける。
 これはどこにおけばいい? 
 それは……そっち……。
 そんな、素っ気のない会話をしては片付ける、単純作業の繰り返しのおかげか、ようやく窓を開けても問題ないくらいに片付いた。
「ニシヤマ、もう窓開けても大丈夫じゃないか?」
「……そうね……」
 部室の床一面に本が並べられているのは……まぁ……見ないことにしようと思いながら、窓を開ける俺。
 新鮮な空気が風となり、部室に入ってくる。爽やかで気持ちのいい風だ。
 部室から見る景色は新鮮だが、いつも教室から見ている景色と変わらない。――そんな気もする。ただ階層が違うだけで、見える景色がこんなにも変わるんだ。と思いつつ、後ろを振り向くと、前髪が風で揺られ上がっているニシヤマがそこにぽつんと立っていた。
 始めた見たニシヤマの目は、人形の目のように澄んでいて、そして誰の目よりも輝いていて見えた。何かが違う。でもそれは悪い意味じゃなくいい身で違う。
「……綺麗だ」
 と思っていることが口から出てしまうほどに、ニシヤマの目は綺麗だった。
「……なに……が?」
 前髪を元に戻そうとニシヤマは手串でどうにかしようとするが、窓から入ってくる風は止まること無く吹き続ける。
「……ちょっと……もう……そろそろ……窓……閉めてくれ……ない?」
 俺は、そんなニシヤマの言葉を無視して、一歩ずつニシヤマに近づく。
「……な、なんで……近づいてくるのよ……」
 手串をするのも忘れて、ニシヤマは迫ってくる俺から逃げようと後ろに後退する。
「なぁ、ニシヤマ」
「……な、なに……」
「俺もさ、最近、物語を作っててさ。――その……嫁を探すっていう物語なんだけどさ……」
「……だから……あ、あっそう……」
 壁にまで追い込まれ、後ろに交代できなくなってしまったニシヤマ。
 俺は、そんなニシヤマを背に歩を止めること無く、ニシヤマに迫る。
「だから……取材させてくれよ」
 はたから見れは、俺は女の子に襲いかかっているヘンタイクズ野郎だろう。でも、俺はそんなクズ野郎とは違う。そう、崇高なる目的があるからだ。
「しゅ……取材……なにするの……?」
 ニシヤマが逃げないように、俺は壁に両手を付いて。
「……こういうこと」
 その手を壁から離し、素早くニシヤマの胸へ手をやった。それは風のように、ささやかながらも力強く。
「……ん……」
 ニシヤマの胸は見るからにペッタンコだった。いや、揉む所はあるにはあるが、感触として感じると正直ありえない。――だが俺はニシヤマの胸を揉む手を止めない。
「……やぁ……めて……」
 と甘い声を出すニシヤマ。
 理性がぶっ飛ぶというのはこういうことなんだろうか? もうダメかもしれね。
「ごめん……俺……もう――」
 と、その時、俺のブレザーに入っている携帯が鳴り始めた。
 その呼び鈴に理性を取り戻された俺はニシヤマの胸から慌てて手を離して。
「ごめん……」
 と顔を斜め下を見ながら言った。
 その言葉を聞いてか、解放されたニシヤマは飛び出すように部室から出ていった。
「……もしもし?」



 あれからニシヤマと俺の関係は白紙に帰った。
 あの日、あの部室で、あったことを忘れるかのように、いや、俺が忘れたかったからかもしれないが、俺とニシヤマはそれまで通りのただのクラスメイトに戻った。
 あの時、あの電話が無かったら……と考えていると……男としての自分が怖い。
 クラスに早く来るのがクセになってしまった俺。今までだったらニシヤマが登校してきて、取材とか言って、他のクラスメイトが来るまで変なカッコウさせられたなぁ……と、教室の天井を眺め思っていると、後ろに誰かの気配を感じ視線を移すと、そこにはニシヤマがぽつんと立っていた。
「どうしたんだよ?」
「……あなた……文芸部に……入らない?」
「あー、さすがに断っておくわ」
「お願い……わたし……の友達……になると……思って」
 あまりにも意外すぎるニシヤマの言葉に驚きつつ俺は答えた。
「……友達?」
「そう……だから……まずは……わたしを知ってほしい……だから文芸部に……」
 本当にいいのか? そう思いつつ、俺の口は勝手に動いていた。
「……入部してみるよ」
「ホントう?」
 ニシヤマは少し驚き、そしてビクビクしながら。
「連絡先の交換……しよ?」
「お、おう」
 互いの連絡先を交換し、そろそろ他のクラスメイトが来そうだという時、ニシヤマはポツリとこういった。
「あなたの……物語……ちゃんと完結まで……作れると……いいね」
 俺は鼻で笑い。
「そうだな、また取材するかもしれないけど、その時はよろしくな?」
「……それは……もう……勘弁……して」
 何かを待っていたかのように、開けっ放しの窓から穏やかな風が吹いてきた。

       

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