Neetel Inside ニートノベル
表紙

ファイナル三億円使い切りたいファンタジー
第五章『斯くして彼は始まった』

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1.

 目を覚ました時、何故か俺の腹の上に女の子が乗っかっていた。……いやいや、一体どこの恋愛シミュレーションゲームだ。残念ながら俺には幼女を性的に見るような嗜好は持ち合わせていない。
 寝惚けた頭でこの状況をどうにか理解しようとするが、元々寝起きが良いほうじゃない俺にとって、それは困難を極める作業となっていた。
 周りを見ると、どこか見たような部屋だが、絶対に日本じゃないのは確認出来る。ああ、それを簡単に受け入れてしまうほど俺はこの世界に居るのか。寝起きからハードな成長を感じてしまった。
 ……次に、この女の子だ。流れるような銀髪は、これもどこかで見たことがある。ああ、それもここだ。この部屋で見た。
 色々な状況を見るに、長々と考えた結果、この部屋は――。
「――あっ、タクマさん! 目が覚めたんですね!」
 答えが出てくるところで、当の本人が来てしまったようだ。
「そりゃあ朝だしな、目が覚めてもらわなくちゃあ困る」
「って、見ないと思ったらここに居たんだ」
 部屋に入ってきて早々に叫んだかと思えば、俺が喋ってもお構い無しに何かを納得している。確かにこの部屋の主は貴女でしょう。しかしながら、せめて人並みの会話をさせてくれてもいいんじゃないでしょうか、エルスさん。
 なんて、俺が思っているとは知らずに、エルスは俺の腹の上で寝ている女の子を抱き上げた。
「あの、エルスさん、その子は――」
「ちょっと待ってて下さいね、すぐに戻って来ますので」
 背を向けたまま適当にあしらわれたかと思えば、それを肯定するように強く閉まる扉。……いかん、完全に振り回されてしまった。ひとまずエルスは置いとくとして、現状把握に戻ろう。
 ええと、そう、場所までは把握出来た。エルスの部屋だ。それはいいとして、問題は何故目が覚めたらエルスの部屋に居たか、なんだが。昨日の夜に何をやっていたか思い出そうとして、急に気分が落ち込む。遅れて、段々と蘇る昨晩の記憶。
 一言で表すのならば、えげつない。一晩で一体どれほどの人死にを見たのか、そんなの数えたくもない。それに加えて俺は何匹殺したんだ? 今でも手に感触が残っている程だ。……事故で人がたくさん死んでしまったとか、狩りで動物を殺したとか、そんなのとは訳が違う。余りにも日本とは掛け離れた非日常を、日常的に見せられたような。
 ああ、いかん。昨日は興奮していたんだろう、あんまり深く考えようとはしなかったけど、これは駄目だ。正直に思うところ、この世界で生きていく自信が無い。考えてもみろ、俺にとっては途轍もない出来事なのに、この世界の人達は多分「あれはゴブリンだ」の一言で終わらせてしまうんだ。
 起きて早々陰鬱とした気分に陥り始めた時、部屋に誰かが入ってきた。いつの間に俯いていたのか、視線を上げると大方の予想通り、エルスが立っていた。
「それで、体の方は大丈夫ですか? “あの後”急に倒れてしまったのでビックリしましたよ」
「身体は……ああ、どこも怪我はしてない。そんなことより、村の方は大丈夫なのか? ゴブリンは?」
「ゴブリンはタクマさんがやっつけてくれたあの級詞持ちで最後だったようです。今はもう、色々な所の復旧で大忙しです」
 言い終わり、エルスは顔を伏せる。
「私、全然知りませんでした。まさかあんなに死んだ人が多かっただなんて。……タクマさんは、そんな人を減らそうとして、外に出ていたんですよね?」
 やはり相当な死人が出ていたのだろう、エルスの口調は重い。俺が見ただけでも相当な人達が喰われ……死んでいた。
「その通りだけど、俺が救えたと言えるのはさっきの女の子一人だけだ。減らせただなんて、とてもじゃないけど言えたもんじゃない」
「それは、違うと思います。だってタクマさんは救ってくれたじゃないですか、この村を」
 そう言って顔を上げると、柔らかく微笑むエルス。……なんだか、くすぐったいと言うのか。改めて言われると、現代日本人の俺としては急に恥ずかしくなってしまった。なんだ救うって、勇者気取りかよ派遣社員が。
「あー、そうなるか。いやでも、この村の人には色々世話になってたし、うん、これで借りは返せたのかな」
「そんな事を言ったら、今度は私たちが大きな借りを作っちゃったことになるじゃないですか」
 と、しばらくの間そうでもない、そうですよと押し問答を繰り返したところで、不意に沈黙が訪れた。嫌な空気ではないけど、なんて言うのか。ああ、色々ありすぎて何を話したらいいか分からない。祭りで気分が高揚したまま襲われて、そのまま恐怖のどん底に落とされ、人が死んで。そこから何とか脱して。でもそれは一日よりも短い時間で起きていた。……どんなことを言えばいいのかが分からないんだ。
 考えている内に目線も何かを求めて彷徨う様になり、そこに布団が目に入る。そういえば、ここはエルスの部屋だ。ということは、このベッドはエルスの物だろう。そう考えると急にどこからともなくいい匂いが……ああ、この思考は駄目だ。
 俺は変な方向に転がりだした思考を遮るように、むりやり口を開く。
「そういえば疑問に思っていたことがあるんだが、なんで急にゴブリン達は村に現れたんだ?」
 苦し紛れに出した話題だが、疑問に思っていたことは本当だ。……もし日常的に“あのレベル”の魔物が現れていたのなら、戦える村人が何人か居ても不思議じゃあない。でも、先日の襲撃を見る限りでは全滅も見える状況にまで陥っていた。要は、それほど“珍しい”事だったのでは、という考えだ。
「私も専門家ではないので憶測ですけど、森の主が姿を消したからだと思っています。……たぶん、あのゴブリン達は森のずっと奥のほうに居たんでしょう、主が消えたことによって縄張りを広げ、そこに村があった、と」
「……なるほど」
「そういえば私とタクマさんが襲われた頃から急に消えてしまったように――」
「よし、身体も大丈夫そうだしそろそろ帰るよ。開放してくれてありがとうな、エルス」
 エルスが言い終える前に俺は立ち上がると、逃げる様にして村長の家から出て行った。



 カンデラさんの家へ向かう道。そこら中で壊れた家屋を修理したり散乱した物を片付けている人達を見ながら、俺は必死に動悸を抑え続けていた。
 ニブルなんかを見る限り、魔物というのは動物に近いモノなんだろう、というのは分かる。だからこそ縄張り、強者に対する警戒心というのは人よりも強いのだと思う。エルスは憶測だと言っていたが、確かに理に適った説だ。
 でも、信じたくなかった。……だってそうだろう、エルスの説を受け入れるということは、つまり、俺がこの村をゴブリン達に襲わせたようなものなのだから。
 森の主……あのマンティコアもどきを殺した瞬間は、今でも覚えている。なんせ自分の左腕が異形に変貌していたんだ、嫌でも忘れられるものか。
 あの時はエルスはもちろん、自分が助かることに必死だった。しかし、自分の意思ではないにせよ、俺はこの村にとっての災厄を結果的に呼び込んでしまった。……何が救った、だ。それもこれも、俺が居なければ起こるはずが無かったんだ。エルスが森の主に襲われたのだって、俺が居なければすぐに逃げていたはずだ。
 全ては、俺一人が原因だったと言っても過言ではない。
 空が赤く焼け始めた頃、俺はいつの間にか着いていたカンデラさんの家で一人、椅子に座っていた。この時間になってもカンデラさんが戻ってきていないのは、“そういうこと”なのか。真っ暗な部屋の中、時間が経てば経つほど陰鬱とした空気が溜まっていっているような気がする。
 たぶん今の俺は一人にしちゃあいけないレベルで落ち込んでいる。今すぐにでも、誰かに“違う”と言って欲しい。でも、唯一応えてくれるのは椅子がたまに軋む音だけで。
 ……前々から考えていたけど、やはりこの村に居続けることは出来ない。俺が元の世界に帰りたいのはもちろん、俺が留まることによる悪影響もある。確かに俺には借り物の力があるし、それなりの相手なら楽に撃退出来るだろう。でも、それによってまた今回のようなことが起きたら? それが繰り返したら? とてもじゃないが、俺自身が耐え切れない。
 延々とそんな思考を繰り返しながら、俺の意識は真っ暗な部屋に溶けるように沈んでいった。

     

2.

 いつの間にか机の上で突っ伏しながら寝ていた俺は、朝の冷えた空気によって目を覚ました。
 昨晩は人生で一番の落ち込みを見せていたが、寝たことによって少しは楽になったようだ。しかしながら、良心の呵責というのか、心を少しずつ削っていくような気持ちは未だ残っている。……決心は変わらない、やはり出て行こう。
「よし」
 自らを奮い立たせるように声を出すと、俺は以前カンデラさんに見せてもらった地図を戸棚から引っ張り出すと、机に広げた。エルスやカンデラさんから教えてもらったことを思い出しながら、俺は自分が今いる場所……ヤード村のある場所を見る。
 この世界には三つの大陸がある。概ね逆三角形の位置取りを見せるそれぞれの大陸、北西には第一大陸『オングストローム』がある。ほぼ全域をフィート王国って国が統治しているらしいけど、大陸中央だけはエリプソ異歪国という国になっているらしい。なんでも、迷宮を囲むようにして出来た国だとか何とか。その中でもジーメンスという街は、迷宮を有する最大の街として賑わっているとか。そのジーメンスからほんの少し北西に目をやれば、ヤード村がある。近いな。
 北東の大陸は第二大陸『プランク』、オングストロームと比較すると少し小さい大陸だ。帝国と皇国? が戦争中だかなんだかと言っていたが、まあ遠いし大丈夫だろう。
 最後に南の第三大陸『シュバルツシルト』は、他の二大陸と交流が殆ど無いらしく、それに比例して情報も少ないらしい。一つ分かっているのは、『シュバルツシルト』全域が魔族自治領フェルミとして、魔族が支配しているということだけ。……絶対に行きたくないのは確かだな。
 と、一通り地図を眺めながら教えられたことを思い出したところで、ここを出てどうするかを考える。一番現実的なのは、ここから南東にあるエリプソ異歪国の街、ジーメンスに行くことだ。小さな村はもっと近くにあるものの、ヤード村と同じような失敗はしたくない。大きな街であればあるほど、与える影響は少ないだろうという考えだ。さらに、人が多いということは、それだけ情報も集まるということだ。パーセクとかいう神のこともここで何か分かるかもしれない。
「でも、一般常識皆無な人が生きていくには厳しいところだと思いますけど」
「そこはまあ、なんとかするしかないだろうな……」
 そう、確かにエルスやカンデラさんに色々教わったとはいえ、まだまだ非常識丸出しな行動をすることが多々ある俺にとって、人が多い場所というのは危険だ。この世界じゃ子供でも引っかからないような詐欺にも引っかかるかもしれない。そう考えると、結構怖いな。
「あれ?」
「どうしたんですか?」
 と、ここで俺は目の前で首を傾げるエルスを見る。目を瞑る。開ける。まだ居た。
「おかしいな、まるで目の前にエルスがいるように見える」
「ついに頭の芯までおかしくなったんですか? さっきから居ますけど? 普通に受け応えしてませんでした?」
「その辛辣な物言いは本物か」
「納得のされ方が頭にきますけど、はい、そうですよ、本物です」
 目の前のエルスが本物だと分かって、俺は動揺する。本音を言えば、誰にも見られず、ひっそりと出て行きたかったからだ。出来れば今日中に。そんな中、方針も固まって本格的に旅支度をしようというところで、エルスが来た。動揺するだろう。
「それで、地図なんて広げて、どうしたんですか?」
 もっと動揺した。
「それはこっちの台詞だよ。なんでまた、エルスがこっちに来るなんて珍しいじゃないか」
「質問に答えてから質問して下さいね? 授業で言いましたよね? 忘れたんですか?」
 あっ、怖い顔してる。俺が授業中に寝てると、時折こんな顔をしていた記憶がある。その後は大抵碌なことにならない。大体は俺がけちょんけちょんに口で詰られて終わるのだが。
 俺は慌てて答えようとするも、正直に言いかけたところで止まる。どうしよう、「村から出て何処に行こうか悩んでたんだ!」とか、恩人に向かって言うのはどうなんだ。そういったこともあって、誰にもばれずに出て行きたかったんだ。後ろめたい気持ちでいっぱいなんだよ俺は。
「あの……これはですね……」
 答えあぐねる俺は言葉を濁しながら考える。どうやってこの場を切り抜けようか。
「何を悩んでいるのか分かりませんけど、ジーメンスに行こうとしているところまで分かりますよ?」
「えっ」
「話しかけた時、普通にその話題で会話しましたよね……」
 思い出す。……ああ、一般常識皆無とか言われて幻覚だと思い込んでいた部分か。ひどい言い様だなおい。
 しかし、あれ、どうしよう。そうなるとエルスにはバレバレということになるじゃないか。一番知られたくない相手に知られてしまった。悩むのもバカらしい。
「あー、その、はい。そうです、村から出て行こうとしていました」
「そんなに非常識なのに一人で?」
「非常識から離れてくれよ。これでも真剣に悩んでたんだぞ」
「……罪悪感ですか」
 言われて、鼓動が早くなる。
 どうしてこうもグイグイ人が悩んでいる部分を的確に突いてくるのか。恐ろしい子だよ。
「その通りだよ」
「だろうと思いました。でも、これだけは言っておきます。あの時、タクマさんは私を助けてくれました。タクマさんが居なければ逃げられていたのも事実ですが」
 一言多いよね。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、結果的に森の主が居なくなったことでゴブリンはこの村に来てしまった。その結果は変わらない。……あんまりウジウジするのは好きじゃないんだけどね、これはケジメだよ。恩を仇で返してしまった以上、これ以上この村で過ごすのは、俺が耐えられない」
「気にしすぎ……とは言えませんね。ええ、はい。私もタクマさんの立場だったら、同じことをしていると思います」
 そう言ってエルスは顔を伏せる。色々辛辣な言葉を混ぜながらダメ出しされると思ったけど、意外にも肯定の意見だった。それはそれで寂しくもある。要は出て行くことに概ね同意ということなのだから。
 少しの沈黙が続いて、エルスが顔を上げる。
「でも、寂しいですよ。私はタクマさんがずっとこの村に居てくれると思っていました。……だから、複雑な気持ちです」
「エルス……」
 すこし悲しげな表情を見せるエルスに、俺は気持ちが揺らぐ。
「――なんて、引き止めて欲しかったのでしょう?」
「え?」
 え?
「別に旅立つことを止める気はありませんよ。そんな気もしていましたしね」
 おいおいデレたかと思ったらそれか。デレツンか。新しすぎて何も言えないわ。
「けれども、村の恩人を追い出してしまうような形になるのは私にとっても心外なので、ここは手助けをしようと思います」
 エルスは言いながら机の上に広げられた地図をひっくり返すと、隅の方に何かを書き出す。
「ジーメンスに行ったら、ここへ尋ねて下さい。どうせ泊まる場所も何も無計画なんでしょう?」
「これは……」
 地図? なにやらミミズの這ったような線で分かりづらいが、何処かの建物を示しているようだ。辛うじて、何故か読める『オレンジ』という文字。
「さっぱりわからないな、なんだこれ」
「ジーメンスにある宿の行き方を書いたつもりなんですけど」
「……そうか」
 村に来て一ヶ月弱、エルスに絵心がないことを初めて知った。誰も得しない。



 その後、あれやこれやとエルスに駄目出しをされながらも旅支度を終えた俺は、村と街道が重なる場所に立っていた。
 今の俺と言えば、ついさっきまで不安で見ていた地図、一日分の水分と、カンデラさんの家に蓄えられていた干し肉、それに毛布を大きめの皮袋に入れ、それを背負っており。合わせて、狩りの時によく使っていた短剣を鞘とベルトが一体化した物に差している。
 エルスに言わせてみれば、ジーメンスまでは一日で着ける距離だけど、旅慣れていない奴にしては軽装過ぎるとか何とか。
「……なんか、色々世話になっちゃったな」
「本当です。結局、最後まで面倒見ちゃいましたよ」
 心なしか、そう言い切るエルスは寂しそうな表情を浮かべていた。
 かくいう俺も寂しくないかと言えば、寂しい。そりゃあそうだろう、右も左も分からない状態でこんなに良くして貰った所から出て行くのだから。……よくよく考えてみると、まるで金に目がくらんで人の好意を踏みにじっているようじゃないか。
 本当のところ、俺はどうして出て行く気になったんだろう。三億円か? パーセクとかいう神様に会いに行く為? 罪悪感? 俺が居ることでの悪影響を考えて? ……どれだろうな。でも、これだけ理由があれば、十分とも言えた。
「今更だけどさ、俺、最初に会ったのがエルスで良かったと思うよ」
「なんですか、それ」
 唐突に口に出した言葉に、エルスは胡散臭いものを見るような目を向けてくる。
「それになんです、最初って。意味がわからないです」
「意味わかんなくていいよ。ただの自己満足だし。けど、その、ありがとな」
 言い切って、恥ずかしくなった俺はエルスに背を向けると、そのまま歩き始めた。
 期待していたわけじゃないけど、こうして一方的に立ち去った時。
「タクマさーん! 道に迷ったらすぐ帰ってきてくださいよー! そうじゃなくても、いつでも、帰ってきて良いですからねー!」
 後ろから、こうして声を掛けられると無性に嬉しくなるんだと、身をもって知ることが出来た。


       

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Neetsha