Neetel Inside 文芸新都
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キツネの晩餐
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 自分を貫くことに意義はあるのだろうか。
 ここ最近そのことについて頭から抜けない。
 仮面をつけて僕は舞踏会で踊り続ける。
 死んだほうがましだ。

 つまらないからつまらないと言う。何を?学校のこと、家庭のこと、テレビのこと、ゲームのこと、漫画のこと、僕をとりまくあらゆるものを、そう思う。
 何故それがいけないのか、理由、理由がいるのか?まっすぐで何が悪い?僕にはよくわからない。ただ悲しんでいるだけだ。

 ゆっくりと、ゆっくりと僕は目を開ける。視力の悪い僕の目にぼやけた天井が映る。ああ、現実感がじわりじわりと忍び寄ってくる。僕はふとんを頭からかぶり、何も考えないようにつとめた。
 今日も僕は学校を休む。日中は読書をして、それに飽きたら外を眺めたりテレビを見たりなんかする。つまらない日常、そんな生活を始めたのはいつ頃だったっけ?
よく思い出せない。僕はいつのまにか、学校へ行くことが出来なくなっていた。制服を着て玄関を出るところで、どうしてもためらってしまう。頭の中に学校での僕の姿が目に浮かび、周囲から浮いている僕が同化をはじめる。そうするとどうしても怖くなってしまって足がすくむのだ。これだけはどうしようもない。

 いじめとか、そんな陰湿なものは無かった。クラスはいたって平和な毎日を送っていた。しかし、平和というものにはモラルと上辺だけの性格によって成り立つ。つまりそこに人間は存在しなかった。こうあるべきだという暗黙の了解が存在し、それがみんなを侵食している。からっぽな顔をし談笑をするクラスのみんなを僕は軽蔑し、そして孤立していった。最初からそうだったわけでは無いが、僕は仮面をかぶることに苦痛を感じていた。その仮面は僕の顔には合わなかった。あまりに耐えられなくて、一度「クラスに存在する僕」を殺そうとし、リストカットなんかもしたことがあった。結果は成功だった。僕は自我に目覚め、ひとりぼっちになった。

 今日読むのは村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」だ、キクとハシがコインロッカーに押し込められたときに発したエネルギーを元に、制度を壊していく物語だ。この本は何度も読んだ。エネルギーに満ちた本で、日々に疲れた僕を元気付けてくれる。特にハシが新しい歌を歌い始めるラストシーンなんか最高だ。自我を手に入れたハシは、いつまでも自分らしく歌い続けるだろう。
 僕はハシがうらやましかった。僕は自分を表現する力を持たない。歌を歌うことは嫌いではないが、特に好きというわけでもなく。絵画や小説なんかも同じで、好きといえるほどのレベルではなかった。子供の頃に何かしら、そう習い事でも良い、何かをやっていれば、つまらない日常を過ごすこともなかったかもしれない。ジョン・フルシアンテのように、ギターでもやっていれば・・・。

 本を読み終えた後で、僕はすることが無くなってしまっていた。テレビを点けてニュースでも見ようとしたが、どうせ流れるニュースは僕とはあまり関係の無いつまらないものばかりだろうし、なんのためにもならない。新しい情報を得たところで、それを話し合う相手がいない。しかも一家に一台しかないテレビは母が占領していた。仕方ない、専業主婦の母の唯一の楽しみがテレビなのだから、邪魔しては悪いだろう。ただでさえ学校に行かないロクデナシなのだから、これ以上迷惑はかけられない。勉強をしたころで興味のある分野は無いし、高校を卒業する気も起きない。なので僕は図書館へ出かけることにした。

 県立の図書館では、様々な本が置いてある。地理、歴史、古典、音楽のスコアブックや、漫画なんてものもある。でも僕がいつも借りるのは小説だ。ただひとつの娯楽。僕は何冊も何冊も目を通し、暇つぶしになるものを探そうと図書館の扉を開けた。
「こんにちは」
 司書さんが話かけてくる、もう顔なじみになっているが、流石に学校を休んでいることに気がついているはずなので、どうも後ろめたくなってしまう。こんにちはと、暗い声で返事を返す。
「岡田くん」
 珍しく、司書さんがあいさつだけでなく話しかけてきた。
「読む本に困ってない?わたしのオススメがあるのだけど・・・」
 僕は少し困った、人と話すのはあまり得意ではないし、いきなり話かけてくるとやはり困る。しかし
「・・・どうも。それじゃ、頼みます」
 無視したり断ることで僕のイメージがこれ以上暗くなるのが怖かったので、僕はお願いしますと言ってしまった。

 僕が借りる本は偏っていて、宮部みゆきや東野圭吾みたいな社会派の本は読まない、村上龍やサリンジャーのような、ヒッピーな本ばかり読む。司書さんはそんな傾向を覚えていて、村上春樹やドストエフスキーなんかを薦めてきた。僕はどうもありがとうと、あたかも紳士な人を装ってお礼を言った。

 家へ帰るのもかったるいなと思い、僕は図書館の中で読書をはじめた。平日の日中なので人は少なく、老人が2、3人いるだけだった。僕は司書さんが進めてくれた、村上春樹の「風の歌を聴け」を読み始めた。

 意外と面白く、最後まで読み終えてしまった。あたりは暗くなるまえで、夕日が窓から差し込んでいた。もう帰らなくちゃと席を立つと、制服姿の学生がはいってきた。
「あれ、岡田くん?」
 目が合うと、同じクラスの前川さんだった。前川さんはどちらかというと活発で、僕の性格からはかけ離れている。帰宅部のくせに友達も多く、クラスではリーダーとまでは言えないが、重要な位置に存在していることは確かだ。でも僕とは一度も話したことは無い。クラスにおいて僕の存在意義は皆無に等しい。僕はただ友達と話している前川さんを眺めているだけだった。そんな前川さんがどうして図書館に来たのだろう。時計を見れば、放課から1時間は経っていた。
 なんだか気まずい人に会ってしまったなと心の中で思い、こんにちはと弱い声で返した。何度も言うが僕は人とのコミュニケーションが嫌いだ。ネコのように腹が減ったらすりよってくるならわかりやすいのだが。
「あ、村上春樹だ・・・」
 前川さんは僕の読み終えた本に目を落とし言った。
「岡田くん、こういう本も読むんだ」
「こういう本?」
「ロックな本だよ」
「は?」
 僕は素で返してしまった、ロック?岩のことだろうか。
「岩は関係ないと思うけど・・・」
「え?」
 ひとたび固まり、
「あははははっはは」
 前川さんは大きく顔を崩して笑った。図書館だ、静かにしろと笑われたことに対する恥を隠して思った。
「岩ねえ・・・まあ確かにロックは訳せば岩だけど・・・そういうんじゃなくて」
 一呼吸おき、
「ロックンロールのことだよ」
 これが前川さんとの出会いだった。

 今思えば何故僕なんかに話しかけてきたのだろうと思う。いや、それが彼女の性格の良い部分なのだ。そして僕が尊敬しているところでもある。
 事態はあまり変わらなかったが、彼女と出会えて本当に良かったと思う。

     

 前川さんはたびたび図書館を訪れては僕に話しかけてきた。最初は、本読ませろよと邪魔扱いしていたが、何度もしつこく話しかけられてるうちに、それが日常となり、楽しみとなった。
 僕の読む本の趣向と前川さんとのは驚くほどぴったり合った。村上龍の話題が出てきたときなんかは、好きな作品は「コインロッカーベイビーズ」と盛り上がった。他にもサリンジャーやスコットフィツジェラルドなどの話題も出た。教室で見た前川さんとのは違う側面が見えてきて、うれしくて、なんだか友達みたいだな・・・と思った。
「僕たちって友達かな?」
「え?」
 言ってから恥ずかしくてすぐに後悔した僕はなんでもないと言った。前川さんは不満そうな顔で、
「これで友達じゃないってんなら、逆に気持ち悪いよ」
 僕は心のどこかがほぐれていくのを感じた。

 ある日のことだ、僕はあることに気が付いた。前川さんの前では僕は恐ろしく自分らしくいられる。それは学校に通っていたときよりも、家にひきこもっていたときよりもそう感じた。自分の存在承認のためには他者が必要であるとか何かの本で読んだが、まさにその通りだと思う。しかもそれが女子とは。今までロクに話したことなんてないのにな。前川さんはとてもさばさばしている、それが学校でも評価され、友達も多いのだろう。
 前川さんと話すのはとても楽しいが、そこだけがどうも気になって、なんだか隔たりを感じて、少し悲しくなってしまうのだった。

 前川さんに趣味はあるのかと聞いたことがある。雨が降る冬の日だった。そんな日でも足繁く図書館へ通ってくれた前川さんに、なんとなく聞いてしまったのだ。そりゃ読書だろう。変なことを聞いてしまった。
「ロックかな」
 え?と僕は思わず聞き返す。
「実はね・・・あんまり人には言いたくないんだけど」
 一呼吸置いて、
「ギター弾いてるんだ、最近」
 それを聞いて僕はがっくりとした、僕とは違い、彼女はやりたいことを見つけた人間なのだ。うらやましいな、僕にも何かあればいいのににな・・・。
「まだ始めたばっかなんだけど、好きな曲のコピーをしてるだけで楽しくてさ・・・」
 僕はあまり話を聞かずに、ただぼんやりと相槌を打っていた。外はまだ雨が振っていて、止むまで読む本がなくて退屈だなと思っていた。
「今度、CD持ってくるよ、多分岡田君も好きになると思うな」
 彼女はそう言って、帰っていった。雨も止まずに。元気な人だよな、まったく。

 家で本を読んでいると、次第に現実を忘れ、僕は安らぎに包まれる時がある。でもどんな本でも良いわけではなくて、自由を感じさせる本でなくてはならない。それは文章だったり、登場人物の言動だったり、情景描写だったりする。起承転結がしっかりしている本こそつまらないものはない。僕はどんどんその井戸に深く潜り込んでいき、窒息寸前で世界の終わりが訪れ僕は吊り上げられる。一生その世界へ潜り込んでいければ、僕は幸せなのにな・・・。現実は、つらいことばかりだ。中学生の頃はひどかったなあ。僕は人に嫌われることを極端に恐れ、常に人の目を伺い、でしゃばった行動をしないように気をつけ、話しかけられるまで何も言わなかった。そのせいで僕は徐々に暗い性格になっていき、自分独りの世界を作り始めた。その頃本を読み始めたんだっけ。ともあれ、僕に青春は訪れず、僕はねじまがっていった。いや、もうやめよう昔の事を思い出すのは、大事なのは未来だ。いや、それもどうしようもないのか?わからない。とっとと寝よう。
 それでも、前川さんと友達になれてから、僕の人生に明かりが差し込めたのは確かだ。ふとんに潜り込み、ありがとうと呟いた。

 外は太陽が街を照らしていて、格好の散歩日和だ。寒くもなく、暖かすぎもない。でも僕にはあまり関係が無い。なぜなら部屋にはエアコンがあるし、僕はひきこもりだから!悲しい。僕はカーテンを閉め、ふとんに寝転がりながらサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」を読み始めた。
「岡田くんってひょろいなぁ。まぁそれで困ることはないんだろうけどさ」
 僕は図書館へ出かけた。いつもどうり読む本が無くなったため、補充に来たのだ。次は何を読もうかな、と思ったところで、熱心に本を読んでいる前川さんとでくわした。まだ日中なのにと言うと、今日は休日だよと苦笑された。ああそうか、ずっと登校拒否を続けているせいで一般常識さえおぼろになっていく。
 何読んでるの?と聞くと、あるロッカーの自伝だよと返ってきた。麻薬中毒になり、最後は死んでしまう男の話だ。暗い内容のはずなのに、前川さんは目を輝かせながら読んでいる。本当にロックが好きなんだなと僕は思った。
「そうだ、これ渡そうと思って今日は来たんだよ」
 前川さんは僕に何枚かのCDを渡した。どれも見たことも聞いたことも無いバンドだ。あまり音楽を聴くのが好きではない僕はあまりそそられなかったが、帰ったら聞くよと約束した。前川さんは僕にCDを渡した後、すぐに帰ってしまった。僕はCDをリュックにしまい、今夜読む本を探し始めた。もう興味のある本はほとんど読んでしまった。適当に選んで借りるとするかな。
 
 家に帰る足取りが暗い。家に帰ったところで、そこには何も無い。家族の愛情なんてものは論外だ。父は単身赴任で外国へ行ってしまってるし、母とも最小限の会話しかしない。学校へ行きなさいとか、ごはんができたよとか、そのくらいだ。母は本当はにぎやかな家庭を望んでいるのだが、彼女は口達者な方では無いし、一般論しか言わない。要するに頭がカチンコチンに固まっていて、生きる楽しみすら見つけることが出来ない女なのだ。それでも家庭を持っていることに自信は持っていた。でも僕が学校に行かなくなってから、他人の目を気にしはじめ、なんとか僕を学校へ復帰させようと、気をつかっている。最近では口数も増えた。でも言う言葉は辛辣で、今まできちんと育ててきたのにどうして落ちこぼれてしまうんだ、ちゃんと学校へ行きなさい、とかあんた友達いないでしょ、その暗い性格を直しなさいとかだ。母は親として心配して言ってるのよと言うが、結局のところ自分の評価が落ちることを危惧しているだけだろう。子育てもロクに出来ない親というレッテルを貼られることを恐れているのだ。
 つまらない・・・。本当につまらない。これが家族なのだろうか?僕は圧迫感を感じる。気分が悪い。でも家に泊めてくれる友達もいないし、結局はうるわしき我が家に帰らなければならぬのだ。

「おかえり」
 母はテレビから目を離さず、冷たく言った。
「ごはんはキッチンにあるから、暖めて食べなさい」
 これが僕の家庭のすべてだ。

 僕はシャワーのノズルをひねり、水を出した。故障しているせいか、ただ古いせいなのかわからないが、暖かいお湯がでるまで時間がかかる。仕方ないので僕は体育座りのままじっとし、流れ落ちる水を見続けていた。跳ね落ちる水が僕の手足にかかる。寒いなあここは。寒い。僕はそこにうずくまり、小さくうめき声をあげはじめた。誰にも聞こえないような大きさで。

 湯船に十分浸かって体を温めた後、僕は自分の部屋に帰りリュックからCDを取り出した。どうせ暇だ、早速聴いてみようと、ラジカセを取り出し、CDを入れ再生ボタンを押した。何を入れたっけ?ええとこれは「Sabrina Heaven」、バンド名はええと・・・。
 その瞬間、部屋の中に爆音が轟いた。枯れてジャリジャリとするギター音、存在感のあるベース、ドラム。叫ぶように歌い上げるのどの枯れたボーカル。ブラックラブホール。僕はその場で硬直し、上がりすぎた音量を下げるのを忘れただ聴き惚れていた。バンド名は「ミッシェルガンエレファント」だ。母が怒鳴りに部屋までやってきたが、僕はそちらの方を見ず、ただ胸の高鳴りに身を任せていた。すごい。僕は誰にも聞かれないようにつぶやいた。

 母に散々説教された後(やはり近所の目を気にしてのことだろう)、僕はすぐさま部屋へ戻り残りの部分を聴き始めた。悲しげなバラードの「太陽をつかんでしまった」。ドラム缶からはじまる「ヴェルベット」。狂ったギターサウンドがかっこいい「メタリック」・・・。
 僕は胸をドキドキさせながら、すべて聴き終えた。なんだこれは?こんな音楽は聴いたことが無い。テレビやラジオから流れる腐った流行の音楽とは違う。これがロックというものか?はじめてコインロッカーベイビーズを読んでから読書にはまった時を思い出す。どんな表現媒体にも、本物というものがある。これが音楽だ。今まで聴いていたものはなんだったんだと笑った。これがロックだ!すごい。すごいや。

 他にはセックスピストルズやクラッシュ、日本のならブランキージェットシティやピロウズのCDが入っていた。僕はそれらを一枚一枚噛み締めるように聴いた。胸の高鳴りはまだ鳴り止まず、ただただ興奮状態が続いていた。これが音楽というものか、素晴らしいな。しかしなんだろうこの感覚は、心のどこかがおかしい、鉄槌で心の内側を叩かれているようだ。なにかが生まれる。なにかが這い出す。今までの不満、憤り、苦しみ、そして情熱が僕から吐き出され、そして何かが僕の中で構成始めていた。
 音楽をやりたい、そう思った。

       

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Neetsha