Neetel Inside 文芸新都
表紙

新都社作家の後ろで爆発が起こった企画
にくえすと/織姫

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 お台所までロッキングチェアを引き摺って、腰掛けます。
 料理の合い間に一息つくとすぐに揺りかごのような安堵がぬくぬくとわたしの臀部を蹂躙しにきやがりますが……甘んじてはなりません。真のぐうたらとはすべての処理を終えてから迎え入れるものです。
 ヒッキー(名誉ジョブ)だってハンパな身辺整理じゃその程度の期間しかひきこもれませんからね。わたしくらい完璧なインドア派(斉天大聖)を目指すのならば外界との繋がりは光回線とFX口座を残してみーんな焼き切らねばならんのです。
 社会性? サラリー? プライド……?
 良識なんてネットの海に捨てておしまいなさい。
 友情や恋愛はエロゲーで補完なさい。
 大丈夫、人間その気になれば案外楽チンに魂を売れちゃうもんです。中古屋で古本を捌くのと同じです。定価なんてガン無視で売り払っちゃいましょう。一冊五銭でも容赦しません。そうしてぜんぶが済んだらば、ようやく公序良俗の下に開き直ったパライソを満喫できるって寸法です。
 何事も準備が大切ですね。
 旅の思い出は企画段階でほぼ決まっているのです。
 でもまぁ、それはともかく……さすがにローストチキンの下処理は疲れました。
「勢いで始めたけど、これは女の子がソロでやるもんじゃないなー……」
 オーブンレンジではようやくサウナ入りしたニワトリさんがじわじわと黄金色を狙っております。こんがり焼けた頃には彼も立派なチャラ男にマジカルチェンジしていることでしょう。
 今はまだ肉汁に赤が混じって見えるので、しばらくの間は加熱が必要です。
「……まるで殺人現場ですねぇ。あらよいしょ、っと」
 座ったままの姿勢で残骸を片付ける。
 横着ですが、今更ってやつです。こいつの首を無表情で切り落とした時、わたしの女子力は限りなく透明に近い次元まで落ちてしまいました。
 うぶなハートが食欲に負けた以上どんなシンデレラも夢見る少女じゃいられない。
 さくっとゴミ箱に埋葬して、新鮮なサラダを用意。ワインボトルとコルク抜きをテーブルに出して、これでようやく落ち着くことが許されます。
「メイドロボが発売されれば家事もしなくていいんだけど……」
 かたつむりだってエサがなければ死んでしまう。部屋ごもりと自活はセットで行わねばなりません。
 実際、ひきこもりに求められるステータスはそこそこ高かったりします。理想郷を望むのならば相応のスキルを習得しないとノンノン。料理は基本。他にもブレない心とか、世間様に対するスルー能力とか……楽園の土台は奇跡で出来ているので住人は月下美人の花を永続させるくらいのリアル根性が不可欠となるでしょう。“完璧”とはそういうことを言うのです。
「ふー、やれやれ。プライベートって最高」
 ……疲弊したカラダが、眠りの誘いにこくりと応じる。
 振り子椅子が演出する穏やかな静寂。
 溜息。
 浅い夢。
 どごごごごごごごん。
 途端、重い破裂音が鼓膜を刺激した。
「なにっ!?」驚いて辺りを見回す。
「ど、泥棒……?」
 しかしダイニングに変化はありません。なにかが爆ぜたのは間違いないのですが……。
「…………まさか」
 振り返って、視線を下げる。
 それはまさしく音の鳴った方向で……。
「お、お、おっ」


 オーブンの窓に、肉片が飛び散っていました。


「オオォォォォ――――!? ホワァァァァ――――!!? 何事――――っ!!!!」
 絶叫します。発狂します。エクトプラズム発射します。そりゃそうです。
 ちょっとウトウトした瞬間(数行)に孫娘のよう大事に育ててきたメインディッシュが飛散で悲惨な、あられもない姿になっているんですから。
「ど、どうして……っ」
 ワァーっとなってオーブンを開ける。
 地獄の熱気が顔を擦る。
「グオォォォォ――――!!? グロテスク――――!!!!」
 鬼だ、鬼が出た。
 鬼が出たに違いない。
 何しろ鬼でなければこんな所業を成せるはずがない。
「……き、傷は浅いぞ!」
 ニワトリ(後)を引っ張り出す。
 腸(いや、これは詰め物という名のうそっこ内臓なのですが)をぶちまけたガングロ鳥が物の見事に爆発しているじゃありませんか。
「オォォマイガァァァァ――――!!!!」
 なんてことかしら!
 アア、なんてことかしら……っ!
「なぜ……? い、芋ですか? あちちっ。この芋野郎がいけなかったのですか!」熱さを堪えての犯人探し。「あちちちちちち! それとも、にんにく……? あち、あついってば! この! 悪者は誰っ!」
 色々な可能性を疑い、爆殺の容疑者を挙げていきます。
 真っ先に連想するのは卵の水蒸気爆発ですが……どうでしょう?
 こと鶏のデブっ腹。
 それもオーブンでの調理。
 あり得るのか……? はてさて。
 兎にも角にも現場が犯行と同時に荒らされてしまったのは紛れもない事実です。
 わたしが目を離した隙に得体の知れない超ケミストリーが起きていたのだとしたら、事件の迷宮入りは覚悟しなければならないでしょう。
「ちくせう……ちくせう……」
 泣きたい。
「デスアート、体張りすぎ……」
 本当に。なんて背徳的な芸術なんだろう。これじゃグランギニョルだ。爆薬でも調合していたんですか、わたしは。
 はぁ。
 ……レシピ通りに作ったはずなんですけどね。不思議。
 そういえば先日プレイしたギャルゲーにも料理を爆発させちゃうおにゃの子がいました。
 なるほど……ヒロインの座を得るにはこのような特殊技能が要るのかも知れません。逆説的に言えばヒロインだからこそ、そんな荒業が可能なわけです。おおっ。交際経験も社交性も、太陽光耐性すらゼロのわたしがこの痩身にやんごとなきコミックパワーを宿していただなんて! ワンダフル! そう考えると正直、原因もおざなりに少しだけ嬉しくなってきましたよ。
「…………うは、激うま」
 肉パズルの欠片をむしゃりと齧る。
 ホクホクして口当たりのいいチキンが、一人ぼっちの空腹を緩和した。

       

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Neetsha