Neetel Inside 文芸新都
表紙

新都社作家の後ろで爆発が起こった企画
俺と女性と人間花火。/魑魅魍魎

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 本当に簡単な原理なんです、と博士は熱心に説いた。
 当人にとっては熱くも何ともありません。もちろん多少の煤は覚悟していただきますが、人畜無害の素材ですから全く問題ありません、みたいなことを先ほどから淀みなく話す口ぶりはどことなくちょこまかと動く鳥に似ている。髭のあたりが特に。
 「んで、俺にメリットはあるんすか」
 話を遮って、問うてみる。
「もちろん、あります。そりゃあありますよ。」
博士は一拍置いて、胸を反らせた。
「成功した暁には、確実にモテます。だって男らしいでしょう。凄く男らしいと思いませんか?」
人間花火なんて。

 どうして男っていうのは馬鹿げた話にこそロマンを感じてしまうんだろう。え?俺だけ?んなわきゃねー。この計画が失敗しようとしなかろーと関係ない。ここで乗らなきゃ男がすたる。
 というわけで。ノリであのときうなずいてしまったただそれだけを真剣に悔いている。だって怖いもん。大河ドラマで見た黒船にのっかってるみたいな大筒の中、馬鹿みたいに震えている。
 「すいません、しょんべん」
後ろで待機する博士に声をかけると、心底いやそうな顔をされた。
「早く戻ってきてくださいよ」
俺は大筒から這い出て、近くの茂みに駆け寄り用を足す。ちょうど風が吹いてきて、なんとなく夏を実感する。
 「はぁ……」
特に意味もなくため息などついてみた、その時だった。
「おっお兄さん、ハンカチ落としましたよ……」
鈴を転がしたような声、とはまさにこのことを言うのだろう。俺はあわてて振り返った。
「はいっ」
「あっ……」
黒髪の美しい女性であった。花火と花火の間の暗闇でも分かる。そして、なぜか赤面している。なぜか。
「っあー!!」
俺はあわてて一物をしまった。やばい。凄く恥ずかしい。場合によっちゃあものっそいロマンチック展開だったのに。
「あぅ、あっあっありがとうございます!!すいません」
俺はほうほうの体で逃げ出そうとした。事実、体は半分走り出すポーズだったからだ。
 それを押しとどめたのは、きっと彼女の涼やかな笑い声に恋に落ちたからだろう。そうだろう俺!
「っふふ……あら失礼」
「いえいいんです笑ってください!俺なんてもうダメ人間ですから!!今から打ち上げられちゃうダメ人間なんで!!」
「打ち上げ?」
「そうなんですよ、今から俺打ち上げられるんです。夜空にどどーんと。見ててくださいよ博士が作ったんですよははは」
「もしかして、人間花火の方?」
「えっ、知ってるんですか人間花火」
「知ってますよ。さっき鳥みたいなお爺さんが触れ回ってました」
「それ俺です」
テンパっていたのもようやく落ち着いてきて、俺はなぜか最大級の賭けに出る。
「もし成功したら、付き合ってください」
女性は真っ赤に顔を染めた。返事を聞く前に俺は博士に呼び戻され、また大筒に積み込まれる。ああ、ドキドキする。
そういえば、ハンカチ返してもらってねえや。

 「いくぞ……さん、にい、いち」
それは、途方もなくビッグな爆発であった。尻にかかる衝撃に俺は悶えながら叫ぶ。やべえこれ尻に火が付いてる――ッ!動揺して、バランスを崩した。花火大会を見に来た一万人が目の当たりにした、驚異の汚物。
俺のズボンが爆風で砕け散り、薄汚いパンツ丸出しの俺が空を舞う。
しまった、どうやって降りるのか聞いてなかったな……
暗くひかる川を前に、目をつぶった。


 とんでもない爆音に、私は振り返った。さっきの人だ。私は心配でつい返し忘れたハンカチをぎゅっと握りしめた。
 「お願い、無事に落ちてきて……」
刹那、あの人が夜空に花を咲かせる。これは恋でしょうか、なぜだかとってもどきどきするのです。
軌道から落下地点を予測する。帰ってきたらこのハンカチでぬれたあの人を拭いてあげようだなんて思いながら、私は川べりへと駆け出した。

       

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