T-3 showdown ~麺 in the soup~
「へい、しょうゆ1丁、麺かため。とんこつ1丁粉落とし、ギョー定1つオーダー頂きました!」
ボクが鼻歌まじりで洗い場にもどると厨房の入り口で司くんが腕組をして待っていた。
「あのおんなの子、おまえの知り合い?」ボクは振り返って三月さんを見てニヤけると司くんにこう返した。
「ええ。カノジョですけど?」「!?」司くんの細いまゆげがつりあがる。へ、ざまぁ。ウソにきまってんだろうが。
「おい、司、お客さんが少なくなってきたからカウンターの掃除を頼む」
麺をゆで始めている店長に言われると司くんは舌打ちをしてボクの横を通り過ぎた。
さて、気に入らないカス野郎がいなくなった所で洗い物でもしようか。ボクは薄いビニール手袋を腕にはめると
お湯につけてあったどんぶりをじゃぶじゃぶ洗い始めた。家でギターを弾いているのに加え、この店で食器を洗ったり、果物オナニーを
したりしているため指がさかむけやあかぎれでボロボロだ。なに?あっちはムケてないのに指はムケムケだって?やかましいわ。
しばらくして店長に声をかけられた。「カウンター3番のお客様のラーメンが出来上がったから持ってってくれ」「あい、わかりました」
ボクはひいらぎ限定メニューの「超とんこつらーめん 泥沼」をおぼんに乗せキッチンを出た。「おまたせいたしましたー」
その時、突然なにかにつまずいた。スローモーションでおぼんからどんぶりが滑り落ちようとする。オアッー!ボクがダイブしてどんぶりを受けようと
するが間に合わずパリーン!という食器の割れる音が店内に響いた。うわ、やべぇ!やっちまった。若いリーマン風の男が台拭きでスーツを
拭いながら「あー、これから商談なのにどうしてくれんだよ」と文句をたれる。しょうだん?ショー・ダウン??ボクがテンパっていると
司くんがやってきて「どうもすみませんでした!」とボクに土下座するように頭を掴んで床に押し付けた。顔を下げた先にはどろっどろの
濃厚スープが待ち構えていた。うぉちちちちちちィー!!!ナニこれ?いま流行りの焼き土下座!?司くんがちいさく
「いーち、にー、さーん」とカウントをする。ボクはバンドを組んでライブを演った日から「変われた」と思っていた。でもそう思っていた
のは自分だけだったみたいだ。学校に行ってもバイトをしても不良にイジめられるし、女の子にはモテないし、ボクのせいもあって家庭は崩壊寸前だ。
ボクは悔しくて涙がこみあげてきた。カウントが9で止まった。
「おいてめぇ、さっきから見てればいい気になってんじゃねぇぞ。全部てめぇのせいじゃねぇか」
「はぁ?なんだおまえ?」
泥沼から顔をあげるとマッスが司くんにつっかかっていた。
「こいつがどんぶりを運んでいる時に足をひっかけたのはおまえだって言ってんだよ」
「それがなんだってんだ?オイ!?」マッスと司くんが額をくっつけて睨み合う。
「ダメ!ケンカはダメだよ!ほら、2人とも、仲直りのチュー!」
三月さんが2人の間に入って止めようとする。あつし君はうん、ただ呆然と立ち尽くしていたと思う。それを見ていたリーマンが立ち上がり
「ちっ、なんだよこの店。二度と来ねぇよ」と捨てゼリフを吐き店を出て行った。他にいたお客さんも箸を置き、ぽつぽつと店から消えていった。
一部始終をみていたであろう店長が「もういい。今日は店じまいだ」といってレジを開けた。札と小銭をマッス達のテーブルに置くと
「お金は払い戻しだ。これで懲りなかったら、またウチに来てよ」と言い、ボクと司くんを睨んだ。
「司は玄関ののれんを下ろしてくれ。平野くんは床の掃除。それが終わったら2人共、庭の休憩所に来てくれ」
そういい残すと店長はタバコをくわえ、庭に続く裏戸を開けた。ボクは立ち上がりマッスと司くんを引き離すと3人に向かって謝った。
「せっかく来てくれたのにごめんな」「...おう」あつし君がマッスの肩を抱いて言った。
「じゃあ...バイト、頑張ってね」三月さんがちいさく手を振ると3人が店から出て行った。
足音が遠くなると司くんが舌打ちをし、「全部お前のせいだかんな」と悪態をついて店の外に出た。
ボクはほっぺについたなるとを口に入れると床に散乱したゲロのようなスープを思い切り蹴り上げた。
ボクと司くんは後片付けを済ますと店長の待つ裏庭にある休憩所に向かった。いっと缶に腰をかけていた鏡店長が立ち上がり、たばこを押し
消した。ゆっくり煙を吐き出すとボクらを見て店長は言った。「司、なんでこうなったか、わかるな?」司くんが慌てながらこう答えた。
「こいつがちゃんと仕事をしないから、お客さんが逃げていっちまったんだよな!?ほら、おまえからもおやじに詫びろよ!」
司くんがぼくの背中を突き、前に押し出すと鏡店長が指の骨をポキポキと鳴らした。これから行われるのは一方的な虐殺だ。反省も弁論も
目の前の鬼は受け付けてくれないだろう。正直に言うとボクはこの時150mlくらい失禁していたと思う。店長が拳を振り上げるとボクは
これまでの16年間が走馬灯のように...て、あれ?気がつくと地面に司くんが転がっている。店長が大きく息を吸い込んでこう叫んだ。
「俺が魂込めて作ったラーメンをなんでてめぇにゴミにされなきゃなんねぇんだ!いつからてめぇはそんなにエラくなったんだ!?おおゥ!!?」
えー、そっちかよ。ボクは倒れている司くんの胸倉を掴み更にもう一発拳を振るう麺鬼を見て呆れた。この親あってこの息子あり、か。
気が済んだのか店長はボクの方を振り返った。やばぃ殺られる。店長は起き上がりボクにこう言った。
「怖がらなくて良い。私は他の子供に手をあげたりはしない」それを聞いてボクはほっとした。
「おまえはクビだ」はい。って、あれェーーッ!!
事情を飲み込めないでいると店長は続けた。
「平野君。君は迷いを抱えながら仕事をしているように見える。ウチは他の事を考えながらやっていけるほど甘い商売ではないんでね」
そう言うと店長は「給与袋」と書かれた封筒をボクの方へ放り投げた。それを握り締めるとボクは奥歯をかみ締めた。
ボクは気に入りかけていた作務衣を脱ぎ「短い間でしたがありがとうございました」と頭を下げるとそのまま商店街を走り出した。
「きゃ、変態?!」パンツ一丁のボクを見てネギをバックに刺したおばさんが悲鳴をあげたがそんなことは関係ない。
「おまえは必要ない」
店長からも、世界からもそう言われている気がして俺はどこにも居場所がないように感じ始めていた。ふざけんな。ふざけんな!俺は
商店街の入り口で振り返ると小さく見える「らーめん屋ひいらぎ」に向かって大声で叫んだ。
「てめぇら、揃いも揃って俺を馬鹿にしてんじゃねー!!絶対ロックスターになっててめぇら見返してやる!ファックオフ!エブリシング!!」
両腕で世界に中指を立てると無くさないように背中に貼り付けていた携帯電話が鳴った。ガムテをはがし電話に出るとマッスが電話口の
先で振り絞るような声で言った。「ティラノ、いま出てこれる?」「うん、大丈夫」「いつものミスドに集合な」「わかった」
突き抜けるような夏空を見上げ、俺は決意を新たにしてこう、宣言した。
「 T - M a s s 、 活 動 再 開 だ ! !」
その後、サイフと洋服を取りにもう一度店に戻ったのはナイショな。