夏休み3週目。ボクは携帯に登録されているマッスのアドレスを見ながら家の黒電話のダイヤルを回した。
「はい、どちらさま?...なんだティラノか。いい加減、携帯料金払えよ」
「まぁまぁ。それより、今週末の海岸公園でのイベントのことだけどさ」
ボクはカレンダーの赤マルを見てにやりと笑った。
「ああ。向陽町夏祭りのことだろ?一緒にナンパでも行こうって話?」
「バカヤロウ!ボクにそんな度胸があるわけないじゃねぇか!夏祭りといったらアレだよ!アレをするんだよ!」
「もったいぶってないで早く言えよ」
やれやれ、物わかりの悪いやっちゃ。ボクは咳払いをひとつしてマッスにこう答えた。
「ゲリラライブだよ」
「はぁ!?おまえこないだの件でまだ懲りてなかったのかよ!」
マッスが受話器の向こうで語気を強めた。ボクらT-Massは先々週のライブハウスでの演奏で大失敗し、マッスはそのことを結構引きずっているようだった。
ボクはマッスを諭すようにこう言った。
「こないだの件はしょうがねぇじゃん。初体験なんて失敗してなんぼだぜ」「...どーていのクセによく言うわ」
「それで思い出したんだが、1年で一番多くの処女が失われるイベントはなんでしょう?」「はぁ?...クリスマスじゃねーの?」
ブッブー。受話器の向こうで舌打ちをするマッスにボクは正解を教えてあげた。
「正解は、夏祭りの夜でしたァー!!浴衣姿でカレピと浮かれるいと若き乙女達。頭上には花火が舞い上がり、2人を見ているのは片手に
さげたきんぎょだけ。夏空の下で結ばれる2人の恋は儚くて、」
「おまえのポエム朗読はいいよ。なにがしたいんだよ。こっちは忙しいんだよ」
受話器の向こうから女の呼ぶ声が聞こえる。ボクは舌打ちをすると今回のゲリラライブの概要をリア充野郎に伝えることにした。
「今回のライブの目的は夏の処女救済作戦だ!中学時代、受験勉強で忙しかった女子高生1年生の春(ハル)が夏祭りで簡単に散ってしまうのは悲しいことだとは思わんかね?彼女達が狼達に喰われないようにボクらで注意を引き止めるんだ!」
「...アホらしぃ。おまえ一人でやれよな。じゃ、」
ぶつ。突然電話が切れた。...いいぜ。お前がそういうなら俺は俺のやり方で世界を変えてやるぜ!ボクは信用できるもう一人の仲間に電話を入れた。
「リア充しね!リア充しね!!」
「俺達の分の女も喰ってんじゃねぇ!!キエェェェェエエエ!!」
スタジオガッチャのA部屋の中、ボクとあつし君は上半身裸で狂ったように「性の一夜」を正すためせいけんづきを繰り出していた。
「9998!9999!!いっち、まん!!!」
ボクらの部屋を通り過ぎるオサレバンドが含み笑いをしていたがそんなことは関係ない。感謝のせいけんづき10000回。ボクら2人の
拳は『恥』を置き去りにした。肩で息をしているあつし君に水の入ったペットボトルを手渡すとボクらは無言で抱き合った。
やっぱり信用できるのはおなじイカの臭いのする男だけだぜ!「ちょっと!ホモセックスは止めてくださいよ~」防犯カメラでボクらの様子
をみていたであろうスタッフが部屋に飛び込んできた。ボクはスタッフを追い返すと全面の鏡に向かってマッスルポーズを決めた。
床に座り込んだあつし君が口に水を運びながら話す。
「マッスとはよくリズム練習でここに来てたけど、ティラノと2人で来るのは初めてだよな」「うん、そうだね。ボク練習嫌いだし」
「...おいおい。とにかくゲリラライブはどこで何時にやるんだ?」
ボクは今回のプロジェクトseXを詳しくあつし君に説明することにした。カバンからノートを出しそれを彼に手渡した。
「今回の夏祭りのスケジュールを確認する。午後8時に海岸の向こうの花火が上がる。その前に公園内のミニステージをボクらが陣取って
1曲演奏して女の子達を集める。花火が打ち終わる頃にはボクらは女の子にモテモテってわけさ。その後にでっかい花火、打ち上げてやろうぜ!ブラザー!!」
「...そんなにうまくいくもんかな」「大丈夫だよ。頭カラッポの方が夢詰め込めるっていうじゃん。それに夏の女は変わるんだぜ?」
「変わるってどんな風に?」「...そ、そりゃ、エッロエロにだよ!」「そっか!じゃあイケるじゃん!おれ達!」
ボクらは気味悪く笑い合うと「早速本番に向けて練習しないと」と気合を入れて楽器を手に取り狂気じみたテンションで世界に向けて
地下一階のスタジオからハイジャンプを繰り返していた。この表現...続く!!
「後半戦、ティラノ、やってくれるとイイなぁ~」by 夏木安太郎