Neetel Inside ニートノベル
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「はぁ~、バイト、行きたくねぇ~!!」

商店街のらーめん屋ひいらぎの向かいのマックのカウンター席でボクは大きくため息をついた。今日で連続5日出勤だ。1日8時間。

ずっと立ち仕事の上、らーめんどんぶりや仕込みの具材を運んだりしているので体がめりめり言っている。ヤリざかりの高校1年生が夏休み

になにをやっているのか。ボクはもう一発ため息をついた。耐えろ。我慢しろ。給料貯めてあずにゃんギター買うんだろ、洋一。よし!

ボクは自分を奮い立たせ、Wi-Fiコーナーでポケモンをゲットして騒いでいる子供らを一喝し、バイト先のラーメン屋のドアを開けた。


「よし、司と平野君、15分休憩してくれ」「...わかりましたぁ~」お昼のピークの2時半をすこし過ぎた頃、ボクと司くんは裏庭の

休憩所で今日始めての休憩をとり始めた。司くんがマルボロメンソールに火を着けるとボクはipodの再生ボタンを押した。

聞いている曲はこないだマッスとあつし君と一緒にスタジオで録音した自分達の曲だ。


「録音?出来ますよ」「まじで!?」

バスドラのペダルの不調で部屋に入ってきたスタッフに何気なく聞くとスタッフはたくさんツマミの付いた卓の下の機械を指差した。

「あそこでCDやMDに自分達の曲を録音出来るんですよ。良かったら僕が教えましょうか?」
「今時CDやMDって...時代遅れ、テラワロス」

「おまえなぁ、CDはダウンロードした曲より音質がいいんだぜ。店員さん、お願いします」

マッスが店員さんに頼み、その後ボクたちT-MassのCD音源が完成した。家に帰ってパソコンからipodに落とし、いっと缶に腰をおろしながら

ボクは「ぼくどう」のニューバージョンを聞いていた。マッスがまたコーラスをサボっている。いい加減「恥」を捨てろ、と話し合うべきだろうか。

「おい、平野、平野洋一」司くんがボクの体を揺らす。「何聴いてんの?」ボクはイヤホンを外して司くんに答えた。

「へぇ~おまえらもバンド演ってんのか~」「おまえら『も』?」「うん。オレ達もバンドやってんだ。良かったら聴く?」

そういうと司くんはテーブルにおいてあったラジカセのプレイボタンを押した。は、どうせ青木田軍団みたいに早口で英語をまくし立ててる

だけのエセエモロックなんだろ。ボクが司バンドの音楽性を予想しているとスピーカーからん、っちゃ、ん、っちゃと裏打ちのリズムが流れた。

細い歌声でふわふわとした音がはじけだす。なんだこれ、おもしろ!思わずボクが立ち上がると「フィッシュマンズ、って知ってる?」

と司くんが聞いた。ボクが首を振ると司くんが曲の説明をした。

「この曲はフィッシュマンズのカバー曲なんだ。良かったら今度ライブ演るからお前らも出てみる?」「えっいいの?でもなぁ...」

ボクの脳裏にこないだの悲劇がよみがえった。「大丈夫だって。仲間内でライブハウス貸し切って演るライブだから誰もまともに聞いてねぇよ」

「はは...そうなんだ、みんなと話してみる。ところでさぁ」「何?」「こないだのマッスとのメルアドゲット対決、どっちが勝ったの?」
「...イヤなこと思い出させんなよ...」

突然店から怒声が聞こえた。「おら!つかさテメェ!!いつまで休んでんだ!!スープ煮立ってんぞ!」「いけね!!」

そう言うと司くんは店の中に走って行った。まぁ練習だと思って演ってみますか。ということでボクはマッスとあつし君にそのことを伝えた。


「...ライブかぁー」「どうしたマッス。浮かない顔して」マッスが決心したようにミスドの客席で立ち上がった。

「はっきり言わせてもらうけどもう下ネタ路線でやってくのは限界だと思うんだよな。オレらのバンドがこないだ親や彼女に知れて大恥かいちまった」

「え、鱒浦くん、彼女居るの?」三月さんがグラスを床に落とした。「おい、大恥かいたってどういう事だよ」ボクは立ち上がり拳を握り締めた。

「T-Massは俺達の青春の1ページだろうが!自分がやってきたことを誇りに思えないのかよ!!」ミスドの店内が凍りつく。

しばらくしてマッスが口を開いた。

「やっぱさぁ、俺達もついに迎えっちゃった訳?方向性の違いってヤツをさ」「マッス、おまえ...」「ごめん、今日はけーるわ」

そういうとマッスは店から出て行った。三月さんがすすり泣き、あつし君はぼうっと突っ立っていた。そういう訳でつかさライブにはボク

一人での出演が決まった。


「いいぞー!」「はははー!バカじゃねぇーの!!」自転車の車輪をケツで止めるコントが終わると「T-Rano●ReC」ことこのボク、平野洋一の

演奏時間がやってきた。目のついたサングラスをかけ、ギター侍のテーマを弾きながらステージに上がると酒に酔った客達は大爆笑だ。

ポロシャツの襟を直しながらマイクごしにボクは言った。「えー、このメイクは『大槻ケンヂ』さんを意識しております」

「ぶははー!」「なんだそれー!!」司くんとその友達が笑う。客がこうもゲラだとやりやすい。ほっと一息ついてボクはギターをかき鳴らした。


恋のバルサミコ酢 作詞・作曲 T-Rano

ちらちら見ているあいつのパスタにドバドバかけましょ オリーブオイル スペイン産まれのあいつのトークはメランコリーなエルニーニョ

サッカー知らないあたしはメッシにドログバ、イニエスタ ロコモコ老後は南の島で幼女とバカンス ゴーギャンライフ

いっちょ、前田に、 バルバルバルサ、バルサミコ酢は カラカラカラダ、体にいいよ

コロコロコロ、コロコロコミック マクラにするとちょうどいい こーいーのばーるーさーみーこーすー(uh haa)


ボクが拳を突き出すと客席は一気に静まり返っていた。「ちょ、ちょっと、おまえ!」司くんがステージに上がってきた。

「なんだよ、このキチ○イみたいな歌!?」「えっ!?新曲ですけど!」「ふざけんなよ、こないだオレに聴かせてくれた曲でいいから」

そういい残すと司くんはステージから飛び降りた。司くん。キミの好意はありがたいけどボクはもう止まれないんだよ。ボクは2曲目を演り始めた。


LOVE リストカット 作詞・作曲 T-Rano

スナック感覚!スナック感覚!今日もサチコが手首を切った。 スナック感覚!スナック感覚!今日もボクはパンツに指をつっこむ

スナック感覚!スナック感覚!今日もサチコが手首を切って スナック感覚!スナック感覚!今日もボクはパンツに指をつっこむのさぁー

(Rap)
(今日も誰かが泣いちゃったり 今月生理がまだだったり 来年世界が終わっちゃたり てっきり歌詞をまちがえちゃったり)

オゥいぇい!!今日もイキます、特攻番長! ハッタリかましてセンズリこいてオゥイエィ!アハーン!!
ポテトチップにつっ込むように パチンコ台につっ込むように ハマタがまっつにつっ込むように ボクは果てていく

スナック感覚!スナック感覚!今日もサチコが手首を切った。 スナック感覚!スナック感覚!今日もボクはパンツに指をつっこむ

スナック感覚!スナック感覚!今日もサチコが手首を切って スナック感覚!スナック感覚!今日もボクはパンツに指をつっこむのさぁー


「しあわせなんてぇ~ボクには一生関係ないのさぁ~~!!オゥイエィ!アハーン!!あーあー、アハーン!!オゥイエーーーイ!!!」

狂気を具現化した曲をぶちまけ、ギターをかき鳴らしていると何人かがフロアの外に出て行くのが見えた。司くんがまたステージに上がってきた。

「なんだよ、このキ○ガイみたいな歌!?」リチギにさっきのセリフを繰り替えす。「狂気を音楽で表現してやったのさ」

「おまえの狂気はどうでもいいよ!こんな死にそうなヤツじゃなくてみんなが盛り上がれる曲やれよな!」

ボクの背中を叩いて司くんはステージから飛び降りた。盛り上がれる曲か。ボクはT-Massの曲で唯一直接的な下ネタ表現がない「Monig Stand」

のアルペジオを弾き始めた。


「朝目覚めると 昨日のキミの抜け殻がいて、僕はそれを抱きしめる~」「や~と、まともな曲演りだしやがったか」司くんが椅子に深く

腰掛けるのが見えた。ほっとしたのも束の間、ボクはサビのコード進行をすっかり忘れていた。「差し込む日差しが~え、っとなんだっけ」

やべ!ボクがテンパっていると「やれやれしょうがねぇーな」と後ろから声がした。デュデュデュッデュ、デュ。特徴的なベース音に客席が

湧き上る。ありがとう。ボクはコードを思い出しサビのフレーズを歌った。


「まぶたに残るキミと昨日の翳(かげ)~掴もうとしても掴めない 雲のようにすり抜けていく。そこにいてよ~いますぐキミを見つけにいくから~」

初めてボクに対して歓声が巻き上がる。だがら、だっが、だがらったん!!斜め後ろから控えめに、しかし力強くドラムの音が響く。

ああ。お前ら。来てくれたのかよ。バンドって楽しい。曲が終わるとボクはマイクを掴んでこう叫んだ。

「紹介するぜ。T-Massのバンドメンバー鱒うら、って、誰だよ!!おまえら!!!」

ボクは振り返ってマッスを茶化すと一気に笑いが起こった。こうしてボクらT-Massは絆を深めた。演奏後、いつもの掛け声を掛けると

近いうちにあのライブハウスにリベンジしてやろう、と砕け散りそうな三日月を見ながら俺達は誓い合った。

       

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