Neetel Inside ニートノベル
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アニキがお見舞いに来てから2日後。向陽町に嵐がやって来た。

骨折している右足首がじんわりと痛む。テレビで格闘家が「古傷の調子でしばらくの天気がわかる」と言っていたのがわかった気がした。

ボクはといえばベッドの上でチューナーを使ってアニキから借りたエレアコのチューニングをしていた。3000円で買った中古ギターとは違い、

アニキのマメな性格を表すようにネックはよく手入れされていた。じゃーん。ギターを弾き下ろすと部屋のドアが開いた。

「あー、病室で大きな音出してるー。いーけないんだ、病院は静かにしなきゃいけないんだー。それじゃ!」「おい、ちょっと待てよ」

ボクをからかって部屋を出ようとするユキヒロをボクは呼び止めた。

「ユキヒロ、おまえ毎日ボクの部屋にちょっかい出しに来てるよな。もしかしておまえ、友達いないのか?」

ユキヒロがびくっと体を震わせた。

「ち、違うもん!僕のことをバカにすんなよ!先生に言いつけてやる!」

そういうとユキヒロは部屋から出て行った。...はぁー。なんだか気が滅入ることばかりですな。

ボクはギターケースに入っていたビートルズのバンドスコアを取り出した。


「ビートルズは全てのロックの基本形なんだぜ。洋一もJ-POPばっか聞いてないでホンモノを聞いてみろよ!」

セピア色の風景でアニキが言ったセリフを思い出した。ぺらぺらとページをめくると「Hey Jude」のコード進行が記載されていた。

この曲だったら出来るかも。ページをめくりながらギターを弾き下ろしているとボクの天敵、Fコードが姿を現した。

ボクは指が短くてセーハ(人差し指で複数の弦を押さえる弾き方)が出来ない。その為、自分の作る曲にはFコードを使わないし、どうしても

弾かなきゃいけない場合は親指と人差し指で輪を作るように6弦と1弦を押さえ込む弾き方、自称『オナニーフォーム』でその場を切り抜けていた。

今回もネックを握りこんで誤魔化そうとするとアニキの言葉がフラッシュバックした。


「俺の仇、とってくれよな」


まぁ、時間もあるし、この機会にFコード、マスターしてやりますか。ボクは人差し指を精一杯伸ばして上手く弾けるまで何度も弦を弾き下ろした。


夜中に尿意で目が覚めた。

ベッドから車椅子に乗り換えてトイレを目指すと給湯室から女の声がふたつ聞こえた。

どうせ看護士が「○○先生とHしちゃった~」とかいうガールズトークでもしてるんだろう。

ボクが車輪を抱えると知っている名前が会話に出てきた。ボクは聞き耳を立てた。

「502号室のユキヒロ君、まだ手術受けないって愚図ってるんだって?大丈夫なの?」
「うーん、ただの虫垂炎らしいけど体がまだ成長してないから、症状が大きくなる前に手術しないと大変なことになるかも」
「あのオオカミ少年、今日も私に色々言いつけに来たわよ。先生もなんで早く手術始めないのかしら?」
「...ユキヒロ君のおねぇちゃんのサクラちゃん、2年前に医療ミスで亡くなってるの。そのショックで彼、誰にも心を開かなくなっちゃったみたい」
「そうだったの...でもこのまま病気をそのままにしておく訳にはいかないし、どうしたらいいのかしら?」

ボクは車輪を転がして給湯室の2人の前に姿を現した。

「あの、すいません」「うわ!びっくりした!!」「すいません、驚かせて」

「501号室の平野君じゃない。早く寝なきゃ駄目よ」ボクは2人に本題を切り出した。

「あの、この病院でちょっと大きな音が出せる部屋ってあります?そんな大きな部屋じゃなくていいんですけど」

2人が顔を見合わせた。

「水曜日のお昼だったら病院もお休みだし、患者さんもいないから入り口のロビーでお話するくらいだったら出来るわよ」
「そうですか。ありがとうございました!」

それだけ聞くとボクは車輪を漕いでトイレに向かった。この辛気臭い状況を変えるにはライブしかない。ユキヒロ、お前が安心して手術出来るようにボクが元気を与えてやるからな。

ボクは便座の上で何度も「Hey Jude」のコード進行を思い浮かべて腕を振り下ろしていた。

       

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