Neetel Inside ニートノベル
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「よし!じゃあみんなでカラオケ行くか!」

「はっ?」ボクとあつし君が顔を見合わせる。下校中、マッスがボクらの方を向き直って言った。

「バンドメンバーが集まったからパートを決めるんだよ。一番歌がうまいやつがボーカルな。それに、」

マッスが親指でくいくいと三月さんを指差した。

「私も一緒に行きたいな、って思って。ダメかな?」
「いやいやいや!大歓迎ですっ!おれ、山崎あつしって言います!よろしくです!」

あつし君が三月さんに自己紹介した。「は、はい。私は坂田三月です」三月さんが恥ずかしそうに言い返した。

「よ、よろしく!坂田さん!」
「いや、三月でいいです」
「いやいや、よろしく坂田さん!」
「いやいやいや、三月で」
「いやいやいやいや、坂田...」
「いーかげんにしろ!この豚鼻チビ!」

ブチ切れた三月さんに驚いたあつし君がボクの腕に抱きついた。ボクはあつし君に事情を説明した。

「三月さんは苗字で呼ばれるのが嫌なんだよ。関西に住んでたとき『アホの坂田』って呼ばれて馬鹿にされてたらしいよ」
「アホなのか馬鹿なのかハッキリしろよ」
「私はアホでもバカでもないです!こないだの小テスト100点だったもん!」
「ほらほら、ケンカすんなって。あつし、三月さんに謝れよ」

子競り合いするボク達に収拾をつけるためマッスが仕切った。あつし君がごにょごにょとした口調で話し始めた。

「ご、ごめんな。み、みつ、あ~ダメだ!おれ女子に免疫ないから名前で呼べねぇ!」

三月さんがあぜんとした表情をしたのでボクはあつし君の肩を抱いて慰めた。

「最初は緊張するけどすぐ慣れるよ。ボクも初めて女の子を名前で呼んだ時は緊張したよ。まぁかくゆうボクも童貞だがね」
「そんな...いきなり2人に童貞カミングアウトされるなんて...私、こういう時どういう顔したらいいかわかんないよ...」
「『気持ち悪いんだよ。このカス共』って顔すればいいと思うよ。おら、昼料金4時で終わるからさっさと行くぞ」

マッスがボクらを急がすのでその後をついてボクら商店街にあるカラオケ屋に入った。4人が席に着くとマッスが曲を入れるタッチ式の機械を持って言った。

「さぁ、誰が一番最初に歌う?誰も歌わないんなら俺から入れるけど」
「ちょ、ちょっと待った!」

ボクがマッスを呼び止めた。ここは最初にルールを確認したい。

「みんな歌う時スタンディング派?それともシットダウン派?」

ぼけっとした顔をあつし君が返す。マッスが呆れた様に言った。

「おまえだけ歌う時立ってればいいだろ。それじゃ俺から」

ボクの質問を無視するようにマッスは慣れた手つきで機械を操作して曲番号を入力した。ディスプレイの画面に大きく「HONEY」の文字が浮かぶ。

「あー、知ってる!これラルクアンシエルの曲でしょ?」

三月さんがまだ喋ってる途中なのにマッスは急に歌い始めた。やれやれ。空気の読めないやっちゃ。その後もマッスは自分の世界に入り込んだように

曲を入れ1人で3曲も歌いやがった。我慢しきれなくなり機械を取り上げるとボクは国民的なあのメジャーソングを歌うことにした。

「え?ティラノ君、この曲、アレの歌だよね?」

予約された曲のタイトルを見て三月さんが振り返った。ボクはマッスが歌っている本人出演PVのビジュアル系バンドの曲を演奏中止にすると

マイクを握り立ち上がって言い放った。

「バンドのボーカルはオレに決まってんだろ!魂のこもったオレの歌をきけーい!!」

ボクのシャウトともに曲がスタートした。ボクが入れた曲は「けいおん!!」のオープニングソング、「GO!GO!MANIAC」。

三月さんが悲鳴のような歓声を上げるとボクは力の限り高音を振り絞り歌い始めた。

「やばい!止まれないぃー、とまらないぃー、ごほほ...うへ...ごーまにあっく」

マッスとあつし君が大きく体を揺らしながら笑い転げる。ふん、オレの感性は常人にはわかるまい。途中えづいたりリズムが取れなくなった

りしながら最後まで歌い切った。すると画面が待ちうけの画面に切り替わらずそのまま点数採点のドラムロールが鳴った。マッスに曲の途中で

勝手に設定されたらしい。みんなが画面を注視する。結果は...28点!ぱっぱぱーらっぱーという情けない音が部屋の中に鳴り響く。

「こいつ!マジで!?28点なんて初めて見た!」
「おまえ、まじでこれでバンドのボーカル出来ると思ってんの?やばくねぇ!?青木田に埋められるぞ」
「ティラノ君...来世で頑張ろうね」

全員が口々に笑いながらボクの悪口を言う。なんだこいつら。機械の採点に心を支配されやがって。そんなことだから父ちゃんが機械に仕事を

取られて会社をリストラされるんだ。ぶつぶつ文句を言っていると三月さんが曲を入れた。曲はaikoで「桜の時」。男臭い部屋の空気が

一気に桜色に変わっていく。この表現、意味わかんねぇな。マッスが調子に乗って指笛を吹く。

「いいよー三月ちゃん。女の子っぽいよー」
「ミッツさん歌うまい」

野郎2人が恥ずかしそうに歌う三月さんに声援を送る。喉が疲れたのでボクはドリンクを口に運んだ。まぁ正直言うと三月さんはあまり歌が

うまくなかった。ほらまたキーをひとつぶん外してる。そんなことを考えながら聞いていると採点マシーンは89点を叩き出した。

「おいこれ壊れてるだろォ~ボク店員に文句言っちゃっていい?言っちゃっていい?」

ボクが電話を掴もうとするがみんなボクを無視して勝手に盛り上がっていた。いじめってこうやって始まるのか。

「ミッツさんうまいよ!おれ、すっかり聞きほれちゃったもん!」
「ありがとう。次はあつし君の歌が聞きたいなー」
「え、おれカラオケなんて親としか来たことねぇし...」
「歌えよ、おまえも一応ボーカル候補なんだし」

マッスに言われるとあつし君は機械を操作して曲を入れた。曲はポルノグラフティの「アポロ」。

「あー、これは安牌だわ」
「定番だね。揺ぎ無いわ」

ボクとマッスが冷やかすと曲の途中で「うるせぇ!」とあつし君が言い返した。点数は68点。見た目通り平凡な点数だ。

次にマッスが曲を入れた。ボクはその曲のタイトルに見覚えがあった。マッスが歌いだすとボクはその曲を完全に思い出した。

「ぼぉくはつ~い、み~えもしないものにぃ~たよって、にげるぅ~」

ミスターチルドレンの「NOTFOUND」だ。ドラマの再放送でタイアップ曲として使われていたのでドラマの放送中、毎日この歌を

聞いていた。サビに入ると突然マッスがマイクを下げ「あ~声でねぇわ」と言い携帯を打ちはじめた。三月さんとあつし君も飽きてきたのか

ドリンクの氷をストローで突付いたりしている。なんかもったいねぇな。ボクはマイクを持ち2番から歌い始めた。

「あのおぼつかな~い、子守唄を~ホゥもう一度~ホゥもう一度~」

みんながボクの方をみつめる。いつも無視されているボクが注目されてる。なんだか気味が悪いけど不思議と気持ちがいい。曲が終わると

採点ドラムが鳴り点数が表示された。点数は74点。ボクはおもわず「ホゥ」と裏声を漏らした。マッスが機械を持ってボクに言った。

「なぁティラノ。この曲歌ってみろよ。なんとなく知ってるだろ?」

そういうとマッスは曲を入れた。曲はラルクのDIVE TO BLUE。中学の時お昼の校内放送で放送部だったマッスがこの曲をよくかけていたので

なんとなく知っていた。体をくねくねと揺らしながら歌い始めると「ちゃんとやって」と三月さんにダメだしされたので真面目に歌うことにした。

歌いきると点数が表示された。点数は81点。あつし君が「おお~う」と声をあげる。マッスが「ティラノ、これも歌ってみて」と次の曲を入れた。

3曲目はミスチルの「シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~」。親戚のアニキが上京する時にこの曲のCDをくれたのでよく聞いていた。

「ねぇ変声期みたぃな吐息でイカせて~野獣と化してあ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~」

下ネタの歌詞に三月さんが目を背ける。やれやれ。ボクは半勃起した。後半が高音の連続でかなり苦しかったがなんとか最後まで歌い切った。

ドラムロールが鳴る。点数は89点だ。おもわずマッスが立ち上がった。

「よし、決まりだ。ティラノ、おまえがバンドのボーカルやれ」
「ええ?こいつでいいのかよ!?」

あつし君も立ち上がる。ボクはマッスに顔を向けた。

「ティラノは高音が伸びるんだ。それに本人は気づいていないだろうけどビブラートをかけるのがうまい。俺達の中で一番可能性があるよ」
「いいの?ルックス的には鱒浦君がボーカルやった方が女の子は喜ぶよ。たぶん」
「いいんだ。それに」

マッスが真剣な顔をして言った。

「おまえが先頭立ってフロントマンやらなきゃ誰が青木田軍団に対抗するんだよ。おまえが売ったケンカ、俺達がななめ後ろからサポートするからよ」

ボクは驚きと嬉しさでどういう反応をみんなに返していいか分からなかった。マッスは親友だけど人にこんなに褒められたのは初めてだった。

ボクはとりあえず電話を取るとカウンターに「バニラシェイクひとつお願いします」と注文した。こんな終わりかた、どう?

       

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