Neetel Inside ニートノベル
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午前4時ちょっと前、ボクは多賀野山のバス亭の前に立っていた。車で送ってくれたかぁちゃんが眠たそうに車をUターンさせて帰っていった。

こんなところで一体何をしようっていうのか。暗闇ひとり、ボクは白い息を吐いた。崖の下からは住んでいる向陽町が見おろせた。

「なんだ、本当に来たんだ」

突然声をかけられて振り返ると白いつなぎに麦わら帽子をかぶった女性が立っていた。

「よ、よろしくお願いしますっ!ボク、平野洋一っていいます!」
「知ってる。さっさと行こう。今日は忙しいよ」

ドンキ浜田さんに紹介してもらったピンクスパイダーあつこさんはボクの前を横切るとすたすたと狭い歩道を歩いて行った。

ぶかぶかの彼女のつなぎや長靴を見てボクは修行の内容を理解した。

「ギターの修行って、農業ですよね!?」「まー、そんなところだけど」

「よかった!ボク、サンデーの『銀の匙』って漫画ハマってるんですよ!家畜の餌やりでもマキ割ダイナミックでもなんでもやりますよ!」

調子外れのボクの声が闇に響く。アオーン。ボクの声に野犬が反応すると前を歩いていたあつこさん(この呼び方で呼ぶことにした)が立ち止まり目の前に現れた農場を見上げた。

ほう、こんなところに立派な農場施設があったなんて。無言で中に案内されると堅物そうな中年男性を紹介された。

おそらくボクの上司になる人だろう。こんな山奥にすんでいる人間なんて性格がねじ曲がっているに決まっている。どうせ鼻で笑われるんだと思い、

適当に自己紹介をすると白髪のおじさんはシワだらけの顔を崩して笑い出した。

「そうか!キミが昨日あつこが言ってた平野洋一君か!あつこをよろしく頼むよ!うん!ワシはあつこの父親の山田耕作!わからないことがあったらなんでも聞いてくれ」

馴れ馴れしく耕作さんがボクの肩を叩く。あつこさんの方を振り向くと照れくさそうに視線を落とした。細身の体に長いまつげが綿毛のように揺れている。

学校のチャイムの音が鳴ると耕作さんが深く息を吐いて言った。

「よし、腹ごしらえをしたらさっそく平野くんに手伝ってもらおう!体力には自身ある?」
「はい!潜水は無駄に1分半出来ます!」
「...体力関係ないし」
「ハハハ!少しは見ごたえありそうだ!よろしく頼むよ!」

その後食堂に招かれ、ボクは他に数人の社員の人と朝食を摂り、トイレに大便をぶちまけると家畜が飼育されているケージに向かった。


「はぁ~~!もう、ムリですぅ~~」

太陽が昇りきる少し前、倉庫から20キロの家畜の餌を往復して運んでいたボクの腰は悲鳴をあげた。藁の上にどっかり腰を下ろすと

「ダメダヨー、サボッチャー」とカタコトでリャンさんがボクを叱りつける。うっせぇな、こっちはまだ完全に右足治ってねぇんだよ。

「はいはいわかりました。頑張りますよ」「ハイハイッカイデイイヨー、ニホンジンナンダカラワカルデショー?」

ボクは腰を上げるとちょいちょい嫌味を言ってくる中国人社員の後ろをついてなんども倉庫と牛小屋の中を歩き回っていた。


「どうだい!平野くん!牛の餌やりは?」

肩で息をしながら休憩室で休んでいるボクに耕作さんが話しかけてきた。「ええ...全然よゆうっす...全然」

胸ポケットからタバコを取り出したリャンさんが耕作さんに言った。

「ダメ。コノコウコウセー、ゼンゼンツカエナイ。オモイノ、モテナインダモン」「...そうか、平野くん、午後から違うしごとをやってもらう。1時になったら鶏小屋に来てくれ」

耕作さんはそう言い残すとリャンさんと一緒に喫煙室に入っていった。午後はにわとりでも追いかけんのか。ボクは深くため息をついた。


「そういうことだから。さぁ頑張って!」

あつこさんに説明を聞くとボクは目の前のピヨピヨ鳴く黄色い天使達を見つめた。「お腹の下をめくって出っ張りがある方がオス。ない方がメス。よろしく頼むね!」

スタジオでの不健康そうなふいんきとは違い、はつらつとした態度で仕事のやり方を説明するとあつこさんは鶏小屋へ走っていった。

そう、午後のボクの仕事はひよこの鑑別だ。ひよこを上から掴もうとするとピー!と激しく鳴きながら指をつついてくるので手のひらで優しくすくうようにひよこをひっくり返してやった。

この子は肛門に突起がある。こいつはオス。♂のマークがついたケースにそいつを放り込むと次々にボクはひよこの下半身を眺めながら識別していった。

日が暮れるとスピーカーから学校のチャイムのような終業の合図が鳴った。くぁ~、やっと終わったぜ...ボクが凝った肩を回しているとと耕作さんがボクの元へやってきた。

「おつかれ平野君!」「おつかれさまでした~」「そういえば、今日、泊まる所あるのかね?」「いや、ないです。かぁちゃんに迎えにきてもらおうかと」
「いや、家から遠いだろう。今日はウチに泊まって行きなさい」「いいんですか?」「そういうことだ。あつこ、平野君に部屋を案内してやってくれ」

耕作さんの言葉を聞いてあつこさんがボクの前に歩いてきた。「ウチらの家、この近くだから。着替えたらさっさと入口の前に来て」

つっけんどんな態度でボクに言うと腰まであるくすんだ金髪をひるがえしてあつこさんは小屋から出て行った。

「どうだい?ウチの娘は?」「は、はぁ...いいんじゃないでしょうか」「ハハハ!そうか、ハハハ!」

耕作さんの笑い声を聞きながら着替えを済ますとボクはあつこさんの後をついて彼女らの家に向かってけものみちを歩いていた。

       

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