Neetel Inside ニートノベル
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2012年3月25日 日曜日、気温は12℃。天気は小雨。天気予報は雨のち晴れ。

午前10時、ボク達サンライトライオット決勝トーナメント出場バンドはステージの上でローディや司会者と本番の打ち合わせをしていた。

ステージには屋根がなく、霧雨の雫が頭に落ちる。足首がシクシクと痛み出すのを堪え、ボクはマイクの高さやモニターの確認を着々とスタッフと行なっていった。

11時の開演時間を過ぎると少しずつステージの周りにお客さんが集まって来た。機材のチェックを終えるとボクらサンライトステージで演奏する演者達は楽屋に引っ込んだ。

トーナメントの反対ブロックの『きんぎょ in the box』などは決勝までムーンライトステージでの演奏となるのでボクはエスカさん達と顔を合わせる事はなかった。

楽屋で携帯を開いたり、露店で食べ歩きをしたりしながらボクらは本番までの時間を潰した。

「お、平野!平野じゃねぇか!」

呼び掛けられてボクは振り返った。「俺だよ、俺」茶髪でピアスをした警備員がボクに声をかけたらしい。顔を思い出せないでいると彼はボクに正体を明かした。

「岡崎だよ。お前をいじめてた。今日、ライブに出るんだろ?頑張れよな!」

ああ、ボクが彼を思い出すと焼けた顔をにぱっと開いて握手を求めてきた。まだらに焼けた肌の色が痛々しい。青木田と一緒にいた時と違い、活力のある明るい表情をしていた。

「あの後、学校辞めてから色々バイトやったりしてさ。昨日のお前の演奏、聞いてたよ。2曲目にやった曲やれば絶対優勝できるって!馬鹿やって道踏み外した俺たちの分まで頑張ってくれよ!」

あ、ああ...ボクはどんな言葉を返していいかわからなかった。

ボクは高校入学当初から彼らのグループにいじめられ、港の倉庫でリンチにあった時は172発も殴られたが彼はそのことを反省し、新しい人生を踏み出そうとしているようだった。

彼がボクにした「罪」と「傷」は消えない。けど彼は「高校中退」という事実をずっと背負って生きていくんだ。まぁボクも「留年」だけど。とにかくボクは応援してくれる「いち警備員」に頑張る、と言葉を返しその場を後にした。


「本番30分前です!T-Massの皆さん、ステージ裏に集まってください!」

楽屋にスタッフさんがボク達を呼びに来た。「やっと本番か。待ちくたびれたぜ」ボクがあくびを返すと「ティラノ、落ち着いてんね」とあつしくんが驚いたように言った。

「今更どうこうしたってしょうがねぇだろ。いつものやるか」

マッスが呼びかけるとボクらはいつものように腕を差し出した。

「T-Mass、一本入ります!いよ~」「いくぜ!」「おう!」「セックス!」
「あの~最後のセックスって何ですか?」
「知らねーよ、気合いだ、気合い。こっからが本番だ。腹くくって、勝ちに行こうぜ!エブリバデェー!!」

決めゼリフを突っ込まれるとスタッフに促されステージに上がるよう指示された。するとたくさんの歓声がボク達を包み込んだ。年に1度のビックイベントということでステージ前の客席には

多くの人が詰め掛けていた。マッスを先頭にステージに並ぶと初戦の対戦相手バンドのメンバーが話しかけてきた。

「よう、キミらがT-Mass?ジャンルかぶっちゃったみたいだけどお互い頑張ろうぜ!」

ツンツン頭のルックスとは対照的に礼儀正しくパンクスは挨拶をした。「ああ、どうも」ボクが声を返すと別ブロックのエスカさんが近づいてきた。

「ティラノ君、宣言通り決勝まで上がって来てくれて嬉しいわ。壁なんでしょ?私は。あんたにとっての。ウチらと戦うまで負けんなよ。低俗下ネタ野郎共」

礼儀正しく声をかけたかと思うと悪意のある言葉を続けるのも忘れない。これだから女は。いっちょわからせてやっか。

「えい」
「きゃ!...何すんだよ!てめぇ!!」

大声をマイクが拾い、客やスタッフがざわめき始めた。俺、タッチザウォール。胸を触ったボクに対し、女性客の冷たい視線が突き刺さる。

「いい加減にしろよ!この野郎!!」ボクの胸ぐらを掴むエスカさんにマッスとスタッフが止めに入る。

「よせ!客の前だぞ!」
「うるせぇ!こんな奴にここまでコケにされて黙ってられっか!!」
「エスカ!マイク入ってるって!」
「え!?まじで!?...い、いや、たわむれでございますわよ。おほほほほ...」

正気にもどりお嬢様気取りをするとボクの靴に唾を吐き、エスカさんはバンドメンバーのカイトさんに連れられて元の立ち位置に戻っていった。

「ティラノ、気にすんなよ」「大丈夫、わかってるって」
「本番、5秒前!4、3、2、1...」

「第10回、ティーンズバンドバトル サンライトライオット、始まりました~!」

地元テレビの中継が始まるとクラッカーが鳴り、わぁー、と観客の拍手が鳴った。MCの人が話し始め、事前に撮った各バンドの紹介VTRが流れ始めるとやっと出番か、と言わんばかりに町長の馳海舟がステージ脇に上がった。

大会前に主催者である町長からの“おはなし”と開会宣言がある。『きんぎょ』のドラマー、馳杏さんが彼の娘であることを昨日ニュースで知った。

やっと始まるのか。俺たちの決戦が。じんわり痛む足首を眺めながら早く終わってくれよ、と延々マイクチェックする町長をボクは眺めていた。

       

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