Neetel Inside ニートノベル
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「笑っ顔抱ーきしめ、股間(カラダ)に精力(チカラ)!ご紹介に預かりましたT-Massです!今日は思いっきりぶっぱなしてイクんでヨロシク!」

学祭ぶっ壊し事件を知っている何人かの観客がボクらにブーイングを浴びせた。露出狂の変態豚野郎。プラカードを掲げた子をボクは鼻で笑った。

どうやらボクはこの町の住民にあまりよく思われていないらしい。でも学祭の時のボクらとは少し違うんだぜ。その事を証明してやる。

ギターを抱えエフェクターを確認するとスタッフさんと目で合図し、CMが開けるのを待った。5、4、3、2、1。指が一本ずつ折りたたまれ、グーの形になるとボクは静かにギターを弾き下ろした。

「朝目覚めると 昨日のキミの抜け殻がいて、僕はそれを抱きしめる~」

予想外のバラードでの1曲目に罵声を浴びせていた観客がたじろぐ。ロックスでのライブと同じようにボクらは1曲目に「Moning Stand」を持ってきた。

「Moning Stand」はT-Mass初期の曲で唯一直接的な下ネタ表現がないため、当たり障りのない曲として重宝していた。

そのため、この曲を決勝戦までとっておきたかったのだけど初戦を勝たないと決勝戦もないのでボクらはこの初戦にすべての力を注ぐことに決めた。

「まぶたに残るキミと昨日の翳(かげ)~掴もうとしても掴めない 雲のようにすり抜けていく。そこにいてよ~いますぐキミを見つけにいくから~」

「いく~からぁ~」最後のフレーズを呟くとマッスのベースソロでこの曲を締めくくった。ワンテンポ置いて歓声があがる。

バンドメンバーの2人と顔を見合わせたあとうなづくとボクらは予選を通過したあの曲をこの場で演奏することに決めた。

「2曲目、聴いてください!...ってあれ?」

ボクのマイクから急に音が出なくなった。「俺のもだ!」マッスがとなりで叫ぶ。ギターを弾き下ろすがアンプからも音が出ない。

「ひょっとして、雨?」あつし君が空を見上げるが「いや、それはないだろ」とマッスが呼び止める。やべ!どうしよう!

「持ち時間残り3分です!」スタッフさんがカンペでボクらに指示を出す。いや、そんな事言われたって!ボクが横目でステージ裏を覗くと主電源のケーブルを杏さんが振り回していた。

「生意気にマジメに演奏してんじゃねーよ、ターコ」口の動きで彼女が言ってる事、そして彼女がした事を理解した。ちくしょう!あのおんなぁ~!!

「おい!どうするティラノ!?」マッスとあつし君がボクを急かす。演奏中断中のボクらをみて観客がざわつき始める。刻一刻、と時間が経過していく。

どうしていいのかわからない。ステージの上に立ちすくんでいると涙がこみ上げてきた。なんとなく大型ビジョンに目を移すとこんなツイートがボクらに届いていた。

「白:諦めたらそこで試合終了ですよ @big_jun」

ジュンさん!TVでボク達の演奏を見ていた病院のジュンさんがツイートをくれたのだ。画面がスクロールすると見慣れたハンドルネームの文字が画面を埋め尽くした。

「白:鱒浦君、かっこよすぎ!あ、ついでにティラノとあつしも頑張れー\(*⌒0⌒)♪ @sangathu_mithuki」
「白:ティラノのお兄ちゃんカッコイイ!優勝目指して(,,゚Д゚) ガンガレ! @yukihirodayo」
「白:全財産、オルフェーヴルに突っ込む!兄ちゃん達も自分らに賭けてみろよ! @keibaojisan_ken」
「白:少年院からツイートなう。愛のバクダン、もっとたくさん、バラ撒いてやれ! @mad_tanabe」
「白:予選で負けた俺たちの分まで頑張ってください @t_ichinose」


みんながボク達に励ましのツイートをくれた。こうなったら演るしかねぇ。ボクは大型ビジョンに頭を下げるとステージの後ろを振り返った。

「あつし君、ドラムよろしく」「おい、おまえ...!」「マッスは手拍子頼むよ」

ボクはマイクを掴んでステージの一番前まで歩み寄った。ボクは怒っていた。せっかくの大舞台に水をさす大雨。不定期に痛み出す足首。

卑怯な手でボクらの未来を潰そうとする悪党連中共。なにがわかりやすいロックをだコノヤロー。なにがアニメタイアップだバカヤロー。

ロックンロールはそんな甘っちょろいもやし野郎のおもちゃじゃねーんだ。てめぇら全員ロックンロールに土下座しろ!本当に。

ステージの先っちょで繋がらないマイクを握り締めボクはダラダラと喋り始めた。

「えー、先生、みなさん、おはようございます。今日も明るく楽しく元気良く、世のため人のため 一生懸命頑張りますので、ボクを愛してちょうだいな

愛し合うとか、信じあうとか、もう、クソくらえなんだよ!!この野郎!!!」

なんにも考えてないような観客が歓声をあげる。連中を見て、俺はすべての感情をマイクにぶちまけた。

「聴いてくれ!ヘイトミー!!」

10秒くらい叫んでいただろうか。後ろからドン、タンドンタ、ドッドタン、ドンタとあつし君のドラムが力強く鳴るのが聞こえた。

雨の中、濡れたロンTの袖を肘までまくりながらマッスが両手で観客を煽る。繋がらないロックバンドの演奏が始まった。

「きっとキミはボクのことなんか知らないんだろう クラスのスミの気持ち悪いヤツ、そんなボクは主役になれない」

怒声を浴びせるような歌い方でステージを酔っ払った忌野清志郎みたいにウロウロしながら俺はひとつ、ひとつのフレーズを叫んだ。

採点?決勝戦?もうそんなもん、関係ねぇよ!この状況下で俺達は「怒り」を表現する事をさっき決断した。綱渡りのギリギリな感情線。それを引きちぎる勢いで雨のスピードは加速していった。

「ヘイトミー、ヘイトミー、叫んでるよ 頭んなかで ヘイトミー、ヘイトミー、ボクがいなくて問題ある?

ヘイトミー、いっそキルミー、腹んなかの欲望は爆発寸前さ」

「ヘイトミー!!」全力で叫ぶとマッスが観客を煽る。ニルヴァーナの「rape me」のようなかんじで「ヘイトミー」の大合唱が起こる。

ボクにプラカードを掲げ続けていた女の子が力なくそれを下ろした。いいんだぜ。この町で一番ボクの事が嫌いで構わない。ヘイトミーって叫んでくれ。

「ヘイトミぃ~、イヤァ!!」

最後のフレーズを叫ぶとTVが一気にCMに切り替えた。持ち時間ギリギリで2分20秒の曲をやり終えた。ギターもベースもない、いわばアンプラグドの状態でボクらT-Massは初戦を戦い終えた。

肩で息をしていると髪をセットし直した『THE 桜高軽音部'Z』の面々がステージに上がってきた。CM 明けで結果発表が行われるらしい。

マッスに腕を引かれて立ち上がるとボクはマッスに小さく言った。

「こうするしかなかったんだよな、俺達」

雨の雫が滴り落ちる眼鏡を外してマッスは言った。

「ティラノ、お前はよくやったよ。お前は俺にとって最高のロックンローラーだ。結果がどうであれ、心から尊敬してるよ」

「雨が強くなってきたな」

マッスがシャツの裾で顔を拭った。泣いていたのかもしれない。スタッフに促され、うなだれながらボク達T-Massは審査員からの結果発表を待った。

       

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