Neetel Inside ニートノベル
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ボクらがサンライトステージの会場に入るとたくさんの人が握手を求めてきた。

昼間っから酒を呑んで出来上がちゃってる大学生、お菓子をくれる親切なおばちゃん、革ジャンに身を包んだシェケナベイベーな定年老人など

様々な人々がボクらのライブを会場で見つめていた。

「すいません!次の対戦がありますんで!次も絶対勝ってきます!」

スタッフ専用通路を通るボク達3人にがんばれよー、と歓声が飛んだ。

正直次の『惨劇メークアップ』にどうやって勝てばいいか考えてなかったが応援してくれる人達の前で笑顔を絶やしたくなかった。

「鱒浦君、ちょっといいかな?」通路を抜けると色の違うシャツを来たスタッフがマッスを呼び止めた。

「大会のルールでちょっと」「わかりました。行ってくる」

マッスとベテランスタッフが横の小道に入っていくとボクはあつし君と2人きりになった。後ろにいたあつし君がちょいちょい、とボクの肩をついた。

「ティラノ、ちょっといい?話したい事があるんだ」「え?」

ボクは立ち止まってあつし君に聞き返した。

「あそこのベンチに座ろう」

あつし君に促されボクら2人はスタッフ通路脇の草場の上に置かれたベンチに座った。

「おいおい、またラノベを貸してくれって話じゃねーだろーな」

ボクが足を組むと決心したようにあつし君が口を開いた。

「おれ、この大会が終わったら三月さんに告白しようと思うんだ」
「おーい、変なフラグ立てんなって...ってはい!?」

ボクがベンチを飛び上がると恥ずかしそうに頭を掻いてあつし君は続けた。

「最初にあった時からいい感じだな、って思ってて。自分に自信が出来た時に自分の気持ちを伝えよう、ってずっと思っててさ。
今回ティラノ、マッスと一緒にこうやってテレビやみんなの前でライブすることで初めて自分に自信が出来た、っていうか...ティラノはどう思う?」

ボクはアゴが外れたようにぽかんとした顔で彼の話を聴いていたと思う。初めてあつし君と出会った時はちっぽけで頼りない高校2年生だと思っていた。

でも彼はボクらとバンドをすることによって次第に顔色が明るくなっていった。細かった二の腕もずいぶん太くなった。そんな彼が密かに恋をしていたなんて。

ボクはなんだか弟や後輩に先を越されたみたいで悔しくなった。

「この~俺が知らない所でいっちょまえにオトナになりやがって!」

ボクが肩を小突くと真剣な顔をしてあつし君が聞いた。

「ティラノはどうなんだよ?」「は?」
「ティラノは三月さんのこと、好きじゃないのかよ?小学生の時からの幼馴染なんだろ?」
「なんだ、そんな事気にしてたのかよ!」

ボクはベンチから立ち上がり両手を広げて彼に言った。

「もうとっくに振られてるに決まってるだろ。毛の生える前、毛の生えた後、高校に入った後もちんこ見られてるんだぜ。その度に
きもーい、まじありえなーいって顔されてさ。それに三月さん少し気が強いっていうか...バイオレンスタッチだろ?紳士なボクには少し不釣り合いかな、って思ってさ」

「そっか、ティラノ...ありがとう」

あつし君がありがとう、と言った意味がその時はわからなかった。本当はボクも三月さんが好きだったのかもしれない。

でもそれ以上にこうやってみんなとバンドを組んで勝ち上がっていくのが楽しかった。本末転倒だ。モテるためにバンドを始めたのに!

「あっはっはっは!!」

ボクが腰に手を当ててわざとらしく笑うとあつし君も横に立って同じように笑った。なんだかすごく恥ずかしかったので笑ってごまかそうと思ったのだ。

「マッスには秘密にしてくれよな」
「ああ、童貞2人だけの秘密だ。てかそのまま卒業しちまえよ。あの背毛ボーボー女で」
「うわー、その情報、知りたくなかったわー」

「おい!...お前ら何やってんだ?」

後ろからマッスがボク達に声をかけた。「んーん。マッスには秘密だかんね!」

「なんだよそれ...それより今話してきたけど結構運営サイドがモメてるらしい。このままツイッター投票を続けるべきかって」
「むこうのステージでもひと波乱あったんだろ?」

あつし君が聞くとマッスはうなづいた。

「このままいくと『惨劇メークアップ』が圧倒的投票差で優勝だからな。町長が顔真っ赤にして怒鳴りちらしてたよ。審査員投票の意味がないじゃないかって」
「それで?俺たちの対戦からツイッター投票はなし?」

あつし君が目を輝かせた。暗野らの裏工作による10万票の自動ツイッター票がなくなれば純粋に審査員票での争いになるためそうなればボクらT-Massにも勝機はやってくる。

「いや、残念ながら俺らの対決を見てから決めるらしい。あの町長、自分の娘のバンドが負けなければそれでいいらしいぜ」
「そうか...」

あつし君がうなだれるとボクは声を張り上げた。

「そんな事関係ねぇだろ!俺たちが10万票とってアイツラに勝てばいいだけの話だろ!ロックンロールで世界を変えるんだろ?そんな弱気で女がおとせるかよ!!」

「え?なにいってんだ?おまえ?」
「あわわ...なんでもないよ!そうだな!...よし!悩んでたってしょうがない!正々堂々勝負して『惨劇メークアップ』に勝とうぜ!みんな!」

あつし君が話をまとめるとボクらは草場のベンチの前でいつものように手を重ね合った。小学生くらいの子供がフェンスの隙間からボクらを覗いている。

「いくぜ!」「おう!」「セックス!」
「ねー、ままー、せっくすってなにー?」

「キミらが生まれてきた、いともたやすくおこなわれる素晴らしい行為だよ」
「知らねーくせに、偉そーに」

母親を振り返る子供らに真実を伝えるとボクらはステージ裏に向かって走り出した。持ち時間一杯。ボクたちT-Massのラストダンスの幕があがった。

       

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