Neetel Inside ニートノベル
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ボクらが2曲目に演奏し始めた曲の名は『Screen Out』。

「本番までにもう1曲仕上げてこいよな」と言ったマッスが予備として作った曲だ。

しかし予備として持っておくにはもったいないポテンシャルを持った曲であるためこの場での発表になった。

ボクのギターのイントロに合わせてマッスがマイクに顔を近づける。

「今日本の状況はどんどん悪化してて それでもなんとか生きてる僕らで

ヤバイなって思っても 俺は政治家や俳優じゃないし 鏡の前で媚でも売ろうか」

この曲のボーカルをとるのはボクではなく作曲したマッスである。時間がなかったのと、ボクが抽象的な歌詞を覚えられなかったっていう事もあるが

中音域がはっきりしているマッスの声の方が歌詞が伝わりやすい、という意見でそのままマッスが歌うことに決まった。

ボクにとって、T-Massにとって初めての経験。体を屈めてギターをカッテングするとベースから手を離してマッスが観客に歌いかける。

「空から映した3カメさんから僕らの影が消えて行った」

「遠く向こうの空で キミが泣いてたのを 知ってるのは僕だけでいい

そんな思い出さえ 切り離してしまえるのは きっと無知なんだろうね」

マッスの綺麗なファルセットが決まるとボクはCのコードを思い切りかき鳴らした。ジャンジャンジャンジャン、ジャカジャカージャン。

オーディエンスの縦ノリが激しくなる。ライブ中、ボクは半分位意識をボーカルに集中してるため演奏中のお客さんの姿を冷静に眺めたのは今回が初めてだった。

客席に目を移すとあつこさんが目頭を押さえ、岡崎は力強くドラムを叩くあつし君を見て警棒をスティック替わりにしてエアドラムを始めていた。

はは。岡崎も青木田バンドではドラマーだったけっか。

ステージ横の大型ビジョンにはすごい勢いでボクらに投票するツイッターの文字列が流れていく。どの文章にも頭に「白」の文字が踊っている。

「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、 見ているか暗野由影。これが俺たちの暴動。ホワイト・ライオットだ。

流れる汗を吹き飛ばしながらあつし君は堅実に、そして時に大胆にタムを回しBPM180を超える高速チューンに生命を吹き込んでいる。

お前の猛々しいその姿にあのじゃじゃ馬をきっとなびいてくれるはずさ。マッスが再びマイクに顔を近づけ、2番の歌詞を歌う。

「昔宇宙の電話ボックスで見かけたのは子供のままの僕の姿

無邪気な顔で明るい曲のリクエスト。それだけじゃ生きていけねぇ」

マンガやSFのような歌詞がT-Massの世界観に新しい彩りを加える。しかし「それだけじゃ生きていけねぇ」とタフな現実を見据えているのが実にマッスらしい。

ボクはギターを一度弾き下ろすと飛び飛びになった音符達をタイで繋いだ。

「空から映した1カメさんから未来の世界が動いていった」

「遠く向こうの空で キミが笑ってたのを 覚えてるのは僕だけでいい

そんな思い出達 受け止めてしまえるのは きっと無垢なんだろうね」

ギターソロはいらない。3人の鋼鉄の絆と突き抜けるような疾走感があればそれだけでいい。初めてこのギターをアンプに繋いで音を出した時の衝撃を思い出した。

電流を帯びた弦が空気に弾けアンプを通し世界に音楽が生まれる。その初期衝動をいまだにこの体は覚えている。楽しい。音楽が楽しい。このままずっと3人で音楽を続けて行けたらいいのにな。

マッスが最後のパートを歌い始めた。

「青い空 回る雲 湿らす雨 それがあれば生きていける どこでも...」

「らーららららー、らーららららーららららららーらーらー」

コーラスを繰り返すマッスの顔には一点の曇りもない。澄み切った青空のような、なんの悩みもない顔だ。終わっちゃう。終わっちゃうよ。痛む足首の事も忘れ、ボクはギターを抱えアンプの上によじ登った。

見てろよ、これがT-Mass最後の咆哮だ。新月に吠えるぜ!Tーれっくす!マッスのコーラスが終わるタイミングで俺はアンプから飛び立ち、このステージで一番高い音源からCのコードを弾き下ろした。

空中でマッスと目が合った。「おまえ、そんな事やって大丈夫なのかよ!?」ボーカルに集中して周りの動きを見ていなかったマッスが視界に飛び込んだ俺に驚いた目で問いかけた。

大丈夫とか、大丈夫とかじゃない。これが俺の音楽だ。着地を踏み外すと視界が急に遮られた。

「ティラノ!」マッスとあつし君が呼ぶ声が聞こえる。これでいい。これでいいんだよな。

全滅してGAME OVER になったRPGゲームのプレイヤーのように客観的にステージに倒れ込む自分をボクは眺めていた。

       

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