Neetel Inside ニートノベル
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俺がT-Massの楽屋に戻るとあつしとティラノの2人がテレビの前に座っていた。TVの画面には静止画で近所の文房具店のCMが映し出されていた。

あつしがドアを開けた俺を振り返った。

「さっき、スタッフが来ておれ達の演奏順が『きんぎょ』の後になったってさ。運営もティラノの事、考えてくれてたんだなー」

そう言うとあつしは再びテレビに目を戻した。あいつらは自分の利益の事しか考えてねぇよ、という言葉を飲み込み、ティラノの横に座る。

「足、大丈夫か?ティラノ」
「うん、なんとか」

ティラノは短く言葉を返した。こめかみには脂汗が浮いている。少しでもこいつを休ませてやらなきゃな。俺は会話を打ち切りTVに目を移した。

「さぁ!第10回サンライトライオット!遂に決勝戦を迎えました!松永さん、決勝のルールを紹介してください!」
「はい!決勝戦はサンライトステージを勝ち上がった『T-Mass』とムーンライトステージを勝ち上がった『きんぎょ in the box』の2組で争われます。
決勝戦は1曲のみの演奏で採点はいままで通り審査員投票とツイッター投票の総合得点で優勝が決まります!」

「はいー、松永さんありがとうございます。色々問題視されていたツイッター投票ですが最後までやりましたね、これ」
「そうですねー、私も『惨劇メークアップ』の10万票を見たときは驚きました。あ!いま『きんぎょ』の3人がステージに上がりました!
ベビードール!ベビードールです!江ノ島エスカさん!表情はやる気満々といった表情!お聞きいただけますでしょうか、この大歓声!
CMの後、いよいよ決勝戦、スタートです!」


「うわー、むこうのボーカル、ベビードールだってよー」

あつしがテレビにかじりつく。3月の夕暮れ時だってのご苦労なこった。連中もどうしても優勝を手にしたいらしい。ティラノが股間に手を伸ばし、そして止めた。

CMが開けて司会者がテンション高く声を張り上げる。

「はい、いよいよ決勝戦がスタートする訳ですが、驚きましたね竹垣さん!あんな破廉恥な、といったら失礼ですがあの格好でライブを演る訳ですか?」

ギターのチューニング中、エスカが観客に背を向けると尻には生地がくい込んでいる。ティラノがまた股間に手を伸ばし、そしてこらえた。

「そーでしょーねー。『性を売る』というのは彼女が一番嫌悪している事だと僕はインタビューで聞いたことがあります。
その彼女がそこまでして勝ちたい、というのはこのサンライトライオットの重みを知っているからでしょう。...はい、準備ができたようです!」

カメラが切り替わりマイクスタンドの後ろにレスポールを抱えたエスカの姿が映し出される。その姿はグラムロックの女性ボーカルにも下着姿で踊るアイドルにも見えた。

ひょろっとした手足にほとんど膨らんでいない胸はお世辞にも色っぽいとは言えなかった。しかもあまり着慣れていないのか動き方がぎこちない。

寒さか、恥ずかしさかはわからないが少し震えているようにも見えた。マイクを握り締めると彼女は観客に向け絶叫した。

「ジロジロいやらしい目で見てんじゃねーよ!!」

口笛を吹いていた男連中が黙りこくる。おいおい。いやらしい格好をしてるのはお前の方じゃないか。深く深呼吸をするとエスカは再びマイクを握り締めた。

「聞いてください『誰かはいらない』。」

メンバーを一度ちらっと見ると歪んだギターのイントロから轟音のリフを刻み始めた。俺も事前に『きんぎょ』のCDを聞いてみたがこの曲は聞くのは初めてだった。

曲調は8ビートのギターロック。シンプルなコード進行ゆえに客がノリやすく歌詞が頭に入って来やすい。

エスカのとなりでベースのカイトが飛び跳ねるように運動神経の良い低音を弾き出す。

「知っているのよ 誰かはいらない 私は私がいいの 誰かはいらない あなたがいいのよ 誰かはいらない」

「誰かはいらない」と繰り返すエスカの後ろでドラムの杏がリズムを刻む。長い金髪を激しく振る姿は壊れたドール人形のようにも見えた。

その姿が退廃的な歌詞の世界観とマッチしていてなおさらエスカのベビードールが浮かんだ別世界のもののように思えた。

2回目のサビが終わりギターをミュートするとピックを握った手でエスカはカメラを指さした。


「誰かはいらない」

残響が鳴り止むと一斉にオーディエンスの拍手が鳴った。テレビの画面左下に「このあといよいよT-Mass登場!」というテロップが出ると俺は立ち上がった。少ししてあつしも立ち上がる。

「誰かはいらないって一緒に全国ツアー周ってたDarekaのことかな?」
「知らね。いまはそんな事どうだっていいだろ。ティラノ、立てるか?」
「ああ、なんとかね」

俺がティラノの肩に手を回し、起き上げると奴はふー、と息を吐き難儀そうに一点を睨んだ。

「この楽屋からステージ裏は目と鼻の先だ。階段も4段しかない。ラスト1曲、これに俺たちの全部をぶつけてやろうぜ!」

肩を揺らし、ティラノに気力を注入する。思えばこいつとふれ合うようになってから俺もずいぶんこいつに性格が似てきたように思う。

「いつものやる?」

あつしが体に対し、大きい頭を揺らして俺たちに聞く。ティラノは小さく笑うと俺たちの前に腕を差し出した。

「ラスト!T-Mass一本、入ります!」「いくぜ!」「おう!」「セックス!」

「だれかはいらなーい」

小さな声でエスカの物真似をするティラノを笑うと俺たちT-Massは3人で肩を組んで狭すぎる通路を抜け優勝を決めるステージに向かった。

       

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