Neetel Inside ニートノベル
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「やったな俺たち」
「ああ、頑張ったよ」
「出し切った。もうキンタマからっからだよ」
ステージから地下に降りる長い階段。ボクはひとりでは歩けないので背の高いマッスと同じくらいの背のあつし君に抱えられて1段ずつ段差を乗り越えていた。

「まじであんな演出考えるなんて思わなかったよ。お前そういう事に関しては天才的に起点が効くよな」
「マッスが演奏順をずらしてくれたおかげさ。そのおかげで傷の痛みにも慣れたしあのアイデアも思いついたんだ」
「え?そうだったんだ、おれ全然そんな事気付かなかった」
「いいって。まぁ、さすがに俺らもベビードール着てライブ演る訳にいかないからなー」
「まぁ、ここに全裸で学祭ライブ演った男がいるんだけどね」
「あった、あった。そんな事。あの時は本当にお前、クスリでもやってるのかと思ったよ」

学祭でのライブを思い出してボクらは笑う。ボクの背の高さに肩の位置を合わせ左肩を支えるマッスが言った。

「ティラノ、覚えてるか?お前がバンド組むって言った日のこと」
「ああ、覚えてるよ」

ボクは高校入学当初の記憶を遡った。青木田達にいじめられ、ボクは連中を見返すためにバンドを組むと彼らの前で宣言したのだ。

そしてその後、あつし君が加わりマッスや三月さんとみんなでカラオケに行ったり楽器を買いに行ったりスタジオに行ったりした。

あの時は全てが初めての経験で、子供の目に映る世界のようにすべてが美しく見えた。

今後それが習慣化して時間に風化され美しくなくなってしまっても彼らと過ごした時間はボクにとって宝物だ。右肩を支えていたあつし君がボクに言う。

「病院でティラノが単独ライブ演ったの覚えてる?あの時は少し感動したよ」
「はは、あつし君は単純だな」

青木田達との死闘で右足首に傷を負ったボクは向陽町の病院に3ヶ月入院した。その時に心に傷を抱えたユキヒロや人生に行き詰まりを感じている中年達と出会い

恩癖がましいと思いながらも彼らのために病院のロビーでライブを決行したのだった。

演奏した曲はアニキがスコアをくれたビートルズのヘイ・ジュードとアニキが作った曲。アニキは今日、夏に行われる公務員試験に向けて勉強しているのだろうか?

それともテレビにかじりついてボクらの演奏を見ていたのだろうか?家に帰ればわかることさ。ボクは彼らと会話を続けた。

「この大会で優勝してレコード会社とかがワーって俺たちを取り囲んだらどうする?学校辞めて音楽に専念しちゃう?」

ボクの提案にマッスが笑みを返す。

「それもいいな。俺、物理の授業とか全然わかんなくなっちゃってさ」「俺たちが引き寄せあう力。それが引力。お分かり?」

ボクらが声を合わせて笑うとあつし君が思い立ったように口を開いた。

「おれ、4月から高校3年だからさ。進路の事とか色々あるから練習、あまり出られないかもしれない。大丈夫かな?」
「今日たくさん演奏したろ?5曲だっけ?もうしばらくはお腹一杯って感じ。早く家に帰って休みたい」

タフなマッスもさすがに今日の体験は堪えたようだ。そうだな。帰ろう。すると次の瞬間、結果発表を告げるアナウンスとオーディエンスの大歓声が通路に響き渡った。

ボクらは顔を見合わせて痛快な笑みを浮かべた。やれやれ、まだ当分家には帰れそうにないな。ボクは2人の肩から手を離し、振り返ると

片足飛びで降りてきた階段をのぼり始めた。

その姿を見て2人が振り返る。暗い通路の先は光りが差し込んでいる。ボク達はいつものように声をあげた。


エンドロールはいらない。終わり方は俺達で決める。3体の恐竜は拳を突き上げて暖かい光りの向こうに叫び声をあげた。

       

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