Neetel Inside ニートノベル
表紙

T-れっくす
3rd Albumu ホワイト・ライオット・ボーイ<Disc 3>

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農場での修行の日々を終え、向陽町に大寒波が押し寄せる頃、遂に対決の日がやってきた。

ボクがそわそわしながら部室の椅子に座っていると鞄から袋を取り出した三月さんがボクに笑みを向けた。

「はい!ティラノ君!これ、今年分の義理チョコ!」
「あ、どうも!...ありがとうごじゃいます...」

そう。今日はバレンタインデー。しかしこんなにはっきり義理と言われるとは。

ボクは同じように義理チョコを受け取ったあつし君と共に部屋の隅で今度のバンドバトルのパンフを見ているマッスに話しかけた。

「よおマッス!三月さんからもらった?義理チョコ?」

「あ、ああ。まあな...そんなことより大会まで後1ヶ月だぜ?ティラノ、お前ちゃんとした曲書いてるのかよ」

おなじみのセリフを吐くマッスを見てボクはちっ、ちっと指を振った。なめてもらっちゃ困るぜ。椅子に後ろ向きに座ったあつし君が言った。

「やっぱ大会前にどっかでライブ演ってみた方がいいんじゃないかな」それを聞いてマッスがパンフから目を離した。

「そうだな。俺たちはバンドとして絶対的にライブ経験が少ない。いきなりぶっつけ本番でいってもトチる可能性が高いからな」
「場所はどうする?」

話を進める二人にボクは意見を提案した。

「ライブを演るんだったらあそこしかないじゃん」
「あそこって?」
「やれやれ...去年の猛暑の惨劇を忘れたのか。ザ・ロックスで演るに決まってんだろ!」
「ザ・ロックスね...去年のリベンジマッチといくか!」
「今の時期はスケジュールも空いてるだろうしね。浜田さんとも仲良くなったから入れてもらえるよ」

「よし!そうとなったら決まりだ!俺のギターでもっかい世界をざわつかせてやるぜ!!」
「その前に曲作れってーの」「マッス、きっつー」

輪になって笑うボクらを見て三月さんがつぶやいた。

「いいなー。青春って感じ。私もみんなとバンド組めばよかった」
「三月さん!リードギターのポジション、空いてますよ!」

普段地味なあつし君がここぞとばかりにボクを冷やかす。

「三月ちゃんも『T-Mass』のメンバーの一人だよ。ライブの日程が決まったらブログとツイッターでライブ情報を拡散してね」
「うん!今度は失敗しないようにちゃんとやるよ!」

一緒にステージに上げれないのが残念だけど満足そうに三月さんは笑った。

「さすがにもう客が3人、とか他の出演バンドに演奏中断されるとか、そういうショボいのからは卒業しようぜ」

ボクが輪の中で声を張るとみんなが真剣な眼差しでボクを見つめた。ボクはいつものように掛け声を入れるべく右腕をみんなの前に差し出した。

『T-Mass』のリーダーであるマッスが察したように声を張り上げた。

「俺達の次の目標はバンドバトルで優勝することだ!その前に『ロックス』でリベンジを果たす!」
「俺達の歌で世界を変えてやろうぜ!」
「いくぜ!」「おう!」「セックス!」「あ、あなるふぁっく!!...」「...へ?」

最後に手を重ねた三月さんが訳の分からない事を口走ったのでボクらはゲラゲラと笑いあった。三月さんはロッカーとしてある意味才能があると思う。

「よし、それじゃライブに向けて練習しないとな」あつし君がドラムキットに向かうとボクとマッスはそれぞれギターとベースをケースから

取り出し晴れの日に向けて演奏を開始した。決戦に向けてのカウントダウンが近づいてる。そんな空気を冷えた季節の風から感じていた。

     

「じゃ、それじゃまた明日」「おう」

学校の門の前でボクはみんなと別れた。今日は家に帰ってギターの練習でもしよう。交差点に差し掛かると茶髪でキレイめの女の子が声をかけてきた。

「ごめーん、キミ、ちょっと時間ある?」新手の美容院の客引きだろう。ボクが足を早めるといきなり襟首を掴まれた。

「はひっ?」「無視してんじゃねーよ。ほら、ファミレスん時の!」
「あ、サワホマレさん!」
「違う!由比ヶ浜絵兎(ゆいがはまかいと)だ!ちょっと話があるんだ。そこのファミレスに行こう」
「ちょっ、ちょっと」

ボクはカイトさんに拉致され、引きずられながらファミレスの席につかされた。とりあえずこないだの無礼を謝っておこう。

「いや、そんなことで呼んだんじゃないから。ウチらのバンドのこと」

へ?ボクが口を開けているとグラスの氷をかき混ぜながらカイトさんは話し始めた。その声には以前のような覇気を感じなかった。

「先月から昨日まで『Dareka』ってバンドと全国ツアー周っててさ。主要都市7つ巡って地方で演ったりしたんだけどね...
客のノリがイマイチでライブ中にエスカと杏がキレちゃって。杏がそのままホテルに帰っちゃってさー。その後Darekaの今吉さんにドラム叩いて
なんとかそのライブ乗り切ったんだけど『契約違反だ!』ってマネージャーにこっぴどく怒られちゃってさ。途中で空中分解状態になっちゃったわけ。
『きんぎょ』っていうバンドは」

目線を上げカイトさんは話を続けた。

「結局客がウチらに望んでることって演奏技術や楽曲の善し悪しじゃなくて『かわいい女の子が楽しくバンドやってる様』なんだって。
マネージャーが言うには。はらわたが煮えくり返ったよね。ウチらがどんなに頑張って演奏しても男の客は顔や唇、胸元しかみてない。
それを考え始めたら気持っち悪くてさー。ツアー後半はメンバーみんな口聞かないし、最悪だったよ」

声を震わせるカイトさんをボクは直視できなかった。ボクはいままで当然のようにかわいい女の子がいたらそっちの方を向き、

巨乳の女の子がいたら胸が揺れる様を凝視し、スカートの短い女の子がいたら強風でめくれることを祈りながらその子の後ろをついて歩いていた。

もしそれが逆の立場だったら、なんてことは考えたこともなかった。すっかりぬるくなってしまったグラスを傾けながらカイトさんは言葉を吐いた。

「エスカのやつ高校卒業したら服飾関係の大学通う、って言ってんだよね」それを聞いてボクは言った。

「バンドの収入が不安定だからですか?」
「それもあるけど...いま不景気じゃん。音楽なんてチャラついた仕事よりちゃんとした仕事につけって親がうるさいらしいんだ」

「そんな...」ボクは夏祭りでのエスカさんの演奏を思い出した。あんなに人を惹きつける魅力がある人が自分から夢を諦めてしまうのはもったいない。カイトさんが本題を切り出した。

「今日キミを呼んだのも『光陽ライオット』を辞退することを伝えるため。ウチらはもう無理だ。ライブ、頑張ってよ」
「無理じゃない!!」

「...えっ?なんでキミがそんなこと言えるの?」

ボクは立ち上がってテーブルを掴んでいた。感情が抑えられなくなっていた。

「わかんないけど...あんた達と決着をつけないと俺達が前に進めない気がするんだよ。勝ち逃げなんて許さない。エスカさん今どこにいる?学校?」

「たぶん予備校。駐輪場にある黄色いチャリ、使っていいよ」

テーブルに投げ出された鍵を握るとボクは席を駆け出していた。そのままカイトさんの自転車に乗ると街中を全速力で漕ぎ出した。

商店街の隅にあるビルから学生が出てきたのが見えた。その中からショートボブの女の子を見つけるとボクは車輪を思い切りその子にぶちまけた。

「あずさあたっく!!」「うがっ!?」「キャー!!」「ちょっと、おまえ何してんだよ!」「警察!」「救急車!」

穏やかな商店街の空気が一転する。「ティラノ君...!?」よろめきながら立ち上がるエスカさんを見てボクは叫んだ。

「エスカさん!『きんぎょ in the box』として光陽ライオット、出てください!!ボクはT-Massのメンバーしてあなた達に勝ちたい!
同じ舞台に立って世の中を見返したい!『壁』なんだあんたは!俺にとって超えるための!だからライブに出てくれ、頼む」

自転車の横で頭を下げるボクをみてエスカさんは声を振り絞った。

「女にモテるためにバンド始めたヤツが散々あたしの周りかき回してその上、宣戦布告?アッタマきた!!あんたなんかに負けるワケないでしょう!?
光陽ライオット、ちっこいチンポしごいてまっとけ、このクソガキ!!」

派手に中指を立てるエスカさんの後ろでパトカーが唸るのが聞こえた。ボクは自転車にまたがるとエスカさんに頭を下げた。

ボクの気持ちに答えてくれたありがとう。自転車を漕ぎながらボクは自分が楽しくバンドがやれていることに感謝していた。

     

「T-Massの方々、出番です!」

ライブハウス『ザ・ロックス』の楽屋、スタッフが次に出演するボク達を呼びに来た。

あつし君がトイレから出て、マッスがゆっくりと立ち上がるといつものようにボクらは掛け声を入れた。

「T-Mass、一本入ります!」「いくぜ!」「おう!」「セックス!」

スタッフが苦笑いを浮かべ以前通った細道へ誘導する。ボクらの前に演奏していた『となりの壁ドンドンズ』のボーカル、ドンキホーテ浜田さんのMCが防音用に作られた凸凹の壁を伝って響く。

舞台袖で待たされるとマッスがボクに耳打ちをした。

「なぁ、本当にあの曲演るのかよ」「だいじょぶだって。その後にアレ演るんだろ?」
「そうだけどさ...」

「ドンキさん、次の演者、準備できました!」

スタッフが小声でマイクを掴んでいるドンキさんに合図を出した。スタッフにうなづくと滋賀県出身の関西かぶれのコミックバンドの歌い手は話を締めくくった。

「えー、ホンマ、俺らも結成して結構経つんやけどね...お、今日はここでニューフェイス、期待の新人を紹介したいと思います!」

会場がえー、という微妙な雰囲気に包まれる。それもそのはず、『ドンドンズ』は本日のライブのトリであり、多くのお客さんは結成15周年を迎えた長寿バンドの演奏を観に来たのだ。

「本当に大丈夫かな」あつし君がボクの後ろで声を震わせた。ドンキさんがスタッフから渡されたボクらのバンドの概要を書いたメモを見ながら話を続ける。

「えー、バンド名は『T-Mass』!「Mass」って「Math」やないんか?数学の?へ?そんなこと言われてもわからんて?...メンバーは向陽高校に通う高校生3人組。
おい、おまえら高校生やぞ。しくじってもあんまりひどいこと言わんといてや!」

ドンキさんがオーディエンスをイジるとフロアから笑い声が響いた。それを聞いてあつし君がほっと、息を吐き出した。

こういった優しさは助かる。後でお礼を言っておこう。スタッフが再びドンキさんに合図を出した。

「さぁ!鬼が出るか、蛇が出るか!それでは登場してもらいましょう!!『T-Mass』の3人です!はりきってどうぞ!!」

前回同様、入場のSE、T-Rexの「20th century boy」がフロアに鳴り響く。ボクらは決意を固めて見つめった後、強くうなづくと暗幕の影からステージにあがった。

後ろの壁一杯まで入ったお客さんから拍手が鳴る。その数はいままでボクらのライブでは経験したことがない人数だった。「よういちー!」

女の人の声がする方を向くと赤いセーターを着たあつこさんが空港でアイドルを出迎えるみたいに大きく両手を振っていた。

「カノジョが見に来てくれて良かったじゃねぇか」ベースを抱えたマッスが意地悪くボクを茶化した。足元のエフェクターをチェックし終えるとボクは額に手をやった。

絶対に上手くいく。ステージ下に降りたドンキさんが腕を組んで見守る中、ボクはクリーン系のエフェクターを踏んでギターのアルペジオを奏で始めた。T-Massのリベンジマッチが始まった。


「朝目覚めると 昨日のキミの抜け殻がいて、僕はそれを抱きしめる~」


観客が少しずつどよめき始める。ボクらが一曲目に選んだのはおなじみの「ボクの童貞をキミに捧ぐ」ではなく「Moning Stand」。

普通ライブの1曲目にバラード曲を持ってくるなんてことはまずない。不意打ちに面食らうオーディエンスを横目にサビの手前、ガガガ、ガガガとディストーション系のエフェクターを踏み込む。

これはレディオヘッドの「クリープ」という曲からイメージを得た。


「まぶたに残るキミと昨日の翳(かげ)~掴もうとしても掴めない 雲のようにすり抜けていく。そこにいてよ~いますぐキミを見つけにいくから~」


予定調和を少し崩したサビの歌詞がマイクから放たれると曲の途中だというのにお客さんから拍手が鳴った。練習の成果もあり客観的に見てもボクらの演奏技術は格段に上達していた。

最後のフレーズを歌い、アウトロのアルペジオを弾き終えるとたくさんの観客から暖かい拍手が鳴った。

「予想外だ」「こんなに期待されると次の曲がやりづらいな...」あつし君とマッスがマイクから顔を離してつぶやく。マイクを握るとボクはMCを始めた。

「えー、浜田さんから紹介預かりました、『T-Mass』です!どうぞよろしく!」観客から拍手が鳴る。

「ボクらは学校の放課後に毎日音楽室で練習をしています。あ!でもボクはとらぶる起こして今年度は留年する予定です。ハハッ!」

ボクのキャラを掴みきれていないオーディエンスが中途半端なリアクションをする。「余計なこというなや。次の曲いくぞ」マッスが急かすのでボクはMCを締めくくった。

「もしかしてボクらの事、マジメな文学系ロックバンドだと思った?残念!偏差値42の底辺校のカースト最底辺の低俗パンクバンドです!
全国の女子高生のミナサン、焦らしてごめんね!『ボクの童貞をキミに捧ぐぅ~~!!!!!』」

前の方にいた三月さんがあちゃー、という顔をするのが見えたが関係ねぇ。この曲こそがボクの純情なんだ。3分の1も伝わんないし、

5分の1も煉獄につぎ込んでいない。でも言葉にはできない思いがここにはあるんじゃ!しゃぶるようにマイクに口をくっつけるとボクらは性欲を具現化した

モンスターチューンをフロアにぶちまけていった。後半へ続く。

     

「俺、この曲、演りたくない」

放課後の部室での演奏でマッスがマイク越しに言った。マッスがボクの作った曲をやりたくないと言うことは以前からあった。

ボクはとなりでベースのペグをいじっているマッスをなだめるように言った。

「おいおいマッス、ライブまで日にちがないんだぜ」「そうだよ。別に下ネタ系の曲じゃないじゃん」

後ろからあつし君がボクの意見に賛同する。「何が嫌なんだよ?」マッスが下を向き、鼻の下に指を置いてつぶやいた。

「いや、何が嫌って歌詞だよ。この歌詞は俺の青春時代を全否定してる。表現者として自分の嫌なことはやりたくない」

おいおい。ボクはオーバーリアクション気味に両手を広げてマッスにこう提言した。

「マッスー。考えすぎだぜー。歌詞がアレっていってもこれは表現のひとつだぜー。これは歌の歌詞であって現実のことじゃないんだ。
それに王道に歯向かっていくのがロックンロールだろ?」

「都合良くロックンロールを使うなよ」「まあまあ、一度ライブで演ってみてダメだったらもうなしってことで。それでいいだろ?」

あつし君がボクとマッスの間を仲裁した。マッスが納得いかないように元のベースポジションに戻った。

「まぁ、一応演ってみるけど...本番まで時間がないんだぞ。これがウケなかったらどうするんだよ?」
「大丈夫、そしたら本番までにスーパーラブソング書いとくから」
「OK。じゃあ今度のライブでこの曲がスベったらラーメン一杯おごれよ」「わかった。じゃ、始めようぜ」

ボクらはその後、その曲を練習し今日のライブを迎えた。ズンチ、ズンチ、ズンチ。あつし君のドラミングが響く中、ボクは演奏中の曲の最後のフレーズを叫んだ。

「だからだからだからボクの精液をキミにそそぐぅー!!」

間奏中、ボクは目を細めてお客さんのリアクションを見た。みんな鳩が肛門に鉄柱をブチこまれたような顔をしてやがる。この「つなぎ」はナシだな。

最後にマッスとジャンプして音をキメると観客からパラパラとまばらに拍手が鳴った。着地するとボクらはそのまま次の曲のイントロを弾き始めた。

マッスが「大丈夫なんだろうな?」という顔でボクを睨む。ボクらの間で物議を醸している曲の名は「少年ジャンク」。

静電気が走るマイクに下くちびるをくっつけるとボクはその曲を歌った。

「俺は昨日、眠ったふりをしていった 種まきが俺の日課さ
テレビをつけたらおんなじアイドルが 昨日とおんなじ歌を歌ってる」

(しーらねぇよ)

コーラスを終えるとマッスはうつむいて立ち位置を確認した。構わずにボクは歌を歌った。

「退屈な俺は漫画を広げった 海賊漫画が表紙を飾ってる
終わりの無い彼らの航海は 終われない旅への後悔だった

しーらねぇよ 知らねぇよ そんなのお前の都合だろ
つまんねぇよ つまんねぇよ 『これ先週とやってる事、同じじゃねぇ?』 oi oi oi oi つまんねぇよ」

1番が終わると観客からフー、という歓声が聞こえた。マッスがかなり不機嫌そうにベースを揺らす。

それもそのはず、この曲はマッスの愛読誌「少年ジャンプ」に喧嘩を売った曲だからだ。しかし、歓声が起こったってことはボクと同じ気持ちの人間が何人かいたってこと。

それが100人に1人でも10000人いたら100人いるってことになる。アイシールドの作者が新人漫画の審査かなんかで似たようなことを言ってたきがする。

「次のページをひらいたっら 『ぎ』で始まるギャグ漫画がやってる
彼らが言う少年誌の限界 そんなの俺らの方が上だって

しーらねぇよ 知らねぇよ そんなのお前の都合だろ
つまんねぇよ つまんねぇよ 『コマにセリフだけ書いてツッコむのってズルくねぇ?』

才能枯れたら とっとと辞めろ! 才能枯れたら とっとと辞めろ! 才能枯れたら とっとと辞めろ! oi oi oi oi !!!! 」

少数の観客が控えめに拳を突き上げる。それを見てマッスが演奏を止めた。おいおい、お前は辞めなくていいって。まったく、この駄々っ子め。

ボクはあつし君と合図し、この曲を途中で打ち切った。「わかった!ナシ、ナシ!!」マイクから離れてマッスをなだめると気持ちを切り替えるように指示をだし、

次の曲のアタマをあつし君に演るよう、促した。ドン、タンドンタ、ドッドタン、ドンタ。バンドとしてきりもみ状態の中、深く歪ませたギター弾き下ろすとボクは本日最後となるこの曲の出だしを歌い始めた。


「きっとキミはボクのことなんか知らないんだろう クラスのスミの気持ち悪いヤツ、そんなボクは主役になれない」


一転してネガティブな歌詞に客が目を丸くする。この曲は意外や意外、あつし君が作詞した曲だ。正確に言うと部室でふざけてあつし君のカバンを開けたら

彼が青木田達やクラスメイトにイジメられていた時の日記が出てきたのでそれをインスパイアしてボクとマッスが書き直した。

「だからそう、みんなそう。」

三月さんが息を呑んで次に放たれる言葉を待つ。ボクは強い力で日記に書きなぐられてた言葉を思い出し英単語を振り絞った。


「ヘイトミー、ヘイトミー、叫んでるよ 心んなかで ヘイトミー、ヘイトミー、ボクの名前は覚えてくれた?

ヘイトミー、いっそキルミー、胸んなかの風船は爆発寸前さ」


「イジメ」をバックグラウンドにした楽曲。その中でも無視される、ということは一番つらいことだ。存在感が薄い、と茶化されていたあつし君にこんな心の闇があったとは。

恐るべし。向陽高の伊藤あつし。静かに盛り上がる客を横目にボクらは最後のフレーズを観客にぶちまけた。


「ヘイトミー、ヘイトミー、叫んでるよ 頭んなかで ヘイトミー、ヘイトミー、ボクがいなくて問題ある?

ヘイトミー、いっそキルミー、腹んなかの欲望は爆発寸前さ」


吐き捨てるようなボクのボーカル。マッスの飛び跳ねるようなとんがったベース。あつし君の日常の苛立ちをぶちまけるような怒涛のシンバルラッシュが鳴り響く中、

ボクとマッスは飛び上がって最後の音をキメた。観客が驚いたように歓声をあげる。「持ち時間一杯です!」後ろの暗幕から叫ぶスタッフさんの声がかき消されたがなんとなく口の動きでわかった。

ボクは汗を拭うことなくマイクを握ってライブを締めくくった。

「T-Massでした!光陽ライオット、優勝してきます!ドンドンズさん、オーディエンスのみなさん、ありがとうございました!!」

ボクとマッスがスタンドに楽器を置こうとするとスタッフさんにそのまま舞台裏に引っ込むよう促された。最後にドンドンズがアンコールをやるから、という風に通路で説明された。

楽屋に戻って汗を拭うためタオルを取ると開口一番、マッスが椅子に座るなりこう言った。

「よし、ティラノ、とんこつらーめん全部載せ、おまえのおごりな!!」

ボクはタオルを顔に載せて毛立った真っ白い天井を仰いだ。はぁ...本番までにもう一曲書かなきゃな。ドンドンズの浜田さんの笑いをさそうMCが耳鳴りのする渦の奥でずっと響いていた。

     

「はいー、いらっしゃいませー...平野君?」
「あー、どうも。お久しぶりです」

ライブの打ち上げ。ボク達は以前お世話になった一之瀬親子が経営するらーめん屋ひいらぎに訪れた。

食券を買ったマッスが一足先にテーブル席に座って注文を取りに来た司くんに食券を突き出した。

「とんこつらーめん、全部のせ!!ティラノのおごりで!!」
「おい、また何かやらかしたのか?平野洋一?」

食券を買うとボクは照れ笑いで席についた。あつし君が今日のライブを統括するように言う。

「いやー、本番前にロックスで演っといて本当に良かったよ」
「ホントだよな。本番で『少年ジャンク』スベってたら大変なことになってたからな」
「おいおい~でもあの曲、結構苦労して書いたんだぜ~?」

ボクはギターケースから愛用のストラトキャスターを取り出した。ラーメンが出来上がるまでに次の曲のアイデアを膨らませようと思ったからだ。

しばらく指で弦を弾いていると頭にメロディが浮かんだのでボクはそれを言葉にしてテーブル席のメンバーに向けて歌った。どっかで聞いたようなこんなメロディーだ。

「ら~くな道に誘われて~ 受給するよあぶく銭
河本の影にヤラれた ナマポファイター、ナマポファイター、遊ぼうYO☆」

「それDOESのバクチダンサーだろ」
「はい、とんこつらーめん3丁お待ち~」

マッスがすぐに曲の元ネタを当てると司くんがラーメンを運んできた。「おい、お前。全部食べられるのか、それ?」

意地の悪い司くんの問いかけに耳を貸さずにマッスは箸を割り、もやしが器の上10cm以上積まれたドカ盛ラーメンに勝負を挑み始めた。

ボクがテレビに目を向けると地元のキー局で町長選挙のニュースがやっていた。再選確実、と紹介されたかっぷくの良い偉そうなおっさんがアナウンサーのインタビューに答えていた。

「毎年経営難と言われている光陽ライオット、サンライトライオットですが今年で最後の大会になるのでは?と音楽ファンの間で噂されています。
実際のところ、どうなんでしょうか?」

「このおっさんだれ?」
「現町長の馳海舟(はせかいしゅう)じゃない?」

あつし君が答えるとマッスが煮玉子をつまんだ箸でテレビを指した。

「向陽町の馳海舟っていったら金に汚いことやってるって有名だぜ?ヤクザや宗教団体からも金をもらってるらしいし、
町おこしのために裏金を撒いたり相当汚いことをやってるって噂だ」

「散々『向陽町は絆の見えるまち』ってキャッチフレーズを吹いて廻ってるけど震災被害者の誘致や瓦礫の受け入れをことごとく断ったりして他の町からの印象も悪い」

「光陽ライオットは向陽町が全国に誇る一大イベントだからな。ライオットの知名度を利用して物販の売上やスポンサー資金を自分の懐に入れようって魂胆なんだろ。本当腹立つよ」

テーブルの周りで罵詈雑言がとぶ。しかしマイクを向けられた町長はそれらの言葉を吹き飛ばすように豪快な態度でアナウンサーの質問に答えた。

「いやいや!キミは何を言っとるのかね?光陽ライオットは今年で10年を迎える向陽町を代表する大イベント!この町の町長として
若者達の希望の火を絶やすことはできまい。選挙期間中は町民のいかなる要望でも答えよう。キミ達の一票に期待している」

「へっ、若者に媚を売りやがって」

カウンターに手をついていた司くんが悪態をつく。「これ、司。客の前だぞ」キッチンの奥から鏡店長が出てきてボクに頭を下げた。

ボクが頭を下げ返すと店長はテーブルの前まで来てボクに話を聞いた。

「平野くん、どうだい?怪我の調子は?」
「ええ、時たま痛みますけど、これはしょうがない、って医者に言われてますんで。しょうがないっすよ。はは」
「あん時は本当にビックリしたよー。ヤクザの息子相手にいきなりチキンレース挑むんだからなー。他になかったのかよ?話し合って和解するとかさ?」
「そんなこと出来る訳ないだろ。ティラノか青木田。どっちかが退学しなきゃいけないような状況だったんだぞ?そんな甘い話で済むなら最初っから喧嘩なんかしてねぇよ」
「お前に聞いてんじゃねーよ。平野に聞いてんだよ」「あんだと、コラ!」

思い出話で小競り合いするマッスと司くんを横目にあつし君が小声でボクに言った。

「ティラノ、正直言って学祭のライブでメチャクチャされた時は腹がたったけどさ。
でもあの時からお前、変わったよ。学祭のライブではみんなに認めてもらえなかったけど今度は大丈夫だよ。優勝出来るようにがんばろうな」
「へへ、ありがと...」

「なんだ、お前らも出るのか。光陽ライオット。俺たちも出場するから決勝戦で会おうぜ!」
「フィッシュマンズのコピーバンドが決勝までいけるほど甘い大会じゃねぇよ。光陽ライオットは」「んだと、てめぇ」
「はは、なんだか楽しくなってきた。店長!ビールひとつ!」
「キミ達は高校生だろ。まぁいい。今日だけ特別だ」

ボクがふざけて店長に酒を頼むとビール瓶を取りに店長はキッチンの奥に戻っていった。ボクは椅子の背で大きく仰け反った。本番が近づいてきてる。あ~。でも全然、良い曲が浮かばねぇ。どうすればいいんだろ。

ボクは人知れず抱えた苦悩を発泡酒の高揚感に預けて、懲りずに口喧嘩を続けているマッスと司くんの二人を眺めていた。

     

「はい!それじゃ、けいおんの平沢唯ちゃんの真似しま~す...だいじょうぶっ、じゃん!!」

「うわ、似てねぇー...」
「いっぺん、死んでみる?」
「お前、本当にけいおん見てるのかよ?」

放課後の部室、煮詰まった新曲制作の気分転換にモノマネをしたボクにみんなの冷ややかな視線が突き刺さった。ボクは頭を掻きみんなにこう答えた。

「ちっ、うっせーな。頭がイカれたふりをしてればいいんだろ、けいおんなんて」
「あ、こいつとうとうアニメ見てないこと認めやがったよ」
「残念だけど当然だよ。割れ厨らしい最期だったね」

「まぁまぁまぁ」

空気を読んであつし君がマッスと三月さんの間に割って入った。本番2週間前ということもあり、プレッシャーでみんなピリピリムード。

おまけに約束したスーパー名曲も出来上がっていないということもありボクの立場はどんどん悪くなっていた。ボクはみんなと楽しくバンドをやりたい。

ボクは抱えていたギターをスタンドに置くとテーブルに付き、持ってきた麻雀牌をじゃらじゃらと並べ始めた。

「せっかく4人いるんだし麻雀でもして落ち着こうぜ。あつし君、点数計算出来るよね?」
「おい、お前、今の状況わかってんのか?」
「まぁまぁ、アイツもアイツなりに頑張ってるんだから。気分転換だと思って付き合ってやろうぜ」
「あ、麻雀なら私もやりたーい。昨日麻雀放浪記読破したばっかりだしー」
「まぁ...三月ちゃんもいうなら付き合ってやっか。4人いないと出来ないしな」

3人が口々に呟きながらテーブルに付いた。このメンツで麻雀をすることは何度かあった。場のふいんきを変えるためボクは力強くシャウトした。

「よし!俺の股間のリンシャンもカイホーしてやるぜ!!カン、カン、カン、カン!もいっこ、カン!!」
「普通に多牌なんだよなぁ...」
「相手にすんなよ。よし、始めようぜ」

マッスがサイコロを振るとボクらは麻雀を始めた。ボクは正直役が良くわかっていないので「フリテンの洋」と呼ばれていた。

あまり詳しく麻雀の描写をすると自称中級者様wが沸くのでここら辺はキンクリする。

「あつし君、それ、チー!」
「だーかーら、チーは左側の私からしか出来ないの」
「何回目だよ...次やるとチョンボ扱いにするぞ」

「おい、ちょっといいか?」

「おっしゃ!一気通貫、テンパイキタ━(゚∀゚)━!」
「役名言うなよ...」
「テンパイしただけかよ...よし、みんな、こいつにワンズ振り込むなよ」
「ちょ、ちょっとォー」

「おい、お前らちょっといいか?」
「なんだようるせぇな!良い所なのに!」

ボクが立ち上がってドアの方を見ると制服を着崩した学生がひとり立っていた。名前が思い出せない。「えーと、どちらさま?」

「ちょっと、お前なぁ~」不良っぽい学生はポケットから手を出し首の後ろに手をやった。

「ミヤタだろ。青木田軍団の」ドアの正面のマッスが言った。「ああ、熟女大好きのミヤタ君だろ!?」
「ちょ、お前ら!ロッカーの中、見やがったな!」

ミヤタが急いでロッカーに向い、自分の場所だった戸を開けた。マッスが持ってきた少年マンガがパタパタと床に落ちる。振り返るミヤタにマッスが冷たく言い放った。

「あれからどんだけ時間が経ってると思ってんだよ。ここはお前ら不良のたかり場じゃなくて俺たちの居場所なんだ。今更お前ひとりで来てなんなんだよ?」

ちっ、数回首を横に振るとミヤタはボク達を見据えてこう言った。

「お前ら月末の光陽ライオット、出るんだってな。青木田から言葉を預かっててよ。『つまんねぇライブ見せたらただじゃおかねぇ』って。それだけ伝えにきた」

「俺たちがどんなライブ演ろうと勝手じゃねぇか」
「おい、マッス」

麻雀牌を片付けるマッスにあつし君が声をかけた。あつし君が立ち上がるとミヤタに言った。

「ここは元々ミヤタ達にモノだもんな。お前らから居場所を奪った分、ライブでいい演奏して優勝してくるよ」
「優勝!?言うようになったじゃねぇか!!学祭でオナニーして脱糞して人様のライブ台無しにして病院送りにされて挙句の果てに部室まで奪った犯罪者連中がよ!!」

バン!!テーブルの上の牌が四方に飛ぶ。俺はミヤタを睨んで叫んだ。

「青木田におんぶに抱っこだった金魚の糞が今更偉そうに何言ってんだよ!お前が俺やあつし君にしたこと覚えてんのか!?俺たちT-Massは変わったんだ!!もうお前らの知ってるバンドじゃない!」
「おい、よせって」

マッスが俺の腕を掴んで立ち上がった。

「そうか...じゃあ、本番で公開オナニー、楽しみにまってるぜ。変態オナニストさんよ」「出てけ!!」

ボクの叫び声を背にミヤタは部屋を出て行った。鼻息荒く席に着くボクを横目に三月さんが呟いた。

「でもさ、すっかり立場が逆転しちゃったね。なんだかティラノ君達が悪役みたい」
「今更気づいたのかい?極悪人だぜ?俺たち」

マッスが足元の牌を拾うとあつし君が感慨深げに呟いた。

「ミヤタも青木田や岡崎が学校辞めてから居心地悪そうに毎日過ごしてるよ。俺たちは自分の居場所を勝ち取ったけど、それと同時にあいつらの居場所を奪っちまったんだよな...」

「優勝すればいいんだろ?優勝すれば」

うつむいたあつし君にボクは声を振り絞った。そう、今度の大会はボクらT-Massだけの大会じゃない。色々な人の思いを背負ってボクらはステージに上がるんだ。

その事を理解するとボク達は席を立ち、再びライブに向けてのセッションを始めた。みんなを納得させられる曲を書きたい。

ボクの心は再び情熱の赤い炎で燃え上がっていた。

     

「ただいまー。あれ?お客さん?」

ボクが家に帰ると玄関に見慣れないスニーカーが置いてあった。汚れた安物のナイキシューズをつま先でよけるとボクは靴を脱ぎ居間に向かった。

「あれ?あにきじゃん。久しぶり。金でも借りに来たの?」

居間の戸を開けると親戚の兄貴、八橋ツトムがおかんとテーブルに向かい合って座っていた。

「おかえり洋一」「よう...あの時以来だな」「あ、うん。」

ボクは兄貴に頭を下げた。「オェイシスのエレアコ、使わせてもらってるよ」

抱えていたギターケースを見せると白髪混じりの10こ上のアニキがフフっと静かに笑った。

「おばさんから聞いたよ。病院でライブ演った事。俺の曲演ったんだろ?」
「あ、うん。そう。コード進行とかは適当に誤魔化したけど。すんげーウケ良かったよ」「はは!まじで?」

久しぶりのアニキとの会話はなんだか気恥ずかしい。でもアニキの暖かい心に触れる度、空回っていた会話がどんどん温まっていく。まるで冬の朝に入れた車のエンジンのように。

テーブルに座りアニキとの会話が盛り上がりはじめるとおかんが話を切り出した。

「ツトムちゃんねぇ、大学辞めて家に居づらいんですって。アンタのとなりの部屋空いてるでしょ?」
「え?アニキ、大学辞めちゃったのかよ!?」
「はは...年明けに向陽町に帰ってきたけどさ、親父とはもう口も聞いてない状態」
「そりゃ、卒業直前で大学辞められちゃ親御さんとしても微妙よねぇ」

腕組をするおかんにアニキが頭を下げた。

「お願いします!おばさん!家賃と食費も入れますから!」「ツトム君、仕事してないでしょ?」
「う、く、出世払いという事でお願いします」

アニキがテーブルを立ち、膝をついた。年上の人のマジ土下座を見るのは辛すぎる。ボクからも母に提案した。

「別に家賃はいいじゃん。空いてる部屋を貸すだけなんだし」
「それも、そうねぇ...わかったわ!月2万で3食、風呂付き。これで手を打ちましょう」
「ありがとう、おばさん!洋一!」

アニキが立ち上がりボクの手を握った。

「いやー、俺ぼっちだし、行くところなくて困ってたんだよ。ギター、教えてやるからな、洋一!」
「はは、よかったじゃん」

ボクはその後、アニキの部屋の掃除を手伝うと一緒に晩御飯を食べ、アニキの部屋で色々な話をした。

中学生時代のアニキのスーファミをボクが蹴飛ばしてデータを消してしまい、ボコボコに殴られたこと。アニキが東京に旅立つ日のこと。

そしてこれからのこと。本題を振るとアニキは缶チューハイを握ってこう答えた。

「俺、今年の公務員試験、受けてみるよ。それで安定した生活を手に入れたら親や世話になった人、もちろん洋一にも、恩返ししようと思ってさ。
東京で無駄にした8年。取り戻せるかわからんけど俺なりに頑張ってみるよ」

「そうか!がんばれ!」

ボクは少し酔っ払っていたけどアニキの目標や本心が聞けて嬉しかった。そのまま眠ってしまうとボクは朝、自分の部屋で目を覚ました。

アニキがベットまで運んでくれたのだろう。枕元を見るとボクの愛用の赤いストラトキャスターが壁に立ててあった。

あれ?ボクが異変に気づき、ネックを掴むと廊下を歩いていたアニキが戸の隙間からボクに声をかけた。

「ネック、メープルに替えといたぞ。てか、おまえ良くそんなビビリまくりのギター弾いてたな。電気回路もちょっとイジっておいた。光陽ライオット、頑張ってこいよ」

そう言うとアニキは自分の部屋に戻った。「おーし、公務員試験まで後3ヶ月!勉強すっかー!」アニキの声を聞くとボクは向いの戸に頭を下げ

アニキの手によって新しく黒いネックに付け替わったギターをライブに向けかき鳴らし始めた。

     

光陽ライオットは正式名称を「ティーンズバンドバトル サンライトライオット」という。「らい」が二回続いて呼びづらいことから

「光」と「向陽」町をくっつけて「光陽ライオット」と呼ばれることがほとんどである。光陽ライオットの歴史は2002年、日韓ワールドカップで

盛り上がる世情をよそにひっそりと向陽第一体育館で幕を開けた。第一回大会の参加バンドは23組。

観客より演者が多いという事態から出演者投票により優勝が決定した。記念すべき第1回大会優勝バンドは「The smells」(翌年解散)。

その次の年に大手レコード会社、sunny RECODSがスポンサーとして名乗り出、sunnyがスポンサーを降りる2008年まで若手バンドの登竜門として黄金期を築く。

なかでも第3回大会で圧倒的な投票差で優勝した「liner LIGHTS」の快進撃は今もなおオーディエンスから伝説として語り継がれている。

2005年にはバンド部門の他にダンス部門、女性NO1シンガーを決めるディーバ部門も同時に開催されていたが、音楽性の多様化、音楽業界の経済的低迷から

2007年にダンス部門とディーバ部門は廃止。現在のバンド部門を残すのみとなった(ポスターやパンフレットにその名残は残されている)。

昨今の不況から毎年のようにスポットスポンサー探しに奔走しており、2012年大会をもって幕を閉じるのではないか、という声も強いが

町長の馳海舟(はせかいしゅう)は大会続行に強い意欲を見せている。

光陽ライオットが主に輩出したミュージシャンは「THE フィンガーボーラーズ」(2003年大会優勝、2005年に解散)、

「liner LIGHTS」(2004年大会に2位にダブルスコアの投票数を付けて優勝。ボーカルの日野光太郎がメジャーデビューsingleのレコーディング前日に病死。世界が彼の歌声を知ることはなかった)。

「キミガヨズ」(2008年大会準優勝。次世代パンクバンドとして期待されるが未成年売春でメンバーが逮捕)。

他にもディーバー部門で優勝した「MARINA」や2010年大会準優勝の「チョン・ゲーリー」からソロデビューした「金子一郎」がいるが

いづれも鳴かず飛ばずに終わっている。しかし光陽ライオットは全国の音楽ファンを魅了して離さない。あの日、あの大会、あのステージで、感じた「白い革命」を体が覚えているからだ。

伝説のミュージシャン、日野光太郎― ホワイト・ライオット・ボーイの再来を信じて― 10年目のサンライトライオットが幕を開ける。

     

「ティラノ、はやく、はやく!」

一足先に電車に乗りこんだあつし君がボクを急かす。古びた田舎のホームの階段をギターケースを抱えて駆け上がると間一髪、ボクは向陽公園行きの電車に乗りこんだ。

「ふー、ギリギリセーフ」
「直前まで飯食ってんじゃねーよ」
「大会前だってのによく飯なんて食えるよな。俺、緊張してほとんど食えなかった」

「おいおい、本番まで後何時間あると思ってんだよ。とりあえず座ろうぜ」

マッスが促すとボクらは空席が目立つ座席に座った。今日は光陽ライオットの予選会が行われる。

一バンド2曲演奏し、審査員の採点により上位6バンドが明日の決勝トーメントに進む事が出来る。しばらくすると落ち着かないのか、マッスが立ち上がって中吊り広告を眺め始めた。

「おーい。マッスまで緊張してんのかよ?」

ボクがマッスに近づいて耳に息を吹きかけるとそれを払い退けてマッスがこう言った。

「いや、今週のヤンマガ、買ってないこと思い出してさ。お前、本当にあの曲とあの曲で大丈夫なのかよ?」

マッスが真剣な目でボクを見つめた。予選から参加するボクらT-Massにとって今日の予選を突破できるかが最大のキーポイントだ。

ボクは小指の爪で歯の奥に挟まったメンマの筋かなにかをほじくりだすとマッスにこう言った。

「心配すんなよ。大丈夫だから。今日までやってきたことを本番で出せば突破出来るって」「お前なぁ...」

マッスが突然振り返った。席に座り、ipodから流れるリズムに合わせて膝を叩いていたあつし君が金髪で鋲のついたジャケットを着たガラの悪そうな連中に絡まれていた。

「おい、チビノリダー、さっきからリズムずれっぱなしなんだよ~」
「そ、そんなことない...」
「いーや、ドラム歴8年の俺から見れば全然ダメだね。大きなお友達は家帰ってプリキュアでも見てましょうね~」

ゲラゲラとした笑いが車内に響く。「おい、行くぞ」マッスが踵を返すとボクらは隅の座席に向かって歩いた。

「どーせ、お前も『けいおん!』の抱き枕にぶっかけたりしてるくっさいくっさいオタク君なんだろ?光陽ライオットは真のロッカーが集う聖地。
おまえみたいな奴に汚されたくないんでね」

「へー、お前らみたいなオカマ野郎がロック語るほど光陽ライオットはショボイ大会なんだー?今更ビジュアル系なんか流行んねぇよ」
「『けいおん!』観てロック始めたのはこの俺だ!あずにゃんが飼っている亀の名前も知らないような奴が『けいおん!』語んじゃねぇ!」

「なんだこいつら?お前らのメンバー?」

マッスに服装を指摘された奴がボクらを睨んで言い放った。

「ビジュアル系が流行んねぇって?そこのメガネの奴、今言ったこと覚えとけよ」
「ああ、ロッカーならこんなとこで喧嘩売ってねぇでステージで証明しろよ」
「ち、めんどくせー。行こうぜ」

ひとりがそう言うと連中はすれ違い様に舌打ちをし、となりの車両に移っていった。

「助かったよ、マッス」

あつし君が立ち上がって礼を言う。マッスが深くため息をついて頭を掻いた。

「思い出した。お前ら二人ともイジメられっ子属性だったもんな。いい加減そういうの卒業しろよ。ついでにアッチの方もさー」
「へ、大会で優勝したらJKがよりどりミドリカワ書房さ。あつし君、気にすんなよ。イヤホンに合わせて叩くとワンテンポ、ズレるもんな」

ボクが知ったかであつし君をなだめると電車が終着駅でブレーキを踏んだ。

「いよいよ着いたな。決戦の地へ」
「ああ、俺たちの乗った電車は途中下車出来ねぇぜ!」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。ほら、下りるぞ」

マッスに促されボク達は電車を降りた。天気は快晴。絶好の野外ライブ日和だ。「うひょー!!」ボクは目の前の広大な芝生を見てテンションが上がり、5才児のように駆け出した。

「あの馬鹿!」マッスの声が後ろから聞こえて振り返るとあつし君がボクに走って付いてきた。

「ティラノ、絶対に優勝してああいう奴ら見返してやろうぜ!」
「ああ!俺たちT-Massがナンバーワンだって事を証明してやるぜ!イッツオーライ!やってやろうぜ!!」
「しゃーねーな」

後ろから走ってきたマッスがボクら二人に並んだ。ボクら3人は向陽公園の受付口を目指して人目をはばかることなく全力で駆け出していった。

     

「ベビ BAN、BAN、BAN。おバカ面で~」
「全裸で公園に飛び込んで~」

ボクら3人が酔っ払った某ジャニーズアイドルのようなテンションで公園を走り抜けていると大きなゲートが見えてきた。

「あそこが出演者受付所だな。いくぞ」

男前の鱒浦君を先頭にボクらT-Massは第10回サンライトライオット、通称光陽ライオットの出場エントリーを果たした。

69番の札付きバッジを受け取ると係員さんに隣の向陽体育館で待つように、と指示を受けた。

シャツにバッジの針を通すと建物の中に入りボクらは体育館のドアを開けた。

そこにはボクらより先に来たミュージシャンが全校集会を待つ小学生のように集められていた。

気が弱そうで反原発デモとかに参加してそうなガリヒョロメガネロンT文学系ロックバンドは仲間内で固まり、

ナントカ教授の講演会かなにかと間違えて来たような中分けのマジめ青年は一番前の列、中央に体育座りをし、

3コードパンクを信条としてそうな強面の連中は後ろの方で腕を組んで骨のありそうなバンドは居ないか睨みを効かせていた。

「まるで社会の縮図だな」

マッスが周りを見渡して言う。「あの辺座ろうか?」あつし君が隅の方を指さすが、ボクはステージを目指して歩を進めた。ここの連中に一発かましてやろうと思ったからだ。

「おい、ティラノ!」頂点を目指して音楽を続けています、と言えば聞こえは良いがはたから見たらロッカー気取りの若者の吹き溜まりだ。

俺が本物のロックンローラーだってことをこの大会で証明してやるぜ!マイクを掴むとボクは連中に向かって声を張り上げた。

「イェ!アイアム、キングオブ、ロック!!今大会の優勝は俺たちT-Massが頂いた。この中にアングラ、サブカル気取りがいたらハンターハンター観に帰れ!以上!!」

マイクを床に投げつけると約400の瞳が獲物を見つけた獣のように喉を鳴らした。

「ハァ!?頭おかしいんじゃねぇの!テメぇ!!」「オメェみてぇなずんぐりむっくりが優勝出来る訳ねぇだろ!!」「調子こいてんじゃねぇぞ」「バカ!アホ!死ね!」

浴びせる罵声に耳をすませ、階段をおりるとボクは体育館の中央にむっくとあぐらをかいた。

「いいのか、お前?連中やる気にさせちまったよ」「いいんだよ。これぐらい言わないと」

斜め後ろ、頭ら辺に痛いほど殺気を感じながらボクは開演時間を待った。


「今からサンライトライオット、予選会を始めます。エントリーナンバー1から10までのバンドは正面、サンライトステージへ集まってください」


「おー!とうとう出演時間がやってきたぜ!」

スピーカーから放送が流れると番号に該当するバンドがたちあがり体育館の入口を目指して歩き出した。あるバンドは肩を組んで円陣を入れ、

あるバンドはなぜか般若心経を唱え始め、あるバンドメンバーはビックマウスのボクに中指を立て、体育館を後にした。

いよいよ決戦の時がやってきたのである。「おれ、もういっかいトイレ行ってくるよ」胃腸の弱いあつし君が立ち上がると横にいたマッスがボクに声をかけた。

「大会前に本当にもう一曲仕上げてくるとは思わなかったよ。どんな魔法を使ったんだ?親戚のアニキに作ってもらったのか?」

ニヤけるマッスを見てボクも口角を上げた。ボクが今回こんなにも自信満々なのは3日前に生まれたある曲に勝機を見出したからだ。

「俺にだって負けられない理由はあるんだよ。今回の光陽ライオット、絶対に優勝してやろうぜ!」
「どうした?急にマジメぶりやがって...わかってるよ。注意するのはきんぎょ in the box の1バンドだけだ!やってやろうぜ!」

「お~い。出演時間まだ?トイレ混んでてさ~」

しばらくして間の抜けた声であつし君が合流するとステージ両サイドのスピーカーが声を張り上げた。


「エントリーナンバー61から70までのバンドは正面、サンライトステージへ集まってください」

「いよいよだな」

マッスが意を決した眼差しで体育館の中央で立ち上がる。

「いざ決戦の地へ!!」ボクが2人の前に手を差し出すと手の甲にごつごつとしたマメだらけのマッスの手の平が重なった。

その上にあつし君が手の平を重ねると体育館中に響き渡る声でボクらはおなじみのセリフを叫んだ。

「T-Mass、一本入ります!いよ~」「いくぜ!」「おう!」「セックス!」

しばしの残響と嘲り笑いの中、ボクらは渡り廊下をそれぞれの相棒を背に抱えて渡った。俺たちの音楽で世界を変えてやるぜ。

体育館の出口に青春映画のワンシーンのような鮮やかな光が広がっていた。

     

サンライトステージは第2回大会の時にスポンサーのsunny RECODSによって作られた演奏ステージだ。

場所は向陽公園敷地内にあり、のんびりビールを呑んで眺めるもよし、思い切り暴れまわるのもよし、といった様々なミュージシャンとオーディエンスのニーズに

合わせて対応できる向陽町が誇る一大施設だ。公園の反対方向には第5回大会時に作られたムーンライトステージもあり、

光川(ひかりがわ)に面した涼しげな光景と夜になると点灯するアダルトなブルーの照明が地元カップルのデートスポットとして恋人達に花を添えていた。

そんなムーンライトステージとは無縁な男臭いバンドマン達は楽屋裏の通路で自分たちの出番をいまかと待ちわびていた。

もちろんその中でボクらT-Massも列に並び演奏曲の打ち合わせでマッスとあつし君と話し合っていた。

「うげぇ!れろれろれろ...」

極度の緊張からか気分が悪くなった67番のソロミュージシャンがリタイアするとボクらは前にひとつ列を詰めた。

不景気の煽りもあり、ボクらのような若いミュージシャンはなかなか演奏の場所を与えてもらえない。ライブは常に一発勝負。

ストレスに耐え切れず逃げ出す演者が出てくるのも当たり前のことなんだろう。ボクがそんな事を考えていると前からスタッフさんが走ってきて大声を張り上げた。

「すいません!出場者の皆さん、楽器のチューニングはここでしてください!全体的に巻きでお願いします!」

「ええ~!まじかよー」「オイ、ふざけんなよお前!」
「すいません~。当日出演者が想定数より多くてですね、既に体育館の中も一杯なんですよ~申し訳ないです~」

ぺこぺこと平謝りをするスタッフを見てため息をつくとマッスがケースからベースを取り出した。

「かんっぜんに舐められてるな、俺たち」「ドラムはどうすればいいの?タムがへこんでたり、ペダルが壊れてたらどうするんだよ!」
「まあまあまあ」

ふてくされるマッスとパニクるあつし君をボクは諭した。

「今更どうこう言ったってしょうがねぇだろ。エントリーした以上、演るしかねぇんだよ」「そうだけどさ...」

「エントリーナンバー、65番から69番の皆さん、ステージ裏に集まってください!」

「おいおい、もうかよ」

急かすスタッフに促され僕たちは野外に作られたステージの裏通路に向かって歩き出した。現在出演中のデスメタルバンドの歪んだギターの音が大きくなっていく。

「あ!浜田さん!」

ボクの後ろにいたあつし君が声をあげた。声を掛けられたテンガロンハットの男は振り返り、「おー、おまえらもう出番なんか」と笑顔でボクらに声をかけた。

「なにやってるんですか?こんなところで」
「いやな、俺らドンドンズ、って明日の決勝トーナメントのオープニングアクトやろ?会場下見したろ、と思って」

くわえていたタバコをバケツに投げ入れるとドンドンズのボーカル、ドンキホーテ浜田さんはボクを見て思い出したように指をさした。

「おう、ティラノ!あれ観たで、魔法少女まどか☆マギガ!!」
「あ、そ、そうですか」
「目覚めたふ~ん、ふふ~んって曲ええやん!オープニングで女の子が雨の中走ってくとことか、背景めっちゃ、オシャレやん!最後に黒髪の子と対峙するシーンもええなぁ!」
「ボクは杏子ちゃんが高いところからそれを見下ろしてるシーンが好きです」
「あーあ、俺もあの子気になっとんねん。まだ2話までしか観てへんけどね!」

コワモテの先輩ミュージシャンが猛烈な勢いでアニメの話を語りだしたのでボクはとてもおかしな気持ちになったが、

本番前に浜田さんが緊張をほぐすために言ってくれてるんだとわかってとてもありがたかった。もう一本、タバコに火を着けると浜田さんはボク達を見て語った。

「さっき言ったのは建前や。ホントはライブ前の演者の顔見るためにここに立っとんねん。一発かましたろ、って気合の入った顔の奴、
失敗したらどうしよ、ってビビリまくってる奴。本番前のミュージシャンってのは色んな顔をみせんねん。俺らもライブ前に不安になることとかあんねんな。やっぱり。
せやからそういう時にキミらの顔を思い出して自分に気合、入れんねん。『若い連中が頑張ってるから俺らオッサンも頑張らんと!』ってな」

「そうだったんですか...」

本番前に浜田さんがボクたちに本音を打ち明けてくれた。「出演者、66番から70番、集まってください!」「よし!お前ら、頑張ってこいよ!」「はい!頑張ります!」

ライブ前で気の利いた事が言えなかったけど浜田さんの熱いロックスピリットは十分に受け取った。黒幕と一枚板でくくられた本当のステージ裏に集まると腕組をした女の子と目があった。

「待ってたよ、ティラノ君」

出演前のボクを待ち構えていたのはライバルバンド、きんぎょ in the boxの江ノ島エスカさんだ。毛量の多いボブカットを揺らしながら彼女はボクを見てにやけた。

「今日は名前、間違えないんだ。ひょっとして緊張してんの?それとも、もしかしてネタギレ?」
「おい、『きんぎょ』は決勝までシードだろ。どうしてここにそのボーカルが居るんだよ」

マッスの言葉を無視してエスカさんはボクを見つめた。その目には少しの悪意と勝者特有の余裕があった。

「あたしに暴行はたらいてあんだけの大口叩いたんだから最低、決勝までは上がってきてよね。楽しみにしてるよ。明日の決勝トーナメント」
「ああ、ボクも楽しみだよ。来週のミルキィホームズ」
「ミルキィホームズー!?」

ボクの前にいたバンドマンがフーミンばりのツッコミを入れるとそうこなくっちゃ、という顔でエスカさんは微笑んだ。

「まぁ、本番でいい演奏してくれるんだったら別にいいわ。でも、あんまりふざけてると、来週のミルキィホームズ。病院で観ることになるよ!」

「のぞむところだ」
「のぞむのー!?」

「出演者、68番、お願いします!」「あ、わかりました」

熱いツッコミを残しボクらの直前のバンドが黒幕の中に消えると「ま、せいぜい頑張ってよね」と捨てゼリフを残してエスカさんは草を踏み去っていった。

「おい、ティラノ。チューニング出来てるか?」

気持ちを切り替えろ、と言わんばかりにマッスがボクに声をかけた。ボクはケースから愛用のストラトキャスターを取り出し、ピックで6から1の弦を弾き下ろした。

アニキがネックを新調してくれたおかげでギターは朝、チューニングした時とほとんどズレがなかった。そして目の前のバンドの演奏が鳴りやんだ。

「出演者、69番、お願いします!」

さーて、一発デカいの、ぶちまけますか。ボクらはシャァ!と気合を入れると光が差し込む厚い黒幕を蹴り上げ、運命のステージに上がった。

     

「ども!エントリーナンバー69番、T-Mass!!ボクたちのアツイ想い、受け取ってください!ヨロシクぅ!!」

「もー、そういうのいいから。早く始めてくれよ」

ボクがマイクを掴んで叫ぶとステージ正面の草場に作られた簡易避暑所で審査員のおっさん3人がやる気のない顔でボクらを急かした。

それもそのはず、おっさん達は今日1日で既に70バンド近くの演奏を聴いているのだ。偉そうに顔の前で扇子をあおぐ中年の審査員が大きくゲップをするのが聞こえた。

彼らは普段真面目な向陽町の役員なのだが休日出勤の上、あまり興味のないイベントの審査員を任せられているようで彼らの態度からはまるでやる気を感じられなかった。

「まだ音鳴らないの?」

橋本弁護士似の審査員がベースアンプを見て言うとマッスが不機嫌そうに舌打ちを返した。あつし君も安っぽいドラムを首をかしげながらどったん、どったん叩いている。

目指していた夢の舞台の一歩がこんなにも惨めなモノだったなんて。ベースのマッスからOKサインが出るとボクは審査員を見てMCを締めくくった。

「お待たせしました!それでは1曲目、聴いてください。『ボクの童貞をキミに捧ぐぅーーー!!!』」

「おー、なんじゃそりゃ」

審査員のひとりがおったまげるのを横目にボクらはT-Massとして初めて作った曲を演奏した。

「初めてキミと会った時からしたいと思ってた、せっくす、せっくす、せーくす!」

学祭の時演奏した時と比べ格段に演奏技術は上がっているはずだが目の前の連中はボクらの音楽をまったく聴いてる様子はなかった。メガネを外して拭いたり、扇子で顔をあおいだり、ゲップをかましたり。

演奏中、ベースのマッスと目があった。「これで良いんだよな?」普段はめちゃくちゃなボクを仲裁するのがマッスの役目だが、この時のマッスの目は一緒に悪事を働いているような、

興奮と口に出してはいけない痛快さを含んだ瞳をしていた。ズンチ、ズンチ、ズズンチ。あつし君のドラムが激しくステージの床を響き抜ける。

「だからだからだからボクの精液をキミに注ぐぅーーー!!!」

「で?それで終わり?」

ボクがくちびるをすぼめてギターをミュートすると橋本弁護士はニヘラ笑いをボク達に向けた。想定通りだ。

ボクら3人は見つめ合った後、目の前の審査員に向かって言った。

「もう一曲あります。聞いてください」

クリーン系のエフェクターを踏み、ギターリフを4回弾くとマッスがベースで曲にラインをつけ、あつし君がドラムでリズムを刻む。鮮やかな旋律がステージを包む。

この豹変ぶりは彼らにとって想定外だったであろう。橋下弁護士はメガネを外し、まるでクジャクをみるような目でボクらの演奏に魅入っていた。


「いまからサンライトライオット、予選会の結果発表を始めます」

夕方6時過ぎ。サンライトステージ横の大型ビジョンの前に集められた総勢132のエントリーミュージシャン達は放送が始まると一気に歓声をあげた。

「皆さん静粛に!...今から名前を呼ぶ6組のミュージシャンが明日の決勝トーナメントに出場できます。それじゃ、早速、発表してもいいかな?」

「いいともー!!!」

400人以上の出演者の拳が上がるとタモさん気取りの司会者は満足げに笑みを浮かべ、カンペを広げた。ボクの隣ではあつし君がぶるぶる震え始め、マッスは目を瞑って腕を組んでいた。

「発表します!1組目は...『刃 -YAIBA-』!!」

おおー!!という野太い歓声の中、刃 -YAIBA-と思われるメンバーが肩を組み拳を上げた。拍手が鳴り止むと出演者はステージの上の司会者を睨んだ。次に名前を呼ばれるのは俺のバンドだ、という風に。

「えー、2組目は...『ENJEL FISH』!!」

さっきと同じように歓声があがり、女の子2人が顔をくしゃくしゃにして抱き合った。そんな感じで次々と出演バンドが発表されていった。

「第5組目は、ソロアーティスト、『幸福 あゆむ』!!」「おおー!!」

「おいおい、とうとう最後の1組になっちゃったよ」

興奮のあまり、ぬかるんだ土手に転んだ幸福あゆむを見てあつし君が声を震わせた。大丈夫。主人公チームは最後に名前を呼ばれるって決まっているのだ。マンガとかで。後ろでロッカーが話をしていた。

「おい、まだ名前呼ばれてないバンドってある?」
「前回大会準優勝の『ジャイアントモーモー』がまだだぜ。北海道から来た『チキチキボーン』も呼ばれてねぇ」
「インディーズデビューした『シーチキンGO GO』も呼ばれてねぇ。そういや『shine shine ロック』も。最後の1組はこの辺りからかな」

「ティラノ!!」

涙目であつし君がボクに抱きついてきた。

「だから言ったじゃん!『ぼくどう』じゃなくて『もに☆すた』を1曲目に演るべきだって!!そもそも俺たちに優勝なんて...!」
「あつし」

マッスがボクからあつし君を引き離した。次に続く言葉を発したらぶん殴るぞ、っといった具合に。

「最後までわかんねぇだろ。オンナってのはギャップに弱いんだよ。だからあの選曲にしたのさ」
「審査員はおっさんだったじゃん...」

あつし君がぶつぶつ呟く。司会者が最後の名前を読み上げるべくカンペを広げた。

「えー、ついに最後の発表になりました!みんな準備はいいかー!?」「いいともー!!」「あわわわ...」

「サンライトライオット決勝、最後の出場者は...えっと、なんて読むんだ。これ」
「あーあ、死ね死ねロックだわ」

「第6組目、最後の当選バンドは『T-Mass』!!」

へ?がっくり膝をついたボクをマッスが引き上げる。「やったな!俺たちが決勝トーナメント出場だ!!みたか!お前ら!!ファーック!!!」

興奮したマッスが柄にもなく他のミュージシャンに向かって吼えた。後から考えると彼も色々な感情が溜まっていたに違いない。

驚いたみんながワンテンポ置いて拍手をする。「やった!やった!!」あつし君はまるで優勝したかのように号泣し、デカ鼻から鼻水を振り回して喜んでいた。

「おめでとう!」

誰かの声が響くとそれに連なってボクらを暖かい言葉が包んだ。

「おめでとう。やられたよ。まいったな」「めでたいな」「本当におめでとう」なんだこれ。エバンゲリオンか。とにかく近くにいたミュージシャンがボクらに握手や抱擁を求めてきた。

「俺たちの分も決勝で暴れてこいよな!」「絶対優勝してこいよ!」

「はい!優勝してきます!」「『きんぎょ』の連中を派手に公開レイプしてやるぜ!イッチョーライ!ヤってやるって!!」

テンションが上がりまくっておかしくなってしまったマッスを筆頭にボクらは励ましてくれるみんなに感謝の言葉を返した。

なんだか初めてボクのバンド、T-Massが世間に認められた、って気分だ。2曲目にあの曲を演ってホントによかった。

「これにて予選会を終了します。名前を呼ばれた6組は明日のライブの説明がありますのでこの後集まってください」

興奮収まりきらない中、ボクらの決勝進出を祝う歓声が公園にずっと響き渡っていた。

     

―今日は惨劇メークアップのギターボーカル、暗野由影(あんのよしかげ)さんに来てもらいましたー(スタジオ、拍手)。

ども。俺、あんまり話すの得意じゃないから。うまく話せないかもしれないけどよろしくお願いします。

―暗野さんは高校在学中の17歳の時にyammy.A名義でアイドルユニットLKB69へ「青空ハイライト」という楽曲を提供。
その後もロックシンガー、愛田アイラさんへ「BUNISHING!!」、芸人コンビ、びぃらぶずへ「CAT FIGHT!!」など、ビッグネームへ90年代アイドルポップ、
と言っていいんでしょうか?いわゆる「懐メロ」と呼ばれる楽曲を提供しています。へー、17歳で大物に楽曲提供。すごいですね。

いや、昔のことはあんまり覚えてない。ってゆーか...DTMで曲作ってネットに上げてたらレコード会社からそういう話(楽曲提供)が来たから。
言われるがまま、やった、ってだけで。うーん(少し沈黙)...自分が他の高校生と比べてすごいとか、どうとかは当時思わなかったですね。

―いやいや!プロに曲を提供出来るなんてすごいことですよ!

そうなのかなぁ(笑)。別に普通のことだと思うけど(吹き出す)。今やみんな、一人に一台、パソコン持ってるわけだから。誰でも音楽を作って
ネットで配信して発表出来るようになったのはすごい便利な時代になったなぁ、って感じます。やっぱり。

―話を変えます(笑)。惨劇メークアップは暗野さんが加入する3月、お、今月だ(カレンダーを見る)。それまで「cool,ダディクール」というバンド名で
活動していた訳ですがどういったいきさつでメンバーとして暗野さんは加入されたんでしょうか?

バンドの話はASUNO(リーダーでベーシスト)から「ウチで演ってくれないか」って話が結構前からあって。俺、人前とか出んの、あんまり好きじゃなくて。
断ってたんだけど...でも俺もASUNOも今19で10代最後だから。それに「このまま顔を隠したまま音楽活動を続けてていいのか」っていう葛藤が以前からずっとあった。

―そうだったんですか。えー、惨劇メークアップは音楽投稿サイトに適当に名前を付けられた勇者が世界を救う歌、「ああああ」をアップしたところ、
3日でなんと再生数60万回を超えたそう。これもまた、すごい数字ですね。

数字はまぁ、別にあんま興味ないけど...惨劇メークアップとして初めての曲だったから結構気合入れて作ったっていうか...
まぁ、たくさんの人に聞いてもらえればうれしいな、って思います。はい。

―惨劇メークアップは月末に行われるおなじみの10代限定ライブイベント、サンライトライオット、通称『光陽ライオット』へ
決勝トーナメントからの特別シードでの出演が決まっています。大会に向けての意気込みなんか、ありますか?

いや、別に。普段通りで(ドリンクに手を伸ばす)。

―えっと、結成わずか1週間で大会シード権を獲得した惨劇メークアップのフロントマン、暗野由影が音楽ファンから
伝説のミュージシャン日野光太郎に一番近い男と呼ばれていることについてはどう思いますか?

いやいやいや(ドリンクを吹き出す)!日野さんは俺が子供の時に見たすげぇ人だから!自分なんかとても足元にも及ばないと思います。

―linerLIGHTSのライブは当時現地でご覧になられた?

はい。見ました。最初出てきた時は色白の細っこい兄ちゃんだな、って感じでしたがもう一曲目のギターリフが鳴った瞬間からブワーって体からなんていうか、こう、
幸福成分が溢れだしたんですよね。この人の音楽もっと聞いていてぇ、この幸せな瞬間が一生続けばいいのにな、って思ったのはあれが初めてですね。
たぶんもうないんじゃないかな。自分が今後そういった感動をオーディエンスのみんなに伝えていければ、っていうのもおこがましいけど...
それが目標です。

―はい!暗野さんと日野さんの出会いがわかったところでお時間が来てしまいました。惨劇メークアップの暗野由影さんでしたー。ありがとうございました!

ありがと(映像途切れる)

     

「おは陽、おは陽、ハムにいるよー」
「まぶC、まぶC、和田がいるのー」

「お前らうるせー!なんJでやれ!!」

サンライトライオット、予選会を突破したボクらはホテルのカラオケで声を張り上げていた。遠方からの出演者のことも配慮し、

明日の決勝トーナメント出場バンドには大会からホテルの1室が与えられていてボクらはそこで英気を養っていた。

ボクはマイクを布団に放り投げるとベースに弦を張っているマッスに声をかけた。

「おいマッスー、某巨大掲示板でカラオケは出来ないだろー?ちゃんと突っ込んでくれないと困るぜー?」
「いちいちお前に的確に突っ込んでられねぇよ。明日は決勝戦までいくと5曲以上演奏するんだろ?セットリストは考えてるのかよ?」

ああそうか、ここで明日の決勝トーナメントのルールを整理しよう。決勝トーナメントは今日の予選を勝ち抜いた6組とこれまでの功績を考えて

シードされた(正確に言うと音楽界がメディアに売り出したい)『きんぎょ in the box』とネットで人気の『惨劇メークアップ』の2バンドを加えた8組で争われる。

対戦方式はトーナメント方式で持ち時間10分で演奏し、持ち点100点の10人の審査員投票の他に、観客や地元テレビ視聴者からの投票によるひとり1点のツイッター投票を総合した得点が多い方が次に勝ち上がることが出来る。

「さっぱりわからん」という方は2曲演奏して得点が高い方が次に勝ち上がれる『音楽版M―1』をイメージして欲しい。

だからマッスが言ったように決勝まで勝ち上がる為には色々演奏曲を工夫する必要が出てくるのである。

地元テレビとの簡単な契約でカバー曲や、決勝トーナメントで1度演奏した曲は再び演奏できない事になっているのもボクらを悩ませる理由のひとつになっていた。

しばらくしてミルキィホームズのOPを歌い終えたあつし君がマイクをテレビの横の充電器に突き刺した。32型のブラウン菅には58点の文字が踊っている。はは、相変わらず平凡な点数だ。

弦を張り終えたマッスがベットから立ち上がって言った。

「よし、風呂でも浴びてくるか。ティラノ、行くか?」
「ああ、後でいくよ。オレ、セットリスト考えなきゃいけないから」
「あんまりひとりで抱えんなよ。あつしはどうする?」「おれも一緒にいくよ」

そういうと2人は部屋から出て行った。ボクはドアに耳を押し付け足音が遠くなる事を確認すると服を脱ぎ捨ててベットにルパンダイブを決行した。

うほー、やわらけー!体が沈む高級マットをしばらく堪能するとちょっとだけ映るペイチャンネルのAVをオカズにちんこを擦り上げた。

ウジウジ悩んでたって仕方ねぇ。俺は今日、約21分の1の倍率を勝ち抜いて予選会を突破したんだ。どーだすげぇだろボンクラ共。そんな自分にご褒美オナニー。

「ハウッ!ハホッ!ベボベ!ベースボールベアッー!!!」

全然関係ないロックバンドの名前を口走るとボクはベット横の観葉植物におちんぽシロップ16gをぶちまけた。途中から読んだ人、すいません。

「Tーれっくす」はヘンタイ向けの小説です。再び火照ったベットに潜り込み、互いのカラミを称え合うとテーブルに置いた携帯が鳴った。

「あ、三月さん!?...なんだあつこさんか」
「なんだとは何よ。いま何やってんの?」
「オナニーしてたけど」
「え?やだ、もしかして私のことオカズにしてたりとか?!」
「いや、全然。フツーに名も無き金髪ギャルで抜いてた。で、何のよう?」
「あ、そうそう!T-Mass、決勝進出おめでとう!明日、にわとりの卵採ったら見に行くから!頑張ってね!」
「ああ、ありがとう。あつこさんから教えてもらったソフトタッチ奏法のおかげで力まずに演奏出来たよ。イッツオーライ、明日は絶対優勝してやるぜ!」
「そうだよ、そのいきで明日は優勝、かっさらっちゃってよ。忙しいだろうから切るね。パンツ穿けよ!徹夜するなよ!」

いかりや長介のようなセリフで締めくくるとあつこさんは電話を切った。するとすぐさま着信があった。病院で知り合ったユキヒロ少年、

学校のクラスメート、作者に存在を忘れられた司くんなどたくさんの人から電話やメールがどっさりきた。なんだか有名人になった気持ちだ。はは。

しばらくするとあつし君がドアを開けた。

「あ!?ティラノ、素っ裸でナニやってんだよ!?」

あ、やべ。携帯を放り投げ、パンツを穿くと付き合いの長いマッスが察したようにボクに聞いた。

「手、床。どっちでやったんだ?」
「はい、床です」
「あーあ、ベット二つしかねぇのにどうするんだよ!」

声をあげるあつし君を見てマッスはため息をついた。

「まぁ、いいや。オレはさっき知り合った女の子バンドの部屋で寝るから」
「決戦前夜に女抱こうとしてんじゃねぇよ。まぁ、近こうよれ」
「いやだよ。それよりもう消灯時間だ。ティラノ、明日はちゃんと朝シャンしろよな」
「セットリストは明日考えようよ。今日はもう、休め...!休め...!」

あつし君のよくわかんないマンガのモノマネを聞きながらボクらは就寝の支度をした。つーか、あつし君とあつこさんがわかりづらいな。その辺は察して欲しい。

今日1日の疲れもあり、ボクらはすぐに眠りについた。ロックの神様、ボク達T-Massを優勝させてください。ベットに潜ってそんな夢を見ていると急な痛みで目が覚めた。

え?まさか、こんな時に...!焦ったボクはベットから飛び起きて急いでウエストポーチから痛み止めの薬を取り出し、水道水でそれを飲み込んだ。

あと1日、あと1日でいいんだ。もってくれ。俺の右足首。脂汗を吹きながら死んだように眠るマッスと床でいびきをかくあつし君を痛みがひくまでずっと見つめていた。

     

決勝当日、ベッドから起き上がると足の痛みは引いていた。ほ、よかった。時計を見るとまだ7時だったので眠る2人を横目に下の階へシャワーを浴びに行った。

その後、食堂でモーニングを食べていると向いの席に長髪の男が座った。

「ここ、座っていい?」
「てか、もう座ってるじゃないですか。なにかボクに用ですか?」

男はくくっ、と笑い、目にかかる前髪をかきあげてボクに向かって話し始めた。

「T-Massのティラノ洋一君、だよね?俺は『惨劇メークアップ』の暗野由影。キミ達が初戦を勝ち上がると2回戦であたる相手さ。
手加減するつもりはないんで、本番ではよろしく」

ああ、ボクは昨日この人のインタビューを地元のテレビで見た。ぶつぶつとうつむきながらしゃべる彼からは生気をまるで感じなかった。

才能はあるかもしれないけど無気力系男子。今はこんなのが流行ってるのか。苦いコーヒーを飲み干すとボクは彼に向かって言い放った。

「シード権あるのにわざわざボクに会いに来てありがとうございます。でもこっちも負ける気はさらさらないんで。中村俊輔はフリーキックの練習しに帰りやがれ!」
「中村俊輔ね。よく似てるって言われるよ。俺は藤原基央に似てると思うんだがなぁ」

そんな事誰も聞いてねぇよ。「ごちそう様」。とにかく不気味なふいんきの彼の近くにはいたくなかったので部屋に戻ることにした。

「ティラノ君」

背中に投げられた言葉にボクは振り返った。

「日野光太郎の意思を継ぐのはこの俺だ。キミはホワイト・ライオット・ボーイにはなれない」

はぁ?なにいってだこいつ。ボクは再びエレベーターに向かって歩き始めた。


「今日の決勝トーナメント表、もらってきたぞ」

T-Massの代表者、マッスが部屋に戻ってくるとプリントをボクらの前に広げた。そこにはこんな風に書かれていた。


LIVE演者キャッチコピー & トーナメント表

Aブロック サンライトステージ

電波ソングと性春野郎 桃:THE 桜高軽音部'Z

VS

チョッキュー × モーソー × チョートッキュー 白:T-Mass



その切れ味は岩をも砕く 緑:刃 -YAIBA-

VS

天国に一番近い男たち 黒:惨劇メークアップ




Bブロック ムーンライトステージ

メインストリートからこんにちは 黄:幸福 あゆむ

VS

もっとヒネれませんか?否!これが俺らのマニフェスト 赤:ハシモト・トッツァン・ボーヤーズ


『きんぎょ』みたいにがんばります! 橙:ENJEL FISH


VS

ウワサのゴールデンガールズバンド 金:きんぎょ in the box


「なんだこれ?つーか、キャッチコピーださ!エンタの神様かよ」
「そーかー?俺は結構こういうの好きだけど。
俺らの『チョッキュー × モーソー × チョートッキュー』って歌詞で韻を踏んでるT-Massにピッタリだと思うけど」
「名前の前についてる色は何?」

あつし君がプリントを指さすとマッスが説明してくれた。

「今日はツイッター投票があるだろ?つぶやきの前にその色、俺たちだったら白をつぶやきに入れてツイートするんだってさ。
『白:マッス、すごくかっこよかったー』なんてつぶやきがあったら俺たちに1票、入るシステムになってる」

「自分でかっこいいとか言うなよ。てか、初戦の相手、『THE 桜高軽音部'Z』って。こりゃー、『きんぎょ』とあたる決勝まで楽勝だな!」
「いや、あつし、わからないぞ。初戦の相手は俺たちと同じコンセプトのバンドだ。似たような曲調だと投票者に比べられてしまう可能性があるからな」
「そ、そうだよね。緊張をほぐすために言っただけだよ。てか、1番バッターにならなくて本当によかったわー」

あつし君が息を吐き出すとボクは二人に向かって声を張った。

「相手が誰だろうが関係ねぇ!俺たちは自分らの演奏をやるだけだぜ!学祭ライブがバースデイだったら今日がT-Massのインデペンデンスデイだ!
イッツオーライ!俺たちのロックで世界を変えてやろうぜ!」

「おう!やってやろうぜ!」
「独立してどーするよ...とにかく俺たちの想いを全部、ライブにぶつけてやろうぜ!」

2回戦で待ってやがれ。キノコ野郎。朝っぱらから気合を入れるとボクらは時間まで今日のセットリストについて話し合った。

     

2012年3月25日 日曜日、気温は12℃。天気は小雨。天気予報は雨のち晴れ。

午前10時、ボク達サンライトライオット決勝トーナメント出場バンドはステージの上でローディや司会者と本番の打ち合わせをしていた。

ステージには屋根がなく、霧雨の雫が頭に落ちる。足首がシクシクと痛み出すのを堪え、ボクはマイクの高さやモニターの確認を着々とスタッフと行なっていった。

11時の開演時間を過ぎると少しずつステージの周りにお客さんが集まって来た。機材のチェックを終えるとボクらサンライトステージで演奏する演者達は楽屋に引っ込んだ。

トーナメントの反対ブロックの『きんぎょ in the box』などは決勝までムーンライトステージでの演奏となるのでボクはエスカさん達と顔を合わせる事はなかった。

楽屋で携帯を開いたり、露店で食べ歩きをしたりしながらボクらは本番までの時間を潰した。

「お、平野!平野じゃねぇか!」

呼び掛けられてボクは振り返った。「俺だよ、俺」茶髪でピアスをした警備員がボクに声をかけたらしい。顔を思い出せないでいると彼はボクに正体を明かした。

「岡崎だよ。お前をいじめてた。今日、ライブに出るんだろ?頑張れよな!」

ああ、ボクが彼を思い出すと焼けた顔をにぱっと開いて握手を求めてきた。まだらに焼けた肌の色が痛々しい。青木田と一緒にいた時と違い、活力のある明るい表情をしていた。

「あの後、学校辞めてから色々バイトやったりしてさ。昨日のお前の演奏、聞いてたよ。2曲目にやった曲やれば絶対優勝できるって!馬鹿やって道踏み外した俺たちの分まで頑張ってくれよ!」

あ、ああ...ボクはどんな言葉を返していいかわからなかった。

ボクは高校入学当初から彼らのグループにいじめられ、港の倉庫でリンチにあった時は172発も殴られたが彼はそのことを反省し、新しい人生を踏み出そうとしているようだった。

彼がボクにした「罪」と「傷」は消えない。けど彼は「高校中退」という事実をずっと背負って生きていくんだ。まぁボクも「留年」だけど。とにかくボクは応援してくれる「いち警備員」に頑張る、と言葉を返しその場を後にした。


「本番30分前です!T-Massの皆さん、ステージ裏に集まってください!」

楽屋にスタッフさんがボク達を呼びに来た。「やっと本番か。待ちくたびれたぜ」ボクがあくびを返すと「ティラノ、落ち着いてんね」とあつしくんが驚いたように言った。

「今更どうこうしたってしょうがねぇだろ。いつものやるか」

マッスが呼びかけるとボクらはいつものように腕を差し出した。

「T-Mass、一本入ります!いよ~」「いくぜ!」「おう!」「セックス!」
「あの~最後のセックスって何ですか?」
「知らねーよ、気合いだ、気合い。こっからが本番だ。腹くくって、勝ちに行こうぜ!エブリバデェー!!」

決めゼリフを突っ込まれるとスタッフに促されステージに上がるよう指示された。するとたくさんの歓声がボク達を包み込んだ。年に1度のビックイベントということでステージ前の客席には

多くの人が詰め掛けていた。マッスを先頭にステージに並ぶと初戦の対戦相手バンドのメンバーが話しかけてきた。

「よう、キミらがT-Mass?ジャンルかぶっちゃったみたいだけどお互い頑張ろうぜ!」

ツンツン頭のルックスとは対照的に礼儀正しくパンクスは挨拶をした。「ああ、どうも」ボクが声を返すと別ブロックのエスカさんが近づいてきた。

「ティラノ君、宣言通り決勝まで上がって来てくれて嬉しいわ。壁なんでしょ?私は。あんたにとっての。ウチらと戦うまで負けんなよ。低俗下ネタ野郎共」

礼儀正しく声をかけたかと思うと悪意のある言葉を続けるのも忘れない。これだから女は。いっちょわからせてやっか。

「えい」
「きゃ!...何すんだよ!てめぇ!!」

大声をマイクが拾い、客やスタッフがざわめき始めた。俺、タッチザウォール。胸を触ったボクに対し、女性客の冷たい視線が突き刺さる。

「いい加減にしろよ!この野郎!!」ボクの胸ぐらを掴むエスカさんにマッスとスタッフが止めに入る。

「よせ!客の前だぞ!」
「うるせぇ!こんな奴にここまでコケにされて黙ってられっか!!」
「エスカ!マイク入ってるって!」
「え!?まじで!?...い、いや、たわむれでございますわよ。おほほほほ...」

正気にもどりお嬢様気取りをするとボクの靴に唾を吐き、エスカさんはバンドメンバーのカイトさんに連れられて元の立ち位置に戻っていった。

「ティラノ、気にすんなよ」「大丈夫、わかってるって」
「本番、5秒前!4、3、2、1...」

「第10回、ティーンズバンドバトル サンライトライオット、始まりました~!」

地元テレビの中継が始まるとクラッカーが鳴り、わぁー、と観客の拍手が鳴った。MCの人が話し始め、事前に撮った各バンドの紹介VTRが流れ始めるとやっと出番か、と言わんばかりに町長の馳海舟がステージ脇に上がった。

大会前に主催者である町長からの“おはなし”と開会宣言がある。『きんぎょ』のドラマー、馳杏さんが彼の娘であることを昨日ニュースで知った。

やっと始まるのか。俺たちの決戦が。じんわり痛む足首を眺めながら早く終わってくれよ、と延々マイクチェックする町長をボクは眺めていた。

     

「えー、私が現向陽町町長の馳海舟であります!「ちょう」が3回続いて実に言いづらいですね!

...私は今回「らい」が2回続くサンライトライオットの主催を任せていただきました。

超高齢化時代に入りつつある日本社会において若者は未来を担う大事な資源、いや、希望であると私は考えております。

おっと、時間おしてる?...わかった。短くまとめよう...今回決勝まで勝ち上がったミュージシャンの皆さん、地元キー局の『TVCO』で

この大会を観ている若者達に私は伝えたい事があります。

より適応し より幸せに

より生産的に

快適に

遊びすぎない

スタジオで定期的に練習(週三日)

同クラスの友人とうまくやる

リラックスして

上手に食事する(電子レンジで調理した夕食や油ぎった食事は食べない)

辛抱強い担任教師

より安全な進路(定年後は嫁さんがニッコリ)

よく眠る(悪い夢は見ない)

被害妄想に駆られない

すべての動物を大事に(クモを排水溝に流したりしない)

古い友達と連絡を取り続ける(時折遊びに行くのを楽しむ)

(革新的な)携帯電話(光の線)で時々信頼をチェックする

親切のための親切

好きだが惚れてはいない

老人のための慈善

日曜には輪になってスーパーマーケットに群がる

(蛾を殺したり、アリを熱湯に投げ入れたりしない)

洗車をする(同じく日曜日)

もう暗闇や昼間の陰は怖くない

もう小学生の頃のバカをしたりやけくそになったりはしない

もう子供じみてはいない

よりよいペースで

よりゆっくりと、より計画的に

逃げる機会は無く

今は自由業

関心がある(しかし力が無い)

権限も教養もある社会の一員(理想より実益を好む)

公衆の面前では泣かない

病気になることも無い

雨天用の長靴(靴下を濡らさないで済む)

良い思い出

良い映画でまだ泣ける

まだ唾液をつけてキスする

もう空っぽではないし、取り乱したりもしない

猫のように

杖に頼って

凍った冬の糞に向かって進む

(弱さを笑う能力)

穏やかに

適度に

より健康に

より建設的に

ブタ

オリの中の

抗生物質漬けにされたブタだ お前たちは」

「ハァ!?」「はぁ!?」「HaaaaaA!?」「あー、パパ、調子に乗りすぎちゃったかー」

狂気じみた町長の演説が終わるとステージと客席にどよめきが起こった。

「ちょっと!海舟さん、生放送ですよ!」慌ててステージによじ登るスタッフを警備員に止めさせ、町長は話を続けた。

「さっき言ったブタになりたくなかったらこの大会で自分の存在価値を証明してみせろ!」

町長はボクらに言い放った後、カメラに向かって笑みを浮かべて言った。

「選挙期間中は正論を吐きます。諸君の一票に期待しています。単なるビジネスなのですよ。震災復興、五輪誘致活動。諸君の一票に期待しています」

「ふざけんなコラ!」「誰がてめーなんかに投票するか!」大きなヤジが飛び始める中、町長は話を続けた。

「今大会には私の娘の杏が『きんぎょ in the box 』の一員として出場しています。まず彼女らの優勝は間違いないでしょう。本大会はツイッターでの投票も受け付けております。
是非、『きんぎょ in the box 』に清き一票を投じてくださいね!」

「おいおい...こんどは『きんぎょ』のステマかよ」
「ステマってレベルじゃねぇだろ。自分の娘のバンドに投票しろ、って演説して周る町長がどこにいんだよ」
「まぁ、でも」

小声で話し合うボクとマッスを見てあつし君が見て呟いた。

「力を持ってるからあんな事が言えるんだよなぁ。今の世の中、力を持ってる奴の言う事が全てなんだ。どっかの知事をみなよ。もっとトチ狂った事ばっかいってるだろ?」
「要は強くなりたかったら力を得ろ、ってことか?矛盾してるよなぁ、それ」
「舐めくさってるんだよ。今の大人は。俺たち『ゆとり世代』がこの大不況で自分達より力を持つことがない、って思ってやがる。
俺たちがこの大会であのおっさんの言うことが間違いだって証明してやろうぜ!」

「ほー、少しは面白そうな若者がいるようですね」

ボクらの会話をマイクが拾ったらしく、町長がボクらに笑みを向けた。「無駄な努力、ご苦労さま」。そんな表情が手に取るようにありありと分かった。

手短に開会宣言を終えると町長はブーイングの中、誇らしげに右手を上げてステージを下りていった。

空気を変えるためにMCが声を張り上げ始めると『きんぎょ』をはじめとした別ブロックの出演者は

ムーンライトステージに移動を始めた。残されたボクらがきょろきょろしていると「『THE 桜高軽音部'Z』以外のバンドは楽屋に戻ってください!次のT-Massは前の客席に座ってください!」

とカンペが出た。色々あったけど、いよいよ決勝戦が始まるのだ。ボクは最前席に座るとMCに話を振られる相手ボーカルの顔を見つめた。おてなみ拝見と行きますか。

曇天の空から降り注ぐ雨粒が少しずつ大きくなっていった。

     

第10回サンライトライオットの記念すべき最初の出演者、『THE 桜高軽音部'Z』の面々が機材チェックを始めるとモニターには今日の昼前に

オープニングアクトとして出演した『となりの壁ドンドンズ』の演奏が映し出された。TVの尺や、間を埋めるためにこういった手法をとっているのか。

そういえばモニターの左上にあった「LIVE」の文字が消えている。ステージ横の大型ビジョンにも「生放送風」ライブが映し出され、

330枚のスマッシュヒットを記録した「BI・WA・KO」を演奏するメンバーを見て観客達が歓声を上げていた。


「この中にひとり、ニセもんがおる!誰や!」

MCの途中でボーカルのドンキホーテ浜田さんが声を張り上げると客席が水を打ったように静まり返った。事前にこのやりとりを見ていたボクは笑いを噛み殺すのに必死だった。

「...俺や!」

びっくりしたように、安心したように客席から暖かい笑いが溢れる。事務所とモメてるのか、ドンドンズが最近リリースするのは洋楽のカバー曲ばかりだ。笑いが収まると浜田さんは静かに呟いた。

「時には、となりの芝が青く見える時もある。せやから、俺はとなりの壁をドンドンし続けるんや!君らも、心の扉をノックし続けるのを止めたらあかんで!」

感動的?な名言でライブを締めくくると「準備OKです!」とスタッフが司会者に合図した。

『THE 桜高軽音部'Z』のメンツが首を縦に振るとMCが大きな声でマイクを握り話し始めた。


「はい!オープニングアクトを務めてくれました『となりの壁ドンドンズ』の演奏でした!お待たせしました!いよいよサンライトライオット最初の出演者、『THE 桜高軽音部'Z』です!」

大きな拍手が鳴る中、ツンツン頭のボーカルがギターを抱えて客席に右手を振った。

「よろしくお願いします!」しかしCMに入ったのか、間が空いたためMCがボーカルに話を振った。雨足が少し強くなりはじめた。

「えー、少しお時間ができたのでお話を伺いたいと思います。『THE 桜高軽音部'Z』っていうバンド名はやっぱりアレから?」

観客から笑いが起こるとボーカルは額を撫でながら言葉を返した。

「あー、はい。そうです。あの国民的伝説アニメから拝借させていただきました。当時、俺、家でも学校でも部活でも全然いい事がなかったから。
そんな時出会ったのがけい、いや、そのアニメで。『きっと僕らには何かが出来るんだ』。そんな気持ちになりこのバンドを結成しました」

「そんな熱いアニメじゃねーだろー」彼の知り合いらしき人からフゥー、という小馬鹿にした歓声が響く。

「あとで連絡先、交換しとけよ」隣に座ったマッスが似た境遇の安倍さだお君とボクを見比べていった。

「おっと、お時間来てしまいました!本番5秒前、4、3、2、1...」

「どうも!『THE 桜高軽音部'Z』です!聞いてください。『青い空』」

おおー、という歓声の中、耳をつんざくようなノイズギターで第10回サンライトライオットは雨の中、幕を開けた。

「いきなりノイズバンドかよ...」腕組するマッスの横でボクはツンツン頭のパンクスを見つめた。

「北京で見たのは 赤いそら ぼくが見たいのは 青いそら 厚ぼったいピンクのくちびるー」

おそらく青い空とセクシー女優の蒼井そらをかけているのだろう。同じ作風のボクには彼らの意図が手に取るようにわかった。

「マイカフォンしゃぶる姿はまさに“老師”!  マイカ老師は実は死人! 青い空にオレは溶けていくー」
「FF-X は関係ねぇだろ。ネタバレすんな」

マッスのツッコミをよそにバンドは1曲目の演奏を終えた。矢継ぎ早に安倍君はMCを続けた。

「2曲目、聞いてください!『性春らぷそでぃーあ』!!」
「今度はスペイン語かよ...」

マッスの素早いツッコミを受け流しながら阿部君はエフェクターを踏み変えて性急なギターリフを奏で始めた。1曲目とは違い、8ビートの馴染み易い青春パンクだった。

「ぼくが無駄にした時間をー あの娘に半分位使えたならー きっと今頃キスまで行けたんだろー

ああ、ああ~ ぼくらー、今が青春なんだろぅ~ らぷそでぃーあ、ラプソディーが、ぼくは今聞きたくなったのさー」

「なんかかっこいい曲だね」

あつし君がボクの横で呟いた。「そうか~?なんか劣化銀杏ボーイズ、って感じじゃねぇ?」こんな事を言ったけど、本当はボクもちょっとカッコイイな、って思っていた。

もしかしたらあつし君は彼らのようなバンドを演りたかったのかもしれない。そんな物思いにふけっているとスタッフさんがボクらを急かした。

「T-Mass、出番まであと3分です!横の通路からステージ裏に抜けてください!」
「やれやれ...ほんと、人使いが荒い連中共だな」
「カリカリすんなよマッス。その怒りをステージングで爆発させるんだ。イッツオーライ!やってやろうぜ!」

ボクらはステージ裏で気合を入れると入れ違いで、演奏を終えた『THE 桜高軽音部'Z』の面々と顔を合わせた。

「後で連絡先教えてよ」「後で、って何時?」

ボクは汗と雨で髪型が崩れた安倍君に向かって言い放った。

「俺たちが表彰台の真ん中にあがった後さ!ロックの教科書、魅せてやるぜ、ブラザー!!」


「さぁ次の出演者は向陽高校が生んだ暴走機関車、T-Mass!放送コードギリギリの危険すぎるパフォーマンスが見られるのか!?要チェックだぜ、ベイベェ!」

     

「笑っ顔抱ーきしめ、股間(カラダ)に精力(チカラ)!ご紹介に預かりましたT-Massです!今日は思いっきりぶっぱなしてイクんでヨロシク!」

学祭ぶっ壊し事件を知っている何人かの観客がボクらにブーイングを浴びせた。露出狂の変態豚野郎。プラカードを掲げた子をボクは鼻で笑った。

どうやらボクはこの町の住民にあまりよく思われていないらしい。でも学祭の時のボクらとは少し違うんだぜ。その事を証明してやる。

ギターを抱えエフェクターを確認するとスタッフさんと目で合図し、CMが開けるのを待った。5、4、3、2、1。指が一本ずつ折りたたまれ、グーの形になるとボクは静かにギターを弾き下ろした。

「朝目覚めると 昨日のキミの抜け殻がいて、僕はそれを抱きしめる~」

予想外のバラードでの1曲目に罵声を浴びせていた観客がたじろぐ。ロックスでのライブと同じようにボクらは1曲目に「Moning Stand」を持ってきた。

「Moning Stand」はT-Mass初期の曲で唯一直接的な下ネタ表現がないため、当たり障りのない曲として重宝していた。

そのため、この曲を決勝戦までとっておきたかったのだけど初戦を勝たないと決勝戦もないのでボクらはこの初戦にすべての力を注ぐことに決めた。

「まぶたに残るキミと昨日の翳(かげ)~掴もうとしても掴めない 雲のようにすり抜けていく。そこにいてよ~いますぐキミを見つけにいくから~」

「いく~からぁ~」最後のフレーズを呟くとマッスのベースソロでこの曲を締めくくった。ワンテンポ置いて歓声があがる。

バンドメンバーの2人と顔を見合わせたあとうなづくとボクらは予選を通過したあの曲をこの場で演奏することに決めた。

「2曲目、聴いてください!...ってあれ?」

ボクのマイクから急に音が出なくなった。「俺のもだ!」マッスがとなりで叫ぶ。ギターを弾き下ろすがアンプからも音が出ない。

「ひょっとして、雨?」あつし君が空を見上げるが「いや、それはないだろ」とマッスが呼び止める。やべ!どうしよう!

「持ち時間残り3分です!」スタッフさんがカンペでボクらに指示を出す。いや、そんな事言われたって!ボクが横目でステージ裏を覗くと主電源のケーブルを杏さんが振り回していた。

「生意気にマジメに演奏してんじゃねーよ、ターコ」口の動きで彼女が言ってる事、そして彼女がした事を理解した。ちくしょう!あのおんなぁ~!!

「おい!どうするティラノ!?」マッスとあつし君がボクを急かす。演奏中断中のボクらをみて観客がざわつき始める。刻一刻、と時間が経過していく。

どうしていいのかわからない。ステージの上に立ちすくんでいると涙がこみ上げてきた。なんとなく大型ビジョンに目を移すとこんなツイートがボクらに届いていた。

「白:諦めたらそこで試合終了ですよ @big_jun」

ジュンさん!TVでボク達の演奏を見ていた病院のジュンさんがツイートをくれたのだ。画面がスクロールすると見慣れたハンドルネームの文字が画面を埋め尽くした。

「白:鱒浦君、かっこよすぎ!あ、ついでにティラノとあつしも頑張れー\(*⌒0⌒)♪ @sangathu_mithuki」
「白:ティラノのお兄ちゃんカッコイイ!優勝目指して(,,゚Д゚) ガンガレ! @yukihirodayo」
「白:全財産、オルフェーヴルに突っ込む!兄ちゃん達も自分らに賭けてみろよ! @keibaojisan_ken」
「白:少年院からツイートなう。愛のバクダン、もっとたくさん、バラ撒いてやれ! @mad_tanabe」
「白:予選で負けた俺たちの分まで頑張ってください @t_ichinose」


みんながボク達に励ましのツイートをくれた。こうなったら演るしかねぇ。ボクは大型ビジョンに頭を下げるとステージの後ろを振り返った。

「あつし君、ドラムよろしく」「おい、おまえ...!」「マッスは手拍子頼むよ」

ボクはマイクを掴んでステージの一番前まで歩み寄った。ボクは怒っていた。せっかくの大舞台に水をさす大雨。不定期に痛み出す足首。

卑怯な手でボクらの未来を潰そうとする悪党連中共。なにがわかりやすいロックをだコノヤロー。なにがアニメタイアップだバカヤロー。

ロックンロールはそんな甘っちょろいもやし野郎のおもちゃじゃねーんだ。てめぇら全員ロックンロールに土下座しろ!本当に。

ステージの先っちょで繋がらないマイクを握り締めボクはダラダラと喋り始めた。

「えー、先生、みなさん、おはようございます。今日も明るく楽しく元気良く、世のため人のため 一生懸命頑張りますので、ボクを愛してちょうだいな

愛し合うとか、信じあうとか、もう、クソくらえなんだよ!!この野郎!!!」

なんにも考えてないような観客が歓声をあげる。連中を見て、俺はすべての感情をマイクにぶちまけた。

「聴いてくれ!ヘイトミー!!」

10秒くらい叫んでいただろうか。後ろからドン、タンドンタ、ドッドタン、ドンタとあつし君のドラムが力強く鳴るのが聞こえた。

雨の中、濡れたロンTの袖を肘までまくりながらマッスが両手で観客を煽る。繋がらないロックバンドの演奏が始まった。

「きっとキミはボクのことなんか知らないんだろう クラスのスミの気持ち悪いヤツ、そんなボクは主役になれない」

怒声を浴びせるような歌い方でステージを酔っ払った忌野清志郎みたいにウロウロしながら俺はひとつ、ひとつのフレーズを叫んだ。

採点?決勝戦?もうそんなもん、関係ねぇよ!この状況下で俺達は「怒り」を表現する事をさっき決断した。綱渡りのギリギリな感情線。それを引きちぎる勢いで雨のスピードは加速していった。

「ヘイトミー、ヘイトミー、叫んでるよ 頭んなかで ヘイトミー、ヘイトミー、ボクがいなくて問題ある?

ヘイトミー、いっそキルミー、腹んなかの欲望は爆発寸前さ」

「ヘイトミー!!」全力で叫ぶとマッスが観客を煽る。ニルヴァーナの「rape me」のようなかんじで「ヘイトミー」の大合唱が起こる。

ボクにプラカードを掲げ続けていた女の子が力なくそれを下ろした。いいんだぜ。この町で一番ボクの事が嫌いで構わない。ヘイトミーって叫んでくれ。

「ヘイトミぃ~、イヤァ!!」

最後のフレーズを叫ぶとTVが一気にCMに切り替えた。持ち時間ギリギリで2分20秒の曲をやり終えた。ギターもベースもない、いわばアンプラグドの状態でボクらT-Massは初戦を戦い終えた。

肩で息をしていると髪をセットし直した『THE 桜高軽音部'Z』の面々がステージに上がってきた。CM 明けで結果発表が行われるらしい。

マッスに腕を引かれて立ち上がるとボクはマッスに小さく言った。

「こうするしかなかったんだよな、俺達」

雨の雫が滴り落ちる眼鏡を外してマッスは言った。

「ティラノ、お前はよくやったよ。お前は俺にとって最高のロックンローラーだ。結果がどうであれ、心から尊敬してるよ」

「雨が強くなってきたな」

マッスがシャツの裾で顔を拭った。泣いていたのかもしれない。スタッフに促され、うなだれながらボク達T-Massは審査員からの結果発表を待った。

     

「いや~、いやいやいや」
「いや~、ほんっとにもう、」
「いや~いやいやいやいや」

ホテルの一室、ボクらT-Massは膝を付き合わせて笑っていた。頭がおかしくなった訳ではない。輪の中でボクは立ち上がって叫んだ。

「T-Mass、初戦突破!おめでとうっ!」
「いや~、ほんっとにもう、」
「いや~いやいやいやいや」

「それもういいって。お前ら」

なんと、ボクらのバンドT-Massがサンライトライオット初戦を突破したのだ。

『きんぎょ』のドラマーで主催者の娘である馳杏(チョー悪い女!決勝戦のステージ上でオシリペンペンしてやる予定!)にライブを妨害され

半ばやけくそになりながら演奏したボク達だったが結果発表の場でドラマが待っていたのであった。


「T-Massの点数は~?...638点!!」

ああ~という形であつし君が頭を抱える。ひとり100点の持ち点で10人いる審査員のひとりがボク達に向かって言った。

「やっぱり音が出なくなっちゃったのは悔しいけどさ、あんなにムキになってめちゃくちゃにやられたら困っちゃうよ。テレビも入ってるんだからさぁ」

「はい...」

30点を付けた壮年の音楽評論家が顔を赤くして机を叩く。「私は良かったと思いますけどね」91点を付けた黒木瞳を太らせた感じの審査員が言った。

「苦境をうまいこと自分たちの表現に持っていったのは評価できます。1曲目もきれいなメロディで良かった。
最初の曲でスローな曲を選んだりアドリブで演奏したりしたというのはとても応用力のあるバンドだと、私は思いますね」

「そうなんスよ!やっぱり話がわかる人はいるんだ!ボクのもーへーを、ぎみみ...」「余計な事言うな」

問題児のイタリア人FWのようにマッスに口を塞がれるとMCが大型ビジョンを見上げた。

「はい!T-Massは審査員の総得点が638点!初戦の『THE 桜高軽音部'Z』が総得点が1641点ですのでツイッター投票が1004票以上でT-Massが初戦突破です!
『THE 桜高軽音部'Z』のツイッター票が801票だったことも考えるとこれはちょっと厳しいか?運命の結果発表!...一旦CMでーす」
「あららら...」「おっとっとっと...」「そんなことしますー?」

おなじみのズッコケネタを挟むとボクらは祈るような気持ちでツイッター結果の発表を待った。

結果は...1103票!これに審査員総得点を足した1741点でボクらは初戦を突破した。

ボクらは嬉しくって抱き合ったが次のバンドがスタンバっていたのでスタッフにそそくさとホテルに戻るよう言われた。そして冒頭の「いやいや」の状態になっていたのである。


「まさか本当にあの状況で初戦を突破できるとは思わなかったよなー」

あつし君が感慨深げに言葉を吐くとベットに横になった。携帯をいじりはじめたマッスがボクに画面を見せて微笑んだ。

「こんなつぶやきも来てる『白:大雨の中、音が出ない状況で演奏するT-Massを見て感動しました!このまま決勝まで突っ走ってくれ!』
やっぱり逆境で戦う俺たちを見て心が動いた人はたくさんいたんだと思う」

「まあでも」

ボクはマッスから受け取った携帯のツイート画面を眺めて言った。

「演奏についてのカキコミはほとんどないな」
「まぁ、みんながみんな耳が肥えてる訳じゃないからな」
「でもよかったじゃん。あの曲を次に持ち越せたんだから。これは次の戦いで優位に立てるんじゃないかな?」

あつし君が言うとマッスがテレビのリモコンを手にとった。

「そういや次の対戦相手が決まる頃だ。確認してみっか」

ライブ出演者が約1時間後に対戦する相手をテレビで知るなんておかしな話だ。もしボクらが途中でバックれたら主催者側はどうするつもりなのだろう。

マッスがリモコンの電源ボタンを押し、ブラウン菅が立ち上がるのを待ちながらボクらは次の対戦相手の予想をした。

「おれは『刃 -YAIBA-』ってバンドが勝ち上がってくると思うな。出演者唯一の正統派ロックバンドだし!」
「いや、さすがに『惨劇メークアップ』だと思うぞ。フロントマンの暗野って奴、相当のやり手らしいからな」
「俺は『惨劇メークアップ』が来て欲しい。てか来てくれないと困る」

2人がボクを振り返るとテレビの画面が映った。MCが何やら声を張り上げている。

「『惨劇メークアップ』、得点が出ました!105301点!じゅうまんごせんさんびゃくいってんです!!
この結果、T-Massの次の対戦相手は『惨劇メークアップ』に決定しました!!」

「へ?」「じゅうまん...なんだって?よく聞こえなかった」
「面白れぇ...やってくれるじゃねぇか!暗野由影!!」

勝利と喜びで紅潮していた顔が恐怖と戦慄で一瞬で青ざめてしまった2人をよそにボクは部屋を出た。この圧倒的な投票差にどう立ち向かっていこうか。

相次ぐ逆境でボクの心は燃えていた。

     

シャワーを浴び、食堂に足を運ぶとその男は待っていた。

「ティラノ君、初戦突破おめでとう。次は俺らのバンドとだね」
「おばちゃん、コーヒー牛乳ひとつ」

おばちゃんから瓶を受け取るとボクは暗野が座っている席の向いに座った。テーブルを挟んでボクが口を開いた。

「何かツールを使ったんですか?」
「ご名答。twitterのアカウントはひとりで複数持てるからね。アカウント自動複製して定型文入力して送信するツールなんて
少しプログラミングかじってれば作れるからね」

「汚ねぇ手、使いやがって」

ボクが罵ると暗野由影はくくっ、と笑い髪をかきあげた。

「別に悪い事じゃないさ。ルールに則ってやってる事だろ?twitterの仕組みも良く知らないようなクソ運営が流行りで取り入れたルール。
いくらでも抜け道はあるのさ。結果発表の時のバカ町長の驚きようと言ったら...はっはっは!
散々時間と労力を使って作り上げた大会を才能ひとつでぶっ壊せるのは痛快だと思わないかい?平野洋一君!」

「なんでその才能を音楽に使わないんだ!アンタだったらそんな事しなくても優勝争いできるだろ!」

ボクが立ち上がると暗野も立ち上がりボクに近づいて笑った。

「優勝?こんな田舎のロックコンテストで優勝してどうする?キミ知ってるかい?ここ数年のオリコン年間チャートのトップ10は
嵐とAKBが独占してるんだ!そんな時代にロックンロール、って声張り上げてどうする?」

洗いざらしのボクの髪を掴んで暗野は言った。

「ロックンロールは終わったんだよ」

ボクは悲しかった。同じロッカーとしてバンドバトルで戦う相手にこんな事は言われたくなかった。確かに彼が言った通り年々CDの売上は減少し、

活動費が無く解散していく若手ロックバンドはたくさんいる。震災以降、ロックンローラーの「世界が終わる」とうそぶく姿は「不謹慎」だと言われ

未だうまく立ち位置を掴めていない大御所ロックバンドはたくさんいる。そんな事はわかってるんだよ。ボクは頭から暗野の手を離して言った。

「アンタ、本当に音楽好きなんですか?」

予想外、と言った言葉にひるんだ暗野にボクは続けた。

「セールスがどうのか、時代がどうだとか、そんな事いい訳にして腐っててもしょうがねぇじゃん。俺達が生きてるのは2012年の今なんだよ。
アンタにロッカーとしての心がまだ残ってるなら、ボク達と正々堂々、勝負してください」

暗野が黙るとボクは踵を返した。

「部屋に戻ります。仲間が待ってるんで」

ボクの背中に暗野が言葉を投げかけた。

「ティラノ君!キミが言う事もごもっともだ!だけど俺たちはもう、戻れない所まで来てるんだ。次の戦いで勝った方が時代が選んだロッカー、
ホワイト・ライオット・ボーイだ!真っ白な暴動、楽しみにしてるぜ」

まーた意味のわかんねぇ事を。部屋に戻ると涙目であつし君が出迎えた。

「ティ、ティラノ!どうしよう!次の戦いまであと20分しかないよ!どうやってあんな連中に勝てばいいんだよ!?」

ボクはベッドの上で腕を組むマッスを見つめた。彼は10万票のトリックをなんとなく見破っているようだった。ボクはあつし君の肩に手を置いて言った。

「連中には10万人のファンが付いてるんだろ?だったら相手からファンを奪っちまうような演奏を俺たちがすればいいだけだぜ!
イッツオーライ!余裕ぶっこいてるアイツラの鼻をあかしてやろうぜ!!」

「そ、そうか!ティラノ頭いいね!なんだかいけそうな気がしてきた!おれ、走って会場まで行ってくる!」

そう言い残すと頭の悪いあつし君は部屋を駆け出していった。ボクは部屋の奥のマッスに声をかけた。

「マッス」「わかってる。何も言うな」

ボクとマッスは並んでホテルの入口を出た。ボク達は本能的に次の戦いが最後だという事をわかっていた。

「ティラノ!マッス!2人共早く!」

会場の入口であつし君が手を振る。何の真実も知らないあつし君が少しだけ羨ましかった。

     

―はい!中継の松永ゆみです。ムーンライトステージにやってきましたー。Bブロック最初の演奏者、幸福あゆむさんですー。

どうも!幸福です!緊張して死にそうです!

―幸福さんは高校卒業後、向陽通りでストリートミュージシャンとして活動してきたそうですが今日は決勝出演者唯一の1人での出場。やっぱりストリート経験が
あっても緊張するものなんでしょうか?

はい(即答)。まさか決勝トーナメントまでこれると思ってなかったし、こんなにたくさんの人の前で演奏することになるとは思っていなかったんで
(サンライトステージから歓声あがる)。おー、凄いっすねー...出来っかな、俺...

―大丈夫ですよー(笑)。ここで幸福さんのプロフィールを紹介させて頂きますね。幸福さんは4歳の時から祖母の影響でピアノを弾かれていて、
15歳の時にボブ・ディランに憧れてギターをお弾きになったそう。えー、「幸福あゆむ」っていうのは本名?

ええ。親がちょっと洒落た名前付けてくれて。まぁ子供の頃はからかわれたりしましたけど...本当、今日は名前だけでも覚えていって
ください。ホントに(またサンライトステージから歓声あがる)。あーヤバい!

―大丈夫ですって(笑)。幸福さんはこれから1人でステージにあがる訳ですが弾き語りでの演奏、ということになるんでしょうか?

まあそうですけど、これを使おうかなって思って(足元の機械を取り出す)。

―これは?

これはMTRっていって録音した音源を再生する機械です。こうやって手拍子をすると...

(ズ、だん、ズ、ズだん)これを繰り返しますと...なんちゃら、かんちゃら、こんちゃら、かんちゃら、うぃー、うぃーる、うぃー、うぃーる、ろっくゆー!

―すごーい!機械からちゃんとリズムが鳴りましたねー。これはなんですか?(駄菓子のようなものを取り出す)

あ、これはお菓子の「フエラムネ」です。アクセントとして使ったら面白いんじゃないかと思って持ってきたんです。「フエラムネ」ってカタカナでかくと
いやらしいですよね。あ、これカットでお願いします(照)

―いえ、生放送でお送りしております(まじで!?)。弾き語り+MTRで優勝を狙う幸福あゆむさんでした。ありがとうございましたー。
続いて「ENJEL FISH」の3人が来てくれましたー。よろしくお願いしますー。

ども!京都からきました「ENJEL FISH」です!
よろしくお願いしますー。

―「ENJEL FISH」は京都で結成された3人組ガールズバンド。ポップでキャッチーなメロディーが印象的で期待の注目株です。リーダーのyuccoさん、意気込みをどうぞ。

えー、不運にも一発目から優勝候補とあたってしもうたけどウチら、全身全霊で、ってしっちゃん、なに携帯いじってんねん。テレビやで、テレビ!

(Gt.Voしずね)いま、新幹線のチケット予約してた。(Drあこ)負けて帰る気満々やないか!(yucco)しっちゃん、演る前からそんな弱気やったらアカンて!

―えー(笑)。「ENJEL FISH」はバンド名の綴りが個性的ですが、これはなんか意味があってそうしたんでしょうか?

いやなー、しっちゃんが初ライブの時「ANGEL FISH」のエーゴのつづりわからんくて間違ったまま登録されて。そして今に至っています(苦笑)。(しずね)すいません...

―あっはっは!...すいません。中継時間が残り少なくなってしまいました。最後に意気込みをどうぞ!

京都魂、みせたるで!おー!...おー。

絶対的優勝候補「きんぎょ in the box」にたいし、「ENJEL FISH」が魅せてくれるんでしょうか?期待しましょう!以上松永がお送りしました。スタジオへお返ししまーす。

     

ボクらがサンライトステージの会場に入るとたくさんの人が握手を求めてきた。

昼間っから酒を呑んで出来上がちゃってる大学生、お菓子をくれる親切なおばちゃん、革ジャンに身を包んだシェケナベイベーな定年老人など

様々な人々がボクらのライブを会場で見つめていた。

「すいません!次の対戦がありますんで!次も絶対勝ってきます!」

スタッフ専用通路を通るボク達3人にがんばれよー、と歓声が飛んだ。

正直次の『惨劇メークアップ』にどうやって勝てばいいか考えてなかったが応援してくれる人達の前で笑顔を絶やしたくなかった。

「鱒浦君、ちょっといいかな?」通路を抜けると色の違うシャツを来たスタッフがマッスを呼び止めた。

「大会のルールでちょっと」「わかりました。行ってくる」

マッスとベテランスタッフが横の小道に入っていくとボクはあつし君と2人きりになった。後ろにいたあつし君がちょいちょい、とボクの肩をついた。

「ティラノ、ちょっといい?話したい事があるんだ」「え?」

ボクは立ち止まってあつし君に聞き返した。

「あそこのベンチに座ろう」

あつし君に促されボクら2人はスタッフ通路脇の草場の上に置かれたベンチに座った。

「おいおい、またラノベを貸してくれって話じゃねーだろーな」

ボクが足を組むと決心したようにあつし君が口を開いた。

「おれ、この大会が終わったら三月さんに告白しようと思うんだ」
「おーい、変なフラグ立てんなって...ってはい!?」

ボクがベンチを飛び上がると恥ずかしそうに頭を掻いてあつし君は続けた。

「最初にあった時からいい感じだな、って思ってて。自分に自信が出来た時に自分の気持ちを伝えよう、ってずっと思っててさ。
今回ティラノ、マッスと一緒にこうやってテレビやみんなの前でライブすることで初めて自分に自信が出来た、っていうか...ティラノはどう思う?」

ボクはアゴが外れたようにぽかんとした顔で彼の話を聴いていたと思う。初めてあつし君と出会った時はちっぽけで頼りない高校2年生だと思っていた。

でも彼はボクらとバンドをすることによって次第に顔色が明るくなっていった。細かった二の腕もずいぶん太くなった。そんな彼が密かに恋をしていたなんて。

ボクはなんだか弟や後輩に先を越されたみたいで悔しくなった。

「この~俺が知らない所でいっちょまえにオトナになりやがって!」

ボクが肩を小突くと真剣な顔をしてあつし君が聞いた。

「ティラノはどうなんだよ?」「は?」
「ティラノは三月さんのこと、好きじゃないのかよ?小学生の時からの幼馴染なんだろ?」
「なんだ、そんな事気にしてたのかよ!」

ボクはベンチから立ち上がり両手を広げて彼に言った。

「もうとっくに振られてるに決まってるだろ。毛の生える前、毛の生えた後、高校に入った後もちんこ見られてるんだぜ。その度に
きもーい、まじありえなーいって顔されてさ。それに三月さん少し気が強いっていうか...バイオレンスタッチだろ?紳士なボクには少し不釣り合いかな、って思ってさ」

「そっか、ティラノ...ありがとう」

あつし君がありがとう、と言った意味がその時はわからなかった。本当はボクも三月さんが好きだったのかもしれない。

でもそれ以上にこうやってみんなとバンドを組んで勝ち上がっていくのが楽しかった。本末転倒だ。モテるためにバンドを始めたのに!

「あっはっはっは!!」

ボクが腰に手を当ててわざとらしく笑うとあつし君も横に立って同じように笑った。なんだかすごく恥ずかしかったので笑ってごまかそうと思ったのだ。

「マッスには秘密にしてくれよな」
「ああ、童貞2人だけの秘密だ。てかそのまま卒業しちまえよ。あの背毛ボーボー女で」
「うわー、その情報、知りたくなかったわー」

「おい!...お前ら何やってんだ?」

後ろからマッスがボク達に声をかけた。「んーん。マッスには秘密だかんね!」

「なんだよそれ...それより今話してきたけど結構運営サイドがモメてるらしい。このままツイッター投票を続けるべきかって」
「むこうのステージでもひと波乱あったんだろ?」

あつし君が聞くとマッスはうなづいた。

「このままいくと『惨劇メークアップ』が圧倒的投票差で優勝だからな。町長が顔真っ赤にして怒鳴りちらしてたよ。審査員投票の意味がないじゃないかって」
「それで?俺たちの対戦からツイッター投票はなし?」

あつし君が目を輝かせた。暗野らの裏工作による10万票の自動ツイッター票がなくなれば純粋に審査員票での争いになるためそうなればボクらT-Massにも勝機はやってくる。

「いや、残念ながら俺らの対決を見てから決めるらしい。あの町長、自分の娘のバンドが負けなければそれでいいらしいぜ」
「そうか...」

あつし君がうなだれるとボクは声を張り上げた。

「そんな事関係ねぇだろ!俺たちが10万票とってアイツラに勝てばいいだけの話だろ!ロックンロールで世界を変えるんだろ?そんな弱気で女がおとせるかよ!!」

「え?なにいってんだ?おまえ?」
「あわわ...なんでもないよ!そうだな!...よし!悩んでたってしょうがない!正々堂々勝負して『惨劇メークアップ』に勝とうぜ!みんな!」

あつし君が話をまとめるとボクらは草場のベンチの前でいつものように手を重ね合った。小学生くらいの子供がフェンスの隙間からボクらを覗いている。

「いくぜ!」「おう!」「セックス!」
「ねー、ままー、せっくすってなにー?」

「キミらが生まれてきた、いともたやすくおこなわれる素晴らしい行為だよ」
「知らねーくせに、偉そーに」

母親を振り返る子供らに真実を伝えるとボクらはステージ裏に向かって走り出した。持ち時間一杯。ボクたちT-Massのラストダンスの幕があがった。

     

「火星効果」というものがある。

火星が地球に近づくと陸上競技選手の記録があがるという一種のオカルトだ。3時を過ぎた向陽公園は雨があがり、青白い月が浮かびはじめた。

視力1.2の両目を凝らしても火星は見えないが今日はいいライブができている。戦いの神は我れの中にあり。スタッフの合図が出るとボクらは準決勝の舞台にあがった。

「はい!これからはベスト4の戦いです!まずはT-Massの3人です!...あ!一旦CMでーす」
「CM120秒です!」

スタッフの紹介があるとボクらは用意してあった楽器に手をかけた。ストラップを肩から下げるとある人物を見つけたのでドラムのあつし君に伝えた。

「ねぇー、あつし君!あの人誰だと思う?」
「え?ただの警備員じゃないの?」
「よく見てみろよ。あのほっぺの火傷の痕」
「あ!岡崎だ!あいつなんでここで警備員なんかやってんだよ!」

身構えるマッスの肩に手を置いてボクは2人に言った。

「彼も彼なりに色々あってここの警備員やってんだよ。バンド演ってる俺たちを見て羨ましがってたぜ。そういう人達の想いも汲んで、いいライブをかましてやろうぜ!」

ふん、と鼻を鳴らすとマッスはベースを肩から下げた。「本番5秒前です!」番組スタッフが指を折りたたむ。


「お待たせしました、すごい奴!T-Massです!今日は思いっきり楽しんでいってください!」

うえーい、という歓声と共に出来上がった学生連中が紙コップを掲げる。マッス、あつし君を交互に見つめるとボクはピックを握りマイクに叫んだ。

「1曲目!聴いてください!『あずにゃんの声でイこうよ』!ベイベ!」

なんじゃそりゃーという仰け反る観客の反応をよそにボクらはアニメのキャラクターに想いをよせた曲を演奏し始めた。

この曲を演っていいか事前にスタッフに確認したのだが「あずにゃん=けいおん!のキャラとは断定できない」ということでテレビのOKがでた。

前回ロックスで演った時とは曲調を変え、ノリのいいファンクナンバーに「あずイキ」は進化していた。

そのノリを支えているのがマッスのベースだ。前の戦いでは出番の少なかった彼だがファンキーで小気味よいスラップベースを奏でている。

女の子達の黄色い歓声が孤高のベーシストに注ぐ。いいぜ。その調子。ボクは彼と始めてあった時の事を思い出した。


マッスとは中学2年の時放送室の前で出会った。

昼休みにボカロをかけてくれ、というオタク達の声を無視しラルクやトライセラトップスなど自分の好きな音楽を好き勝手に流していた彼は男のボクからみてもカッコ良く見えた。

ボクがクラスメイトから壮絶なイジメをうけていた時も一緒に解決する方法を考えてくれた。頼りになる兄貴的存在。いつもみんなの中心人物だった彼がボクと一緒にバンドを演るって言った時は正直少し信じられなかった。

ボクといると他の奴にバカにされることもあった。でもその度にマッスは連中にこう言ってくれた。「こいつは最高のロックンローラーだ」って。ボクはそんな彼の気持ちにこたえたい。


「受話器越しにナーゴ、なーご、なう。イェア!」

ワウを踏み音色を変化させギターをチャカポコ鳴らし始めると観客から驚いたように歓声があがる。どーだい。こういう事だって出来るんだぜ。

控えめの手数であつし君のドラムが曲に華を添える。観客の盛り上がりが最高潮に達するとボクは大サビを歌った。

「Oh、ブーンブーン鳴ってる そのムスタング Ah、いちゃいちゃ絡みつく その鳴ーき声

凹んだ顔も好きだーよ 受話器越しにナーゴ、なーご、なう。」

「『あずにゃんの声でイこうよ』!ベイベ!」

ギターをミュートし、マッスのスラップが鳴り止むと客席から大きな拍手が鳴った。ボクはスタッフを見て残り時間をチェックした。あと5分ちょっとある。

ギターアンプのGAINを上げていると間を埋めるためマッスがMCを始めた。

「どうも!ベースの鱒浦です。この大会、絶対優勝するつもりでいるんで、皆さん!良かったらツイッターで投票してください!」

マッスが呼びかけると大型ビジョンには顔文字の踊るツイートが高速スクロールで表示され始めた。はは、やってくれるじゃねぇか相棒!

準備が整うとボクはイントロのギターをかき鳴らし始めた。キンキンした音質に観客が縦ノリを始める。決勝進出を賭けた、T-Mass運命の2曲目が始まった。

     

ボクらが2曲目に演奏し始めた曲の名は『Screen Out』。

「本番までにもう1曲仕上げてこいよな」と言ったマッスが予備として作った曲だ。

しかし予備として持っておくにはもったいないポテンシャルを持った曲であるためこの場での発表になった。

ボクのギターのイントロに合わせてマッスがマイクに顔を近づける。

「今日本の状況はどんどん悪化してて それでもなんとか生きてる僕らで

ヤバイなって思っても 俺は政治家や俳優じゃないし 鏡の前で媚でも売ろうか」

この曲のボーカルをとるのはボクではなく作曲したマッスである。時間がなかったのと、ボクが抽象的な歌詞を覚えられなかったっていう事もあるが

中音域がはっきりしているマッスの声の方が歌詞が伝わりやすい、という意見でそのままマッスが歌うことに決まった。

ボクにとって、T-Massにとって初めての経験。体を屈めてギターをカッテングするとベースから手を離してマッスが観客に歌いかける。

「空から映した3カメさんから僕らの影が消えて行った」

「遠く向こうの空で キミが泣いてたのを 知ってるのは僕だけでいい

そんな思い出さえ 切り離してしまえるのは きっと無知なんだろうね」

マッスの綺麗なファルセットが決まるとボクはCのコードを思い切りかき鳴らした。ジャンジャンジャンジャン、ジャカジャカージャン。

オーディエンスの縦ノリが激しくなる。ライブ中、ボクは半分位意識をボーカルに集中してるため演奏中のお客さんの姿を冷静に眺めたのは今回が初めてだった。

客席に目を移すとあつこさんが目頭を押さえ、岡崎は力強くドラムを叩くあつし君を見て警棒をスティック替わりにしてエアドラムを始めていた。

はは。岡崎も青木田バンドではドラマーだったけっか。

ステージ横の大型ビジョンにはすごい勢いでボクらに投票するツイッターの文字列が流れていく。どの文章にも頭に「白」の文字が踊っている。

「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、「白」、 見ているか暗野由影。これが俺たちの暴動。ホワイト・ライオットだ。

流れる汗を吹き飛ばしながらあつし君は堅実に、そして時に大胆にタムを回しBPM180を超える高速チューンに生命を吹き込んでいる。

お前の猛々しいその姿にあのじゃじゃ馬をきっとなびいてくれるはずさ。マッスが再びマイクに顔を近づけ、2番の歌詞を歌う。

「昔宇宙の電話ボックスで見かけたのは子供のままの僕の姿

無邪気な顔で明るい曲のリクエスト。それだけじゃ生きていけねぇ」

マンガやSFのような歌詞がT-Massの世界観に新しい彩りを加える。しかし「それだけじゃ生きていけねぇ」とタフな現実を見据えているのが実にマッスらしい。

ボクはギターを一度弾き下ろすと飛び飛びになった音符達をタイで繋いだ。

「空から映した1カメさんから未来の世界が動いていった」

「遠く向こうの空で キミが笑ってたのを 覚えてるのは僕だけでいい

そんな思い出達 受け止めてしまえるのは きっと無垢なんだろうね」

ギターソロはいらない。3人の鋼鉄の絆と突き抜けるような疾走感があればそれだけでいい。初めてこのギターをアンプに繋いで音を出した時の衝撃を思い出した。

電流を帯びた弦が空気に弾けアンプを通し世界に音楽が生まれる。その初期衝動をいまだにこの体は覚えている。楽しい。音楽が楽しい。このままずっと3人で音楽を続けて行けたらいいのにな。

マッスが最後のパートを歌い始めた。

「青い空 回る雲 湿らす雨 それがあれば生きていける どこでも...」

「らーららららー、らーららららーららららららーらーらー」

コーラスを繰り返すマッスの顔には一点の曇りもない。澄み切った青空のような、なんの悩みもない顔だ。終わっちゃう。終わっちゃうよ。痛む足首の事も忘れ、ボクはギターを抱えアンプの上によじ登った。

見てろよ、これがT-Mass最後の咆哮だ。新月に吠えるぜ!Tーれっくす!マッスのコーラスが終わるタイミングで俺はアンプから飛び立ち、このステージで一番高い音源からCのコードを弾き下ろした。

空中でマッスと目が合った。「おまえ、そんな事やって大丈夫なのかよ!?」ボーカルに集中して周りの動きを見ていなかったマッスが視界に飛び込んだ俺に驚いた目で問いかけた。

大丈夫とか、大丈夫とかじゃない。これが俺の音楽だ。着地を踏み外すと視界が急に遮られた。

「ティラノ!」マッスとあつし君が呼ぶ声が聞こえる。これでいい。これでいいんだよな。

全滅してGAME OVER になったRPGゲームのプレイヤーのように客観的にステージに倒れ込む自分をボクは眺めていた。

     

『きんぎょ in the box』が第10回サンライトライオット最大の優勝候補と言われているのには数多くの理由があった。

ドラマーの馳杏が大会主催者で向陽町町長の馳海舟の娘でコネクションを多数持っている事も理由のひとつではあるが最大の理由は楽曲の幅の広さである。

本来私は地方TVのインタビュアーで音楽の知識は豊富ではないのだが『きんぎょ in the box』はメジャーデビュー予定曲「Happy Powder」に

代表されるギターポップを中心にハードロック、ジャズ、プログレ、歌謡ポップなど万華鏡のように演奏スタイルを変える。

そのスタイルは若いバンドに見られる「1点特化型」とは違い、サンライトライオットの勝ち抜きルールに上手く適応している。

その楽曲のほとんどの制作を手がけているのがギターボーカルで現役高校生3年の江ノ島エスカである。

「ライブになるとトランス状態になる」という彼女のMCは聞いていてとても胸のすくものではないが彼女の子宮から絞り出す声、とでも言うのだろうか。

彼女の歌は聴く人を惹きつける。どんな鼻歌でもオリコントップチャートに殴り込めるような名曲に変えてしまう音楽センスはもはや向陽町に置いておくにはもったいない。

『きんぎょ in the box』はこの大会を最後に全国のリスナーの元へ羽ばたいていくだろう。

かつてメジャーデビューを目前にして夢途絶えた『liner LIGHTS』のようにはきっとならない。そう考えていたら思わぬ言葉がベースの由比ヶ浜カイトの口から飛び出した。

「この大会直前まで解散寸前だったんですよ。わたし達」

事前の出演者個別インタビューでカメラの前で彼女は語った。

「冷静に見て2回解散してます。Darekaさんとの全国ライブ中とライブが終わって地元のファミレスでのミーティングで。
要はエスカと杏の音楽性の違いやエスカの表現したい事が『きんぎょ』を通して上手くオーディエンスに伝わってないっていうか、
エスカなりにも悩みがあったんだと思います。アーティストとして。わたし達も悩んでたけどエスカの苦悩はわたし達の予想を超えてた。
でもあの子なりに開き直ったんだと思います。T-Massのティラノ君っていうライバルも出来たし。
今は3人共サンライトライオット本番に向けて気持ちをひとつにして一緒に演奏していられる時間を大事にして楽しんで演ってるって感じです」

吹っ切れたような顔で私に応えるカイトの瞳には壁を超えた者特有の「余裕」と「覚悟」があった。

自分達の演奏を楽しむという「余裕」、レコード会社やスタッフの為に絶対に優勝しなければならないという「覚悟」。

その決意はサンライトライオットで結果として表れた。


まず初戦の相手『ENJEL FISH』戦。矢継ぎ早に「Candy rop」「マシュマロホイップ」「honey toast」の3曲を演奏する京都の刺客に対し

壮大なインスト曲「蛍光色の金魚の夢」をぶつける余裕っぷり。演奏時間9分32秒の1曲だけでエンジェルフィッシュを飲み込んだビックフィッシュの次の獲物は

2回戦、シンガーソングライター幸福あゆむを奇抜なステージングで破った『ハシモト・トッツァン・ボーヤーズ』。

政治家のポスターをステージ上で燃やすというパフォーマンスは我々TV関係者から大ひんしゅくを買ったが、視聴者から話題を呼び、審査員投票の倍のツイッター票を荒稼ぎ。

そんな初戦を突破した彼らには怖いものなし。「大阪を首都にし・て・し・ま・え!」と歌う「大sucker」他1曲を演奏するもきんぎょの眼中外。

ジャジーな「ラッキーストライク」、代表曲「Happy Powder」にムーンライトステージのオーディエンスは大熱狂。約3倍のスコアをつけ完勝した。

大阪から来たパフォーマー集団に「向陽町にきんぎょあり」、というのものをまざまざとを見せつけた。

決勝の相手はT-Massと惨劇メークアップの勝者。圧倒的ツイッター票を誇る惨劇メークアップが有力視されているが私は決死の覚悟で挑むT-Massに期待したい。

初戦、ボーカルのティラノ君の経歴を快く思わない観客からブーイングも飛んだが彼らはそれを出演後には歓声に変えていた(しかも大雨の中、機材の音が出なくなるという状況を乗り越えてだ)。

特にティラノ君の観る人に力を与え、相手のファンさえ飲み込んでいってしまう人間的魅力は第3回大会に現れた日野光太郎のそれに似ている。

しかしここはネットで日々ファンを拡大している惨劇メークアップが勝ち上がってくると見るのが順当だろう。2回戦でも10万票(とまでいかないくても)のツイッター票を集めると

決勝での戦いは更に混迷を深めていく。この先どんな奇跡やドラマを私たちを待ち構えているのか。第10回サンライトライオットから目が離せないのである。



TVCO番組スタッフ 梅崎 たけしの記録

     

目を覚ますとボクはどこかの医務室のベットの上にいた。

ゆっくり辺りを見渡すと背の低い医者と背の高すぎる女医が話をしている。あれ?もしかして向陽病院に戻ってきたのか?

頭を整理しようとするとジュンさんと目が合う。

「ティラノ君!目が覚めたんだ!」

ボクがベットから体を起こすとジュンさんが肩に手を添える。ボクの担当医だった高戸先生が椅子から立ち上がってボクに言った。

「たまたま仕事の休憩中にジュン君とキミのライブを見に行ってな。そしたらキミがギターアンプから飛び降りて意識を失ったのでな。
『このなかにお医者さまはいませんか?』なんて経験、久しぶりにしたわ!」

「じゃあ、ここはサンライトステージ?」

ボクは自分が意識を失う前の事をゆっくり思い出した。準決勝のライブで演奏の締めにボクは思い切りアンプから飛び降り、

右足首をぐねってそのまま頭をステージの床に打ち付けたのだった。

「鱒浦君、あつし君!Tーれっくすが目を覚ましたわよ!」

ジュンさんがドアを開けて外の人に話しかけるとマッスとあつし君が部屋に入ってきた。彼らの顔を見るとボクは顔の前で手を合わせた。

「ごめん」

テンションが上がってアドリブで勝手な事をしてまた怪我をしてしまった。床を見つめるマッスに対しあつし君は「いいよ、そんなこと」と笑い返してくれた。

「終わったんだな」

なんとなくボクは呟いた。準決勝の戦いは終わった。ボクらの後には惨劇メークアップの演奏がある。結局彼らの10万票を稼ぐツイッターの自動更新ツールに

対する作戦が思いつかずボクらは自分達のすべてをそのままオーディエンスにぶつけたのだった。決勝戦はどうなるんだろう。まあいいや。帰ろう。ボクの家に。

「ちがう!」

あつし君がボクを見て叫んだ。その目には喜びの色があった。

「勝ったんだよ!おれ達が決勝に進んだんだ!」

へ?どういう事?あいつらは例のツールで10万票以上とったんじゃないの?腕組をしたマッスが説明してくれた。

「フロントマンの暗野が演奏中に突然ギターを振り回して暴れたんだ。メンバーが怪我してギターがぶっ壊れてそのまま強制退場。そんで失格」
「あいつ、なんか精神病んでそうだったもんなー。あのキレかたは尋常じゃなかった。ライブ前にクスリでもやってたのかもしれないっすよね?先生?」

にこやかにあつし君は高戸先生と話を始めた。そうか。暗野はボクが呼び掛けたようにひとりのロッカーとして実力だけでライブを演ろうとした。

でも彼の仲間がそれをさせなかった。「俺たちはもう、戻れない所まで来てるんだ」。あの時暗野はボクの背中にそう言った。

おそらくメンバーとツールを使うか直前まで言い合いになりライブを迎え、自分の感情が抑えられなくなって爆発してしまったのだろう。

あくまでもボクの推測だけど暗野由影という男と正々堂々とちゃんとした勝負をしてみたかった。

「ただ、時間がないんだ」

マッスが悟ったような顔で言った。

「もう決勝戦まで10分をきっている」「そんな!?」

ボクはベットから立ち上がった。「痛って!」鈍い痛みが右足首に襲いかかる。まるで足首に鉛を付けてボクの体を地面に飲み込んでしまうみたいに。

「一応痛み止めの注射は打ってある」

高戸先生が言うがボクの額から脂汗が止まらない。先生が空中でボールペンを動かしながらボクらに言った。

「キミらが選ぶ選択肢は2つ。このまま素直に棄権するか。何時倒れるかわからない重症を抱えたフロントマンを連れて決勝を戦うか。
どっちにしても苦しい選択だろう。ここまでやってきたんだから」

「戦うに決まってんだろ!」

机に手をかけボクは叫んだ。大きな汗が乾いた床に音を立てて叩く。やっぱりな、という顔をして先生はボクに話の続きを始める。

「キミ達がここまでやってきたことはみんなが認めている。準決のキミの落ち方をみたら誰も無理に決勝を戦えとは言わないだろう。
それに...次に同じように足を痛めてみろ。もう二度と自分の足では立ち上がれなくなるぞ!」

「それでもいい!!」

ボクの声が部屋に響く。先生に向けて声を張り上げた。

「それでも!俺はこの3人で決勝を戦いたい!エスカさんにも借りを返したいし、ロッカーとしてもみんなに認められたい!
だから!...許してください、先生」

ボクが頭を下げると先生は腕を組んで後ろをむいた。

「かまわん。キミの人生だ。好きにしたまえ...結論は出たようだな」

先生がマッスの方を向いた。「3つ目の選択肢がある」そう言い残すとマッスは部屋の外を出た。ギターの音が鳴ると会場の地割れのような歓声が大きくなっていく。

「ティラノ、大丈夫?」

あつし君がボクの肩に手をかけた。状態、気分。共に最悪。でもボクらの首はつながった。目の前のライブの事だけを考えろ。ボクはみんなに支えられ楽屋に向かった。

     

「という訳で決勝戦は先に『きんぎょ in the box』を演奏させてくれ、ということだね」

主催者で町長の馳海舟があごヒゲを触りながら俺に聞く。「はい、お願いします」「しかしなぁ」

町長が主賓室の窓から景色を見て言う。下品な笑みを浮かべて俺の格を圧し掛かるような態度で正面に向き直って奴は言った。

「優勝候補でウチの娘のいる『きんぎょ』を大トリにしてほしいってスポンサーに頼まれたんだかな。
もちろん、キミが言うように出演者の演奏順を変える事は可能だ。ただ、しかしなぁ...」

「お願いします」

俺は膝を折り、正面に手を付き頭を下げた。金の亡者でゲス野郎のこいつに頭を下げるほど屈辱的な事はなかった。

でもティラノの奴を少しでも休ませたい。少しでもいい状態で演奏してほしい。

そうすれば俺たちT-Massの優勝も見えてくる。いや、この際ティラノが無事にこのライブを終えらればそれでいい。

しばらく頭を下げていると町長の汚い笑い声が聞こえてきた。

「ぐはははは!...いいだろう鱒浦君。キミの頼みを受け入れよう。娘の当て馬としてせいぜい頑張ってくれたまえ!」

「ありがとうございます。失礼します」

感情のない声で言葉を返すと真鍮のドアノブを開けて俺は廊下に出た。廊下には見慣れた背の低い女、坂田三月が立っていた。

「すんごいカッコ悪かった」

「今の話、聞いてたのかよ」

おそらく俺があのゲス野郎に土下座している所も見られたのだろう。「でも、」俺の脇に腕を通し三月が抱きついた。

「すごくカッコ良かった」

俺は何も言わずに三月の頭をぽん、と叩いた。ギターの音が大きくなると三月が腕を離した。

「関係者席で観てる」
「ああ、勝ってくる」

三月の額に小さくキスをすると三月はにっこり俺に微笑んだ。春のたんぽぽの綿毛のようにやわらくて優しい微笑みだった。

「待ってる」

それだけ言うと三月は通路の反対側に駆けていった。通路を少し進むと声を掛けられた。人を馬鹿にしたような鼻につく悪魔の声だ。

「おーおー、本番前にお熱いねー、お兄さん」

『きんぎょ in the box』の3人が俺の前に姿を現した。どいつもこいつも盗み聞きの好きな奴ばかりだ。変にからかわれる前に先に口を開く。

「本番前にこんな所で油を売ってて大丈夫なのかよ?」それを聞いてエスカが両手を広げた。

「準備はとっくに出来てるよ。ムーンライトステージ、退屈だったんだから。とにかく決勝で戦う事が出来て嬉しいよ。うちらはどっかの
陰険バンドと違って卑怯な真似はしない。正々堂々、フェアに勝負しましょう」

「へ、どうだか」

エスカの横にいた杏がバツが悪そうに頬を掻いた。

「ああ!キミらの演奏中に音が出なくなっちゃったやつね!あの後ヤーさんに凄まれちゃって大変だったんだよー?
『次同じようなくだらねぇ真似したら太平洋に沈める』って。よっぽど音楽が好きな人だったんだろーねー。若いのに哀愁漂った背中をしてたよ」

青木田かもしれない。そんな事を思うとカイトが時計を見た。

「いけね!この人らが後回しになったらあたしらが先に演るんだろ?もうステージ裏行かないとマズイって!」

「カイトの言う通りだねー」

3人は俺を追い抜いて通路の反対側を歩いた。途中、振り返ってエスカが俺を見て言った。

「ティラノ君がどういう状況かはわからないけど、ウチらを先に演らせるんだからそれなりに良い演奏をしてよね。
それとも何?演奏する曲がなくて楽屋で今作ってるとか?まぁ理由はどうでもいいわ」

角の階段に足をかけるとエスカは正面を見据えて叫んだ。

「わたしらが頂点に昇る姿をそこで指くわえて見てな!」

その言葉を残すとエスカは階段を上がり視界から消えていった。指くわえて見てる訳にはいかねぇんだよ。お嬢さん。

俺は急ぎ足でティラノとあつしが待っているであろう楽屋に向かった。

     

俺がT-Massの楽屋に戻るとあつしとティラノの2人がテレビの前に座っていた。TVの画面には静止画で近所の文房具店のCMが映し出されていた。

あつしがドアを開けた俺を振り返った。

「さっき、スタッフが来ておれ達の演奏順が『きんぎょ』の後になったってさ。運営もティラノの事、考えてくれてたんだなー」

そう言うとあつしは再びテレビに目を戻した。あいつらは自分の利益の事しか考えてねぇよ、という言葉を飲み込み、ティラノの横に座る。

「足、大丈夫か?ティラノ」
「うん、なんとか」

ティラノは短く言葉を返した。こめかみには脂汗が浮いている。少しでもこいつを休ませてやらなきゃな。俺は会話を打ち切りTVに目を移した。

「さぁ!第10回サンライトライオット!遂に決勝戦を迎えました!松永さん、決勝のルールを紹介してください!」
「はい!決勝戦はサンライトステージを勝ち上がった『T-Mass』とムーンライトステージを勝ち上がった『きんぎょ in the box』の2組で争われます。
決勝戦は1曲のみの演奏で採点はいままで通り審査員投票とツイッター投票の総合得点で優勝が決まります!」

「はいー、松永さんありがとうございます。色々問題視されていたツイッター投票ですが最後までやりましたね、これ」
「そうですねー、私も『惨劇メークアップ』の10万票を見たときは驚きました。あ!いま『きんぎょ』の3人がステージに上がりました!
ベビードール!ベビードールです!江ノ島エスカさん!表情はやる気満々といった表情!お聞きいただけますでしょうか、この大歓声!
CMの後、いよいよ決勝戦、スタートです!」


「うわー、むこうのボーカル、ベビードールだってよー」

あつしがテレビにかじりつく。3月の夕暮れ時だってのご苦労なこった。連中もどうしても優勝を手にしたいらしい。ティラノが股間に手を伸ばし、そして止めた。

CMが開けて司会者がテンション高く声を張り上げる。

「はい、いよいよ決勝戦がスタートする訳ですが、驚きましたね竹垣さん!あんな破廉恥な、といったら失礼ですがあの格好でライブを演る訳ですか?」

ギターのチューニング中、エスカが観客に背を向けると尻には生地がくい込んでいる。ティラノがまた股間に手を伸ばし、そしてこらえた。

「そーでしょーねー。『性を売る』というのは彼女が一番嫌悪している事だと僕はインタビューで聞いたことがあります。
その彼女がそこまでして勝ちたい、というのはこのサンライトライオットの重みを知っているからでしょう。...はい、準備ができたようです!」

カメラが切り替わりマイクスタンドの後ろにレスポールを抱えたエスカの姿が映し出される。その姿はグラムロックの女性ボーカルにも下着姿で踊るアイドルにも見えた。

ひょろっとした手足にほとんど膨らんでいない胸はお世辞にも色っぽいとは言えなかった。しかもあまり着慣れていないのか動き方がぎこちない。

寒さか、恥ずかしさかはわからないが少し震えているようにも見えた。マイクを握り締めると彼女は観客に向け絶叫した。

「ジロジロいやらしい目で見てんじゃねーよ!!」

口笛を吹いていた男連中が黙りこくる。おいおい。いやらしい格好をしてるのはお前の方じゃないか。深く深呼吸をするとエスカは再びマイクを握り締めた。

「聞いてください『誰かはいらない』。」

メンバーを一度ちらっと見ると歪んだギターのイントロから轟音のリフを刻み始めた。俺も事前に『きんぎょ』のCDを聞いてみたがこの曲は聞くのは初めてだった。

曲調は8ビートのギターロック。シンプルなコード進行ゆえに客がノリやすく歌詞が頭に入って来やすい。

エスカのとなりでベースのカイトが飛び跳ねるように運動神経の良い低音を弾き出す。

「知っているのよ 誰かはいらない 私は私がいいの 誰かはいらない あなたがいいのよ 誰かはいらない」

「誰かはいらない」と繰り返すエスカの後ろでドラムの杏がリズムを刻む。長い金髪を激しく振る姿は壊れたドール人形のようにも見えた。

その姿が退廃的な歌詞の世界観とマッチしていてなおさらエスカのベビードールが浮かんだ別世界のもののように思えた。

2回目のサビが終わりギターをミュートするとピックを握った手でエスカはカメラを指さした。


「誰かはいらない」

残響が鳴り止むと一斉にオーディエンスの拍手が鳴った。テレビの画面左下に「このあといよいよT-Mass登場!」というテロップが出ると俺は立ち上がった。少ししてあつしも立ち上がる。

「誰かはいらないって一緒に全国ツアー周ってたDarekaのことかな?」
「知らね。いまはそんな事どうだっていいだろ。ティラノ、立てるか?」
「ああ、なんとかね」

俺がティラノの肩に手を回し、起き上げると奴はふー、と息を吐き難儀そうに一点を睨んだ。

「この楽屋からステージ裏は目と鼻の先だ。階段も4段しかない。ラスト1曲、これに俺たちの全部をぶつけてやろうぜ!」

肩を揺らし、ティラノに気力を注入する。思えばこいつとふれ合うようになってから俺もずいぶんこいつに性格が似てきたように思う。

「いつものやる?」

あつしが体に対し、大きい頭を揺らして俺たちに聞く。ティラノは小さく笑うと俺たちの前に腕を差し出した。

「ラスト!T-Mass一本、入ります!」「いくぜ!」「おう!」「セックス!」

「だれかはいらなーい」

小さな声でエスカの物真似をするティラノを笑うと俺たちT-Massは3人で肩を組んで狭すぎる通路を抜け優勝を決めるステージに向かった。

     

平成24年、3月25日。時刻は16時32分。第10回サンライトライオット最後の出演者がサンライトステージにあがった。

先ほど演奏した『きんぎょ in the box』と優勝を争うバンドの名は『T-Mass』。

今、ベースの鱒浦翔也が愛用のSR300に手をかけベースマイクに向かう。客席に手を振ると女性陣の黄色い歓声が大きく巻き上がる。

ドラムの山崎あつしがバスドラを力強く叩くと乾いた空気を振動させてドン、ドンという音が鼓膜に響く。持ち時間一杯。戦いの時は来た。

しかしギターボーカルのティラノ洋一が姿を見せない。動揺したスタッフが足元をつまずきながらメンバーにCM明けのカンペを出す。

地元TV局、TVCOのカメラが光り2人だけのステージがモニターに映し出される。10秒、20秒、とその時間が長くなるたび観客の動揺が大きくなっていく。

ボーカルのティラノは準決勝での演奏最後にギターアンプから飛び降りそのまま医務室に担ぎ込まれたらしい。その時負った怪我が原因でステージにあがれないのでは?

ざわめきが大きくなっていく。T-Mass、ここまで来て無念の棄権か。客席の誰もがそう思った瞬間、手負いのヒーローは遅れて現れた。

オーディエンスの誰もが彼の姿を見て息をのんだ。大柄の看護師らしき女性に車椅子を押されキュラキュラと車輪を漕ぐ彼を見てこれからの演奏を予想できた人間はいないだろう。

スタッフが急いで背の低いスタンドとマイクを彼の前に設置した。その準備が終わると消え入りそうな声でT-Massのフロントマンは話し始めた。

「皆さんすみません。ご覧の通りです。この怪我ではとても演奏できません。ボク達も決勝まで戦ってきてこうなってしまったのは本当に残念です。
優勝は『きんぎょ in the box』の3人にあげてください。本当に悔しいです」

ティラノが両手で顔を覆うと観客から同情する声、残念がる声が聞こえた。泣き崩れる女性もいた。MCがスタッフに促されマイクを掴む。

「そ、そうなのですか?!では第10回サンライトライオット優勝者はきんぎょ...」
「ちょっとまったー!!」

観客の全員が声の主を見る。重症であるはずのティラノが車椅子から立ち上がり赤いストラトキャスターのストラップに手をかける。

車椅子を左足で蹴飛ばしギターマイクの前に立つと彼は叫んだ。

「うっそぴょーん!ドッキリ大成功!テッテレー。スタッフやメンバーに頼んで今回のドッキリを仕掛けてやったんやー!
よういっちゃんは歌うの、やめへんでー!!!」

ほっとした溜息の後、彼らの演奏を待っていたオーディエンスからは大歓声。マイクを掴むとティラノは私たちに向け声を張り上げた。

「サンライトライオット、最後の曲です。聴いてください。『 (You&Ican) Chenge The Wolrd 』。」

曲名を聞いて前にいた警備員が「うわ、ここであの曲演るのかよ」と正面を向き直った。綺麗なベルのようなイントロが鳴るとずっとティラノを見守っていた

ベースとドラムの2人が彼の世界に色をつける。歌詞は聞き取れる範囲でこんな感じだ。

「誰かが夢見た楽しい翌日 そこにボクはいなかった
サイアクなボクの毎日は いつも誰かのひまつぶし

耳元で叫ぶような想いが 君の胸に響けばいいな

夢を書いたメモ帳と光の電話線があれば 誰だって世界を変えられるんだ
ボクがその証明! パジャマを脱いでこっちへおいでよ」

青春時代のキラキラと輝くもの。それらを濃厚な密度で凝縮したような世界観。そしてT-Massにしては初のメッセージソング。

既に3000人近いオーディエンスは大熱狂。後ろにいた女が飛び跳ねて私の背中をついたがそんなことはお構いなしだ。短い間奏を挟むと2番の歌詞をティラノは紡ぎ出す。

「君が愛した素敵な未来 そこにボクはいなくても
サイコーなボクの毎日は こうしていつまでも続いていく」

ジャ、ジャ、ジャ、ジャとギターを弾き下ろすとブリッジなしでサビに繋げた。

「涙目の月曜もなにも無い日曜も 踏み出せば今日が誕生日
キミがこの主人公! スーツを脱いでボクらと踊ろう」

ギターのエフェクターを踏み帰るとシューゲイザーのようなノイズがステージを包み込む。それは苦難や困難を乗り越えて世界を変えるために挑む勇者の戦いのように見えた。

あるいは断崖絶壁の猛吹雪の雪山を登る登山者のように。一瞬のブレイクの後、イントロのメロディーをワンフレーズ弾くと再びジャ、ジャ、ジャ、ジャとリズムを刻みサビに繋ぐ。

「夢を書いたメモ帳と光の電話線があれば 誰だって世界を変えられるんだ
ボクがその証明! パジャマを脱いでこっちへおいでよ」

コーラスの鱒浦がすかさず次のフレーズを歌う。それを追いかけるように短く息を吸いティラノも続ける。

「涙目の月曜もなにも無い日曜も 踏み出せば今日が誕生日
キミがこの主人公! スーツを脱いでボクらと踊ろう」

間奏が続き、放送時間一杯のTVのエンドロールが流れる中ティラノはアドリブで言葉を振り絞った。

「どんなに暗い明日だって きっと明るい太陽は昇ってくる どんな暗い世界だって きっと明るい世界に変えていけるはずさ はずさ」

優勝結果は後日発表します、のテロップがモニターに出るとTVの放送が打ち切られた。

別れを惜しむ演奏と声援が朱色に染まった空の下、いつまでも会場に鳴り響いていた。

     

「やったな俺たち」
「ああ、頑張ったよ」
「出し切った。もうキンタマからっからだよ」
ステージから地下に降りる長い階段。ボクはひとりでは歩けないので背の高いマッスと同じくらいの背のあつし君に抱えられて1段ずつ段差を乗り越えていた。

「まじであんな演出考えるなんて思わなかったよ。お前そういう事に関しては天才的に起点が効くよな」
「マッスが演奏順をずらしてくれたおかげさ。そのおかげで傷の痛みにも慣れたしあのアイデアも思いついたんだ」
「え?そうだったんだ、おれ全然そんな事気付かなかった」
「いいって。まぁ、さすがに俺らもベビードール着てライブ演る訳にいかないからなー」
「まぁ、ここに全裸で学祭ライブ演った男がいるんだけどね」
「あった、あった。そんな事。あの時は本当にお前、クスリでもやってるのかと思ったよ」

学祭でのライブを思い出してボクらは笑う。ボクの背の高さに肩の位置を合わせ左肩を支えるマッスが言った。

「ティラノ、覚えてるか?お前がバンド組むって言った日のこと」
「ああ、覚えてるよ」

ボクは高校入学当初の記憶を遡った。青木田達にいじめられ、ボクは連中を見返すためにバンドを組むと彼らの前で宣言したのだ。

そしてその後、あつし君が加わりマッスや三月さんとみんなでカラオケに行ったり楽器を買いに行ったりスタジオに行ったりした。

あの時は全てが初めての経験で、子供の目に映る世界のようにすべてが美しく見えた。

今後それが習慣化して時間に風化され美しくなくなってしまっても彼らと過ごした時間はボクにとって宝物だ。右肩を支えていたあつし君がボクに言う。

「病院でティラノが単独ライブ演ったの覚えてる?あの時は少し感動したよ」
「はは、あつし君は単純だな」

青木田達との死闘で右足首に傷を負ったボクは向陽町の病院に3ヶ月入院した。その時に心に傷を抱えたユキヒロや人生に行き詰まりを感じている中年達と出会い

恩癖がましいと思いながらも彼らのために病院のロビーでライブを決行したのだった。

演奏した曲はアニキがスコアをくれたビートルズのヘイ・ジュードとアニキが作った曲。アニキは今日、夏に行われる公務員試験に向けて勉強しているのだろうか?

それともテレビにかじりついてボクらの演奏を見ていたのだろうか?家に帰ればわかることさ。ボクは彼らと会話を続けた。

「この大会で優勝してレコード会社とかがワーって俺たちを取り囲んだらどうする?学校辞めて音楽に専念しちゃう?」

ボクの提案にマッスが笑みを返す。

「それもいいな。俺、物理の授業とか全然わかんなくなっちゃってさ」「俺たちが引き寄せあう力。それが引力。お分かり?」

ボクらが声を合わせて笑うとあつし君が思い立ったように口を開いた。

「おれ、4月から高校3年だからさ。進路の事とか色々あるから練習、あまり出られないかもしれない。大丈夫かな?」
「今日たくさん演奏したろ?5曲だっけ?もうしばらくはお腹一杯って感じ。早く家に帰って休みたい」

タフなマッスもさすがに今日の体験は堪えたようだ。そうだな。帰ろう。すると次の瞬間、結果発表を告げるアナウンスとオーディエンスの大歓声が通路に響き渡った。

ボクらは顔を見合わせて痛快な笑みを浮かべた。やれやれ、まだ当分家には帰れそうにないな。ボクは2人の肩から手を離し、振り返ると

片足飛びで降りてきた階段をのぼり始めた。

その姿を見て2人が振り返る。暗い通路の先は光りが差し込んでいる。ボク達はいつものように声をあげた。


エンドロールはいらない。終わり方は俺達で決める。3体の恐竜は拳を突き上げて暖かい光りの向こうに叫び声をあげた。

       

表紙

まじ吉 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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