Neetel Inside 文芸新都
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 地下鉄のホームに一人の青年が佇んでいる。
 ちょうど通勤ラッシュの時間帯で、ホームは混み合っていた。電車を待つ人々は、いかにも日本人らしく綺麗に整列している。
 その時、灯りが消えた。まばらな話し声が響いていたホームに、一瞬の静寂が訪れた。
「て、停電だ!」誰かが叫んだ。
 その叫びが静寂な空気を吹き飛ばし、ホームはパニックとなった。
 電車を待つ人々の列は、僅かな間隔だけを空け、びっしりと詰まっている。列の先頭で電車を待つ人は、暗闇の恐怖に煽られ、出来る限り線路から離れようとした。
 人々は暗闇の中で互いの体をぶつけ合った。ある者は転び、ある者は誰かを蹴飛ばし、ある者は悲鳴と共に線路に落下した。

 そんな中、青年だけは落ち着いていた。
「皆さん、よく聞いてください!」
 青年が叫んだ。あまりにしっかりとした、よく通る声だったので、人々は青年の声に神経を集中し、ホームは再び静寂を取り戻した。
「私は人一倍視力が優れています。この暗闇の中でもはっきりと周囲を捉えることができます。皆さんの姿もよく見えていますし、皆さんに危険が及びそうであればすぐに注意できます。安心してください」
 青年の目は特別だった。
「何か光源を持っている方はいませんか? 線路に落ちた方がいないか探してあげてください」
 黙って青年の言葉に耳を傾けていた人々は、一斉に携帯電話を取り出し、携帯電話のライトを頼りに辺りを探した。線路に落下した人は周囲の手を借り、無事助け出された。
「移動する際は足ではなく、まず手を出してその先に何があるか確かめてください。押すのではなく、そっと触れるのです」
 人々は青年の声に従い、皆で少しずつ線路から遠ざかった。やがて地下鉄のホームはいつもの灯りを取り戻し、皆一様にほっと胸を撫で下ろした。人々は青年の姿を探したが、顔からその青年を判別できる者はいなかった。人々は青年の声しか知らない。
 何事もなかったかのように、ホームに電車が到着した。電車のドアが開く直前、人々は口々に感謝の言葉を述べた。
 青年は杖を突き、地面の点字ブロックを蹴ってゆっくりと電車に乗り込んだ。

       

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