Neetel Inside ニートノベル
表紙

RBR
2.暗転

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胃の中の全ての物を吐き出したような感覚に陥りながら光がトイレから出てくると、機内はつい先刻までとはうって変わって静まり返り、物音一つすらしなくなっていた。

―― 一体…どうした?

光がそう思った瞬間、物陰から現実離れしたゴツイ銃を持った男が出てきた。

「何だ。まだこんな所にいやがったか。」

男は道端に落ちている物でも見るような目で光を見ながら、感情のこもってない声で言い放った。

危険を察知した光が後ろを振り返りどこかに逃げ込もうとするが、振り返った光の視線の先にはまた同じ格好をした男が敢然と立っている。

「誰だお前ら!!みんなは…他のみんなは何処行った!!!」

「あの」轟に正面切って向かっていける光である。例え銃を持っている得体の知れない相手に対してでも決して下手には出ない。良く言えば勇敢。悪く言えば無謀。それが水漣光という男。

すると、銃と同じくゴツイ顔をした男は無言で銃を光の顔の所まで上げ、「ゴリッ」という音と共にこめかみに押し当てた。ゴツイ顔の男の変わりに、後ろでキツネ目の細面の男が言葉を発した。

「今知る必要なんか無い。いずれ分かることだ。大人しく我々に従えばいい。今は危害を加えない。従っていればな。」

 光は本物かどうかも分からない銃に怯えもしないし、自分の納得のいかない事を言われても従うような男ではなかった。

「何で俺達があんた達に従わなけりゃなんないんだよ!この銃だって本物かどうかわかりゃしない。答えろ!みんなを何処へ連れていった!」

その刹那、キツネ目の男の銃から火が噴いた。銃が放った音は光の今までに体験した事もない音量と衝撃で静寂に包まれた機内に響きわたった。

如何に光が強靭な精神を持とうとも、所詮高校生。「本物」の銃器のあまりにも強大な力を目の当たりにし、思わず床にペタリと座り込んだ。

「こいつがどんなオモチャかどうか分かっただろ?遊びじゃないんだよ。わざわざガキの下らない意地で俺達の手を煩わさないでくれ。」

キツネ目の男は自分の持っているライフルの威力に惚れ惚れするように、煙を上げる先端を見ながら言った。

すると銃声を聞きつけたのか、キツネ目の男の背後から灰色の背広を着た、眼鏡に七三分けのサラリーマンにしか見えない男が出てきた。

「おいおい、暴力はやめたまえよ。17歳といってもまだまだ子供だ、小便でも漏らされたら敵わないからね。ククク。」

男は含み笑いをしながら手元の資料の様な物を広げて言葉を続けた。

「えーっと、君は……サザナミ…コウ…君か。はじめまして。細かい説明は後でさせていただくけど、今は取り敢えず私たちに着いてきてくれるかな?クラスのお友達には何も危害は加えていない。静かに寝てもらっているだけだから安心したまえ。

まだ文句があるような目だが…もう抵抗したって無駄な事ぐらい…分かるだろう?さあ、来てくれ。これから楽しいゲームが待っているのだからね。ククク」

サラリーマン風の男は丁寧な口調で言葉を並べ、また含み笑いをしつつ去っていった。

――クソッ…取り敢えず従うしかないのか…

光は完全に諦めていたわけではなかったが、ゆっくりと立ち上がり、男達の後に着いて歩き始めた。

世界最大級の旅客機B747-400から降りると、そこには雨の中1台のヘリコプターが止まっており、最後の『客』である光を待っていた。

光は言われるがままヘリコプターに乗ると、すぐにヘリコプターは飛び立った。

普通のマンガやドラマならば目隠しをされてヘッドフォンでも付けられているところだろうが、そんな必要はない。

光にそこが地球上の一体何処なのか分かる余地などないのだから…

20分少々して(光の曖昧な感覚でしかないが)ヘリコプターが建物の上に降り立つと(ここにつくまでに何台かの同型のヘリコプターとすれ違ったが、おそらくクラスメイト達を光と同様にして運んだのだろう)、光は自分の行方を銃に操られて、階段を下り廊下を歩き一つの部屋に案内された。

相当古い建物らしく廊下は全て板張りで、一歩踏みしめる毎に腐りかけているのかギシギシと音が鳴った。

窓枠は辛うじて残っているもののガラスは半分以上が割れて生暖かい風とともに雨が吹き込んでいる。

そこはまるで学校のような建物であり、案内された部屋も教室のように思えた。光の前の男が立て付けの悪くなっているドアをガラガラッと開けると部屋の中には整然と並べられた42個の椅子と机があり、41人の生徒がいつもの席順でうつぶせになって座っている。

教室の入ったすぐの所にはクラスの太陽的存在日野凛がいて、真ん中の列の先頭には古賀と吹石の勉強家コンビ。最後列には轟を中心とする軍団。窓際の最前列にはいつも外を眺めている京屋。一つだけ空いている光の席の隣には月島。斜め後ろにヒカル。と席替えの時に各々の好きなように座ったいつもの席通りに正確に着席している。

それは一種異様な光景であった。

――俺は修学旅行に来たんじゃなかったのか?

目の前で起きている事は夢ではないかという想いが湧いてきている光の背中に、甘い幻想をぶちこわす衝撃が突きつけられる。

「自分の席に座れ。」

キツネ目の男は背中に押し付けた銃を突いて光を移動するように催促した。

「分かったからそろそろその銃を降ろしてくんないかな?」

万に一つのチャンスを狙い光は言ったが、そんな甘い相手ではなかった。

「つまらないことを考えてないで早く座れよ。今度は本当にその頭をぶち抜くぞ。」

向こうは先頭のプロであり隙を見つける事が用意ではないと悟った光はしぶしぶ席に着いた。こんな得体の知れない奴の言う事におめおめと従うのは癪だったが…

いずれにせよ隙を見つける事が不可能なのは、得体の知れない鉄製の首輪を無理矢理付けられた時に分かっていた事だった。

みんなは何事もなかったように首に銀色に光る異物を付け、幸せそうな顔をして寝息を立てている。

     

光が椅子を引き、いつもの(席順だけは…)席に座った瞬間、

――ジリリリリリリ!!!!

沈黙を打ち破り、防災訓練の時にだけ耳する防災ベルの様な音がけたたましく部屋中に鳴り響いた。そして、机に突っ伏して気を失っていた3-5の生徒達は激しい音によってゆっくりと意識を取り戻した。

不穏な表情で周囲をキョロキョロと落ち着きなく見回す者。隣の友を揺り起こし何とか不安を解消する方法を探す者。

何よりも先に携帯を取り出して圏外の表示に絶望する者。両手で左右の頬を思いっきり伸ばしている者。

大声を挙げて立ち上がり完全に平静を失う者。いつもと変わらず表情を顔に浮かべずに窓の外を眺める者。

突如置かれた状況に対する反応は十人十色だは、光が着席して1分程して全員の意識が戻ると、各々思い思いの言葉を発し始めていた。

すると閉ざされていた前方のドアが開き、灰色の背広を着て眼鏡をかけた七三分けのサラリーマン風の男が入ってきた。

――ザワザワザワ

生徒達は自分が置かれている異常な状況の重大さにようやく気付き、確りとした意識を取り戻すと共に、徐々に冷静さを失い始めていた。

一体この男は誰なのだろう?周りの銃を持った軍人のような男達は何なのだ?各々自分の中で湧き上がる不安を振り払うように近くの者と話を続けていると、サラリーマン風の男が口早に口を開いた。

「はい、皆さん。静かにして下さい。これから皆さん、『千原木大学教育学部附属高等学校3-5』42人の現在の状況と、これから行って頂く事項の説明を致します。

…ああ、申し遅れました。私はこれから『3日間』、あなた達の臨時担任を務めさせていただく、鈴木良夫です。どうぞよろしく。」

男が全く冷静に、まるで機械のように丁寧な言葉で自己紹介を済ませると突然、一人の男が立ち上がった。

「おい、お前ら。何だよ、コレ?なんかのギャグ?ネタ?ドッキリ?俺達、修学旅行でおおすとらりあに行くんだよ。こんなわけわかんねぇとこであんたらと、学校ごっこしてる場合じゃないんだよね。だから早いとこ…この首に着いてんの外して…飛行機に戻せよ!!!」

クラスの中心人物沖田真が当然の如くクラスの意見を勇ましく代弁して見せた。何者にも臆さない彼らしい行動。殆どのクラスメイトが真を信頼し、真ならどうにかしてこの状況を打開してくれるのではないかと願い、見つめていた。

しかし、真の言葉に呼応するように先程まで光に突きつけられていた銃が咆哮を挙げて返答する。

――ドギューーーーン!!

「黙れ。次、勝手に口を開いた奴は容赦なく…『殺す』。」

銃の圧倒的破壊力と音が鳴り響く。そして軍人風の男のまるで機械を相手にしているかの様な無感情な一言が、生徒達のざわめきを掻き消した。

ドラマや映画ならここで女子が叫び声の一つでも上げるのだろうが、これは紛れも無い現実の世界。

本物の銃を目の当たりにした生徒達は皆、叫び声はおろか声を出す事すら出来なかった。真は後の席の伊達によって宥められ放心状態のまま着席した。

こんな時でも轟進也は変わらず机に足を上げ煙草の煙を吹かし、京屋拳次は窓の外を眺めている。外は依然として強い風雨が続いていた。

「まあまあ、そんなにいきなり脅すこともないでしょう。」

鈴木は変わらない冷静な声で男を宥め、言葉を続けた。

「皆さん、次から発言する時はキチンと手を挙げて、一人ずつ発言をして下さい。私語は厳禁です。社会にはルールがあります。ルールを守らない人間は排除されてしまうのですよ?しっかり覚えておきましょう。

さて、先ずは皆さんが置かれている状況を説明致しましょう。…皆さんは…この『プロジェクト』実現の為に選ばれし幸運な42人です。

時間がありませんので、手短に率直に伝えていきます。まず、皆さんが今回のプロジェクトに参加する事は学校に入学する時、いや、正確に言えば進路を決めた時から決まっていました。」

自分を鈴木と名乗る男は淡々と丁寧に、決して正常でない言葉を続けていく。

「信じられない方もいらっしゃるでしょう。では、試しに聞いてみましょう、この中に受験して千原木高校以外の学校に受かった、就職を希望してすんなりと受け入れてもらえた人はいらっしゃいますか?」

鈴木の言葉を裏づけてしまう様に誰一人として名乗り出る事は出来なかった。規格外の天才である伊達でさえも。

「つまり…あなた達の高校生活は、3年間の思いは、このプロジェクトの為に作られたものだったのです。

高校に入るところから…どんなクラス割りになるのか…どんな仲間と一緒に時を過ごすのか…そして、『最期』の時はどんな顔ぶれと迎えるのか…全ては事前に決定されたシナリオに沿って進められてきました。

まだ半信半疑、信じられない方も当然いらっしゃるでしょう。ではもう一つ、あなた方が選ばれし者だという証拠をお教えしましょう。

この中で18歳になっている人はいますか?いらっしゃいましたら速やかに挙手してください。」

手を挙げる者、いや挙げられる者は再び誰もいなかった。すでに8月だというのにクラスには18歳になっている者はいない。全員が17歳なのだ。

鈴木はなぜか誇らしげな顔をして言葉を続けた。

「いらっしゃらない筈です。ククク。…そもそもこのプロジェクトは、20世紀末に多発した『17歳による重大な犯罪』を防ぐ事を発端として進められて来たものです。
人というものは18歳を頂点として、徐々に肉体的に衰えていく悲しい生き物です。

現代の若者達は大きな社会的ストレスを受ける事に加え、無意識に覚えるピークの力を失う事への恐怖と思春期の不安定な精神があいまって小さなきっかけにより暴力行動に出てしまうという結論を我々『大人』達は研究の結果出しました。

実際はより緻密なプロセスを経て導き出された結論ですが…我々は考えました。どうすれば彼らの暴力衝動を抑えることが出来るのだろうか?犯罪をなくすことが出来るのだろうか?正しい方向に導く事が出来るのだろか?

その結果、導き出され計画されてきたのがこのプロジェクトです。

大人達は若者達に力を失う事よりも、『命』を失う事の方が恐ろしい事を教え、同時に有り余った頂点の力を大いに発揮してもらい、ストレスを解消する方法を考え付きました。

副産物として社会に順応できない不適合者に消えて頂く機能も果たす素晴らしいプログラムです…ククク。」

この時点で自分の置かれている状況を冷静に把握出来ている者は半分以下しかおらず、ましてや自分達がこれからどれだけ恐ろしい事を強いられるのか予想している者に至っては一握りしかいなかった。ただ、全員が全員一様に今までに経験した事のない激しい恐怖にかられていた。

挙手という言葉を使いながら挙手をさせる機会も余地も与えずに、一方的な言葉を一通り続けると、突然鈴木は生徒達に背を向け黒板にカッカッと教科書のような字で何かを書き始めた。

古ぼけた黒板に書かれたのは、R・・・B・・・R・・・・・・『RBR』そこまで書き終えると鈴木はまた正面を向き、さらに言葉を続けた。

「Real Battle Royal、通称『RBR』。これが我々駄目になった大人達がもっと駄目な子供達に与える最後の教育手段です。

さあここからは世界の北野先生のお言葉をお借りしましょう。

『この国は、すっかり駄目になってしまいました。そこで今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます。』」

       

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