Neetel Inside ニートノベル
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「お見舞いに来たよー。元気ー? な訳ないかー」
 彼女はそんな調子で病室の扉をガラリと開けてやってきた。今朝の事が全て虚構の産物だ、と言わんばかりに。もしくは、俺の記憶がそこだけ欠落していると願っている様にも感じ取れた。
「あら、独りなの。寂しいわねー何々、一人の方がやりやすいって事もあるのかな……? きゃー!」
 なはははは、と彼女はけたたましいサイレンのように笑う。それは、今朝の嫌な笑みではなく何処か楽しんでいるような笑い方だった。しかし、俺はその笑みの方が何倍も良いと思う。うるさいが人情味があるのだ。朝の笑い方は、何度も思うがアンドロイドだ。
「よっ、体大丈夫か? 心配したんだぞー。朝、歩道橋でさ森崎が倒れてたって訊いて」
「あ、ああ悪い悪い。なんか良くわかんないけど倒れてたらしくてさ。本当、なんで歩道橋の上で倒れてたんだろうね、あはは―――」
 俺は嘘をついた。
 それはある種、興味本位から出てきた偽りだ。もし俺が朝の記憶を忘れていたら彼女はどう話しを進めるのか。
 一応、話しがある程度進んだら本当のことを切り出すつもりだ。
 しかし、
「嘘は嫌い」
 一瞬にして、彼女の顔が変わった。恐ろしい程、心の消えた瞳で俺を覗いている。否、それは目ではなく穴に近い。底が見えない二つの真っ黒な穴が俺を覗いている。
「……バレてたか」
「もちろんっ!」
 すぐに彼女は仮面を被る。いいや、もしかしたら冷徹な方が仮面でこっちが素顔かも知れない。しかしながら、どちらがどちらを演じていても俺は怖いと感じるだろう。
「森崎は嘘付くの下手だねー」
「どうしてそう思うんだ?」
 すると、彼女は顎の辺りに手を持って行き、探偵の様な仕草をしてみせる。
「そうね。まず私が入ってきた時に、軽くボケでもしてくれれば、私は森崎は今朝の事忘れてるって思ったよ。でも、森崎は真剣な目で私を覗いたの。普段は見せない眼光が宿ってたのよ」
 なるほど、と頷いてしまった自分の馬鹿さ加減に苛々する。
「でも、俺はその後普通に話して見せたぞ?」
 また馬鹿な発言をしてしまったと後悔した。
「それはね」
 彼女は眼鏡の中央の部分を一度上げ、
「目の奥が笑ってなかったの」
 と、常人では見破られない綻びを指摘した。
 やはり、彼女には適わない。
「普段通りのバカ森崎だったら、二言目の寂しいわねーの辺りから、何かと突っ込んできたわよ」
 バカ森崎とは何だと普段通りの俺は言うだろう。しかし、事前の状況が状況なだけに俺も、戯けたりはしにくい。
「なぁ、今朝のアレどういう事なんだ?」
 切り出したのは俺の方だった。
「どういう事って?」
 わざとらしく彼女は訊き返す。しかし、視線は床の方へ伏している。 
「どうしてあんな事をしたんだって訊いてるんだ。弟の事とか、ナイフとか……」
「そうね……」
 彼女は窓辺に近づきカーテンの緒を解く、そして薄いカーテンを徐々に閉めていく。同時に部屋の赤さも消えてゆき、影との比が逆になっていく。
「私はね、あなたを傷つけるつもりなんて無かったの。ただ協力してもらいたかっただけなの」
「協力?」
 そう、協力と彼女は繰り返す。
 その表情に漏れた夕の色が差し込み、彼女の顔に陽と陰が生まれた。
 僅かに、微笑んでいる事が不気味だ。
「今からとんでもない発言するから、訊き逃さないでね森崎君」
 君付け、とは更に不気味だ。
 だが、次の言葉で不気味さは見事に払拭されることになる。
「私……」
 ゴクリと俺は生唾を飲む。
「私、BLの漫画を描くことが趣味なの!!」
 へ……?
 BL漫画……ぼーいず、らぶの漫画……
Boys love.
 ボーイズ……ラブ……
「えええええええええええええええええええええええええええええッ!?」
 あまりの事に俺はあられもなく絶叫していた。
 男同士の愛……
 う、嘘だろ……!? こんなにも可憐で汚れを知らなそうな表面をしている委員長さんに限って……
「そ、そんなに可笑し―――」
「はい!! 可笑しいです。いいや、変です。断じて変です!!」
 いけない、俺までなぜかおかしなテンションになってきた……
「ええええっとゲホゲホ……せ、咳があ……えっとですね。BL漫画とは、ボーイズラブの漫画の事でよろしいでしょうか……!?」
 駄目だ。
 平静なんて保てない……
「そうだけど……普通じゃ無いかな? 女の子なら誰でも好きだと思うし……」
 そういう物なのか……? 俺は男だからって女の子同士の……嫌々、断じてだりえない!
「多分ですけど、好きな人は少数だと……思いますけど……」
 そうかしら? と彼女は流暢に受け流す。
 こんな場面でも、そんな対応が出来るのは流石と言ったところだろうか。
「でも、私は好きなの。男の子と男の子の愛情は素晴らしい物なの」
「そ、そうですか」
 彼女は不思議だ。
 そんな事を俺に言ってどうする。全く持って真意が見えない。否、一つぐらいは見えてきた気がする。それは紛れもなく氷山の一角なのだが。
「それで、今朝に弟が男装趣味か? とか訊いてきたのか?」
 今朝の事を思い出し、彼女にそう問うと彼女は快闊に笑い飛ばしてきた。何か的を射ていない事を訊いたかと焦燥したが、次に彼女は察しが良いねと返してきた。
 本当に不思議な子だ。
「そうなの。事細かく話すと長くなるから、色々省くね」
 それに、面会時間もそろそろだしと彼女は時計を確認する。時刻は午後五時半、面会終了時間は六時だ。
 省いても、有に三十分もかかるのかと僅かばかり、項垂れる俺だったが彼女はそういう微少な変化も見破るのでなるべく態には滲ませないようにする。
 が、
「あーまた面倒な事になったーって顔してるー。教室の時もそうだけど、いつも私と話すと仏頂面になるよね。そんなに私の話、退屈かな?」 
 多分、俺は剣呑な表情をしていると思う。
 俺ってそんなに顔に出やすいのか……
「すみません、しっかり訊かせて頂きます」
 よぉーしぃー良い子だねー、と彼女は戯けてみせる。
 その笑顔に、少しばかり癒され思わず紅潮してしまった。なんだか恥ずかしい。
「そう、堅くならなくて良いよ。話自体砕けてるような物だからね」
「砕けてる……? そんなにヤバイ……話しなのか?」
 一呼吸置き、
「そうだねー、訊けばわかると思うけど……」
 薄紅に染まる表情は何処か悲しげに見えた。目線や、口元に添える手の細さ。それは、折れた彼岸花を連想させた。
「えっと……実を言いますと、今書いてる漫画のモデルが」
 この時点で嫌な予感はしていた。
 まさか……
 

「森崎君兄弟なの!!」


 彼女の屈託のない笑みに、俺は酷く泣きそうになった。

       

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