Neetel Inside ニートノベル
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 消毒液をかけたアスピリンを塗した病室を斜陽が真っ赤に染め上げる。俺は、頭を抱えていた。それは、委員長を好きになってしまったどうしよう!? なんてラブコメ要素満載の展開などではなく、ただ単に突発的な頭痛に見舞われた為だ。しかし、血液の循環が滞った痛みではなく、俺の痛い過去を詰め込んだ鉢植えを脳天に真っ直ぐ落とされたような、精神を抉る痛みだ。
 多分だが、もしこんな事が日常茶飯事に起きたとすれば、俺は三日と持たずに首を括り奇々怪々なデザインの一つになるだろう。
 ……ああ。
 頭が割れそうだ。
 その前に彼女の台詞が反響して耳が千切れるかもしれない……
 いや、その前に目眩で、委員長に抱きつくかも知れない……
「…………」
 たった一言で、人間ここまでネガティブに埋もれる物だろうか。
『森崎君兄弟なの!!』
 溜息も出ない。このまま黙って、面会時間の終わりを告げるチャイムを待とうかな。が、無言で現実逃避を計る俺を無視するように、彼女の背中のゼンマイは廻りだし、口からメランコリック成分100%の言葉を吐く。
「ねぇ! 実は今日持って来たの!!」
 それが、嘘だと俺は信じたい。
 もしくは、それを忘れてきたと願いたい。
 彼女は徐に肩にかけていた学校指定のバックを病室に設置されている、キャスター足の机に置く。その瞬間、ドンと言う音がするほど彼女のバッグには何やら物がたくさん詰め込まれているようだ。そんなに色々、入っていたら肝心の物が取り出せないんじゃないか。
 俺の予想は的中した。
 教科書やプリントの類が目一杯に詰め込まれたバッグには指を入れるスペースすらもなかった。委員長もあれれと頭を掻く。もしや、これは取り出せないからまた今度って感じになるんじゃないか……!?
 俺の予想は的中……して欲しかった。
 俺が考えるほど、彼女は億劫ではなく文句を言いながらも、バッグの中身を一つずつ出し地道にそれを探し始めた。確かに、探すの面倒だからまた今度ーってことにはならないのは薄々感じていた。なぜなら委員長だからだ。成績TOP、みんなからも慕われ、顔もかわいい、それに誰にでも優しい、そんな彼女がすぐ諦めるなんて事は甚だおかしいのだ。だから今朝の事にも違和は感じない。しかし、どうしてそんな子と一緒なのに俺はこんなに鬱なのだろうか。
「あれ……おっかしいなー。多分この中に……」
 探す彼女はやはり可愛らしかった。小柄だが、胸も尻も中々大きく健康的で良い身体をしている。繁々と見ていると彼女と不意に瞳があってしまった。
 すぐに目を俺はそらすが、彼女はふーん、となんだか含みのある笑みを浮かべていることがわかった。
 あー変態か俺は!
「ふふふ……あっ、あったあった!」
 ゆっくりと視線を彼女に戻す。持っていたのは数枚の紙だ。A4程の紙だろうか、何分そういう物には疎いのでA4では無い可能性が高い。
「私ね、今朝の事があったからさ、一応、森崎にも白状しようと思って持って来たの」
 俺は、何を? と訊くのを躊躇った。何せ委員長のか細い百合のような真っ白な手から、タイトルロゴと思われる物がちらちらと顔を覗かせるのだ。
 多分、否、絶対に彼女はそれを俺に読ませる気だ。が、俺にはそのタイトルの本を読む気にはどうしてもなれなかった。凄惨だ。俺の世界にそれを持ち込むのは凄惨過ぎるのだ。
 だから、俺はあえてこう訊く。
「絶対に読まないといけない……のか?」
「うん!」
「…………はぁ」
 どんよりした。
 空気が、ではなく俺が。
 読んでどうすれば良いんだ。感想を言えば良いのか……そのタイトルの本に俺が感想を言わないといけないのか? そのタイトルの本に!?
 

 俺の弟がこんなに可愛いわけがない―――


 どうしろって言うんだッ!!
「それじゃ! 読んで貰いましょう! どうぞ♪」
 赤面を通り過ぎて、俺の顔は藍より青くなりそうだ。
「……ど、どうも」
 訳がわからない。俺らをモチーフにして書いたBL漫画をその本人に見せるって……委員長はもっと常識のある人間だと……
 しかし、ここで読まないと彼女はまた何か問題を起こすだろう。それも、今度は俺の命が危ないかも知れない……幼気な高校生のままで死んでたまるか! 女子にキスすらもされないで死ぬなんて、死んでも死にきれねぇ!!
 よし、読んでやろうじゃねぇか!
 俺は、ほぼ自暴自棄にタイトルの描かれたページを捲り、開けてはいけない扉の向こうへ足を踏み入れた。


*


 …………読み終えた。が、俺は何か大切な物を失った気がする。
 感想は八割喘ぎ声と無駄にリアルな―――の形だけだ。それの印象が強すぎて内容は半分も入ってきていない。
「どうかな? ある有名なお話のパロなんだけど……おもしろかった?」
「……はい、色々と凄かったです」
 本音だ。
 色々と、意味の活用は多いが。
 ハッキリ言うと吐き気がしていた。シュールストレミングを一気食いしたような催し方だ。理由を整理すると、一つ目この話しの内容だ。これは常軌を逸していると言っても過言ではない。なぜいきなり男子更衣室で兄弟がその……なんだ、しているのかだ。二つ目、絵のレベルの高さだ。前々から思っていたが彼女の絵のセンスには目を見張る物がある。デッサンや絵画、そういう類の物に関しては、彼女の右に出る物はいない。が、それがこの作品では仇になっている。ハッキリ言ってしまうと、リアル過ぎて気持ち悪い。まるで、そういう映像を見ながら写生したとしか思えないのだ。それに、
「……これ、絶対俺ら兄弟だってバレるよね……」
 そのままだから。素材が剥きだしだ。
「もちろん! だってモデルだもん!」
 バレたら偉い迷惑だ。と言うか人生のエンディングが五十年くらいスキップされる。よしんば、これが何かの拍子で学園内に漏れたとする。したなら、確実に俺ら兄弟がそういう目で見られることは間違いないだろう、その理由を問えば、リアルだからだ。これは高確率でデッサンに見えてしまうのだ。描写角度、俺と弟の表情、汗や毛の一部にまで。それに彼女なら『モデルは森崎くんの兄弟です~』とか言いそうだ。彼女の意としては、性格や(俺はそんな性格はしてはいないが)顔立の事なのだろうが、周囲はそう捉えないだろう。俺達がそういうことを営んでいる姿を委員長に書かせた。大体はそう思考する。
 それに炒がいる。彼は物事を複雑化させ、最終的に混線パレードを創り上げるプロだ。何としても奴の耳だけには入れたくはない。
「……これ、どうするんだ?」
 俺は一択だ。シュレッダーにかけた後、そのシュレッダー機ごと燃やして、灰になったそれを由緒正しい神社に奉納して貰い、一年に一度、一掴み海に投げ捨て、一日かけてお経を唱えて貰う。勿論、修行僧も同行で、だ。
「えっとね……」
 迷わないでくれ……俺は成仏してほしい。
「仕方がない、隠しても何れバレるので言いましょう!」
 すると、彼女の口から、俺には聞き覚えがない言葉が入り込んできた。
「夏コミで売るの」
 ……なんだそれは。
「はい……? 夏……コミ?」


「だから、夏に開催されるコミックマーケット所謂、同人誌即売会で売るの」

       

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