Neetel Inside ニートノベル
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「えっ……?」
 予期しない一言に思わず声が出た。逆に彼女は、その反応を予期していたらしく口元に添えていたハンカチーフを折り畳み内ポケットの忍ばせてから「もう一度云うわね」と冷静さを保持したまま云う。
「森崎君にもメイド服を着て夏コミに参加して欲しいの」
「―――えっと、それはツカサの事を指している森崎君なんだよな?」
 そう訊き終わる前に、遮る様にして、彼女は首を横に振る。
「違うの。勿論、ツカサ君にもメイド服を着て参加して貰う予定ではいるのだけれど……ちょっとした理由があって、森崎輝之君。貴方にもメイド服を着用して欲しいの」
「メイド服を……着用?」
 俺があからさまに首を傾げて見せた。
「そう。―――でも心配はしないで。メイド服は全部オーダーメイドで製作という流れになりそうだから。と言ってもね、資金面で当てになるような人にまだアポを取っていないから、予定の域からは脱していないのだけど……。でも、サイズが小さくて入らないって事は無いと思うから」
「ちょっと待ってくれ」
 云うと、彼女が怪訝そうに眉根を顰めた。何か問題でもあるの? と云いたげなその口元。
「もう、この際ツカサのメイド服は良いっと半ば自棄でOKサインは出したけど……どうして俺まで?」
 俺はツカサの様に端麗な顔立ちと云うわけでも無ければ、身体のラインが特別良い、と言う訳でも無い。そんな俺がどうして、メイド服の格好をしないといけないのか。甚だ可笑しかった。
 訊くと、彼女は少々困惑し、発言を濁す。
「それはそのね……当日まで、どうしても教えられない……かな」
「教えられないって、それはサプライズとか何かなのか?」
「ううん、全然違うの。でも、森崎君。貴方がメイド服を着用することは必然なの。運命と云っても良いぐらいかな」
 運命なんて抽象的な表現をされても困るのだが、これ以上問い詰めると昨夜の夢の再現になりそうな予感がしたので、俺は喉元まで差し掛かっていた言葉を押し殺し、僅かばかり笑みを繕った。
「運命から、逃れられる方法はあるのかい?」
「絶対にありません」
 そこに先程までの困惑の色はなく、普段通りの笑顔があった。その笑顔を覗くことに何処か恥ずかしさを憶え、俺はすっと目線を逸らした。丁度、視界に例のお茶が入ったのでこの気持ちを払拭する為に、躊躇いなく手を伸ばし一気に飲み干した。
 ……次の瞬間には、その半分が鼻孔から溢れだす羽目にはなったが、場を和ませる起爆剤としては上出来だったと思う。


 *


 その後、何気ない会話で談笑していたが彼女が長居しないと云ったのは事実だった。「用件は伝えたから、私もう帰るね。早く風邪直してね」そんな事を云い、彼女は椅子から立ち上がり玄関へ向かった。
 しかし俺は、このまま帰らせる事が嫌だった。理由は長くなるのだが、まず酷いことを云おう。もっと彼女と長く居たいと言う訳では無いのだ。元々彼女の様な人物が俺は苦手なため、本音を漏らせば、少しでも居合わせたくない。そうは思う。そうは思うのだけれど、ここで帰ってしまうとまた関係がリセットされてしまう様な気がしてならなかったのだ。何分、俺と彼女は教室で顔を合わせる事はあっても、基本的に話すことは無いので必然的に「夏コミ」というイベントの合間まで彼女とのパイプは無くなってしまう訳だ。
 ならば、この時間だけで、少しでも親密な関係になった方が良いのでは無いか。そうすれば、彼女の事もより深く知る事ができ、色々と気を使わなくても良い、理想的な仲になれるかも知れない。
 そう、一縷の望みを抱き、俺は腰を上げた。
「い、委員長……もう少し居てくれないか?」 
 声に気が付き、委員長が足を止め、首だけをこちらに向けた。
「うん? 何か私に用があるの?」
「ああ、いや……まあ、あるような無いような……」
「あるような、無いような?」
 彼女は、身体を捻りこちらと向かい合わせになる体をとる。
「え、あ、そのあれだ。俺、今風邪引いて37℃もあるから、昼飯が作れないんだよな……」
  真っ赤な嘘だ。ツカサが朝に作ってくれたお粥が冷蔵庫に入っていた。
「そう? 私の目にはそうは見えないんだけどなぁ。それに、インスタントラーメンとかあるでしょ? そこの戸棚の奥とかにね」
 彼女はそう云い、キッチンの方へ指を示す。その先を目線で追うと―――図星だった。
 その戸棚を開ければ軽く一年分ほどのインスタントラーメンが所蔵されている。
「え、ま、まあ、あるにはあるんだけどさ。やっぱり具合が悪いときにはそう言う消化に悪い物はダメだと思うんだよね……」
 最もらしい理由を云ったが、彼女の瞳は全てを見透かしているように、微かに冷ややかだった。
 それから、ふーん、と彼女は鼻を鳴らす。
「やっぱり、森崎君は真面目なんだね」
「まあ、弟の手前。しっかりしないといけないからな」 
 そう云うと、彼女が溜息を一つ零し髪を掻き上げ、こちらへと歩み始めた。
 思わず、身構えてしまう辺りまだ、俺は彼女が苦手なんだと実感した。
 ある程度、距離を縮めると彼女は、
「そっか。それじゃ、仕方がないかもね。わかりました。私が、腕によりをかけて美味しい物作ってあげましょう」
 彼女は腕を捲り目を細め、優しく微笑んでみせた。
 とてもじゃないが、用意していた「ありがとう」なんて言葉は言えなかった。
 変わりに―――。
「ああ、期待してるよ」
 と云って、今度は笑って誤魔化した。

       

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