Neetel Inside ニートノベル
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 委員長はキッチンに立つと、まず最初に冷蔵庫の中を確認し始めた。
 開けるのと、ほぼ同時に彼女の顔は曇り、それから呆れた様に溜息を一つ吐き出す。
「うわっ……、森崎君、普段何食べてるの……?」
 委員長が目を丸くし、こちらを向く。うちの冷蔵庫はアノ人の仕事の関係で、一般家庭の冷蔵庫と比べると、ほぼ、すっからかんに近い状態が常なのだ。二人が生きていた頃には、それはもう溢れ出さんばかりに野菜や肉類、新鮮な魚類などが封入されてはいたが、今では飲み物でさえ入っていないときが多々ある。そんな冷蔵庫をあの委員長が覗いたのだから、ああ言う反応になるのは必然的だった。
「いつもはツカサがコンビニ弁当を買って、それを温めてかな」
 云うと、彼女はまたも驚き、なら今日ぐらいはちゃんとした物を食べないといけないね、なんて云ってまた冷蔵庫の中に首を突っ込んだ。
「パプリカと、にんじん、細切れのハムもあるし……まあ、何とかなりそうかな。森崎君、お米はあるよね?」
 彼女が残骸の様な野菜を抱えながら、そう訊く。
 もう少しマシな物は……無かった。あるとするなら、冷凍のグリーンピースぐらいだろうか。
「お米なら、そこの鍋の奥に電子レンジで温められる、ご飯が確かあるはずだけど……」
 そこまで云って、俺ははっ、とし彼女の元へ急ぐ。
「あ、委員長、俺が米を取るよ。パプリカとかにんじんとか持って大変だろう?」
「え、そう。ありがとう」
 危うかった。その鍋の中身は、ツカサが作ってくれた例のお粥なのだ。勘が良い彼女の事だ、お粥なんて物があった、その時点で事実に気が付くだろう。
「お米あったぞ」
 米の入った容器を取り出すと、俺は急いで冷蔵庫を閉めた。
「あったの? そう、良かった良かった」
 見ると、彼女は、野菜の残骸を水洗いをしていた。そして、それより―――と言葉を続ける。
「それよりさぁ。冷蔵庫の中にあった鍋の中身って何か訊いても良いかな?」 
 ギクリ、とした。
 察しが良いなんてレベルでは無い。
「あ、ああ、あれ。あれは……お粥だよ……。でも、ツカサが晩に食べるから俺は食えないんだ……」
「そうなの。それじゃ仕方がないわね」
 彼女が手元を見ていたから良かった物の、目を合わせていたなら確実に嘘だと見破られるだろう。もしかしたら既に嘘だと勘付かれているかも知れない。そう思うと、途端に身の毛が弥立ち、俺は話題を変えようと必死に頭を巡らす。
「それより、委員長。何を作るんだ?」
 とどのつまり、話す内容はそうなってしまった。
 訊くと、彼女は不思議そうな顔をして、俺を一瞥した。
「見てわからないの? 炒飯よ、炒飯」
「炒飯?」
 中華料理の?
「そうよ、炒飯。私の十八番なの」
 彼女は軽快に鼻歌交じりで、残骸を更に細かく微塵切りにすると、フライパンを用意し油を敷いた。
 それにしても、
「病人に炒飯って、変じゃないのか?」
「そう? 別に私は風邪の時でも炒飯食べるけどなぁ」
「それは非常識何じゃ無いのか?」
 すると、彼女はむっとしたのか声を少々張り、
「嫌なの? それなら作ってあげないけど?」
「いや、作って欲しいです。炒飯好きです、大好きです。すみませんでした」
 謝罪すると彼女は炒飯の具をフライパンに入れ、文字通り炒め始めた。芳ばしい香りと焼かれるときの、あの音が更に食欲を掻き立せる。
「美味しそうだね」
「でしょ? 私の炒飯は本当に、美味しいって評判なんだから」
「あれ、委員長って料理クラブとか何かに携わってたっけ?」
 訊くと、彼女はまた怪訝そうに眉を顰めた。
「携わってたって言い方、やめて欲しいなぁ。それに、私はちゃんと料理クラブに入ってます。これでも部長なんだから」
 正直、驚いた。
 彼女は勉学は出来ても、家事などは全く出来ないし、興味もないという印象が俺にはまだ根深かったからだ。
「委員長、部長やってたのか」
 本当はやりたく無かったんだけどね。経費の計算とか面倒だし。でも、ほかにやりたいって人も居なくて消去法みたいな雰囲気で私になったの。
 あれや、これや、嫌な事もあるのだろうか。彼女は二、三度吐息を交えながら、そう説明し、最後に心中を曝け出すような、大きな溜息をついた。
 彼女の目線は何処か宙を捉えていて、こちらまでセンチメンタルな気分になりそうだった。
 
   

 *


 どうやら風邪や疲れが重なり、どうしてこうなったのか経緯は知らないのだけれど、俺は眠っていたらしい。
 目が醒めると、委員長が顔を覗かせていた。「気分悪いの? なら、薬とか買いに行ってくるけど……」
 首を巡らせると、テーブルの上には炒飯が置かれていた。出来たての様で、上に乗っかっているグリーンピースの付近からは湯気が立ち込めていた。
「ああ、大丈夫だ」
「なら、良いのだけれど……本当に大丈夫?」
 彼女に心配はないと何度か云い、起き上がるとそこは皮のソファーの上だった。ああ、ここで横になっていたと言う訳か。
「でも、森崎君が早く起きてくれて良かったかも、温かいうちに食べて欲しいからね」
「―――そうだな」
 相槌を打つと、彼女は徐にスプーンで炒飯を掬い、冷める様、ふぅー、ふぅー、と息を吹きかける。味見でもするのだろうかと、その一連の行動を見ていると、
「はい、口を開けて」
 いきなり、彼女がこちらにスプーンを向けたので、思わず身構えてしまった。
「え?」
「だから、食べさせてあげるから、あーんして、って云ってるの」 

       

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