Neetel Inside ニートノベル
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弟が男の娘だなんて兄さんは認めないっ!
第4話 「夏コミと角砂糖さんと眼帯の娘」

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 七月もそろそろ半ばに差し掛かろうとしていたある日の出来事だ。その日も例によって放課後、俺は委員長に保健室へと連行されていた。今回の要件は何やら教室では公言できない様な事らしく幾ら訊いても、するり、するりと上手く躱されてしまった。
 何だか、五月の中旬にも同じような出来事があった気がする。
 校内の両端に設けられている無駄に大きな踊り場を要した階段を降り廊下に抜けると、?の鳴き声が耳を劈いだ。酷く、騒々しい。それに初夏も過ぎ、夏本番に近付いている現在の廊下は灼熱だ。何でも今年の夏はエルニーニョ現象だが何だがで、去年や一昨年とは比較にならない程、気温が上昇しているらしい。
 ああ、苛つく。廊下に一台でもエアコンを設置してくれれば良いのに。そう思ったところで財政の厳しいうちの高校には無理な相談だった。
 ふと見ると、目の前の委員長も暑いのか、手で必死に顔を仰いでいた。その為、後ろ髪ふわふわと揺れている。普段から冷たい印象を抱いているからだろうか、汗をかく委員長を初めて見た気がした。
 何だか不思議な気分だ。
「窓開いてるのに、全然風が入って来ないんだな……」
 たった一言吐いただけなのに、額から汗が吹き出てきていた。
「何でも今年はエルニーニョだか―――」
 間髪入れずに、
「わかったから、静かにしてよ! それでなくても暑くて苛々してるって云うのに。?なんて皆、死んでしまえば良いんだわ! 本当に!」
 前触れなく彼女が声を張り上げたため、驚き、俺は辺りを見渡した。幸い、生徒や教師は誰一人として居らず、今の怒声を訊いた者はどうやら俺だけの様だった。全く、彼女もそういう所は気をつけた方が良い。校内での彼女はそれこそ完璧な女子生徒を演じている訳なのだから、今のような一言はすぐに生徒同士の口頭で拡散されるだろう。それもただ拡散されるだけならまだしも、高校生のことだ。尾ひれを付け、委員長の悪い部分を誇張されるかも知れない。彼女自体はそんなことを気にしていないのだろうか。周りにいる俺ですら少しは気を使っていると云うのに。
「森崎君、今の発言誰かに話したら夏コミ会場で死ぬ方が良かったって後悔するほど、恥ずかしい思いをすることになるから、そこの所、よろしくね」
 やはり気にはしていたようだ。
 と言うより、死ぬより恥ずかしい事とは一体……。
「……肝に銘じて起きます」
 言い知れぬ恐怖と圧迫感を感じ、俺は唾を呑む。
「それで、よろしいです。森崎君」
 多分、不適な笑みをして彼女はそう呟いているだろう。
 想像すると、また余計に怖くなり、背中の辺りに冷や汗がすぅっと落ちた。夏場なのに、何だか寒気がする。
「訊いて良いか?」
「何を?」
「保健室で今日は何をするかを……」
「そうね、そろそろ云っても良いけど、保健室なんて目と鼻の先なんだし、ちょっと待ってみたら?」
 そうだな、とだけ云って俺は窓の外を覗く。横長のグラウンドに、ユニホームを泥に塗らせながら白球を追う野球部の部員が満遍なく広範囲に渡って広がっていた。暑くないのか、なんて思ったのだけれど、愚問だろう。勿論、暑いに決まっている。
「働き蟻みたいだな……」
 ぼそっと呟き、彼女に目を写すと変な顔をして俺を覗いていた。どうして? とでも言いたげな顔をしている。微妙に首を傾げ、眉根を寄せている。
「どうした?」
 訊くと、彼女はううん、と萎れた花の様に返事をした。
「森崎君には野球、似合わないと思うよ」
 彼女は前に向き直りそんな事を云う。何だかあんまりなので、つい口を尖らせ俺は話す。
「余計なお世話だよ、委員長」
「そうかもね」
 何処か寂しさを含んだ台詞に俺は不味い事を云ったかも知れないと、僅かばかり後悔した。そう思うのには理由があった。
 あの日の夢は今でも、心の何処かに住んでいるからだ。あの泣き顔も、泪声も、流れた雫の透明さ、さえも。きっと彼女の事を本当に理解するまで、その画は消えないだろう。傷と同じような物だ。まだ裂けて塞がってはいない。だから血も泪もまだ流れている。
「そうだな」
 頷いて、俺から保健室のドアを開けた。彼女は一瞬掛け値無しに驚いた様だったがすぐに「気が利くじゃない、ありがとう」と、完璧な女子生徒を演じる。
「どういたしまして」
 いつか彼女の傷を癒せる日が来るのだろうか―――?
 曖昧に答えを濁し、俺も保健室へと向かった。

       

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