Neetel Inside ニートノベル
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 メイド服を作った張本人だと!?
 俺は身体を捩り、花藤に顔を向ける。
 おいおい、本当に変人じゃないか。
「それは本当なんですか、花藤さん?」
「ああ、そうだ。そうだとも。瞭野君が云うとおり、私が制作者だ。―――と云っても、半分間違いなんだよ。私は確かに制作者ではあるが、そうだな、関係者と云った方が適切なのかも知れないな」
 そんな流暢に話されても、花藤、アンタは変人だ。
「私はただ、ミシンなどで彼女のイメージを具現化させただけに過ぎないんだ。それに、生地を選択したのも彼女だったしね。私が関わったのは裁縫と客観的な意見、本当にそれだけなのだよ、それと、ここでの彼女は瞭野君を指し示している物では無いよ。分からないが、多分、森崎君が出逢った事のない人物だろうからね」
「出逢ったことの無い、人ですか」
 花藤は頭を掻き、さっき閉じたばかりのパイプ椅子を徐に開いた。また坐るなら閉じなければ良いのにな。
「瞭野君、君も直接は逢っていないだろう」
「はい。名前は訊いて憶えてはいますが、まだ逢ったことは無いです」
 委員長も逢っていない人物か。
 男だろうか、女だろうか。まあ、この人と同等の変人に代わりは無いだろうから、俺はあまり関わらないようにしよう。
「このままで行くと、次の夏コミが初対面になりますね」
 委員長が云い終わるのと同時に、花藤はコーヒーカップに手を伸ばし、一度口を付けてから頷いた。
「そうか。―――なら、その予定は崩れるだろうね」
「どういうことですか、花藤さん!?」
 もう少し言い方があるだろうに、と俺は思った。花藤も心理学者の端くれならそれぐらい分かるだろうに。
「何か重要な用事でも出来ちゃったのかな。あの人、忙しそうだし考えられるかも……あああ……そんなぁ……チヒロさん、当日、来られないなんて、折角良い漫画書いたのに―――」
 言葉を遮る様に花藤は掌を委員長に向ける。
 STOPと云う意味だろう。
 それより、チヒロと云うのが、彼もしくは彼女の、その所謂ハンドルネーム? とか云う奴なのか。
「瞭野君。君の悪いところが出てしまったね。良いかい、人の話は最後まで訊く。相手が年長者の場合は得に、ね。それに私はまだ、その予定は崩れるとは云ったが、悪い方向になんて一言も云ってはいないだろう? 早とちりと、知ったかぶり程、愚かな物はないよ」
 花藤の言葉に対し、委員長がすみませんと申し訳無さそうに頭を垂れた。
 凄い。
 あの委員長に謝罪をさせられるなんて、それは凄い事だ。でも、その能力を得る代償があんな変人にはなる事だったら俺は断るけどな。一種のアンビバレンツだ。
「まあ、こちらの言い方も悪かった。すまない。予定が崩れるとは云ったが、それは先程の会話で察せられる様に良い方向の話しだよ。まあ、私からのささやかなプレゼント、サプライズの類とでも思ってくれ」
 サプライズ? プレゼント?
 何だか掴めないな。
「どういう事ですか? 花藤さん」
 訊くと、彼は腕時計で時刻を確認し、「そろそろか」と一言だけ漏らす。
 そろそろかって、もしかして呼んでいるって事か?
「そろそろって花藤さん、もしかして呼んでいる……って事ですか?」
 恐る恐る委員長はそう訊く。
「まあね。と言っても、―――その前に、そんな決まりが悪い様な顔をしないでくれ、瞭野君。そうか、プレゼント、サプライズと表現したことによって齟齬が生じている様だね。重ねて、すまない。だが、私の差し金という訳では無いのだから、そんな潤んだ瞳で睨まれてもね」
 見ると、委員長の頬はヤケに赤く、瞳は水分を帯びていた。
 まるで女の子の様な表情じゃないか。
「花藤さん、来るなら来るって云って下さいよー! 本当にもうっ!」
 怒鳴る委員長。本当に女の子だ。いや、本当に女の子なのだけど。
「いや、今日はすまないね。だが理解してくれ、私も今朝、携帯に連絡があったんだ。でも、少々不幸な事故が起きたんだ。そうでなければ、瞭野君にも一言伝えようと言うことは最重要課題だったんだよ」
「不幸な事故?」
 そう、不幸な事故。
 花藤は委員長の言葉に続けてそう云い、コーヒーカップを置くと、手をポケットに忍ばせ、何かを取り出す。出てきたのは……何だか良くわからないものだった。それは形状を留めていない、何だか細かい部品や捻子が入り組んでいる辺りを見ると、小型のゲーム機か何かだろうか。
「何ですか、それ?」
 堪らず俺が訊いた。
 花藤は長い溜息を吐き、「全く残念でならないよ」と憂いた。
「これは、私の携帯さ。ここへ向かう途中に轢き逃げにあってね、かわいそうに。もうぼろぼろじゃないか」
 轢き逃げって。
 何をしていたら携帯が轢き逃げされるんだか。
「それで、私に連絡出来なかったんですか……」
 そこで委員長が悲しそうに目を伏せた。
 何だか、五月の何時だかに同じような仮面を見た気がする。
「全くすまなかったね。それで瞭野君、訊きたいんだが、もし私が君に事前にこのことを伝えて居たら君はどうするつもりだったんだね。先程の怒りっぷりを見る限りでは君、何だか飛んでも無いことを企画しようとしている様に見えたんだが」
「そうですよ……花藤さん。来ることを今日の朝にでも訊いていたら、私、メイド服とかナースとかチャイナドレスとかで登校していたのに……」
 迷惑だ、やめてくれ。
 それとこれ以上、面倒と被害者を増加させないでくれ委員長。
「ハッハッハ、如何せん私はまだ瞭野君のナースは見たことが無いから想像は出来ないが、愉快で良いね高校というものは、叶うなら若返って君たちと同じこの高校に通ってみたい物だよ。―――無理な話だがね」
 断じて高校はそんな場所じゃない!
 それに、まだ瞭野君のナースはってことはもう上記の二つは拝んだのかよ。そういう所だけは羨ましいんね、全く。
 その時だった。ドアに埋め込まれている磨りガラスに影が映り込んだ様なので俺は顔のみを動かし、それを覗いた。写った影から身長の低さが伺えた為、ナユでもやって来たのかと思ったが。
「来たようだね、チヒロ・ヒナタ君」 
 と言う、花藤の一言によりその影は全くナユとは似つかない物に俺の瞳に映った。
 チヒロ・ヒナタ。
 花藤が呼んだ人物だ。

       

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