Neetel Inside ニートノベル
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 事の発端は去年の八月。その日は母さんの故郷の夏祭りであり、俺らも夏休みを利用して帰郷をした。勿論弟と俺でだ。
 色々弟にも悪戯を仕掛け、まあまあな夏の日という記憶になった。
 でも、それがこの物語のプロローグだったのかも知れない。化粧道具を取りに行った弟を見に行った瞬間に俺はそう直感した。

 
*


 都会から田舎へ移動すると空気が美味しいという表現が良く見られるが、母さんの故郷は空気が魅えていた。バス代を握りしめた僕の右手と窓を開け風を纏わせる左手。兄さんはとっくの前にバスの穏やかでどこまでも優しい揺れに眠りを誘われたようだ、首をコクリコクリと動かすだけ。
 良いリフレッシュになるからと兄さんの手に引かれ流されるままに来た旅擬きだが、中々良い物である。
 兄さん連れ出してくれてありがとう……
 あまりに恥ずかしくて言えない言葉を心の中でそっと呟いた。ゆらりゆらりと揺れるバスの中。
 スライドしていく風景は緑と空の霞無き青が主だったが、町が近いのかちらほらと民家や人の姿も見え始めた。妙な懐かしさは母さんの血がこの身体を巡っているからであろうか。意識せずとも鼓動は高鳴る。
 僕は横の座席に置いておいたリュックサックからサランラップに包まれた無骨なおにぎりを取り出し、口に運んだ。兄さんが握ってくれたおにぎりだ。形は三角とも丸ともつかない奇々怪々だが、それでも兄さんが握ってくれたおにぎりだ。おいしい。
 多分……美味しいだね……でも……塩味すらもしないんだね……そ、素材の味を活かしてるんだね……
 僕的には良い表現だ。兄さんが起きたら素材の味を活かしていると伝えてあげよう。
 食べ終えるとサランラップをくしゃくしゃに丸めリュックに放った。兄さんもそろそろ起きる頃かな。
 腕時計で時刻を確認すると午後二時半を針は示していた。到着時刻は大体三時ぐらいと言っていたのでもうすぐだろう。
『俺寝るけどさ、二時四十五分ぐらいに起こしてくれ』
 後、十五分は風景でも楽しむかな。
 夏の斜陽が窓をすり抜けて車内を照らす。オレンジ色だ。都会のあの街に住んでいるときは感じたことのない太陽の色だった。青の空も広大な姿を四方八方に羽ばたかせ、非常に壮大で圧巻される。しかし、その空を見たときに、いつも摩天楼に塞がれていた空を想起させてしまったことは少々癪に障る。
 今ぐらい都会の思い出は忘れたいなー。
 そう空を見ていると、前方から「ふはぁああああ~」と気の抜けた声が耳に徐々に入り込んできた。
「おはよー兄さん」
「うぁあ。そうだおにぎりちょーだい。腹減ったー」
 開口一番ご飯ちょーだいね。やっぱり兄さんはマイペースだな。
 僕はもう一度リュックを開き、おにぎりを二つ取り出した、そして座席から振り返ることもなく手だけを伸ばす兄に渡した。
「このおにぎり、美味しかったか?」
 チャンス! ここでさっきのコメントを言えば褒められるかも知れない!
「えっとね、このおにぎりはね素……」
 言葉を遮るように、
「このおにぎり、なるべく素材の味を活かそうと思っていつもよりちょっとばかり高い米使って握ったんだぜ。水も天然水、だから塩も何もつけてないんだよ―――いつもより2.5倍上手いな」
 あぁ……あぁ……あぁ……
 ちょっとそれ僕の台詞!
「そ、そうなんだ。へぇー確かに美味しかったよー。うん、素材の味を活かし損ねたと思う」
「だろうって、おい! 活かし損ねたってどーゆーこっだよ!? まずくはないだろ、まずくは!」
 咀嚼した米が兄の口から飛び出す。ご飯の見込んでから話してほしいな。
「うん、まずくはないよ! まずくはね……」
「なんか意味深だな……」
 少々気まずい雰囲気になりバスが着くまでの数分間、僕らは何も会話をしなかった。
 しかし、話し出すそぶりも兄さんは見せなかったので、眠ったことにしようと僕は罪悪感を払拭した。
「ついたぞー」
 兄さんの声に連れられ僕は代金を払い見知らぬ名前の書かれたバス停に降りた。
 そこのバス停は網旦と書かれていた。あみたん? もうたん? 読み方は不明だった。
「今日はホテルに泊まって明後日に街に帰る、いいだろ?」
「うん、それはバスの中でも訊いたからいいんだけど……あのさ……」


「なんで僕だけセーラー服なのかな……?」

       

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