Neetel Inside ニートノベル
表紙

きまぐれかぞく
カオリとしまお

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もはや日課のようになってしまった。
すこしうすめのコー ヒーとトースト、母の気がむいたときはゆで卵つき、の朝食をとりながらテレビを見て、日がわりであらわれる話題のタレントに対してあれこれと毒を吐く、この一連の流れ。

「なによ、あんなアイドルのどこがいいの? ばっかみたい」

コーヒーカップをかたづけながら、カオリはひとり言とも、母にむかって言っているともつかないような声でつぶやいた。しかし母も要領を得ていて、そういう時には、ただいつもどおりにこにこするだけで、ノーコメントである、「それにしても、ほんとうにいいお天気ね」。

母がカーテンを開け放しながらいうので、ついそちらに目をやる。
土曜の朝日はなんとなく、とくべつだ。月曜みたいにぱりっと折り目ただしいわけでもないし、日曜ほど解放的で活発ではない。そう、なんとなくだけれど、一週間のうちで時間の流れがいちばんゆるやかなのは土曜の朝だ。
だから、コーヒーがいちばんおいしいのも土曜だし、こんなふうにゆったりした気分ならば、おもしろくもないテレビが芸能人をばかみたいに囃したてていても、すこしは寛容になれるというものだ。

だがなんといっても、ゆっくりとした土曜特有の時間は、動物園なんかでゆっくりとすごすのがいちばんいい。あるくのに疲れたらベンチや芝生でやすみながら、 夕方までかけて園内のはしからはしまでじっくり見るのだ。いまごろの春の近づく季節ならば、おだやかな太陽のおかげで、休憩じたいも楽しめる。ひなたぼっこしながら、ペンギンたちでもながめればいいのだ。
にも関わらず、動物園にまできておいて、なにが忙しいのか、ちらっと檻のなかを見るだけで、すぐにつぎに移ってしまうひとはけっこう多い。そんなスタイルでは、ただいたずらに足を疲れさせるだけで、あとになにも残りはしないというのに。
きっとそういう人たちは見た気になっているだけなのだ、じっさいには動物なんてほとんど見てなくてソフトクリーム食べてただけなのに、それでいて動物園を語るなんてあつかましい。動物園に行くたびにカオリはそのようなことを言うのだった。もはや口ぐせのようですらある。それをいつも聞かされるハルカも、近ごろはいいかげん、うんざりしはじめているのだった。はいはい、 もっと観察するみたいに見なきゃ動物の本当の顔は見えてこない、でしょ?  あとお姉ちゃんソフトクリームだいすきなくせに。

今日は、しかし、カオリもそれにいくぶんちかい見方をすることになるかもしれない。足をとめて、いや腰をおろして、じっくりと見なければならない動物が今日はいるから、ほかのところにあまり時間をとれないのだ。
目的地は、東のはしっこ、鹿の檻。
この時期、梅の花が散っていくのをおいかけるようにして、一年の寿命を まっとうした鹿の角も抜けおちる。まさにその瞬間を見てやろうといきごんで、毎年おとずれるカオリであったが、残念ながらまだその瞬間に遭遇したことはない。
そうして、春休みごろになると毎年、いかにもそわそわしだすカオリを見て、ああ、もう梅の咲く季節なのね、と母は思い出し、にっこりほほえむのだった。

「そんなに見たいんなら、通えばいいじゃない。春休みだし、年間パスもあるんだし。」
いつだったか、そうハルカが尋ねた。しかしカオリはしずかに首を振り、「それじゃあ、だめなの」と否定した。「一度しかチャンスがないってとこがだいじなのよ、なにせ賭けなんだから。もし見れたら、春からの運勢はすごいぞ、っていう。」

そう、賭けなんだ。
きょうは開園時間よりすこしはやく入れてもらえたし、幸先がいい。きっと、なにかある。
どことなく気合いのはいった足どりで、一直線に鹿の檻へむかう。ペンギンのプールもモルモットのふれあいコーナーもポニーちゃんも、今日はぜんぶ後回しだ。そう、せっかくの好運をのがすわけにはいかないのだから!

鹿のもとへ到着したカオリを待ちうけていたのは、しかし、好運とはいいがたかった。運命はいつだって、ちょっぴり残酷なの――
雄鹿をひととおり見回すと、しまおの角だけ、ない。
「あの…あれっていつおちたんですか? しまおの」
しまおを指さしながら飼育員にたずねる。
「えっとね、きのう最後に見たときはまだついてたから、きょうの朝くらいじゃないかな。いやあ、おしかったねえ、ことしも。」
飼育員はもちろん顔見知りで、カオリが毎年鹿の角を見にくることをしっている。そしておととしは三日、去年は一日おそかったことも、よくしっている。だんだん近付いてきてるし、ことしこそは、と意気込んでいたカオリは、期待したぶん、よけいに落胆した。さいしょから期待なんかしてなかったけど、とカオリはじぶん自身に言い訳したが、もちろんうそである。

「もう、しまお…もうすこしがまんしなさいよね…」
カオリの差し出したえさに寄ってきたところに文句をいっても、あくまでもそしらぬ顔のしまお。むしろ、ちいさなユキのほうが申し訳なさそうな顔をしているではないか(もっとも、ユキがなんだかこまったような顔をしているのは、いつものことなのだが)。
しまお、見習いなさい。その、そしらぬ顔を、やめなさい。

「ま、しまおのことは、おしかったね。でもね、ブンタさんなんか、そろそろ落ちそうだと、飼育員的勘が言っているよ!」
しかしカオリは、うたがわしげな目で飼育員を見る。へらへら笑いながら、“しいくいんてきかん”とかいっているが、この人の勘はあてにならないのだ、いつも。なにせ、競馬をはずした話を自慢気にするような男なのだ(はしってるのが鹿とかトナカイなら、ぜったい外さない自信があるんだけどなあ)。
とはいえ、何年も鹿たちを間近で見てるわけだからけっこう分かるのかもしれないし、うーん、「とりあえず、ソフトクリームかってきます…」

けっきょくこの日はどの鹿の角もおちることはなく、またしてもカオリは賭けに負けたのだった。

       

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