Neetel Inside ニートノベル
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クリスマスデイ
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 Ⅰ
 

 「きよしこのよる」のメロディが街頭でオルゴール調にかかっている、かのようでした。僕の頭の中は、
クリスマスでいっぱいだったのです。でも目の前を見回します。僕の、愛すべき恋人の町田さんは周りの
どこにもいません。確か、この噴水が目印のこの公園で今日町田さんと会う約束をしていた、そう、
約束していた、はずなんです。でも僕の周りをいくら見回しても、そこに町田さんはいません。
そこに町田さんはいないのです。
 まるで、トロイメライの調べが僕の後ろで鳴り響いているかのようでした。
 町田さんが、僕の見回す周りに、会う約束をしていたはずなのに、どこにもいないのです。ただ、ただ
それだけなのに、僕はこの年にもなってひどく泣きそうになっているのです。いや、もう泣いているかも
しれません。いえ、滅相もないくらい僕は今、途方にもない思いに突き動かされているのです。たぶん、
きっともう泣いているのでしょう。視界はにじんでいるようにもみえます。外気が肌をつんざきます。
つんざいたように外気の冷たさが肌に、顔に、手に染み込んでいきます、痛いです。
 町田さんが、そこにはいないのです。たったそれだけのことなんです。でも、たったそれだけのことで
僕の周りを歩いていくつがいのような男女の組に末恐ろしいような劣等感や寂しさを抱いてしまうのです。
街が、僕を笑っているように思えてくるのです。世間は、街は、ハッピークリスマスに包まれています。
でも、僕はハッピーなんかじゃないです。アンハッピークリスマスです。
 だってそこに町田さんがはいないのだから。

     



 Ⅱ

 僕が町田さんを見つけるまでの数分間は、数時間、いえ、数光年ほどに感じられました。はめていた
腕時計の針がようやく本当に動き始めた気がしました。時計の針はずっと動き続けてはいたのですが。

「ご、ごめん! ま、待った?」

 町田さんのその声を聞いたとき、先ほどまでめぐらしていた終末感がまるで砂上の楼閣であったかの
ように音を立てて崩れ去っていくのがわかりました。さっきまで僕の不幸を嘲笑ってるかさえ思えていた
この町も、今は僕を祝福しているかのように思えてきました。恐ろしいかわりようです。ああ、なんて
僕は薄情なやつなんでしょう。

「ちょ、ちょっと仕事が立て込んじゃって…さ? ご、ごめん」

 い、いや、いいですよ! と僕は言いました。内心はこのクリスマスの日に待たされたということで
少し苛立ちを覚えていたところなのですが、もう今となってはどうでもいいことです。
そんな少しの時間の入れ違いくらい、どうでもいいのです。会えたことが幸せなのですから。

 街頭から聞こえる「きよしこのよる」のオルゴールメロディを聞きながら、僕は町田さんの手を引いて
さっきまであんなに憎かった町の中へと歩き出しました。僕と町田さんは町の中を歩きます。
町田さんの手の温もりを感じながら、僕と町田さんは町の中を歩いていきます。段差のあるレンガの道、
ケンタッキーの前の道、雑貨屋の前の道、砂利のある道、少しひんやりとした風の吹くコンクリートの
道…。いろんな道を、僕は町田さんの手を引きながら歩いていきます。
「ね、ねぇ。今日はどこでご飯食べるんだっけ…?」
しまった、と僕は思いました。町田さんの手を引きながら歩くのがあんまり楽しかったもんだから、
予約をしていたレストランをすっかり通り過ぎてしまったのですから。僕は焦りました。
町田さんに怒られるんじゃないか、って。すると町田さんが僕の顔をまじまじと見てきました。
バレたのか? と一瞬ひやりとしたのですが、それもおみ通しだったのかのように町田さんはすまし顔。
「…こう…やって歩くのも、たまにはいいわね」

 うん、と頷く僕の背中を叩いてはにかむ町田さん。予約のレストラン、すっかり通りすぎちゃった
じゃないとうれしそうな声。

 僕と町田さんは、クリスマスの日の町を歩いていきます。どんな道でも、僕が町田さんの手を引いて
とことこ、とことこと。夕日は影を落とし、しっとりと空は黒に染め上げられていきます。
 僕は後ろを振り向きました。前ばかり見て歩いていたことに今更気付いたのです。
 後ろを向くと、はにかむ町田さんの声。少し顔が赤いです。
 少し歩きすぎたのかもしれません。そろそろ休憩しましょうか、と手を離そうとすると、その手を
必死に握り返す町田さん。僕は胸の中が少しじんわりと熱くなりました。
 そして、僕はそっと町田さんの肩を右胸に抱き寄せました。それに気づいたのか、まるで身のすべてを
僕に委ねるかのように、町田さんは僕のほうへと寄りかかってきました。町田さんの体温を感じます。
女の人の体は、少し捻れば壊れそうな感じで少し怖いのですが、それでいて男の僕にはないような
温かみ、まるこさがあってすごくアンバランスで不気味で不思議です。
 僕は見える中を指差しました。その指の先を町田さんが目で追います。僕は街灯を指指しました。
街灯は宝石のようにきらめいていました。ずっと、ずっと、こんな幸せが続きますように。
そう僕は居るのか居ないのかわからないサンタクロースにお願いしました。
このプレゼントは毎年欲しいなぁ、なんて。メリークリスマス。



<終わり>

       

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