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X 救世主の塔 X
X X
X 1階、瀕死の彼女 X
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「……つまらない」
“戦士”は剣を床に突き刺し、心底呆れた様子でつぶやいた。
足元にはボロ布のように無残に、血や泥、吐瀉物で汚れた“救世主”が横たわっていた。ひゅうひゅうとか細い呼吸が、彼女が瀕死であることを伝えていた。
立川はるかたちもこの“救世主”が脅威でないことをわかったのだろう。“学者”は壁に寄りかかって本を読み、読み終えたページからムシャムシャと咀嚼し、“バニー”と“盗賊”は部屋の隅で女の子同士の恋愛を愉しんでいた。
そして貧乏くじを引いたように、“戦士”と“魔法使い”が“救世主”の処理の担当になっていた。
「つまらないって……楽に越したことはないでしょう?」
「たしかにそうだけど……悲しいかな、やはり苦戦を強いられることを望んでしまっているようだ」
「ふーん、よくわからない。結局、どう食べるかが重要だと思うけどなぁ」
“魔法使い”はどろどろとヨダレを垂らしてた。そんな“魔法使い”に、やはり“戦士”は呆れてしまう。2人に限ったことではない、皆が皆、他の自分の性癖は理解し難いものだった。
「で、どーするの? 2人はさすがにきついんだけど……」
「あの3人は命をどうこうすることには興味がないからな…… なに、私たちだけで楽しめばいいだろう」
「えー、きついよー……それに私、誰かを殺すってあんまり好きじゃないし……」
「ものは考えようだぞ? 処理の最中に……腕が1本なくなったところで、何の疑問もあるまい」
「(ごくり)……あらあらそれは。うふふふふ」
「アハハハハハ。腕1本だけだぞ?」
「ふふふふふふふ」
「ハハハハハハハ」
その後、『10回復活するごとに交代』という約束で、“戦士”と“魔法使い”の2人は“救世主”を殺し合うことにした。
「さてと、私は勿体ぶってなぶり殺す趣味もないから、手っ取り早くいこうかな」
指先に魔力を込め、集中させる。その収縮された魔力が自分をたやすく殺し得るものだということを、“救世主”は焦点の定まっていない目で見て、わかってしまう。
しかし動くことができない。回復も追いつかない。“救世主”はこの先の末路を気づいてしまった。
「それじゃ1回目。ばいばーい」
ピィン!
ビームとなって発射された魔法は、“救世主”の頭を撃ち抜いた。
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◆ “救世主”の立川はるかは死亡しました ◆
◆ ◆
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即死だった。“魔法使い”、そして“戦士”はその様子に何も感じない。すでに作業と認識していたからだ。
「さー、次々」
「急かさないでよ。このレベルの魔法、チャージが大変なんだから」
『立川はるかに救済処置を与えろ』
「ん?」
“魔法使い”は、聞き慣れない男の声に周囲をキョロキョロと見渡した、それは“戦士”も同じで、合わせるように顔を動かしていた。
「“戦士”、何か言った?」
「いや。“魔法使い”が言ったんじゃなかったのか」
他の3人の声でもない。間違いなく、この場にいない誰かの声だった。
「まあいい。ほら、早くチャージするんだ」
「はーい」
再びチャージに戻ると、“救世主”の復活は始まっていた。
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◆ ◆
◆ “救世主”は残機を1消費して復活します ◆
◆ ◆
◆ 残機:255→254 ◆
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「お、始まったー復活」
「ここからが長い戦いだな」
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◆ ◆
◆ 救済処置により、“救世主”のレベルが上がります ◆
◆ ◆
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「「え?」」
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◆ 戦士の剣技 レベル50→55 ◆
◆ 魔法使いの魔法 レベル50→55 ◆
◆ 学者の知識 レベル50→55 ◆
◆ 盗賊の身体能力 レベル50→55 ◆
◆ バニーガールの魅力 レベル50→55 ◆
◆ ◆
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単なる復活ならどうでも良かった。が、事態はあまりに悪い。
復活と共に、脅威が増した。“救世主”のすべての能力が向上している――“戦士”と“魔法使い”は肌でそれを感じていた。
「なに、何なのよ、こいつ!」
「待て、“魔法使い”!」
“戦士”の静止も聞かず、“魔法使い”は両手に溜めた巨大な火の玉を“救世主”に投げつけ、一瞬で黒焦げにした。
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◆ “救世主”の立川はるかは死亡しました ◆
◆ ◆
◆ “救世主”は残機を1消費して復活します ◆
◆ ◆
◆ 残機:254→253 ◆
◆ ◆
◆ 救済処置により、“救世主”のレベルが上がります ◆
◆ ◆
◆ 戦士の剣技 レベル55→60 ◆
◆ 魔法使いの魔法 レベル55→60 ◆
◆ 学者の知識 レベル55→60 ◆
◆ 盗賊の身体能力 レベル55→60 ◆
◆ バニーガールの魅力 レベル55→60 ◆
◆ ◆
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さらに脅威を増した“救世主”は、ついに回復を終えて立ち上がった。
半ばパニックに陥った“魔法使い”。だが“戦士”は冷静だった。
これ以上殺してはいけない。研ぎ澄まされた警戒心がそう告げていた。
「待て、待て!」
しかし“戦士”の忠告は遅すぎた。
――ぷつんっ
“魔法使い”の腕は、高らかに舞い上がった。
「ふぇ……?」
肩から先はドバドバと血を吹き出していた。“魔法使い”はそれに気づかない。
ようやく異変に気づいたとき、“救世主”の腕が“魔法使い”の身体を貫いていた。
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◆ “魔法使い”は死亡しました ◆
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◆ このフロアでは復活はしません ◆
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◆ 【ゲームオーバー】 ◆
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“魔法使い”は“救世主”同様、即死だった。ただ違う点は、“魔法使い”は復活しなかった。
「熱い……それにこの血の香り……食欲が、そそる」
腕を突き刺したまま、“救世主”は“魔法使い”の肉に齧りつく。そしてムシャムシャと食べ始めた。
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◆ “救世主”は“魔法使い”を殺しました ◆
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◆ “救世主”は救済処置により、“魔法使い”のステータスを引き継ぎます ◆
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◆ 戦士の剣技 レベル60 ◆
◆ 魔法使いの魔法 レベル60→159 ◆
◆ 学者の知識 レベル60 ◆
◆ 盗賊の身体能力 レベル60 ◆
◆ バニーガールの魅力 レベル60 ◆
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「ま、“魔法使い”……?」
一瞬の出来事。あまりにあっけないその最期に、“戦士”は放心していた。それがいかに危険なことか、普段の“戦士”ならわかりきっているはずなのに。
このまま、“戦士”の末路も決定したかのように思えた。が、それを1人の立川はるかが救った。
鼓膜を破るかのような音と同時に、“救世主”の首から上が吹き飛んだ。
「“戦士”、逃げて!」
“学者”はアンチマテリアルライフルのスコープから目を離し、叫んだ。その声に我に返った“戦士”は、剣を掴んで部屋から飛び出した。
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どこをどう走ったのか、“戦士”は覚えていなかった。体力の限界が訪れ、ぜいぜいと息を切らしながら小さな部屋の中で座り込んだ。
“救世主”のことを考えていた。やはり、バケモノだった。規格外のバケモノ、自分たちの手ではとうて負えそうにもない。
一矢報いたい。“魔法使い”の敵を討ってやりたい。けれど勝算がまったく見えなかった。
「“戦士”」
いつの間にか“学者”がいた。一応気を張っていたつもりなのに、声をかけられるまで気づかなかった。
それに後から追いかけて来たわりに、まったく息が乱れていない。“戦士”は“盗賊”ほどではないにしろ、体力は備わっているほうである。少なくとも“学者”なんかには負けるはずがない。
なのに、どうして?“戦士”の中で疑問が生まれる。
「“学者”……“バニー”と、“盗賊”は?」
「……一度しか言わないから、よく聞いてね」
「死んじゃった“魔法使い”の気配、感じる?」
「……感じない。どこにいるんだろう」
「たぶん、どこにもいない。変だよね、私たちは、他の私たちのことが以心伝心のようにわかるはずなのに。
おそらく、ここでは巻き戻りは起こらない。推測だけど……きっとこれは正しい」
「……お前が言うんだ、間違いないだろうな……」
「あのときの声、覚えてる?」
「『立川はるかに救済処置を与えろ』、だっけ? そうだ、あれがそもそもおかしかったんだ」
「うん、そうだね。理屈はわからないけど、あれが元凶。“救世主”がバケモノとなったトリガーなんだと思う」
「それが、何だって言うんだよ」
「で、これが大事なことなんだけどね」
「なんだよ」
「“バニー”と“盗賊”は、ここに来る前にわたしが撃ち殺した」
「…………!!!!!!!」
その瞬間“戦士”の理性は弾け飛び、握った拳を振り上げた。
「魅了(チャーム)」
拳は、“学者”に届くことはなかった。高く挙げた拳を、ゆるゆると下げていった。
「お前、それ……」
「やっと気づいた? 脳筋なんだから……『立川はるかに救済処置を与えろ』、というのは、何も“救世主”だけに適用されるわけじゃないみたい」
「それじゃあ……!」
「うん。でね、私の結論はとしては」
「“戦士”。私を、殺して」
「きっと私じゃあ、勝てない。だって私は“学者”だもの。そういう命のやりとりとか不慣れだから……
でも“戦士”は違う。私じゃできないことを、“戦士”はできるはず」
「そんな……買いかぶりすぎだろ……」
「最期ぐらい買いかぶらせてよ……ねえ、お願い。私の、最期のお願い」
“学者”は目を閉じた・
“戦士”は“学者”の覚悟が伝わっていた。それを鼻で笑うような性格を、“戦士”はしていない。
“戦士”の両手で剣を持った。
“学者”の身体を縦に切り裂いた。