Neetel Inside ニートノベル
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「はぁっ――」

“救世主”の首から上が復活した瞬間、彼女から見える景色は線になった。
 超高速で動いているときのような、周囲の光景が糸のように細くなり消えていく、そんな感覚。
 ただ違う点があるとすれば、自分で動いているわけではない、誰かの力で動かされている――コンマ数秒の中で“救世主”は状況を把握した。


 ドンッ!!!


「……んなっ」

 止まった景色が上下左右前後にガタガタと揺れ、続いて左半身に激痛が走った。手や脚、脇腹に肩、通常なら動かすことのできる骨、筋肉などの部位は木っ端微塵に壊れてしまっているようだった。
 だが『そんな程度』の負傷は、わざわざ“救世主”が心配するほどのものではない。“救世主”からすれば取るに足らない軽傷だからだ。
 ただ、取るに足る問題が“救世主”を驚愕させ言葉を失わせていた。

 塔の壁が、大きくえぐれている。

 凄まじい力で壁に激突させられたのだろう。そして、その力を働きかけた存在は目の前にいるブチギレた超能力者。

(ウチが、あれだけぶっ叩いても傷一つつかなかった壁が、こうも簡単に壊れる、だと……!?)

 ――ミシッ

「うっ、ぐぅぅぅぅ!」

 さらに右半身から力がかかり、壁に押しつけられた。すでにズタボロの左半身は壁と同化するようにグチャグチャとすり潰されていく。

「お前の足元、ホッシーナの破片があるから、ちょっと移動してもらったよ」

 伊藤月子は“救世主”に人差し指を向け、冷たく言い放った。
 突きつける人差し指を右に動かすほど、“救世主”はどんどんと壁に埋まっていった。

「ぐはっ、この、このぉぉぉぉ!!」
「あまり騒がないで、うるさいから。それとも、こんな“指遊び”が苦しいのかな?」
「……こ、のっ!」

 不可視の力に逆らうほど、無傷な右半身にも傷を負っていく。けれど伊藤月子の言葉が癪に触ったのだろう、“救世主”は身体の損壊を気にもしない。

「うぐぉ、うお、うおおおおおっ!」

 ついに念動力を押しのけ、“救世主”は壁から離れることができた。左半身は当然のこと、右半身も粉砕してほぼ元の姿を残していない。
 しかし先ほども言ったとおり、このぐらいの負傷は取るに足らない問題なのだ。まるで逆再生のように身体は癒え、あっという間に元通り。

“救世主”が回復している間、伊藤月子は人差し指を折り曲げ、今度は手を大きく開き、手のひらを向けていた。

「はは、たいした超能力やないか。おもしろぉなってき」


 ――ぐちゃっ


 伊藤月子が手を握ると同時に、“救世主”の上半身はペースト状に変化した。べとべと、ドロドロな極赤の、苺ジャムにも見えないことのない“元”上半身は床に降り注ぎ、そこにできた血だまりに残った下半身はベチャリと倒れた。

 さすがにここまでの破損は深刻な問題なのだろう、“救世主”が復活するまで少々の時間を要した。時間にすれば数秒、これまで一瞬で回復、復活していたことを考えると、このダメージがいかに深刻なものだったかを物語っている。

「……おい、さすがにこれはキツかったで。いつもより復活が大変やったやないか」
「ふーん、やっぱり」
「あ?」
「いろいろと『視て』みたんだけど、やっぱりお前、人間じゃない。特に魂の数……ウジャウジャと、どれだけあるんだろう。見当もつかない。
 普通なら致命傷、即死するようなダメージも、その魂を消費して回復しているんだね」
「(なんや、見えるって……残機が見える? 形として、見てるって言うんか?)」
「もしも不死身で、いくらでも復活するのならすぐに脱出したけど……でも、そうじゃないみたいだね。確実に、魂の数が減ってる。
 ということは、底はある。いずれ魂のストックがゼロになるときがくる。だから」


「お前が完全にくたばるまで、殺し続けることにするよ」


 この伊藤月子の言葉に“救世主”は違和感を覚えた。
 身体が芯から冷たくなっていくような、感覚。楽しいと思っていたことが、ふと冷静になってみれば実にくだらない、幼稚なことだったと自覚してしまう――そんな、心のブレ。

(頭に上っていた血が下りてきたんかな。なら、ここからやな)

“救世主”は両手にハンドガンを創り、伊藤月子に向けて発砲。伊藤月子はそれを念動力で受け止め、弾丸は着弾する寸前で宙で止まり、ギュルギュルと回ったのちに完全に停止した。
 1発だけでなく、何発も何発も撃ち込む。ノータイムでいくらでも弾丸を創り出すので途切れることがない。もはや両手にアサルトライフルを持っているような“救世主”。ただ“救世主”にとって、これはめくら撃ちみたいなものだった。とりあえず狙いはするものの、当たるはずがない、どうせ超能力で防がれるだろう、ぐらいの攻撃だった。

 ただほんの一瞬、気を逸らすことができれば良かったのだ。

「…………っ」

 弾丸はカーテンように敷き詰まり、伊藤月子の視界からは“救世主”が見えなくなった。
 そう、“救世主”はこの瞬間を待っていた。

「ハッハッー! いただき!」

“盗賊”の身体能力で接近、“魔法使い”の最大火力の魔法を至近距離で伊藤月子に放つ。
 いや、放とうとした。

「ハー……!」

 魔力を溜め込んだ両手が、手首さら先が、なくなっていたのだ。後ろでボトンと、重量感のある音が聞こえた。
 きっと、消えた両手が落ちた音なのだろう。両手首からざぶざぶと溢れる血を見て、“救世主”は思った。

「『透視』。通常なら死角だったかもしれないけど、私には視えるよ。全部ね」

 弾丸のカーテンの向こうから声が聞こえた。

「これ、返すね」

 そう言って、宙に静止していた弾丸のすべてが“救世主”に向き、初速のまま“救世主”へ帰った。

 隙間なく、しかもすべて同じ速度の弾丸のカーテンは壁となり、“救世主”を欠片も残さず消し飛ばした。


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X                                      X
X  “救世主”は消滅しました                        X
X                                      X
X   残機を10消費して復活します                     X
X                                      X
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「なんやねん、いったい……」

 減った残機の数はなんとなくわかる。けれど残機の数まで“救世主”は把握していなかった。
 先ほどの身体の芯から冷たくなるような感覚もそうだったが、“救世主”は致命的な感情が欠落していた。

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“救世主”は『恐怖』を知らない。
『身体が芯から冷たくなっていくような、感覚』。あれは、伊藤月子に対して心底恐怖していたのだ(敗北感と言っても良い)。
『恐怖』を知らないから、残機の総数を把握しない。相手を警戒することもない。相手の力量に白旗を上げる発想も生まれない。もっと言うなら、相手の攻撃に対して防御する、という反応さえお粗末なもの。
 まあ、“救世主”はこれまで敵らしい敵に会ったことがなく、5人の平行世界の自分たちにも(援護はあったものの)勝利し、恐怖を覚えるタイミングなんてなかったのだ。

「アア、ああああああああ!!!!!」

 念動力で浮かされた“救世主”は、バリバリと縦に引き裂かれた。
 ある時は発火能力で炭となり、ある時は超電磁砲で撃ち抜かれる。物理的に殴られ首から上が吹き飛んだこともあった。
 傍から見れば、“救世主”の勝機なんて一厘もなかった。剣技も、魔法も身体能力も戦略も、どれ一つとして伊藤月子の超能力には及ばない。伊藤月子は汗一つかかず、まるで作業のように“救世主”に攻撃し続けていた。

 これだけワンサイドゲームになっているにもかかわらず、“救世主”は自分が遥かに劣っていること、万に一つ勝てる可能性がないこと、(伊藤月子が見逃すとは思えないが)ずいぶん前に逃亡しなければならなかったこと、それらに気づくよしもなかった。

「少しずつ、回復する速度が落ちてきたね。魂ももう、数えるほどになってきた」
「(残機が、そんなに……!?)」

 ケガの治癒が追いついていないことは自覚していた。が、残機が数えることができるほど減っていたことに驚きを隠せない。

 今まで、残機があったから復活できていた。それがなくなれば――

「死んじゃうだろうね」

 伊藤月子は“救世主”の心中の続きを言った。

 次にオーバーキル(過剰なダメージのこと)を受ければ、一度に残機を大量に消費する。もしかしたら、もうオーバーキルに耐え切れるほど残機が残っていないかもしれない。

「あとね、4つ。今までの感じからだと、身体の三分の二に致命傷が与えられたら、それで終わり」

『終わり』=『死』

“救世主”はようやく自覚する。
 もしかしたら、死ぬかもしれない、と。

「……さて」

 がしっ。伊藤月子の手が“救世主”の顔をつかむ。
 伊藤月子自体はさして握力はない。しかし、超能力が加わりミシミシと、“救世主”の顔を万力のように締めつける。

「さっきも言ったとおり、私はあなたを許さない。気は乗らないけど、殺す。
 ……死んじゃう前に、何か一言ぐらい、聞いておいてあげる」

 伊藤月子は、決して驕っていたわけではない。もともと殺戮のために超能力を使用することに躊躇し、いざ使ってみれば一方的な虐殺となってしまった。この『何か一言』は、伊藤月子なりの情けだった。

「……ウチ、もうこれで終わりなん?」
「終わりだよ。もう、ここまで。呆気無く感じるけど、私は、それでいい」
「はー、そっか。そやなぁ……信じてくれるかわからへんけど、一言、謝っておきたい。手、離してくれる?」

 伊藤月子は言われるがまま、掴んでいた手を離した。そのとき、“救世主”と目が合った。
 じーっと見つめる“救世主”に、伊藤月子もつい目を合わせてしまい、逸らせなくなってしまう。

“救世主”は、伊藤月子に対してニコリと、笑みを向けた。





「魅了(チャーム)」





「そんなことだろうと思った」

“救世主”が魅了(チャーム)を放つよりも早く、伊藤月子は目を閉じていた。

「なん……何で、わかるんだよ!? ウチの行動を、回避の仕方を!」
「『テレパシー』。対象の心理を読み取る超能力だよ。油断させようって魂胆が丸聞こえだったよ。もっとも、これは最初っから使っていたけどね」

 これで、“救世主”が持つすべてのスキルが通用しなかったことになる。

 がしっ。伊藤月子の手が再び“救世主”の顔をつかむ。
“救世主”は、抵抗もしない。

 ようやく、心が折れた。


 ――ボンッ!


【立川はるか(救世主)――ハッピーエンド:安らかな眠りを】

       

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