Neetel Inside ニートノベル
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*   初心者の塔                              *
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*     異臭漂うフロア                          *
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「うっ……」

 立川はるかはそのフロアに降り立つとすぐに鼻を抑えた。

 まず周囲に満ちる臭い。とにかく血の臭いがひどい。
 それもそのはず、壁や床に血がべっとりと塗りついていた。

 床にはゴブリン――だったものがゴロゴロと転がっている。
 生きているはずがない、そう思えるほど悲惨な姿だった。

 どれも共通して言えることが、肉のところに歯形がついているということ。
 咀嚼されたり食いちぎられたり、骨さえ見えている死体もあった。

「なんだここ……じゅるり」
『ふふふ、このフロアは今作の売りのシステムがあるのですよ』
「ふぅん……」

 立川はるかはさして興味がなかった。というのも、せっかくなぶり殺しにできるゴブリンたちがすでに死んでいたからだ。
 歯形から見るにモンスターという類ではない。おそらく、同じ人間。
 間違いなく、まともな人間ではない。

『楽しそうですね。どうかしましたか?』
「んー? まあねー……じゅるっ」

 気づけば涎が垂れていた。服の下の乳首が硬くなり、擦れていちいち反応してしまう。それに下半身はとっくに洪水だ。
 相手はどんなやつだろう、どんな表情を見せてくれるのだろう。楽しみでしかたなかった。

 フロア内を練り歩く。大きな部屋、小さな部屋、いろいろとあるがどれもゴブリンたちの死体がある。
 進めば進むほど増えていく。いよいよ通路にも転がり始めたころ、ある部屋に踏み入った。

「ん……?」

 比較的きれいな部屋だった。
 その中央に、いた。

 真っ赤なローブ、真っ赤な三角帽子を被った、自分によく似た、相手。
 一目でわかった。魔法使いだ。

「……ああっ、人がいる! おーいっ」
「ねぇ、あの人誰……?」
『見ての通りの魔法使いです。
 そう、これが今作からの新システム! インターネット回線を使い、他プレイヤーと同時に遊ぶことができるのです!
 共同戦線を張るのも良し、対決するのも良し。ただマナーとして、最初に意思を伝え合うのは必須ですよ』
「いんたーねっと? なんのことだろう……」

 魔法使いの立川はるかはスタスタと歩き、戦士の立川はるかに向かう。

「あなたも屋上から降りてきたんですか?」
「うん、そんなところ」
「私も目が覚めたら屋上にいて……命からがら降りて来ましたが、魔力も尽きかけでどうしようかと思っていたんです。
 もし良ければ、ここから協力して出口を目指しませんか?」
「……うん、いいよ」
「やったー、では前衛をおまかせしますっ」

 戦士の立川はるかはうなづき、前を歩く。
 魔法使いはその後をついていく。

「ああそうだ、変なこと聞いちゃいますが……何か、食べるもの、持ってないですか?」

 ふるふる。戦士の立川はるかは振り向かずに首を振る。
 魔法使いは大きく口を開き、べろべろと舌なめずりをする。

「私、持ってた食料が尽きて、しかもその辺の食料もぜんぶ『喰べ』ちゃって……もうお腹ぺこぺこなんです」

 だらだらと唾液が流れていた。目もちかちかと異常な光が灯っているようにも見えた。
 戦士の立川はるかはそんな様子に気づいていないのか、ただ前を見て歩くばかり。

「だからぁっ」

 ニタァ。
 魔法使いは笑う。

「喰べさせてぇぇぇ」

 魔法使いは戦士の立川はるかに跳びかかった。



 パシッ



「――――ッ!」

 声にもならない驚き、からからにかすれた悲鳴が響いた。
 魔法使いの手が戦士に届く直前、戦士は振り向いてその手首をつかんだのだ。

「う、あ、うあああああっ!?」
「そんな殺気丸出しにされて気づかないとでも思ったの?
 それに臭うよ、血の臭い。嫌いじゃないけどさ。
 あんたでしょ? ゴブリンたちを食い散らかしたのは」
「くっ……」

 魔法使いは手を振り払い、距離を取る。
 臨戦態勢に入っている。それなのに、戦士の立川はるかは棍棒を床に捨てた。

「どういうつもり?」
「まー女の子なんだし、素手で相手してあげるよ」
「お前、おま、えっ、ふざけるなよ……!」

 魔法を紡ごうとした。
 唇がぴくりと動いたその瞬間、


 パチンッ


「いっ……!」

 間合いを詰めた戦士の立川はるかが魔法使いの頬を叩いた。
 軽い音だったが痛さは反比例しているのだろう。魔法使いの頬はじんじんと痛み、熱を帯び、目に涙が溜まっていく。

「いたい……うう、う……」
「そんな至近距離で魔法を使わせてもらえると思ってるの?」


 ばちん!


「いたっ!」

 先ほどよりも強く、大きく振りかぶった平手打ちが逆の頬を叩く。
 いよいよ魔法使いの心が折れかけているのか、怯えきった目を戦士に向ける。
 それでも戦士はやめようとしない。また手を振り上げる。

「やだ、もうやだ、もう、やめて……!」

 頭を抱え、魔法使いはしゃがみ込み、ガタガタと身体を震わせる。
 勝敗は決した。戦士は振り上げた手を下ろす。そしてその手でゆっくり、優しく魔法使いの頭に触れ――


 ぐちゃ


 そのままスタンプのように床に叩きつけた。髪をつかんで引き上げると、床と顔面はべっとりと血で汚れていた。
 折れた鼻からはどぼどぼと血がこぼれていた。

「ア、アッ」

 口からも血が流れている。床には歯が数本、落ちていた。

「今さらなんだけどさ、私ね、ゴブリンもそうなんだけど、魔法にもすごくイヤな思い出があるらしいんだよね」


 ぐちゃっ


「やめ」
「だから、あんたは悪くないんだけどさ」


 ぐちゃっ!


「――ガ」
「私は魔法使いが嫌いなんだ」

       

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