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「――先輩、伊藤先輩」
ゆさゆさと身体を揺らされている。伊藤月子は重いまぶたをゆっくりと開き、ごしごしと目を擦った。
ここはどこだろう。
どうやら悪い夢を見ていたようで、とても目覚めが悪い。
まだはっきりとしない意識のまま、ぼんやりとしている視界で周囲を見渡した。
一人掛けの机とイスが等間隔に並んでいる部屋。向かって正面のホワイトボードには消し忘れられた英語の構文が残ったまま。
どうやら講義の途中で居眠ってしまい、その間に終わってしまったらしい。そんな部屋に伊藤月子、そして呼びかけた相手。二人だけがそこにいた。
「えっと……おはよぉ」
「おはようございます。こんなところで寝てたら風邪ひきますよ?」
親しげに話しかけてくるその女性に、伊藤月子は戸惑っていた。
おそらく友達なのだろう。こうして面と向かっていることに悪い気はしない。しかし、この女性のことをまったく思い出すことができなかった。
名前はおろか顔すら記憶に引っかからない。顔から少し視線を下げて大きく膨らんだ胸元を見て――これほど存在感のある身体の持ち主を覚えていないなんて――伊藤月子はいよいよ悩んでしまう。
「ところで伊藤先輩、時間は大丈夫なんですか?」
(誰だっけ……?)にそう言われ、伊藤月子は唐突に思い出した。今日はこのあと、恋人とデートの約束をしていたのだ。
「うん、行ってくるね。ありがとう」
「いえいえ、行ってらっしゃいませ。
……伊藤先輩、がんばってくださいね」
講義室から飛び出すように(誰だっけ……?)と別れ、恋人の元へ急いだ。
待ち合わせの場所、時間なんて少しも覚えていない。それなのに足は自然と待ち合わせ場所に向かっていた。
そこに、いた。恋人である神道陽太がいた。何やら壁に向かってブツブツとつぶやいている。
胸がドキドキと高鳴る。伊藤月子は上ずってしまう声を抑え、恋人に声をかける。
「……陽くん、誰と話してるの?」
「ん? なんでもないよ、独り言」
「壁に向かって独り言とか、気持ち悪いよ?」
神道陽太は苦笑いを浮かべる。伊藤月子もそれにつられて笑ってしまう。
穏やかな時間がそこに流れていた。
「そんなことより、早く行こうよ。私お腹空いちゃったよ」
「はいはい、ごめんごめん」
今日はひさしぶりのデートなのだ、一分一秒も無駄にはしたくない。伊藤月子の心は弾みっぱなしだった。
「ああそうだ、今日はいいところに連れて行ってあげるよ」
「ほんと? 楽しみ!」
伊藤月子は飛びつくように神道陽太の手を握った。
いいところ。そう言われてすぐに連想したのが、水族館や動物園、遊園地などのアミューズメント施設だった。
幼いころから超能力を持っていた。それゆえに精神は年不相応に育ち、早くに成熟してしまった。その反動からか、神道陽太と恋人同士になってからはその昔、素直に楽しめなかったところに行くようにしていた。
なので、今日もそんなところに連れて行ってもらえると思っていた。
――のだが。
手を引かれるままに繁華街の脇道に入り、暗くてじめじめとした路地裏を進んで行く。
気づけば、今まで避けるようにしていた治安の悪い区域に入り込んでいた。道端で人が雑魚寝していて、ゴミが至るところに散乱している。
昼間から酒を飲み交わしている数人の浮浪者(に見える人)からは冷やかしのヤジを浴びせられる。
伊藤月子はすがるように神道陽太の腕に絡まった。
「よ、陽くん……どこに向かってるの……?」
超能力以外はいたって普通の女の子なのだ。怖くて、不安で、今にも泣き出しそうになっていた。
「どこって、さっき言ったじゃないか。いいところって」
「本当に……? 私、ちょっと怖い……」
「大丈夫だよ」
ニコリと笑って伊藤月子の頭を撫でる神道陽太。伊藤月子は目を細め、その感触を一身に受ける。
「はい、到着」
恋人のことを信じ、伊藤月子は黙って付いて行った。そうして到着した場所は潰れたショットバーだった。
窓ガラスは割れ、壁にはヒビが入っている。扉が外れていることで見える店内は居抜きのまま廃墟になっていてあまりに不気味だった。
「こ……ここっ?」
「そうだよ。さあ、入ろう」
転がっている扉をまたぎ、神道陽太は中に入っていく。
慌てて追いかけ、伊藤月子が店内に入ると、その中には数人の男たちがいた。見るからに素行が悪そうな出で立ちで、思わず言葉を失ってしまう。
伊藤月子は神道陽太の後ろに隠れようとするが、肩をつかまれ、前に押し出されてしまう。
「こらこら月子、失礼だろう。僕の大事な友達なんだよ?」
「でも……」
「ほら、ご挨拶して」
「え、うん……えっと、はじめまして……」
男たちは伊藤月子に注目する。頭から足元までじっとりと湿っぽい視線が注がれる。
「ヒッ……」
伊藤月子はテレパシーを使って男たちの心を覗き見てしまった。そこでは程度や行為の差はあれ、全員から凌辱されていた。
こうしている間もまるで裸体を晒しているように感じてしまい、全身が燃えてしまいそうなほどに恥ずかしかった。
「陽くん、帰るっ、帰ろうっ!」
「んー、ダメ」
飛び出そうとするも、神道陽太に抱き締められる。
いつもなら心地よい彼の体温。けれど今は不安が勝ってそれどころではない。
「いやー実はさ。前から頼まれてたことがあって、今日はそれをしてあげたいと思うんだ。これは月子がいないとできないことなんだ」
「私が? そりゃあ、できることならするけど……なあに?」
「あそこにいる僕の友だちと、セックスしてくれない?」
一瞬何を言われているのかわからなかった。そしてその言葉を理解したとき、体温が急激に下がり、嫌な汗がどばりと出るようだった。
「僕が月子のことを自慢したらね、一度セックスしたいってさ。
ああ、ちゃんと外に出して避妊するって言ってくれてるし。
いいでしょ?」
「良くないよ! なんで!? なんでそんなこと言うの……!?」
「だって、僕の大事な友だちなんだもの。月子を自慢したいのさ」
神道陽太が友だちと呼ぶ連中は、何度見てもどう見ても、友だちのようには見えなかった。
それに自慢するために恋人を捧げるという行為は、伊藤月子の価値観には存在しなかった。
「きゃっ……! よ、陽くん!」
抱き締められたまま、伊藤月子の服は神道陽太の手によって脱がされようとしていた。
デートのためとオシャレをしたのに、乱暴に脱がされていく。二人だけならまだしも、見知らぬ相手の目の前で!
「やだ、やだっ、やだ!!!」
身体をひねって神道陽太から離れる。上着はほとんど脱がされてしまい、その華奢な肩があらわになっていた。
「ははは、怖いのかい? 怯える月子もかわいいなぁ」
「うう……どうして……」
「怖がらなくていいよ。ちゃんと見ていてあげるから」
震える伊藤月子に、男たちは迫り寄っていく。
壁伝いに逃げる伊藤月子だが、やがて隅に追いやられ、ついに捕まってしまう。
細い手首をつかまれたとき、伊藤月子の全身に鳥肌が立ち、そして恐怖は爆発してしまう。
「助けて、たすけて! きゃ、いやぁぁぁぁっ!」
誰も助けようとしない。男たちはもちろん、神道陽太さえも。
ボロボロのソファーに押しつけられ、伊藤月子の身体に複数の手が伸び、這いまわる。
神道陽太はそれを楽しげに見つめていた。
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