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* 僕の塔 *
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* 出口近くの塔の主の部屋 *
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「『もっと続けろ』。ゲームオーバーにはまだ早い」
まるで独り言のように“命令”を行う神道陽太。その顔は怒りに満ちていた。
「また寝取られエンド……! なんで、なんでそうなるんだ……!」
まるでスクリーンのように壁に映しだされた、クラゲに脳を弄られる伊藤月子の姿と彼女が見せられている幻覚。神道陽太はその内容が気に食わないようで、怒りに任せて床――いや、床に転がるそれを踏み締めた。
「ウッ……あう!」
神道陽太の足元にいたのは、バニーの立川はるかだった。
トレードマークであるウサミミはなく、レオタードやストッキングはボロボロ。かつて伊藤月子を魅了した肌は擦り傷で血がにじみ、豊満な胸は神道陽太の足で押し潰れていた。
「そもそもこの不愉快さはお前が原因なんだよ……! 僕は軽く苛めるように言っただけなのに、なんだってあんな……あんなことするんだよ!」
「グッ、アアアアッ!」
「この幻覚だって、なんで超能力で抵抗しないんだ……くそ、クソ!」
まるで床のようにバニーの身体をグリグリと踏み締める神道陽太。
バニーは苦しげに、しかしどこか楽しそうに神道陽太を見つめていた。
「……なんだよ、その目は」
「キミの大好きな月子ちゃん……案外、そういう性癖があるんじゃないの?」
グシャ!
砂の城を踏み潰したように、バニーは粉砕し死亡した。
立川はるかに刺さった足を引き抜き、神道陽太は“命令”を行う。
「『立川はるか、生き返れ』」
逆再生されるようにバニーは回復し、復活した。身体に大きな負担がかかっているのか、バニーの息はひどく荒い。
神道陽太とバニーはこの殺害、死亡、そして復活を何度も繰り返していた。
「はぁ……お前は何度殺しても楽しくない……住む世界が違うからだろうね」
「よくわかんないけど……私は、ちょっとガッカリだわ……」
「ん? 何がだい? ……もっと月子と遊びたかった、とか言うんじゃないだろうね?」
「それも多少あるけど、私は、キミにガッカリ」
「僕に?」
「そうよ……最初はイイ男って思ったのに……蓋を開ければこんなつまんない男だなんて……恋人だったら、全部受け入れてあげ」
「『立川はるか、潰れて死ね』」
ぐちゃっ
もう何度だろう、バニーは真っ赤な床の染みとなり、死亡した。
神道陽太にはもはや、復活させる優しさは残っていなかった。
「『立川はるかにバッドエンドを与えろ』」
【立川はるか(バニー)――バッドエンド:脱出失敗】
「多少は気分も晴れたかな。さて……それはそれとして」
怒りで歪んでいた顔に笑顔を浮かべ、神道陽太は壁に歩み寄る。
「ずっと黙ったままだけど、そろそろ反応してほしいなぁ。せっかく生き返らせてあげたんだから」
そこにあるのは壁だけではなかった。あのとき、たしかに首締めによって殺されていた塔の主が立って――いや、大きな杭で両手を突き刺され、無理やり立たされていた。
無残にも白いスーツは切り裂かれていて、スレンダーな身体、シルクのような肌、形の良い乳房が晒されている。
どれだけ待っても返事がない、塔の主は黙ったまま。やれやれ、と言わんばかりに、神道陽太はその身体に触れる。
指は艶かしい胸の曲線を沿い、膨らみを押し潰し、頂点をコリコリと引っ掻く。そのまま下がって脇腹。かすかに塔の主の身体が震える。そこからゆっくりと、焦らすように上昇して頬に到達。手のひらを当てたまま、親指で唇を何度もなぞる。
「……っ!」
顔を振って抵抗を試みるが、神道陽太が逃がすはずがない。手はしっかりと拘束し、執拗に塔の主の唇を責め続ける。
しかしその表情は、先ほどまでの機嫌の悪さを差し引いても、明らかに不満気だった。
「はぁぁぁ……キミでも楽しくない。まあ、似たような存在だしね。しかたないか」
重い重いため息。塔の主の顔にもそれがかかる。
「……なに、あれ?」
指が離れたところを見計らい、塔の主は神道陽太に投げかけた。
「ん? ようやく口を開いたと思ったら何を……」
「“命令”……お前の“命令”は、いったい、なに?」
塔の主は、自分の“命令”と神道陽太の“命令”に大きな差があることに気づいていた。
“命令”によって対象を殺すことは自分でもできる。だが復活させることなんて不可能。そして何よりも、『塔のシステムである巻き戻りや結末を何者かに“命令”する』なんて、もはや理解の範疇外だった。
「はっきり言えば、性能の差だよ」
ぐりぐりと唇を押し当てる親指に力が込められていく。次第に唇をこじ開けていき、唾液で濡れ始める。
「キミの“命令”は対象に働きかける……言ってしまえば脳に直接作用する。もう禁止しちゃったから使えないけどね。
僕のは、基本的に制約は変わらない。対象がはっきりしている場合はその名前と、ある程度近づく必要があるけれど……
でも、大きな違いは抽象的なことにも“命令”ができる。僕はね、僕やキミや月子の、いや、数々の世界の神様に“命令”ができるんだ」
「神様……ングッ」
「そう、神様さ。ちょっとわかりづらいかな?」
思わずつぶやいてしまった瞬間、神道陽太の指がするりと口内に侵入した。
暴れるわけではない。しかし異物が入ったことで吐き気を催してしまう。
塔の主の目には涙が溜り、それは溢れて頬を伝って落ちていく。そんな嗜虐心をくすぐられそうな様子の塔の主にも、神道陽太はにこりともしない。