Neetel Inside ニートノベル
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*   やさしい塔                              *
*                                      *
*     天国の扉、地獄の扉                        *
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 ルール2の通り、屋上の扉が開いたと同時に伊藤月子は復活した。
 短剣による刺し傷は回復していた。だが、痛みや記憶は鮮明に残っている。いわゆる心的外傷が伊藤月子を苦しめたが、それを表に出すわけにはいかなかった。
 ごめんなさいと謝り続け、自分が悪いと責め続ける立川はるか。そんな相手を前に表情を苦痛に歪めてしまっては、さらに追い詰めてしまうことになるからだ。

「大丈夫だよ。もう泣かないで」

 伊藤月子は『できる限り』優しく語りかける。

「私は、平気だから」


 ……と、言うものの。


『アドバンテージを得るために後ろめたさを与える目的』のために自ら刺され、狙い通りに事が運んだものの、やっぱり痛いものは痛い、苦しいものは苦しい、ムカツクものはムカツク。
 しかし利用価値はあるはずだ。だからこそ、信頼を得なければならない。

 伊藤月子にとって立川はるかとは、多少役に立つ(かもしれない)道具でしかなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 二人は屋上のときと同じように手を繋いで進んでいた。

 見た目だけで言えば変わりはない。だが、進み方は少し違っていた。
 屋上を歩いていたとき、伊藤月子は“何かを避けるように大きく迂回して”進むことが多かった。
 けれどここでは違う。迷いなくまっすぐ、まっすぐに進んでいる。

 二人の間に会話はない。多少の親近感は生まれつつも、まだそこまでの親密さではないからだ。

(やっぱり、何かあったんだ……さっきの屋上は)

 口を動かさないぶん、思考をグルグルと目まぐるしく回転させ、推測する。
 もしかしたら、あの屋上の床には何かトラップがあったのかもしれない。例えばトラバサミ、落とし穴、地雷。そんな目視できないものを“得たいの知れない能力”で感知し、避けていたのだとしたら?
 ならどうして“得たいの知れない能力”を教えてくれないのか。お互いに戦力を理解しておいてマイナスになることがあるのだろうか。

(ああ、あるわ……)

 立川はるかは思いついてしまう。

(少なくとも1つ、マイナス要素が)


 ――仲間、ではなく、単に利用しているだけ。


 つまり、自分はまったく信頼されていない、ということ。

(そんなこと、考えなくはないんやけど……)

 それは仮定で、どこにも確証はない。しかしどうしても邪推してしまう。

「……月子さん」

 意を決して尋ねることにした。もしこちらの考えが間違っていたら誠心誠意込めて謝ろう。
 そしてもしも合っていたら――

「ん、なぁに……わ、わわわっ」

 先を歩いていた伊藤月子は振り返ろうとして、脚がもつれてバランスを崩しだした。
 このままではいっしょに倒れてしまう……なんて考えたわけではなかったが、きっと無意識の防衛本能なのだろう。立川はるかは繋いでいた手を引き離した。

「わ、わ……うぇっ」

 ワタワタと手を振ってバランスを保とうとするものの効果はなく、盛大に床に突っ伏した。
 あまりに見事なコケっぷりに、立川はるかは見とれて言葉を失っていた。

「……ハッ、だ、大丈夫ですか?」
「いたた……擦り剥いちゃった」

 ごつごつした石の床だったからだろう、膝と手のひらからはじんわりと血が滲んでいた。
 大きな怪我ではない。が、あまりに痛々しい。

「あの、見せてください」
「大丈夫だよ、こんなのツバつけといたら」
「ダメですっ」

 立川はるかは傷に手をかざし、先ほど(屋上で伊藤月子を刺し殺したとき)覚えた魔法を唱えた。
 淡い光に包まれた傷は、ゆっくりと治癒されていく。そして光が消えるころには、完治はしないまでもほぼ塞がっていた。

「良かった、治ったぁ……」
「あ、ありがとう……すごいね、それ」
「えと、さっき覚えた魔法でして……」
「すごい、すごいよーはるかちゃん!」

 ニコニコ笑う伊藤月子に、立川はるかが抱いていた疑念は霧散した。
 もし得たいの知れない能力があるのなら、こんなマヌケなことはしないはず。屋上での歩き方は、きっと何か理由があったのだろう。
 話してくれるまで待とう。立川はるかはそう決めた。

 立川はるかにとって伊藤月子とは、この塔の中で唯一頼れる仲間なのだ。

 ・
 ・
 ・

「扉が……2つ?」

 長い通路を歩いた先には、枝分かれをするように2つの扉が並んでいた。
 それ以外は何もない。ここが、このフロアの選択肢だった。

「なんだろう……また、さっきみたいな鍵が……」
「違う。何か、ある」

 伊藤月子は“2つの扉の先を注意深く観た”のち、その2つの扉の間に石版があることを指し示した。
 読みやすい字でしっかりと、かすれもせずに文章が書かれていた。


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~                                      ~
~   どちらかは天国の扉                          ~
~                                      ~
~     モンスターはいない、トラップもない。階段へまっすぐ通じている   ~
~                                      ~
~     途中、休憩室もあるので心ゆくまで休んでくれてもいい        ~
~                                      ~
~     けれどさっさと階段に向かうことが仲間のためである         ~
~                                      ~
~   どちらかは地獄の扉                          ~
~                                      ~
~     そこは異次元。迷い込んだら抜け出せない              ~
~                                      ~
~     ぎりぎり死なない程度の拷問やモンスターたちの攻撃が待ち受ける   ~
~                                      ~
~     祈りなさい。早く仲間が階段に到着してくれることを         ~
~                                      ~
~                                      ~
~                                      ~
~   さあ、それぞれどちらか片方を選びなさい                ~
~                                      ~
~   そして地獄を選んだ者は幸運に思いなさい                ~
~                                      ~
~                                      ~
~                                      ~
~   『自分が地獄に落ちて良かった。仲間は天国を選べたのだから』――と。  ~
~                                      ~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 立川はるかは動けなかった。
 この場合、自分から動いていいものかどうかがわからなかったからだ。もし自分が先に選んで地獄の扉を開いてしまったら――ぜったいに、幸運だなんて思えない。
 けれど逆に、残った扉が地獄の扉だったとしても――ぜったいに、幸運だなんて思えない。
 結局、どうであれ、地獄の扉を選んだら最期。ぜったいに相手を妬んでしまう。

「ジャンケン、しよっか。グーチョキパー」

 そんなとき、伊藤月子が言った。
 勝ったほうが先に扉を選ぶ。恨みっこなし、“公平に決めよう”、“運にすべてを任せよう”。それが伊藤月子の提案だった。

 自分では決めれない。なので、立川はるかはそれに乗った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 伊藤月子は扉を開け、ひっそりと続く通路を歩き始めた。
 超能力を使っていない。それなのに、ずんずんと進む。


 何もないのは確認済なのだ。そう、2つの扉を選ぶ前から。


 しばらくするとまた扉があった。開くとそこは、少し広めの部屋だった。
 小さなテーブルには湯気が立つティーポット、おいしそうなクッキーが並べられた皿。ベッドがある。それに浴室だってあるじゃないか。
 これが休憩室なのだろう。なんて過ごしやすそうで、素敵な部屋なのだろう。伊藤月子はイスに座り、ティーカップに紅茶を注ぎながらクッキーを齧った。

 甘い。バニラの甘い味が口の中に広がる。そして紅茶はシナモンの香り。贅沢を言えばアップルティーが良かったのだが、取るに足らないことである。コクリと、喉を通した。

「ふぅ……」

 甘い。

「……ふふふ、ウフフフ、あははははっ」

 ――なんて甘いんだろう。あの子は。

 伊藤月子は、込み上がる笑いを抑えることができなかった。


 彼女は自身の超能力のことを立川はるかには言っていない。
 超能力は頼れる武器であり、防具であり、そして切り札でもあるのだ。そうやすやすと、親しくもない相手に打ち明けるわけにはいかない。
 それに知られてしまうと対策を練られる可能性もある(彼女はいざというとき、立川はるかを裏切る気でいるようだ)。
 彼女は警戒を怠らない、細心の注意を払って、常に優位に立っていたいのだ。


 だからこそ、さも自分が無力な人間かのように振舞う必要がある。先ほどの選択だって扉の向こうを透視し、テレパシーを使ってジャンケンに勝利した。
 超能力者と一般人の間に公平なんて言葉は存在しないのだ。


 屋上ではびっしりと張り巡らされた床のトラップを感知し、避けて歩いた。
 カモフラージュにわざわざ刺されてやったのに、それでも怪しまれた。
 思っていた以上に頭が廻るのかもしれない。
 なのでバカみたいにコケて疑惑を晴らした。
 あのとき手を振り払われたことは生涯忘れることのできない恨みになりそうだ。


       

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Neetsha