Neetel Inside ニートノベル
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*   初心者の塔                              *
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*     青空が広がる屋上                         *
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「ん、んんぅ……」

 立川はるかが目を覚ますと、そこには雲ひとつない青空が視界いっぱいに広がっていた。
 とりあえず上半身を起こし、両腕を頭の上に伸ばして深呼吸。ひとまず身体に異変はない。腕は動くし脚も動く。意識は10時間以上寝たぐらいにすっきりとしている。
 自己の確認ができれば次は周囲の確認。あろうことか、ここにいたるまでの記憶がないのだ。

 床はゴツゴツとした石畳。ところどころに苔が生えている。
 周囲は壁で囲まれていてとても高い。まるでそびえ立つ巨人のようだ。
 遠くに箱が2つあり、さらに奥には階段のようなものが見える。

 自分以外の気配は感じない。
 味方となる存在も、障害となるモンスターの姿もない。

 疼く。
 誰でもいいから殺したい。

『あ、あー、聞こえますか?』
「……!」

 突然声が聞こえた。咄嗟に両腕で頭部を守るように構えるが、やはり誰もいない。
 変わらず気配は感じない。しかし声はとても近くから聞こえた。
 すぐ近く、どこかにいるのだ。

『怖がらないでください。この声の感じでわかるでしょう? 敵意なんてありませんよ』

 言われた通り、嫌な感じはしない。
 だが姿が見えないというのは不安だった。

「そうだけどさ……えっと、どこにいるの?」
『首ですよ、首』

 と言われて、おそるおそる首を撫でる。
 すると、そこにあった。

 首輪。触れた感じだと余計な装飾のない、シンプルな輪っかに思えた。
 まさかこれがしゃべっている……? 立川はるかは半信半疑だった。

「もしかして……キミは首輪?」
『はい、私は首輪です。この塔限定で進行・説明をさせていただきます』
「ここ限定?」
『はい。まだはじめたばかり、不安でいっぱいかと思います。
 初心者の方がこのゲームに慣れるよう、お手伝いをさせていただきます』

 言っていることが本当なら頼りになる。が、立川はるかはすべて鵜呑みにするほどお気楽思考ではない。

 それにしても、と立川はるかが思った。『塔』という言葉が気になる。
『塔』と言うからには階層の構造になっている。そして青空が見えることから、ここは屋上。

『そのとおりです。このゲームの目的は、塔の屋上からの脱出です』
「(いま心の中読んだ……?)」
『フロアを探索し、階段を探し、降りる。そして出口から外へ……という、シンプルなルールです。
 ではまず、あの2つの宝箱を開けてみましょう。冒険に大切な装備がありますよ』

 ずっと気になっていた箱――宝箱に歩み寄る。
 なんとなく嫌な予感がする。が、言われるがままに左の箱を開けた。


【棍棒を手に入れた!】


 柄の部分から大きく膨れ上がり、トゲトゲが無数についた、絵に描いたような棍棒だった。

【素手 ―> 棍棒】

 手に持ち、しげしげと眺める。
 素材は木なのだろう。種類はわからなかったが頑丈そうだ。それにずっしりと重い。多少非力でも、振りかぶって殴れば威力は期待できる。
 それにこのトゲトゲ。見た目のアクセントが利いていてとても良い。

 けれど、少し不満だった。

「刃物が良かったなぁ……ノコギリとか」
『切断の感触も良いと思いますが、やはり鈍器で殴打したときの粉砕感はすばらしいと思いますよ』
「たしかにそうだけどさー」

 肉を切り裂く感触。バシャバシャと浴びる温かな返り血。
 それを思い描くだけで腰から下が熱くなってしまう。

『あの、妄想もほどほどにして、右の箱開けてください』
「う、うるさいっ」


【布の服を手に入れた!】


『……どうしました』
「これを防具と言うまいな?」
『防具ですよ、防具。たしかに単なる服ですが……
 でも今のあなた、ボロ布をまとっているだけじゃないですか。贅沢はいけませんよ』

 言われたとおり、立川はるかはボロボロの布切れを上半身と下半身に巻きつけ、最低限隠しているだけにしかすぎなかった。
 もちろん下着なんてない。たった2枚外すだけで全裸なってしまうのが今の装備だった。

「たしかにこれよりもマシ」と納得するしかなかった。

【ボロボロの布切れ ―> 布の服】

 ようやく服らしい服。ベージュでとても清潔感があった。が、あいかわらず下着がない。
 それにサイズが身体よりやや大きいぐらいのため、戦士にしては似つかわしくないほどに膨らんだそれが胸元を強調していた。

「どうにか見せられるようにはなったけど……はぁ」

 布の服と棍棒。どう見ても戦士の出で立ちではない。それが立川はるかの気分を沈める。

『さあ、装備も揃ったところで冒険の開始です!』
「はぁ……」
『あらら、テンション低いですね。ですがそんな立川さんに朗報。後ろをご覧下さい』

 首輪のハイテンションに苛立ちながらも振り返ると――

「ウソ……」

 さっきまで自分が寝転んでいた、そこ。
 そこに、そいつがいた。

 ゴブリン。
 ボロ布を腰に巻きつけ、手に錆びた斧を持ったゴブリンが、じぃっと立川はるかのことを見つめていた。

『試し殴り用にゴブリンを一匹用意しました。これでテンションを』
「ふふ、アハハぁ」
『立川さん……?』
「アは、ハ、はっ、ハッハァ、ハァ、ハァハァ、ハァ!」

 あれだけ低かったテンションは、たった一匹のモンスターによって急激に上昇した。

 戦士の立川はるかは何かを壊したい、誰かを殺したい、そんな狂気を持っていた。
 言ってしまえば殺戮衝動。それが棍棒を手にし、ゴブリンを目にしたことで爆発した。

 立川はるかは奇声を発し、棍棒を大きく振りかぶってゴブリンに走った。
 一歩、二歩。そして至近距離で両手で棍棒を持ち、振り下ろす――!


 ガチンッ


「いっ……!」

 立川はるかの渾身の一撃を、ゴブリンはあっさりと避けた。
 全力で振り下ろした棍棒は床にぶつかり、その衝撃が両手に走り硬直してしまう。

 さして知能が高くないゴブリンも、その隙を逃さない。


 ジャリ……


「――アッ」

 ゴブリンの攻撃モーションは遅い。立川はるかは棍棒を捨て、身体をひるがえす。
 けれど避け切ることはできなかった。肩から脇腹にかけて、錆びた斧が一閃した。

 熱いのか寒いのか、痛いのか痺れているのか。感覚はなかった。
 でも、一つだけわかっていた。

 血がドバドバと溢れている。

「あっ、きぃ、きら、切られ……いいいいいいアアアアアアアっ!」

 尻餅を着き、がむしゃらに叫ぶだけ立川はるか。もちろん血は止まらない。
 喉奥から何かが込み上げてきている。
 とても熱い液体。きっと血なのだろう。

       

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