Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

****************************************
*                                      *
*   やさしい塔                              *
*                                      *
*     モンスターパニック                        *
*                                      *
****************************************



「やぁ! せえぇい!」

 立川はるかは機敏な動きで周囲のモンスターたちを斬り伏せていく。
 そこはフロアの大広間。何もない、がらんとしたそこを通り抜けようとしたとき、どこからともなく大量のモンスターが出現した。
 十や二十どころではない。まるで軍隊のような数。あまりに絶望的な物量差ではあったが統率が執れていないらしく、バラバラと五月雨で襲いかかってくるモンスターたちを、立川はるかは丁寧に、そして確実に仕留めていく。

 さすがのモンスターたちも警戒し始めた。立川はるかから一定の距離を保ち、円を作る。そのままじりじりとにじり寄り始めた。
 ある程度近づいたところで一斉に襲いかかるのだろう。立川はるかはそれぐらい予想できていた。
 立川はるかは短剣を床に置き、魔法を唱え両手で紋章を紡ぎ――

「アイスニードル!」

 身体を覆うように生成された無数の氷の槍は爆竹のように霧散し、取り囲んでいたモンスターたちを一網打尽、一瞬で凍結させ、飛散させた。

 これまでに討伐したモンスターは大小合わせて数十匹。しかしモンスターの群れは壁のように並んでいる。
 一対一であれば立川はるかの強さは圧倒的、レベルアップを重ね続けているので、もはや盤石のものである。数の暴力に押されつつも決して引けを取らないだろう。


 だが、大きな懸念があった。それは――


「えいっ、えいえい、えいっ」

 少し前のフロアの休憩室で手に入れたモップを振り回し、懸命にモンスターに攻撃を与える伊藤月子。決定的ではないものの、多少のダメージは与えていた。

 そんな果敢に挑む伊藤月子こそが、立川はるかにとって大きな足手まといだった。

 自分と比べて戦力が劣るため、要所要所で援護を行わないといけない。それが何より問題だったのだ。
 心の拠り所としている伊藤月子は、戦闘では間違いなく邪魔者だった。

 いっそ死んでくれれば――なんてことも考えてしまうが、その度にそんな邪念を振り払う。

「っ! レーザー!」

 伊藤月子の背後から斬りかかろうとしていたモンスターを、すかさず人差し指から光線を放ち焼き焦がす。
 実に危機一髪のところだったが、伊藤月子はそんな助けにも気づかず、再びモップを持ってモンスターに立ち向かう。

 ため息を吐く暇もない。立川はるかの意識がモンスターから邪魔者に移っていた、そのとき。

「……うぐっ」

 頭に鈍い衝撃。そして足元に転がる握りこぶし大の石ころ。
 どこからかの投石が当たったのだ。一瞬意識が飛び、視界が真っ白になってしまったが、気力を振り絞ってレーザーを撒き散らす。

 ジンジンと痛む。それに、ドロリと熱い液体が流れ出している。どうやら切れてしまったらしく、目眩を起こしそうなほどに出血していた。

 伊藤月子に見切りをつける、つまり見殺しにすれば負担が減る。こうして怪我をすることもない、それぐらい立川はるかは理解できている。どうせフロアの出口の復活するのだ、何のペナルティも存在しない(万が一自分が死んでも入口からやり直すだけである)。

 でも、それでも立川はるかは、伊藤月子を死なせたくなかった。

「危ない、月子さん!」

 攻撃をかばった立川はるかの背中は、深々と切り裂かれた。

 ・
 ・
 ・

 その後、鬼神の如く剣技を、魔法を、体術を駆使してモンスターを残らず駆逐した立川はるかは、ふらふらと床に座り込んだ。
 短剣は血糊で切れ味が劣化し、魔法を使用しすぎてノドがカラカラ、脚や腕は疲労でぱんぱんに膨れ上がっていた。そして、それら以上に悲惨であるのがモンスターの返り血。もはやドレスは元の色がわからないほど、血で汚れきっていた。

「はるかちゃん、大丈夫っ?」

 途中で壊れてしまったのだろう、ブラシの部分が折れたモップを手に、伊藤月子は立川はるかに駆け寄った。
 伊藤月子の元気そうな様子に、立川はるかは安堵した。

「良かった……無事、だったんですね……」
「ごめんね……私、邪魔だよね……」
「そんなこと……!」

 と言いかけて、立川はるかは続きを言うことができなかった。
 伊藤月子が言うように、邪魔でしかなかったからだ。

 気まずい沈黙が流れる。


 ズンッ――


 そのとき、大きな揺れが起きた。まるで塔全体が揺れたかのような、大きな揺れ。
 そんな揺れが近づいてきていた。

 警戒する二人。そんな二人の目の前に、それは現れた。

「そんな、こんなのって……」
「…………」

 立川はるかは絶望を、そして伊藤月子はどこか冷めた目でそれを見ていた。

 言うなれば、大きなミミズだった。しかしあまりに規格外、その直径は二人が手を繋いで作った円よりも数倍、大きかった。

 立川はるかは、この巨大ミミズが今までのモンスターの比ではないことを感じ取っていた。
 ただでさえ満身創痍。ありったけの知恵を働かせても勝機は見えない。
 そうなると、立川はるかの選択はたった1つ。

「逃げて……」
「え?」
「逃げて、早く!」

 立川はるかは、伊藤月子と巨大ミミズの間に立ち塞がるように飛び出した。すでに脚はガクガクと震えている。恐怖以上に疲労が大きすぎた。
 もはや逃げることさえ困難な体力で、立川はるかは伊藤月子を逃がすことを選択したのだ。

「はるかちゃん……ありがとう!」

 伊藤月子が駆け出すと同時に、立川はるかは巨大ミミズに斬りかかる、
 切れ味の落ちた短剣は、ミミズのブヨブヨとした皮膚を撫でるだけ。わずかに表面に傷がつく程度だった。

「このっ……ウィング!」

 半ばやけになり、収束された風で切りつけるもののまるで効果がない。
 決して魔力が尽きていたわけではない。ただ単に、立川はるかの全力が巨大ミミズに及ばなかったのだ。


 ヒュンッ!
 ドンッ!


「グッ……あぐっ!」

 体格のわりに早い動きで巨大ミミズがうねり、立川はるかに体当たりを与える。重量に比例しその衝撃は凄まじく、立川はるかはノーバウンドで壁に叩きつけられた。

 レベルアップしていたことで即死は免れたものの、全身を走る痛み。骨が軋み、肉が裂けるかのようだった。
 身体を強く打ち、呼吸ができなかった。動けない。そんな立川はるかを巨大ミミズが見逃すはずがない。


 グバァ


 巨大ミミズは大きく口を開ける。

「あっ――」

 言葉の途中で、立川はるかの上半身は呑み込まれた。
 巨大ミミズは立川はるかを咥え込んだまま、やすやすと宙に持ち上げる。立川はるかは自由な下半身、脚を勢い良くばたつかせ、逃げようとするが、巨大ミミズはおもちゃで遊ぶかのように、咥えたままブンブンと振り回し、そして――


 ぶちんっ!


 巨大ミミズは立川はるかを噛み千切った。ぼとりと下半身が落ち、どぷどぷと血だまりを作っていく。そしてゴリゴリぼりぼりという咀嚼音。
 上半身は巨大ミミズに噛み砕かれ、呑み込まれていった。


「あーあ……大変なことになっちゃったー」


 悲惨の捕食現場。そこに、さも拍子抜け、と言ったような声が響く。
 逃げたはずの伊藤月子が戻って来ていた。ちらりと立川はるかの下半身を見て、呆れたように首を振る。

 巨大ミミズは伊藤月子、つまり新たな獲物を認識していた。だが、距離を詰めようとしない、それどころか後退りさえしていた。
 知性があるとは言えない生物であったが、本能的に、目の前の獲物が遥かに上を行くバケモノだと気づいていたのだ。

「うんうん、身の程わきまえているようだね、エライエライ」

 伊藤月子は嬉しそうに、巨大ミミズに向かってピースサインを突き出す。
 それをハサミのように閉じると――


 ――プツン


 巨大ミミズはまるで絹糸のように切れ、ぐしゃりと見えない力に押し潰された。
 満足な状態ではなかったとはいえ、立川はるかが手も足もでなかったモンスターに対し、伊藤月子の超能力は遊び半分で撃退した。

「ん~、なるほどなるほどぉ」

 伊藤月子が戻ってきたのは、立川はるかを助けるため――なんてことではなかった。
 強いて言えば、現状分析。他よりも少々強いモンスターに対し、立川はるかはどのような戦術を見せるのかが気になったのだ。

 結果は、あっさり捕食。
 それを見た伊藤月子は安心した。


 まだ、まったくの脅威ではない、と。



▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
▲                                      ▲
▲  ◆現在のステータス                           ▲
▲                                      ▲
▲  ◇立川はるか                              ▲
▲                                      ▲
▲  【敗戦国の姫 レベル14】                       ▲
▲                                      ▲
▲   戦士の剣技     レベル8                     ▲
▲   魔法使いの魔法   レベル7                     ▲
▲   学者の知識     レベル3                     ▲
▲   盗賊の身体能力   レベル4                     ▲
▲   バニーガールの魅力 レベル1                     ▲
▲                                      ▲
▲                                      ▲
▲  ◇伊藤月子                               ▲
▲                                      ▲
▲  【超能力者 レベル1(固定)】                     ▲
▲                                      ▲
▲   超能力 レベル1                           ▲
▲                                      ▲
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

       

表紙
Tweet

Neetsha