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* やさしい塔 *
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* 『救世主』も『理解者』もいなかった場合 *
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そのフロアに入った瞬間、立川はるかの視界はぐにゃりと、まるで飴細工のようにねじれ、歪んだ。そして異変に驚くよりも早く、まったく別の場所でたった一人になっていた。
何が起きたのか。ここはどこで、フロアの入口からどれぐらい飛ばされたのか。そんなことよりも伊藤月子の安否は?
多くの疑問がよぎる。優先すべきはどれか。状況が飲み込めない立川はるかの脳に直接、声が響いた。
『このフロアでは特殊なルールを適用させていただいます。
まず、皆さまには単独行動していただくため、それぞれ別の場所にワープさせていただきました。
ゴールはこのフロアの出口です。詳しくは言えませんが、なるべく急いで出口に向かってください。
なお、途中で行動不能になった場合は現在いる地点に戻ります。つまりスタートに戻る、ということです。
ひとまずここまでがルールです。
それでは、スタート』
一方的なルール説明、そしてゲームのような始まり。つい走り出してしまいそうになるが、立川はるかはその場を動かず、極めて冷静に学者の知識・知性をフル回転させる。
行動するよりもまず、考える。
・立川はるかが気づいたこと、その1
ルール説明のとき、『皆さま』と言っていた。自分と伊藤月子だけにその表現はおかしい。はっきりした数字はわからないが、自分たち以外にも同じ境遇の人間が、いる。
・立川はるかが気づいたこと、その2
急がなければならない理由はわからない。が、もしかしたら人数制限や時間制限があるのかもしれない。
・立川はるかが気づいたこと、その3
行動不能になればスタートに戻る。そして“その2”の内容。それらを組み合わせると――他者の妨害工作があるかもしれない。
冷や汗が噴き出した。立川はるかは、伊藤月子の身を案じた。自分はそこそこ戦闘力はあるが、伊藤月子はまったくの無力。妨害工作どころかモンスターにさえ遅れを取ってしまう(立川はるかはいまだに伊藤月子が超能力者であることを知らない)。
探索に役立つ魔法はいくつか覚えていたが、それでも伊藤月子と再会できるかどうかはわからない。しかし闇雲に探し回るほど“その2”に余裕があるのかも不明。
結果、伊藤月子には会えればラッキー、あるいは自力で出口に到着してもらうことに期待することになった。
……だが、安心している自分もいた。いくつか前のフロアの、伊藤月子が異種を産卵している姿は思っていた以上に精神的に苦痛なものだった。
こうして物理的に距離をとることができたのは、正直救いだった。
立川はるかは息の続く限り、走って探索をしていた。フロアは複雑な迷路になっていて、モンスターたちもちらほらと巡回をしている。
出口が不明なフロア、それなりに手こずるモンスター、一人であるという寂しさと先が見えないことによる漠然とした不安が、立川はるかの体力・精神を削り注意力を散漫にしていく。
「スパーク!」
手のひらから電撃を撒き散らし、宙に羽ばたくコウモリを焼き焦がした。
鋭い爪と牙を持ったコウモリは安易に襲いかからず、立川はるかの剣撃が届かないところに浮き、付かず離れずの距離で攻撃の機会をうかがっていた。
魔法を使用したがたいした成果は得られず、立川はるかは焦りの色を隠せない。魔法は探索、または剣では戦えないようなモンスター用に温存しておきたかったのだ。
剣を構え、背中を見せないように後退していく。一旦戻り、別のルートに進もうとした。だが、コウモリはその様子をチャンスと捉え、一斉に飛びかかった。
「うっ、くぅ……」
何匹かは斬り落としたものの、横切ったコウモリによって無数の傷をつけられてしまう。外見ではわからないが身体もだいぶ鍛えられていたため、肌を浅く切り血がにじむ程度でそこまでのダメージはない。
しかし、この調子で襲われ続けるとジリ貧になってしまう。
がぶっ!
「あ、アアアアッ!」
背後から飛来したコウモリは、立川はるかの肩に食いかかった。吸血などという生ぬるいものではなく、牙を突き立て、がぶがぶと咀嚼をしていた。
すぐに捻り潰したが、えぐれた筋肉からは血が溢れ出ている。回復魔法で治療するが、目眩がしていた。短剣を握る手に力が入らない。
魔法を温存して命を落としては意味がない。ならここで多めに魔法を使ってしまおう……という結論に達したとき、それは起きた。
――ドンッ
周囲を裂く音と同時に、コウモリが弾け飛んだ。同胞の突然の死に、コウモリたちはきぃきぃと鳴き出す。
――ドンッ、ドンドン、ドンッ
音が鳴るたび、コウモリたちは木っ端微塵になっていく。勝機を見いだせなくなったのだろう、コウモリたちは逃げて行った。
人の気配がした。立川はるかはコウモリたちが逃げていった方向とは逆、自分が進もうと思っていた先を見た。
そこには気配の通り、一人の男がいた。まるで西部劇に出てくるようなガンマンの姿。その手にはハンティングライフルが握られている。
立川はるかは自ずとわかった。この人が助けてくれた。そのライフルでコウモリを狙撃した。そして『皆さま』のうちの1人だ。
「あの、ありが」
と言いかけたところで、男は背中を見せ、去ろうとした。
(な、なんやねん、無愛想なヤツ!)
「ちょっと待ったぁ!」
「…………」
「ありがとう、助けてくれて、ありがとう!」
走って正面に回りこみ、改めて頭を下げる。小さな、無愛想な声で「どういたしまして」と聞こえたとき、立川はるかは思わず(心の中で)ガッツポーズ。気を引けたことがやけに嬉しかった。
「あなたも、この塔に閉じ込められた人、ですよね?」
「うん」
「私と同じですね。ここまでずっと一人だったんですか?」
「ええ、まあ」
「すごいですね、そのライフル」
「ああ、どうも」
(絡みづらいなぁ……コミュニケーションする気ゼロやな、こいつ……)
けれど相手が人間的にどうであっても、立川はるかはここでこの男と別れる気はなかった。
妨害工作は心配であったが、もうそうであるなら助けるはずがないし、ライフルで狙撃されていればそこまで。なので、この男に危険がない判断した。
となれば、仲間に引き込むのが良策。大事な戦力、そして心の拠り所がほしかったのだ。
「もし良ければ、いっしょに探索しませんか? 今は一人なんですが、他にも一人いるんですっ」
「…………」
「黙ってちゃわかりませんよ? 別に他の人の邪魔をする気とか、ないんですよね?
だったら手を組みましょうよ。お互い、不利益ないと思いますよ?」
沈黙。それが数分続く。
さすがに立川はるかもイライラし始めたとき、
「なら……そうしておこうかな」
どこか気乗りしない様子だったが、男は承諾した。
「良かったぁ、なら自己紹介しましょう! 私は立川はるか、よろしくお願いします!」
「……自己紹介?」
「これから仲間として、いっしょに行動していくんやから、自己紹介は当然やろ?」
また沈黙。今回は十数秒ぐらい。
男はしぶしぶ口を開く。
「浅田。僕の名前は、浅田浩二」
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▲ 浅田浩二が仲間になりました ▲
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