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* やさしい塔 *
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* 最後の休憩室 *
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伊藤月子はフロアを降りるたび、透視で塔の外を確認していた(これは前回のボクの塔の伊藤月子もしていたことであるが、当然この伊藤月子とは関係ない)。
最初は目もくらむような高い場所にいた。それが少しずつ低くなり、降りていき、気がつけば地面が見えるようになって、そうして今は目と鼻の先。
これまでの経験から、今いるフロアの高さは2階、あるいは3階ぐらい。もう、出口はすぐそこなのだ。
このフロアには休憩室があった。だいぶ前に伊藤月子が利用した休憩室と同じ内装だったが、今回は二人部屋なのか、一回り広いように思えた。
「うわぁ、なにここー!?」
「休憩室だってさ。ほら、前の天国と地獄の」
「ベッド! それにクッキーも!」
「(あえて言うこともないか……)シャワーもあるから、先に浴びてきたら?」
「はいっ、では失礼しますっ」
小走りでシャワールームに入っていく立川はるかを見送り、伊藤月子は我に帰る。
(先に浴びてきたら、だなんて……何かヤラシイ!)
『そういったことに経験がない』、『処女の』伊藤月子は、それらしいことを言っただけでドキドキとしてしまう。
ただでさえ立川はるかの魅了がかかっている状態なのだ。思考は正常に動いていない。
シャワ~~~~(←シャワーを浴び始めた効果音のつもり)
その音に、伊藤月子は過敏に反応した。
(シャワー! つまり……現在進行形で何も着ていない! ということ!)
ごくり。なぜか生唾を飲んだところで、ハっとする。
(落ち着け、落ち着くのよ……)
ひとまず座って、クッキーをバリボリ食べた。
(糖分だ、糖分さえあれば、いい考えが思いつく)
いったい何を考えているのか。ろくでもないには違いないのだろうが、この場で最も落ち着くには『何も考えないこと』である。
盛りつけられていたクッキーを半分食べたところで、伊藤月子はようやくアイディアを思いついた。
(そうか、透視を使えばいいんだ)
どうやら、『どうやって覗き見るか』を考えていたらしい。
念のために言っておくと、伊藤月子にそんなケはない。これも(おそらく)魅了の効果なのである。
透視を使ってシャワールームを覗き見ることぐらい、伊藤月子にとってみれば簡単なこと。壁なんてガラス板のようなものなのだ。
(そう、これは戦力分析。相手を知ることで、今後の脅威を取り除くウンヌンカンヌン)
と、自分に言い訳をしたところで透視開始。
(で、では……失礼しまーす)
『見る』から『観る』へ意識を切り替えた瞬間、伊藤月子の視界からシャワールームの壁が消えた。
そこは、湯気に包まれて何も見えなかった。
(な、なにこの少年誌みたいな展開……)
透視は『通常なら見えないものを透かして見れるようにする』ものなので、元から透けていない(その辺りの判定が曖昧なもの)に対しては効果がない。
もちろん、ただの湯気である。これも大した障害ではない。
(念動力を使えば湯気ぐらい……!)
扇ぐように手をパタパタと振る。するとその動きに合うように、湯気がぱっと散っていく。
特に意識をしたわけではなかったが、湯気は上から散っていった。まず顔が見えた。頭から浴びたのか、髪はお湯が滴っている。おそらく歌でも歌っているのだろう、心地よさそうに口を動かしている。
(わわわ、下、下を…………)
そこからさらに湯気は散っていく。
首、肩、鎖骨。そこまで見えたときだった。
――ギロッ
立川はるかが、伊藤月子を睨みつけた。
「ひゃっ!」
慌てて透視を解除し、意味もなく目を逸らした。
(透視がバレた? いや、そんなまさか……)
透視とは、結局のところ『目で見ている』わけである。つまり、対象は『誰かに見られている』、言ってしまうと視線を感じるのだ。
立川はるかは身体能力が格段に上昇し、ちょっとした気配にも気づくことができた。
遠視、千里眼、念写。きっとどれを使用しても気づかれるだろう。
(うまくいかないもんだねぇ……おとなしくしておこう)
マンガやアニメではお約束の使用法。それがあっけなく失敗し、伊藤月子はうなだれるしかできなかった。
すっかり下がったテンションのまま、伊藤月子はクッキーを貪っていると――
「お先失礼しましたー」
「ハワッ!!!」
バスタオルを巻きつけただけの立川はるかがシャワールームから出てきたのだ。
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▲ 立川はるかのスキル:魅了(チャーム)が強化されました ▲
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▲ ◇伊藤月子 ▲
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▲ ※状態異常 ▲
▲ 混乱 ▲
▲ 興奮 ▲
▲ 理性の崩壊 ←new! ▲
▲ 女性への目覚め ←new! ▲
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「ついでに服も洗っちゃいましたー」
「そ、そう……いいね、私もしようかな」
(なんだこの谷間……! バケモノか? それに肌キレイだなー。脚なんてあんなにほっそりしちゃって。上はムッチリで下はほっそりってことかー、羨ましい。
ハッ! ということは、シャワールームには服が干してある!?
……いや、さすがにそれは変態すぎる。
ううん、違う違う。相手の装備を確認するというのもウンヌンカンヌン)
「中にあった箱に入れたら綺麗になりましたよ、服。それにすぐ乾きますし」
「そ、そうか~」
(よくよく見たら手に持ってるし~~~。グギギギ)
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シャワーから浴び終えると、立川はるかが言っていた箱の中の服はたしかに綺麗に、そしてふかふかに乾いていた。
「はぁ~便利だなぁ。このグルングルン回る箱」
シャワールームから出ると、そこに立川はるかはいなかった。
(まさか、先に行かれた……!?)
すっかり油断していた。思えばテレパシーも長らく使っていない。
悔いた。伊藤月子は己の愚かさに悔いた(魅了の効果もあったので、しかたないと言えばしかたなかったが)。
落ち込んでいても始まらない。ひとまず状況確認。
クッキー。ちょっと減っている。何枚かつまんだのだろう。
ティーカップ。ちょっと紅茶が残っている。クッキーを食べる合間に飲んだのだろうか。
ソファー。服が無造作に置かれている。意味はないがそれをぎゅっと抱き締めてみる。とても良い香りがした。
「……ベッドか」
服を着ずに外には出るわけがない。となると、残っている場所は限られる。そう思って視線を向けたベッドのシーツは膨らんでいた。
クッキーを食べて紅茶を飲んだところで気が抜けたのか、そのまま服を着ずに潜り込んだのだろう。
服を着ないで。
裸、あるいはバスタオル1枚で。
裸か。
バスタオル1枚で。
「集中、集中だ……!」
伊藤月子は五感を超能力で強化し、立川はるかを観察する。
寝息、体温、思考の混濁、どれを見ても深い眠りの状態にある。透視にすら気づく身体能力の持ち主でも目を覚ますことはないだろう、人類学的に。
それもこれも多くのモンスターを討伐したことによる疲労ではあったが、伊藤月子は労うつもりもない。
ベッドに近づき、膨らみを眺める。透視なんて使わない。いや、透視という選択ができないほど、伊藤月子は興奮していた。
そっとつかみ、するすると引っ張り――