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* やさしいの塔 *
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* 最後に笑う者 *
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『では、ルールを決めさせていただきます』
「え、ちょ、ちょっ」
最初に反応したのは立川はるかだった。
薄々理解はできていたが、この塔の『ルール』とやらは絶対なのだ。今でこそ死亡時の処置だけであるが、妙なルールを追加されてはたまったものではない。
特に、ここが最後なのだ。それに先ほど言葉――どちらかお一方、塔の主になっていただけませんか?――から、ロクでもないルールが追加されるに違いない!
だが、声を止める術がない。声も立川はるかに構うはずがない。
『ルール1
この塔に最後まで残っていた者を塔の所有者とする』
「ちょっと、待てやっ」
『ルール2
同時に2人以上、脱出することはできない』
ビシビシと殺気を放ってみるものの、後ろにいる伊藤月子にしかぶつからない。
伊藤月子は殺気にも声にも素知らぬ顔。立川はるかのように戸惑いや混乱、怒りは見られない。
これから起こす行動はもう決っている、そんな様子さえうかがえる。
『ルール3
死者が出た場合、最初の死者を塔の所有者として復活させる』
『ルール4
塔は死者には容赦しない。塔の所有者は穏便に決めることを勧める』
『以上をルールとします。ではスタート』
ここで声は消えた。
部屋には立川はるか、伊藤月子、そして夜のような静けさだけが残る。
立川はるかは意外にも冷静だった。言われたルールを反芻させ、抜け道を見出そうとしていた。
しかし手や脚は震え、唇は真っ青。まぶたをギュッと閉じて潤んだ瞳を隠した。
折れてはいけない。まだ、折れるには早い。今はみっともなく足掻いて、可能性を探すんだ――
この4つのルールは、あきらかに2人を狙い撃ちしているのだろう。どうやってもどちらか1人しか脱出できないようになっている。
最も簡単で、非人道的で、真っ先に思いついた案。それは『伊藤月子を見捨てる』。
相手はライフルを持っているだけの平均的な女性。今の自分なら悠々と組み伏せ、動きを封じることができる。何なら脚の一本折ってもいいし、殺してしまってもいい――が、立川はるかはすぐに却下していた。
助かりたい。自分だけではなく、2人で。そこがブレることは、立川はるかにはありえなかった。
「はるかちゃん」
ぐるぐると思考の迷宮に足を踏み入れていたとき、声がかかった。
この場には不釣り合いな、ハキハキとした声。
「……月子、さん?」
振り向くと、なぜか笑顔の伊藤月子。もちろんその手にはライフル。
短剣を握る立川はるかの手に、力がこもる。
貧弱な相手とはいえ、ライフルを持っているのだ。さすがに銃弾をかわすことは不可能ではないにしろ、難しい。
「大丈夫だよ、はるかちゃん」
先に動いたのは伊藤月子だった。
――ガシャン
手にしていたライフルを放り投げた。それは遠くへ落ち、部屋のすみまで滑り、壁にぶつかった。
「ほら、これで安心でしょ?」
「え、え……?」
「立ってるの、疲れるしさ。どこか座って、考えようよ。2人で脱出する方法」
なんということだろう。こちらが警戒しているとき、相手は武器を捨てる気でいたのだ。しかも裏切る様子もない、2人で脱出する方法を考えていたのだ!
立川はるかも短剣を遠くへ投げ捨てた。罪悪感で吐き気と頭痛に苦しかった。
――立川はるかは気づかなかった。短剣を手放したとき、伊藤月子がニタリと笑ったことに。
「私さ、はるかちゃんに守ってもらってばっかりだったよね」
伊藤月子は話しを始め。
2人は部屋の入口の、すぐ隣の壁、つまり外への出口から最も離れたところに座り込んでいた。
「モンスターを一人でやっつけてくれて、あの男の人からも守ってくれて……私は、何もできなかった。あのライフルがあっても……」
「そんなこと……!」
「ありがとう。でも、わかってるよ。自分のことだもん」
うつむく伊藤月子に、立川はるかは何も言えない。どれだけフォローしようにも、戦闘では伊藤月子は役立たずというのは紛れもない、本当のことだ。
「だから私は、最後にはるかちゃんを助けたい」
「……え?」
「はるかちゃん。あなたが、この塔から脱出して」
その言葉に耳を疑った。
それが意味することは『自己犠牲』。もちろん二人はわかっている。
「そんな……」
「私にはこれしかできない。ううん、こうするために、今ここにいるのかもしれない。だから」
「できない、できないよそんなこと!」
バチンッ
伊藤月子は立川はるかを打った。その表情は険しい、しかしどこか悲しそうに見えた。
今さら殴られたところで痛くもない。が、それは物理的なダメージの話しである。立川はるかの心はその一度の平手打ちでぎゅうと縮まり、冷やされた。
「最後ぐらい……私も、役に立ちたいの……」
たしかに、戦闘では邪魔にさえ感じていた。
だが、立ち尽くしていた屋上で手を引いてくれたのは誰だったろう。
扉を開けるために自らの命を捧げてくれたのは誰だったろう。
探索中、心の拠り所だったのは――
助けたい、助かりたい。立川はるかの心は揺らぐ。
「…………」
立川はるかは魔法を唱える。
覚悟を決めたかのように、伊藤月子は目を閉じた。
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▲ 立川はるかは自分自身に『封印』を施しました。 ▲
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▲ 戦士の剣技 (封印) ▲
▲ 魔法使いの魔法 (封印) ▲
▲ 学者の知識 (封印) ▲
▲ 盗賊の身体能力 (封印) ▲
▲ バニーガールの魅力(封印) ▲
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「私は、1人じゃ脱出しない。できない」
ここまでに積み重ねてきた自分の能力をすべて封じた。
これで伊藤月子と対等。立川はるかだけがそう思っていた。
「考えましょうよ、2人で脱出する方法を」
この言葉に、伊藤月子は微笑んだ。
「はるかちゃん……」
伊藤月子は笑った。
「バーカ」
突然すさまじい圧力が立川はるかを襲い、身動きができなくなってしまう。
身体能力が封印されているため、力が入らない。気を抜けば背骨が折れてしまいそうで、腕を突き立てて圧力に逆らった。
ミシミシと首筋が軋む。だがそれでも顔を上げた。
「バカだなぁお前。バカ、バカ、本当にバカ。バーカ」
伊藤月子は悠然とそこに立っていた。そしてニタニタ、ゲラゲラと汚く笑っていた。
「はぁ~、最後までこっ恥ずかしい猿芝居やっちゃった。あー恥ずかしい」
「月子、さん……?」
「気安く呼ばないでよ」
ゴッ
伊藤月子は立川はるかの顔を蹴り上げた。身体能力はゼロに等しくなっているため。ぼたぼたと鼻から血を流す。
ペタリ。口を切ってしまったのだろう、何かを言おうとした立川はるかの口から、血と唾液が混ざった粘液が吐かれた。
「痛さよりも驚いてるみたいだね。何で? という疑問がずっと渦巻いている。気持ち悪いなぁ、その心」
「……いったい、あなたは」
「何度か疑ってたよね? 得体の知れない能力を持っているのかもしれないって。
そうそう、あれは正解。私はね、『超能力者』なの」
それを証明するように、遠くに投げ捨てたライフルを引き寄せ、宙でばきぼきと破壊した。
「これだけじゃないよ。相手の心を読むことだって、目に見えない罠や壁の向こうを観ることだってできる。ちなみにその圧力は念動力で押さえつけてるんだよ」
「なんで、どうして言ってくれなかったんですか!?」
「だって知らせたら不意打ちできないじゃん」
脚を上げ、立川はるかの頭に乗せ、ぐりぐりと踏みつける。
グチャ。立川はるかの顔は床に押しつけられた。それでも伊藤月子の足蹴は止まらない。
「キミは実に役立ってくれた。まあ正直、私だけでも探索ぐらい楽勝だっただけどね。
悪くない働きだったから、このままいっしょに脱出してもいいかなーとは思っていたけど、こんなルールができちゃったらしかたないよね。
それに、私が蟲に襲われたとき、見捨てて逃げたよね。アレぜったい許さないから。身体の中に蟲を転送してあげようか? ん?
ああそれと、最初に短剣で刺されたとき。あれ、すっごく痛かったんだから。何だったら再現してやろうか? ん? ん?」
ぐりぐりぐり。何度も何度も、踏みしめる。
が、それもすぐに終わる。伊藤月子は立川はるかに背中を見せた。
「つまんない、飽きちゃった。せめて、殺さずにいてあげるよ。じゃあね、バイバイ」
「待って……待って、ください……」
「もう話すことなんてないよ。勝手に死んじゃって」
伊藤月子はゆっくりと歩き、塔の外の出口の前で立ち止まる。
「ああ、そうそう。私たち2人が脱出する方法も、ちゃんとあったんだよ
2人だから、同時に脱出ができない。だから、3人目を待てばいい。
ルール説明を思い返せば、『対象が2人』と断定しているような表現はしていない。つまり、そこが穴なの。
3人目がこの部屋にやってきたら、その人に塔の所有者を押しつけて2人で脱出すればいいの。結局誰かが犠牲になっちゃうけど、犠牲なしではさすがに無理だからね。
……ま、もうどうでもいいけど」
「待って、待っ」
悲痛な声にも耳を傾けず、目も向けず。
伊藤月子は出口を抜けた。
塔の扉は閉ざされた。
【立川はるか(敗戦国の姫)――バッドエンド:脱出失敗】
太陽の光りを浴びても新鮮な空気を吸い込んでも、伊藤月子の気分は晴れない。
心を許せる相手のいない、このくだらない世界。憂鬱でしかたがなかった。
重い、重い溜息をついて、彼女はのろのろと歩き始めた。
【伊藤月子(超能力者)――ノーマルエンド:一人っきりの脱出】