Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
X                                      X
X   救世主の塔                              X
X                                      X
X     狩場の屋上                            X
X                                      X
XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX



 タイムトラベル以外に「平行世界を移動できる」という、どこぞの大統領のような能力を持っているホッシーナにとって、この世界はまだマトモなほうだった
 移動した世界がとっくに壊滅していて、残された人類が自分と自我を失った超能力者だけ――というのが、これまで渡り歩いてきた中でぶっちぎりに最低な世界。そんなホッシーナからすれば『目が覚めると見知らぬ塔の屋上』は、「少々インパクトに欠けるスタート地点ですね」と軽口を叩けるほど平和である。

(それにしても、どうして私はこんな格好を……)

 ホッシーナは服を着ていなかった。ただ全裸というわけでもなく、なぜか水着を着ていたのだ。しかもビキニなので肌の露出が多く、メリハリのついた体型にコンプレックスを持っているホッシーナからすれば、それは野外露出にも等しい。
 生地が白色というところだけが、かろうじて救いだった。これで黒色だったらもはや痴女でしかない。

(まあ誰も見ていませんので、別にいいのですが――)

 ぐるりと周囲を確認したとき、それを見つけてしまった。
 数メートル先に設置された『ある物』。さすがのホッシーナも驚いてしまった。

 固定式の砲台。仕組みはわからなかったが、チキチキチキという音が聞こえることから次の瞬間にでも発射されるのだろう。
 何が発射されるのだろう。ホッシーナが予想するよりも早く、それは発射された。

 ヒュンと風を切って飛び出した、矢。いかにも砲弾を発射しそうなこの砲台は意外に原始的らしく、先ほどのチキチキチキという音は内部で弦が引かれている音だったらしい。

「どんな構造になっているんでしょうか、あの砲台」

 砲台をちらりと見て、次に矢に注目する。

「あらあら、この矢じり、すごく鋭いじゃあないですか。こんなの当たったら死んじゃいますよ」

 まるでカタツムリが進む速度で宙に浮く矢を、ホッシーナは軽く撫でたあとにポキリとへし折った。

 人は死ぬ間際に一生の記憶が一瞬で再生されるらしい。それは走馬灯という現象であるが、ホッシーナはそれを見たわけではない。
 時間加速。タイムトラベラーの能力を使用し、自分の時間を数倍に加速することで本来流れている時間を引き伸ばした――わかりやすく言えば、超高速で動いたのだ。

 砲台からの直線上から外れ、時間加速を解除する。すると気だるい疲労が全身に降りかかり、クラリと立ちくらみを起こした。

(これさえなければ、最高の能力なのですが……)

 タイムトラベルは使用者に大きな負担を与える。ホッシーナはこれを代償と割り切っていたが、この世界では少しわけが違う。ホッシーナは今までどおり『疲労』と思っていたが、正しくは『身体能力の低下』だった。
 運動能力と五感、思考能力が減少し、一度失ったそれは巻き戻るまで回復することはない。もちろん今のホッシーナはそのことに気づくはずがない。

(今さらウダウダと文句を言うつもりはありませんが……)


 カチカチカチ


(どうして、次から次へと!)

 どういうカラクリになっているのか、足元の石畳の1つが横にスライドし、丸い筒が現れた。
 その筒からは、ゴポゴポと何かの液体が沸き出していた。ホッシーナはその液体の正体を知るはずもないが、ただ、ガソリンのような異臭がしていることにはすぐ気づいた。

(これは……! 時間、停止!)

 周囲が白黒になる――なんてことは当然ないが、異臭がしない。まるで最初からなかったように、異臭は消えていた。
 ふらふらと不安定な足取りでその場から、用心して十数メートルほど離れる。


 ――ドォン!


 時間停止を解除すると、足元に筒があったところから巨大な火柱が生まれ、爆音、爆風と共に周辺を吹き飛ばした。
 予想以上の爆発と身体能力の低下に、ホッシーナは立っていられなくなり座り込んでしまう。キンキンと耳鳴りがしていた。火柱の熱がちりちりと顔を焼き、吹き飛ばされた石畳の破片が小雨のように降りかかる。

(まるで狙い澄ましたようなトラップの配置……ここまで悪意を感じる世界は初めてですね……)

 時間加速に続き、間を置かずに時間停止。身体能力低下も著しく、もはや立つことさえままならない。
 ホッシーナはこれを疲労と思い込んでいるため、少し休めば大丈夫だろうと気楽に考えていた。

(ただ、それまでに何もなければいいのですが……ん?)

 しばらく休もうと這うように横になったとき、手を伸ばせば届くところに宝箱が置いてあることに気づいた。
 ロールプレイングゲームなどでよく見かける、手に収まるほどの宝箱。だが、ホッシーナの表情は硬い。

(こんなのありましたっけ……? 
 この流れからすると、どうせトラップに違いありません。透視が使えればいいのですが、あいにく私は時間操作しか――)


 パカッ


 宝箱は勝手に開いた。
 赤や青などの多くの配線に、なんとなくその正体の予想がついてしまう数本の黒い筒。そしてデジタル式の時計が、残り5秒からカウントダウンを始めていた。

(ああ、なんてひどい……)

 4、
 3、
 2、
 1、

 ――爆発。
 先ほどの爆発と比べると小規模ではあったが、人一人を吹き飛ばすには十分すぎた。

(……私じゃなかったら、死んでましたね)

 ホッシーナは爆発による怪我や焦げが一つもなく、何事もなかったようにそこに寝転がっていた。

 時間加速、停止をしたところで動くことができない。なので、カウントダウンに合わせて数秒、『未来に飛んだ』。
 爆発する直前から爆発後の時間、その場にホッシーナはいなかった。タイムトラベルでその瞬間だけ跳躍し、九死に一生を得たのだ。

 けれど代償も大きかった。動くこともできず、大の字に寝転がって呼吸するのが精一杯であった。

(それにしても……)

 ホッシーナは休みながらも、ここまでのトラップを思い出していた。

 固定式の砲台。
 埋込型の大型爆弾。
 宝箱型の小型爆弾。

 用意周到に設置されていたと思った。が、よくよく考えると妙だ。どうも詰めが甘いように感じられた。1つ1つの起動の間にタイムラグがあり、その結果能力を使って逃げることができた。
 もっと良い配置ができたのでは? または、もっと効果的なトラップがあったのでは? 詰将棋のように追い込んで殺すぐらい、この塔の悪趣味さなら可能ではないのだろうか。

 これは、まるで――

(私が能力を使うよう、仕組まれていたような……)

 それは思いつく限りで最悪な想像。なぜなら「この塔を管理している者は、自分がここに来ることを知っていて、それを前提にトラップを設置している」ということだからだ。

(……成るように成るだけですね)

 これまでに死を覚悟したことはなかったわけでもない。そんなとき、ホッシーナは運に委ねることにしていた。
 体力が戻るまでにトラップ等が起動してしまったら、それまで。そうでなければ見苦しくても生きてみよう。ホッシーナは空を見ながら考えた。

(でも、わざわざ殺さずに追い詰めたとして、何の意味があるんだろう)

 その疑問の答えはすぐわかることになった。

 太陽の光が眩しくて細めていた視界に、影が覆った。
 ゆっくりと首をひねると、そこには腰にボロ布をまとい、手には大きな棍棒を持った緑色の人でない生物。

(ゲームとかでは定番の……ゴブリン、のようですね……)

 運がなかった。潔く諦め、目を閉じた。
 どうせ死ぬなら一瞬で、なるべく痛みを感じないように死にたい。全身の力を抜き、呼吸を落ち着かせ、そのときを待った。

 が、そのときが来ない。しばらく待ってはみたものの遅すぎる。
 首に力を入れて頭を持ち上げ、目を開いた。

 ゴブリンはホッシーナの足元にしゃがみ込んで、すんすんと鼻で呼吸をしていた。
 嗅いでいる。この醜い異形が――――の臭いを、嗅いでいる! ホッシーナの怒りの沸点は一瞬で振り切った。

「何を、しているんですかっ!」
「ギャァッ」

 抵抗しようと動かした脚が思っていた以上に動き、ゴブリンの顔を蹴り抜いた。当たりどころが良かったのか、軽い音と共にゴブリンは石畳に飛ばされ、ゴロゴロと転がった。

(しまった、こういう単細胞な生物は変に刺激したら……!)

 極めて的確な見解だった。起き上がったゴブリンはとても言語化できそうにない唸り声を発し、威嚇のために大きく開いた口からは鼻が曲がりそうな異臭がする唾液を垂れ流している。
 そして手に持った棍棒を高く振り上げながら、近づいてきた。

「ごめ、ごめんなさい! わざとじゃないんです、でもあなただって悪いんですよ、あんな――」

 ――ゴッ! ぼきンッ

「イ゛!」

 言い訳なんて通じるはずがない。ゴブリンはホッシーナの脚に棍棒を振り下ろた。鈍い音が響き、折れる音。
 ホッシーナは次に叫ぶための空気を思いっきり吸い込んでいた。

「イギャアアアアアアッ! あし、あジがぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 喉が枯れるほどの悲鳴。目尻に溜まることなく涙がこぼれ、叫んだ拍子に口内を切ってしまったのか、血と唾液を吐き出しゴブリンに浴びせていた。

「ギャ、ギャギャギャ!」

 ――メギッ! ばきっ!

「グギャ、がっ! アガっ! ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

 右脚の次は、左肩。その次は左腕。
 そこから先は、めちゃくちゃにホッシーナを殴りつけた。

 殴られた場所は赤く、青く、不気味なほどに黒い紫へと変色していく。
 ゴブリンの手が止まるころ、ホッシーナはあまりに無残な姿になっていた。元々生地の少ない水着は破れ全裸状態、本来曲がるはずがない方向に腕が曲がり、顔は涙や唾液やらでぐちゃぐちゃに汚れていた。

 ゴブリンは棍棒を投げ捨て、ホッシーナにのしかかった。体臭、唾液の悪臭から顔を背けようにも、ホッシーナはそれすらできないほどに瀕死だった。

(早く殺して……もう、苦しいの、嫌だ……)

 生への諦めは、死の懇願への変わっていた。だが舌を噛み切るほどの勇気はなく、結局最期の一撃はゴブリン頼みだった。

 しかし、ゴブリンはその願いを叶える気は少しもないようだった。
 ゴブリンはホッシーナのことを「外敵」と見なしていた。そして傷めつけたあとは「もう放っておいても勝手に死ぬ」と判断した。
 けれど、瀕死のホッシーナから何かを感じ取ったのだろう。

 股間を高く、硬く反り立たせていた

「うそ、そんな……」

 脚と脚の間に移動するゴブリンを見て、ホッシーナは死ぬ以上の絶望を感じていた。
 このゴブリンに、「雌」と思われている。これから行われるだろうそれは、自分が人間だということを否定されてしまう。いや、ゴブリンからすれば、すでに自分は同じ種族かそれ以下なのだ!

「やめて、おねがい……それ、だけは……」

 ホッシーナは処女であったが、さして大事にしているわけではなく、ただタイミングがなかっただけ。こんな別の生物に差し出すわけではない、それなのに――


 グイッ


「ひっ!」

 当たっている。凶悪な、それが。
 まったく潤いのないそこを、ぐいぐいと押してきている。針を刺すような痛みと未知への体験の恐怖と絶望に、ホッシーナは気が狂いそうになっていた。


 グイッ、グイッ


「ダメ、ぜったい……いやだ、いやです! やめ――」

 必死に身体を揺らし抵抗するが、ゴブリンを大きく開いた両脚をつかんでそれを封じる。
 残酷な現実が訪れた。


 ぶちんっ


「――――――――!」


【ホッシーナは非処女になりました】

       

表紙
Tweet

Neetsha