Neetel Inside 文芸新都
表紙

その街のひとびと
神の試練に悪魔の所業

見開き   最大化      

 目の前で教授が何かを力説している。講義が始まって三十分、マイクを使っていないにもかかわらず、凄まじい声量である。女は五分前からその言葉を右耳から左耳に垂れ流していた。
 女は俯いている。眼前には書きかけのノートが広がっている。自分が書いた文字ですら、解読不能の記号にしか見えなかった。
 考える。何故私なのだ。私が何をしたと言うのか。昨日はいつも通り友人と他愛の無い会話をし、帰宅してからはレポートから逃げる為に部屋の片づけをしただけじゃないか。情けは無いのか。
 それが女にとっての日常であった。充実しているわけでもないが、枯れているわけでもない。現状に満足はしていないが、不満もなかった。
 額に脂汗が浮かぶ。教授が何かを板書している光景が視界に入るが、理解不能な記号が羅列しているようにしか見えなかった。隣に座っている友人は熱心にその記号をノートに写している。
 再び女は考える。何故私なのだ。神は私に何を試そうと言うのか。何故このタイミングで私を選んだ。いや、これは神ではなくて悪魔ではないのか。悪魔が私を陥れようとしている。何でもいい。神様私を助けてくれ
 考えれば考えるほど、意識が遠のいていく感じがした。だがそれは、女にとって好都合であった。このまま意識が亡くなり、睡眠状態に移行すれば、この苦痛から逃避できるからだ。
 書きかけのノートは変わらず目の前にある。ふと、痛みが無くなっていくのを感じる。腹を抑え、波が去っていくことに安心しながら、女の視界は暗転していった。教授はなお、熱弁を続けていたが、女の耳に入ることはなかった。

       

表紙
Tweet

Neetsha