Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 教授が黒板消しを黒板に押し当てた時、女の意識が戻った。
 取り敢えず時間の確認をしようと時計を見ると、眠る前より二十分程経っていることを確認した。講義の時間はまだ半分ほどある。波が来ていないことが幸いだった。
 隣を見ると、友人が腕を枕にして眠っていた。背中が膨らんだり縮んだりしている姿は、熟睡していることが確認できた。人のことは言えないが、よくぞあんなに騒がしい教授の前で眠れるものだと感心する。
 教授は相変わらずの声量で、銀の指し棒を持ちながら現代の社会情勢を熱弁していた。時折指し棒を、鞭のようにしならせながら教卓に打つ姿は、サーカスの調教師を彷彿とさせた。
 「ちょっとごめんね。」
 女は小さな声で友人のノートを腕の下から引きずり出し、自分のノートと見比べると、「ここまで」と書いて印を付けた。友人はしばらく蠢いていたが、また一定の周期で背中が膨らみ、縮んでいった。女は黒板を見て、印をつけたところから写していく。
 板書を写す作業が終盤に差し掛かった頃、体の異変に気付く。それは予想できた異変であった。予想はできるが、決して回避することはできない。神の試練であると同時に、悪魔の所業とも取れるそれは、あまりに無情であった。
 再び教員の言葉が理解不能になり、黒板の文字が難解な記号と化す。
 考える。何故私なのだ。時間を止めてくれ。それか時間を戻してくれ。今だけで良い。一生のお願いだ。頼むから。頼むから。
 誰に頼んでいるかは自分ですら分からない。ただ懇願する。ありもしない救いの手に腕を伸ばす。それだけだった。
 時計を見る。起きてから二〇分程度経過していた。
 あと少し耐えれば問題ないと、自分に言い聞かせるが、波は収まることはなく、荒れ狂っていた。
 女はもう一度眠ることにした。眠れば何も感じずに時間が経つ。確実な勝利を手にすることができる。自分のノートを見ながら目をつむった。次第に意識が遠のいていくのが分かる。
 勝った。ありがとう。そしてさようなら。二度と会いたくは無いでしょう。
 教授の熱弁が遠のいていくことを感じ、女は勝利を確信した。

       

表紙
Tweet

Neetsha