Neetel Inside 文芸新都
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周りには楽しく談笑する家族やカップルの姿。店の奥では料理のする音や皿を洗う音が聞こえた。
「なあ、お前も少し熱くなったんなら俺も言いたいことがあるんだけど。」
正直は頬杖をやめて身体を前に倒し、真剣な顔で言った。
「なーに。面白い顔しちゃって。」
普段見ない顔を見て磨理が茶化す。
「少し前に市倉と飯食いに行ったんだよ。」
「亜沙子と?ああはいはい。」
磨理が相槌を打つ。
市倉亜沙子とは磨理の友人で、正直とは仕事仲間である。
磨理が頷いたのを見て正直は口の前に手を置き、視線を落とす。
「んでテキトーに話して食い終わったわけよ。俺は普通に勘定済ましたわけよ。でも市倉のやつはなんも言わんかった。どう思うよこれ。」
磨理は目を瞬かせた。言っている意味が分からなかったのだ。
正直が慌てて言い直す。
「いやだから、勘定の前になんか言うことあるだろって話よ。割り勘にしようかとかよ。」
ばつが悪そうに正直は言う。本人も体裁を気にしているのか思いあまり言いたくはないのだろう。
「言いたいことは分からないでもないよ。とりあえず人間として小さいとかいう話は置いておいて。」
「そうしてくれ、と言いたいところだが俺はこれを小さいとはあまり思わん。むしろおかしい思ってるくらいだ。世の中が勝手にそういう風潮にしてるだけだ。」
正直は声を荒げながら拳を握りしめた。
「俺は自分がケチだと自負しているほどだ。けど俺の中の日本人の血が男ならば女には奢らなければいけないと勝手に命令しやがり、意に反して財布を開いて五千円札を出してしまった。一生の不覚だ。これぞまさに不覚。」
うなだれ、握った拳が震える。
並々注がれたコップの中の水が揺れる。
「俺が勘定どうするかと聞かなかったのも悪かったかもしれない。それにしてもだ。それにしてもだろうが。気が利かねえのかあのアマは。気が利くのが日本人だってどっかの国の人が言ってたろうが。」
「はいはい分かった分かった。」
二人がそんなやりとりをしていると、店の奥から料理を持ったウェイトレスがやってきた。

       

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