Neetel Inside 文芸新都
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 細道を抜け、プラン上の中間地点である信号前に出る。信号は赤であった。初期プランでは青のはずであった。計画が崩れ始めたのも相まって、信号を待っている自分の姿に苛立つ。足をパタつかせ、人差し指と親指を付けては離しを繰り返す。すると、肩を叩かれた。男はうんざりした。
 振り向くと、見知らぬ茶髪の男が立っていた。色白で青い目をしている外国人だった。
 「チョトスミマセン。ココカラ『デンデデdepart』ニイクニハドシタラヨイデショウカ。」
 デパートの発音がいいことに違和感を覚える。相手は地図を持っていたが、日本語があまり得意ではなく、文字が読めずに道に迷ったらしい。
 急いで地図に現在地と行き方を記すと、外国人から握手をせがまれる。照れと急いでいることもあり、一瞬躊躇したが手を近付ける。外国人特有の力強い握手をされたことに少し驚く。手を離してから外国人に手を振り、すぐに信号に向き直す。青信号は点滅し、赤に切り替わっていた。
 とうとう男の顔が絶望に変わってきた。怒りが無くなっていた。自分のお人好しにここまで呆れたことはない。
 信号が変わると、周りの目を気にせず瞬時に走り出した。全速力である。体力の計算をしている心的余裕はなかった。一刻も早く目的地に着かなければならなかった。何をそこまで男を駆り立てるのか。男には理由があった。人によっては下らないと中傷するであろうこと、また別の人からしてみれば男の気持ちに激しく共感することであった。
 (見えた。もうすぐだ。もうすぐ着く。待っていろよ)
 思わず心臓が高鳴る。走った疲れによるものではない。緊張や期待によるものであった。
 目的地の店に着くと男は安堵し、歩くことにした。
 店の看板にはでかでかと『マーク☆タガオ』と書いてあった。文字がライトで煌びやかに光っている。
 中に入り、カウンターに近付く。店員が男に気付くと、笑顔を向ける。
 「お待ちしておりました。予約券はお持ちですか?」
 男は財布から橙色の小さい紙を取り出した。店員は紙を確認し、カウンターの下をごそごそと探す。数秒後、店員が顔を出す。そして、カウンターに段ボール箱が置かれた。
 「はい、ではこちら予約しておりました『クォンソン・グーム(初回限定版)』です。料金は、えー九千七八二円です」
 財布の中身を確認し、一万円と白いカードを出す。
 「一万円頂戴します。会員カードのポイントはお貯めしますか?」
 男はこくりと頷く。
 「はい、ではお釣り二一八円とレシート、こちら会員カードをお返しします」
 器用に小銭とカードとレシートを財布に入れ、段ボール箱を持つと、定員に会釈をして、出口へ向かう。
 「毎度ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
 店員の礼を背中越しに聞き、店を出る。自宅に向かいひたすら歩いた。男の顔は喜びによって崩れに崩れ、見るに堪えない顔になっていたが、本人は全く気にする様子はない。頭の中は既に眼前のもので埋め尽くされ、成り振り構っていられる状態ではなかったのである。
 妄想を繰り広げ、にやついている内に、いつの間にか自宅に着いていた。
 着替えもせず、いそいそと用意をする。時刻は十九時五十六分。予定より一時間ほど遅れているが、目的のものが手に入った男にはもはや些細な問題であった。これまでの災難も、既に忘却の彼方に消えていた。
 夜はまだまだ長い。男はゲーム機の電源を点ける。自分の顔が真っ黒のテレビに映るが、気にせずテレビの電源も点ける。
 崩壊した顔を惜し気もなく晒し、男の娯楽は幕を開ける。

                              完

       

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