Neetel Inside ニートノベル
表紙

ラノベ習作
その6

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 宇宙船に戻ってきた天堂帝梨は毛むくじゃらに腰を下ろして、白衣を脱ぎもせずにあぐらを組み、瞑目した。脳裏によぎるは千代崎晩と渦見美鳥のこと。もちろん宙木のことも考えてはいたが、それはひとまず措いておいた。明日どうするかは決まっている。
 さて、あの二人。
 問題は晩だ、と天堂帝梨は思う。晩は果たして信じるだろうか、そして見抜くだろうか、天堂帝梨の正体を?
 おそらく無理だろう。
 なぜなら、今までもそうだったから。
 美鳥は、最初から、最初のあの日から天堂帝梨の正体を見破っていた。それがどうしてなのか天堂帝梨にもわからない。おそらくは認識を誤らせる菌糸類の影響を受けていないのだろうが、それが体質的なものなのかそれとも別の要因によるものなのか、それは母星に帰って専門のやつに聞いてみないことには星の霧の中だ。
 美鳥は、自分の学校に宇宙船が突き刺さっているという状況下で一番やってはいけない選択肢を取った。
 それを周囲に吹聴したのだ。
 釘を刺す暇もなかった。
 後は砂が崩れていくように簡単だった。その結果が美鳥の保健室登校というわけだ。
 なぜ美鳥が、恐れているであろう保健室に自分から足を運んでいるのかはわからない。美鳥が周囲から受けた迫害と、天堂帝梨が与える恐怖では圧倒的に後者の方が烈しいはずであり、もしどちらも否というのなら、宙木雲雀のように登校拒否へと繋がるはずではなかろうか。
 そこまで考えて、はたと気づいた。
 宙木も見えているのだろうか。
 そうだとするなら、原因はまさに自分というわけになるわけで。
「うむむむ……いっそカビを除去してこの船を曝け出させてしまおうか……」
 天堂帝梨の悩みは尽きない。



 ○



 宇宙人は大抵の場合、帰り際におでん屋に寄る。それも店を変えたりは滅多にしない。京天線のガード下、スプレーの落書きを背景に年中無休で営業しているおでん屋にしか現れない。
 宇宙人は大抵、ガンモを食っている。
「……というわけでな、親父、我々『雲雀くんを無理やり引きずり出そうの会』は結局門前払いを喰ってしまったようなものなのだ」
 五年前に脱サラして以来、貧しいが日々をたくましくしているおでん屋の親父は、天堂帝梨の前に転がっている空いた酒瓶を呆れたように見やっている。
「先生、飲みすぎなんじゃねえのか」
「飲みすぎ? 馬鹿を言うな、君たちとはデキが違うのだ。――それでな、私は困ってしまったのだ。雲雀はやっぱり学校に来てくれないし、このままだと私は拳治にあられもないことをされてしまうのだ」
 まさかマジだと思うわけもないおでん屋の親父はハイハイと頷きながら、
「ま、慌てなさんなよ、先生。不登校のガキを連れ出そうなんて今の時代にゃ見上げた教師根性じゃねえか。見直したぜ。俺ァてっきり先生はちょっと頭が弱いんだと思ってた」
「おい、私は客だぞ!」こんな時ばかり地球の常識を振りかざす宇宙人である。
「失礼なハゲだ。――だがまァ見直されるのも悪くないな。さァもっと見直せ。ふははは、我を崇めよ下等種族め!」
「脱サラしたおっさんをいじめるもんじゃねえぞ公務員さん」
「親父、そんなことより何か妙案はないか。私はなんとしても雲雀を学校へ連行したいのだ」
 親父は頭上を通り過ぎていく電車の音にしばし耳を傾けていた。が、やがて言った。
「俺のガキの頃は、理由もなく家になんかいたら親父もお袋もえれえ怒ってよ」
「親父はおまえだぞハゲ」
「馬鹿か。俺の親父だよ。おっとさん。――怒るとそりゃあもう殴るわ蹴るわでなあ、ちょっと学校でおっかねえ先輩に目ぇつけられたくらいじゃなかなか休めなかったもんよ」
「ひどい父親だな。子孫繁栄を望まないとはいったいなんのためにガキをこさえたのだ」
「また先生、難しい言葉を……。ま、昔は強くねえと生きていけなかったからな、ガキは鍛えてなんぼで、弱いやつは死んでも仕方ねえんだ。甘やかしたところでそのうちくたばるのは目に見えてるからな」
 親父はふう、とため息をつく。昔を思い出しているのかもしれない。
「でもおかげでちょっとやそっとじゃ負けてらんねえって思えるようになったよ。キツイことを一個乗り越えるたびにさ、ああよかったって思えるし、自分もそれほど捨てたもんでもねえなって実感するしよ。今のガキはその辺が曖昧になってるんじゃねえかな」
「ほお」
「だからよ、結局、本人が乗り越えるしかねえんだよなあ」
「そうかそうか。……このハゲ! 結局なんの答えにもなっていないぞ! まったく役に立たんな。くそお、どうすれば……」
「俺に聞くのが間違ってんだよ先生。先生なんだから頭いいんだろ、自分で考えなよ」
「私は元々戦闘タイプなんだ。脳味噌はおまえらとさほど変わら」そこまで言って自分が何を口走ったのかに思い至った天堂帝梨は、慌ててごほんと咳払いした。
「ま、まァいい。よし、親父の意見はわかった。一歩前進だ」
「よかったな先生。それで次はどうするんだ」
 天堂帝梨はガンモを食いながら答えた。
「親父の意見を聞いてわかった。人の意見はあてにならん。だから、本人の意見を聞くことにする」
「だからそれができないから困ってたんじゃねえの先生」
「なあに。母星を渡さぬとあれば衛星から攻めるまでよ。ひっく」
 天堂帝梨は赤い顔でにやにや笑った。



 ○



「というわけで、宙木雲雀の過去を洗う」
「洗うって……何をどうやって?」
 晩がげんなりした顔で肩を落とした。
「てんてー言葉足んないよ」
「過去は過去だ。晩、美鳥、おまえたちはそれぞれの人脈を駆使して宙木の過去を調べて来い。経費は私が持つ。ツケておけ」
「てんてー、よく考えてよ。ピロ下の購買だっててんてーのツケなんかじゃなんも売ってくんないよ」
「おまえなんてこと言うんだ。私のクレジットはおまえの予想よりもうちょい効くはずだ。――とにかくだな、相手の生態系を調べてから攻め込むのは対外戦において基本のキの字だ」
「キ印のキでしょ」
「黙れ晩! 私の言う通りにしないと――」
「あーあーもう、わかってますって。言う通りにしますよ。俺は先生の生徒ですから」
「それでいい」天堂帝梨は満足げに頷いてから腹を下したような顔をしている美鳥を見た。
「美鳥、おまえもいいな」
「あたしに逆らう権利なんてないんでしょ」
「そんなことな……ぞ?」
「あ、こいつ誤魔化してやがる。先輩、嫌なら嫌って言った方がいっすよ。俺たちだけでやってもいいんだし、そもそも保健室登校児と不登校児の気が合うんじゃないか説は瓦解したし」
 美鳥は首を振った。
「やるよ。……あたしがやらなきゃ」
「よしよし、その意気だ。晩、おまえは一年のクラスを当たれ。雲雀が来なくなった理由や、あいつの性格などの情報を片っ端から集めて来い。メモ帳とアンパンを忘れるな!」
「へいへい。てんてーのお望みとあらばなんとやらっす」
「よろしい。美鳥、おまえは宙木と同じ中学だった二年を当たれ。何か聞いているやつがいるかもしれん」
「保健室登校児にそういうこと言う?」
「…………」
「ほらあてんてーやっぱ先輩は巻き込まない方がいいってうぇぶっ」
 小うるさい男子を肘鉄で沈め、天堂帝梨はバンバンと美鳥の肩を叩いた。
「美鳥、おまえが私を宇宙人だと吹聴したことが、おまえと周囲の溝を作ることになったことは私も知っている」
「…………」
「何度も言っているが、もう一度言うぞ。――私は宇宙人じゃない。おまえにはどう見えていようとも、だ」
「…………」
「無理ならやらんでもいい。二年全員の出身中学リストは作ったから、話せそうなやつに絞ってみてくれれば助かる、程度の話だ。それに逆にチャンスかもしれんぞ、私が宇宙人だと言いふらかしたことは嘘だったと逆に吹聴しまくればおまえもいつまでも保健室になんぞ来なくてもよくな――」
 いつもより早口でまくし立てる天堂帝梨の言葉を美鳥は遮って、はっきりと言った。
「おまえは宇宙人だ」
「……。そう思うなら、それでもいい。好きにしろ」
 天堂帝梨はそう言うと、くるりと椅子を回転させて背を向けた。晩はおろおろするばかり、美鳥は親のカタキを見るような目つきで白い背中を睨みつける。
 天堂帝梨が言った。
「じゃあ、とりあえず晩、がんばってこい」
「てんてーはどこいくんすか」
「決まっているだろ?」
 天堂帝梨は背中でふっと笑い、
「私はここでおまえらが帰ってくるのをお昼寝しながら待っている!!」
 晩が連れて行くことになった。


 ○


「じゃ、とりあえず俺のクラスからいきます? 宙木の同中……誰がいたかなあ」
「はるかなんかどうだ? あいつなら話しやすいだろう」
 天堂帝梨が、出身中学のリストをぺらぺらしながら言った。
「あー、時任。でもあいつ記憶力悪そうだしなあ、宙木のこと覚えてないかもしれないっすよ」
「いや? そんなことないぞ。はるかは抜けているように見えて意外としっかり物を見ている」
「ですよね、俺もそう思ってたんですよーいやーそのー世の中には物の道理がわからんやつが多くて困りますなあ。わはは」
「晩」と天堂帝梨が怖い声で言った。
「な、なんすか」
「おまえのそういう調子のいいところは、結構好きだぞ」
「えっ、あっ、ちょ、てんてー? いまなんて? もっかい言って? てんてー!」
 身もだえしている晩を置き去りにして、天堂帝梨は晩のクラスの引き戸を開けた。昼休み中だったので、生徒たちは机を寄せ合って弁当を突いたりパンをかじったりしている。はるかはジグソーパズルを喰っていた。
「はるか」
「あ、てんてー! どうしたの? あ、晩くん。さっき貸したノート去年のやつだったねー。ごめんねー……」
「いいよ時任。死ぬほど恥かいただけだし。――ていうかおまえ何喰ってんの? 腹壊すぞ」
「あ、これジグソーパズル形のクッキー……ああっ!! なくなってるぅ~……なんでぇ……?」
「晩、ふぉまえ人のものふぉ勝手に食ふぇたりひたら駄目だお」と天堂帝梨は破裂寸前の頬をもぐもぐさせながら言った。それを見る晩の目つきは非行に走った娘を見る親父さながらの光を宿している。
「てんてー……」心なしかその声にも悲哀が満ちている。
 天堂帝梨はごくんと罪の証を飲み込むと、口を白衣で拭った。
「ふう。おいはるか、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「あたしのクッキー……クッキー……」
「嘆くな、クッキーは帰って来たりはせん。やつらの分まで生きろはるか」
「うう……。それで、聞きたいことって……?」
「ああ。ほれ、隣のクラスに不登校の男子がいるだろう」
「宙木くん?」
「そうだ。おまえは彼と同じ中学だったな。彼が学校へ来なくなった理由について何か知らないか?」
 はるかは目に見えて肩を落とした。あまり思い出したくない話題らしい。だがそれも、宙木を嫌悪してではなく、単純にネガティブな記憶だからだろう、伏せられた顔は悲しげだった。
「うん……あのね、みんな式に出てたから知らないみたいなんだけど」
 はるかは椅子をずって晩と天堂帝梨に近寄り、小声で話し始めた。
「あたし、実はあの日、遅刻して式出てないんだ」
「え、時任いなかったっけ」
「いなかったよー。晩くん緊張しすぎて貧血起こしてたから気づかなかったんでしょ」
「誰に聞いたんだそんなこと! ……真実だから忘れてくれ」
「晩の恥は捨て置け。で、はるか、続きを」
 はるかは頷いて先を続けた。
「あのね、あの日、あたしも詳しくは知らないし、誰にも言ってないからみんな知らないと思うんだけど……宙木くん、三神くんたちにぼこぼこにされてたの。十人くらいに囲まれて」
「あ、それはやばい」と晩が顔を覆った。「三神はやばい。うわあ、そりゃあ、宙木も来れなくなるわ」
 天堂帝梨が顔色ひとつ変えずに聞いた。
「原因は?」
「原因は、わかんないけど……なんか三神くんたちが言ってたのは、目がどうのとかなんとか」
「目つきか。……確かに彼は少々藪にらみなところがあったな」
「てんてー、宙木くんに会ったの? 元気だった?」
「いたって健康な身体をしていた」
「健康な……身体……? て、てんてー何したのっ!? 宙木くんにいったいなにを!」
「落ち着け時任! 頭から湯気が出てる!」
 暴れるはるかを晩が後ろから羽交い絞めにした。天堂帝梨はふふんと笑って、
「私は女医だからな。女医として当然のことをしたまでだ」
「女医として! 当然のこと!! うほわほあぁーっ!!!」
「時任、てんてーは喋ってるだけである程度相手の体調がわかるんだって! 女医だから! 女医だから!!」
 晩がなんとかはるかをなだめすかした頃には、すでに昼休みが終わりかけていた。クラス委員長の仙藤にオーバーヒートしたはるかを任せると、天堂帝梨は教室を去り、晩はあくびをしながら自分の席に戻った。


 ○


「さて美鳥、状況報告といこうか。きちっと仕事はしてくれたんだろうな?」
 放課後。保健室で美鳥は椅子(のような生き物)に座って天堂帝梨を睨んだ。
「まあ、一応。――そっちは?」
「なんとか言ってやれ晩」
「俺すか。――や、なんか話聞いたらちょっと可哀想になったスね。三神たちに初日からヤられてたみたいだし。ううん、諸行無常の学校生活」
「そう、雲雀はかわいそうなやつなのだ。やっぱり私らが救ってやらねばならんようだな。三神を殺そう」
「戦闘民族すぎるだろその発想は……で、先輩、そっちはどうでした?」
 美鳥は喉に骨が刺さったような顔をした。
「最悪」
「え?」
「調べれば調べるほどあのなんとかってやつのことが嫌いになった」もはや宙木のその字も言いたくないようである。
「あいつ、中学のとき動物虐待してたんだって」
「どっ――」
「それは聞き捨てならんな」天堂帝梨が椅子の上でぷらぷらさせていた足を宙で組んだ。
「詳しく聞かせてくれ」
 ひょっとすると自分の胸のうちにだけ抱えているのは美鳥も嫌だったのかもしれない。ぽつぽつと話し始めた。
「あたし、あんまり詳しくないけど、エアガンってあるでしょ。男の子が好きなやつ。……宙木の近所に住んでるっていうあいつと同中の子に聞いたんだけど、宙木、それで家の窓から猫撃ってたんだって」
「……マジでか」晩の顔が一発で曇った。
「うわあ」
「なんかあいつんちの近所、昔から犬とか猫とかの死体が転がってることが多かったって話、あたしもそういえば聞いたことあるなって思って。……ねえ千代崎、男の子ってみんなそういうもの?」
「まさかでしょ。いやちょっと信じらんないな……ええ? それガセとかじゃなく?」
「五人に聞いて五人から似たような話が聞けたわよ。むしろあたしが知らなかったことが逆にへこんだ」
 そう言う割りには保健室登校の身の上で五人から話を聞きだしている美鳥はため息をついた。
「そこの宇宙人が関心を失ってくれればと切に願うわ」
「ふむ」宇宙人呼ばわりされた保険医は食ったものの味でも確かめているような顔をして、
「しかし、まだ本人から話を聞いたわけでもないからな」
「本人が白状するわけないでしょう」と美鳥。
「今回ばかりはさすがに先輩の味方をせにゃならんすわ俺も」と晩。
 天堂帝梨は思わぬ反撃で意外そうな顔になった。
「そうか? 意外と本音で喋ってくれるかもしれないじゃないか。駄目だったらその時だ。よし、もっかい宙木の家を家庭訪問してこよう」
「まじすか? そのバイタリティを保健室業務に当てた方がいいと思うんだけど」
「右に同じく」
「おまえらわかってないなあ」天堂帝梨はにへらと笑って、
「私の予感では、今度こそお茶が出て来る気がするんだ」
 どうして粗茶にそこまで拘るのか美鳥にも晩にも理解不能だったが、鍵もかけずに(しかし鍵などないのだが)保健室を飛び出していった天堂帝梨を追いかけないわけにはいかなかった。天堂帝梨は放っておくよりも視界に収めている方が安定している傾向がある。
 だが、その時は遅かった。
 三神とその取り巻きがちょうど運悪く、保健室の前の廊下を通りかかったところだったからだ。
「おやおやおやあ?」三神は自慢の背丈で馬鹿と女医と保健室登校児を睥睨した。
「なんだか仲間が増えてるね、てんてー」
「うるさいばか死ね」
「天堂先生、教師としてその発言はどうかと思う」と言ったのは歩く日本人形こと左池。
「そうだよ! 拳だってたまには傷つくことだってあるかもしれないのに」とフォローをかけたのが男子からケバいケバいと悲惨な評価を頂いているケバい女の右飼。
「なるほどね」
 三神がにやにやしながら言った。
「生徒で言うことを聞きそうなやつを見繕って、宙木を引っ張り出そうって魂胆か。甲斐甲斐しいねえ、教師の鑑だよほんと」
「まあな」
 むふーと鼻息を荒くして頷く天堂帝梨に晩がチョップをくれた。
「てんてー! 素直に賞賛されてる場合じゃないっすよ。ここは教師としてびしっと……」
 晩は三神がじっと自分を見ていることに気づいて押し黙った。視線で首を絞められたのは初めての経験である。
「ははは、あんまり使えそうな手駒じゃないね、てんてー」
「晩も美鳥も私の手駒じゃないぞ。私が自由にしているだけだ」
「手駒よりももっとひどくねえか」
「そんなことよりもだ三神、おまえ、入学式の日に宙木をいじめたそうだな? それも寄ってたかって大人数でぎったんぎったんにしたと聞いているぞ」
「まさかぁ。知らないよそんなの。見間違いか何かでしょお。誰が言ってたのそれ? 俺が自分でお話ってやつをつけてくるよ」
「なあ三神。聞いていいか」
「なにかな」
「おまえ、ひょっとして雲雀に彼女でも取られちゃったのか?」
 その場にいた全員が唖然とした。鉄仮面のように無表情の左池ですら眉を上げていた。
 三神のこめかみに血管が浮かんだ。
「……俺、そういう冗談キライなんだよね。てんてー、デリカシーってやつが欠けてるらしいな?」
「デリカシーだかなんだか知らないが、そうとしか思えんな。どうして同じ種族なのに喧嘩したりするんだ? べつに食い物に困ってるわけでもなし、だったら性のライバルを蹴落とそうとしてるのかなと考えるのは生物学者として当然のことだ」
「いつからあんたは生物学者になったんだ」
「うるさいばか、私がそうだと言ったらそうなんだ! ――で、どうなんだ? ん? もしそうなら私が間に入ってやってもいいぞ。まァ雲雀の方が小鳥みたいな顔をしているしな、おまえはちょっと残念な思いをするかもしれないが、それもひとつの成長物語――」
 とうとう三神が天堂帝梨の長口舌に音をあげた。拳を握って思い切り壁に叩きつけ、掲示板の張り紙がばらばらと落ちた。
「おい、いい加減にしとけよ寸胴。誰が誰に口を聞いてるんだ」
「教師が生徒にだ。おまえも口には気をつけた方がいいな。いま誰かが通りかかっていたらどうするつもりだったんだ? 運がよかったな、おめでとう。わかったらさっさと行け。私は忙しいんだ」
 三神はまだ何か言いたげに口をもごつかせていたが、やがて不敵に笑って終わらせることを選んだ。いくぞの一言もなく二人の女子を連れて廊下の奥に消えた。思い出したように部活動の音が周囲に蘇ってきた。
「びびった」晩は胸に手を当てた。「殺されるかと思ったぜ」
「何を馬鹿なことを」と美鳥は鼻を鳴らした。心なしか得意そうだ。
「人間じゃない、所詮」
「そんなセリフを高校生活で聞くとは思わなかったっすよ先輩。……てんてー、まだ宙木に関わる気っすか?」
 せっかく打診してみたのに、何言ってんだこいつみたいな顔をされ、晩はがくりと肩を落とした。





(解説)


 はるかちゃんは俺の萌え萌えヒロイン講座の犠牲になったのだ。
 ちょっとでも女性陣が魅力的だと思ってもらえることがあれば、この話は成功だったのでしょう。

       

表紙

顎男 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha