Neetel Inside 文芸新都
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 高校生活は、無駄極まりない。つまりは、俺のような人間にとって学校は無駄な時間を消費させられる場所でしかないのだ。クラスで話す人間が居ない、身の置き場がない、勉強なんか自習の方が捗る、部活に所属していない。そんな人間に学校は厳しい場所だ。下衆しか居ない場所なんか俺の居場所じゃない。掃き溜めに鶴とまでは言わないけれど、烏合と交わり合いたくなんかない。
 早く高校生活を終えて大学に行きたい。大学だったらもう少しマトモな人間に絞られるだろうと、希望を持つことで今を生きる。
 イヤホンから今度歌おうと思っている歌が流れてくる。多少早口な所があるから、滑舌と音程に気を付けて、ここのハモリはどうするか、とぼんやり考える。周りから朝なのにテンションの高い声が聞こえる。ガチで、やべぇ、うける、お前らは言葉を三つくらいしか知らないのかよと溜息をつく。高血圧なのだとしたら、全員脳出血で死んでしまえ。
 歌うという一点において、俺は俺を保っている。某動画サイトで歌い手という奴になって早数ヶ月、凄いマイリス数を記録した一動画を機に、俺の名前は多少周知された。それで生放送をやってみたり、ツイッターをやってみたりしたところ、多くの人が俺に声をかけてくれるようになった。学校で爪弾きに合っているのに、学校ではほとんど喋れないのに、俺の声を聞いて好きになってくれる人間が大勢居る場所、それが俺の本当の居場所だった。だからこそ、学校はゴミで、屑で、下らなくて、無駄だ。


 十月上旬。後期も始まって一ヶ月経ち、夏休みボケも冷めてきた頃。丁度体育祭も終わり普段に戻り始めた頃、俺のクラスに季節外れの転校生が来た。
 前日から話題になっていたそいつは、先生に連れられて教卓の横に立った。
「平田理沙です。よろしくお願いします」
 簡素な自己紹介の後、にこっと笑っただけでクラス中が沸き立つのがわかった。
 平田理沙という名前の美少女だったからだ。全てのパーツが小さく、白いのに目だけ大きく、整った顔をしていた。細長い足は短いスカートに似合っていた。クラスのブス共はあれを見て何か感じてくれないものか。お前らの大根足なんて見苦しさしかない。
 担任のハゲは平田さん視力は大丈夫かな、と幼稚園児に話しかけるような声で聞き、一番後ろの端、俺の隣に彼女を配置した。一気に視線がこちら、いや俺じゃなくて彼女だろうが、に集まる。
「よろしくね、えっと、名前教えて?」
「…………内間」
 ぼそっと呟くと、彼女はよろしく内間君と再度挨拶をした。俺は無言で会釈をした。
 確かに美人だ、芸能人で居そうな顔をしている。何だっけ、よくまとめサイトとかで取り上げられている子。その子に似ている。ただ俺とは関わりあうことは無いだろう。隣の席ってだけで因縁つけられる可能性だってある。理不尽な話だ。
 そのまま特に会話は続かなくて、授業が始まった。俺はぼんやりと先生の話を右から左に聞き流しながら、ノートに歌詞を書いた。歌う予定のやつだ。歌詞は暗記しないと。その歌詞を消して、今度は落書きをした。某キャラクター、所謂俺の嫁というやつだ。書きなれたそれは当初に比べれば幾分か上手くなった。
 チャイムが鳴って、俺は急いでそれを消した。さらば嫁。結構上手く書けたのに。
 休み時間になると俺の隣、彼女の席に男女それぞれ派手な奴等が群がった。どこから来たのー、部活どこ入るのーだとか、それ知ってどうすんだよと悪態を吐きたい質問が続き、机から立ち上がった。騒がれるすぐ横に居るのは不快だ。トイレ行って多少時間潰して来よう。
 トイレに向かって歩いている途中、後ろから、ねぇ、待って、という声が聞こえた後、内間君という声と共に肘の辺りの制服を、それと共に肘の肉を掴まれた。一瞬腕が、全身が震えた。
 振り向くと、平田理沙が立っていた。廊下を歩いている生徒の多くがこちらを見てくる。何の用だ、お前に声をかけられることで俺まで注目を浴びてしまうじゃないか。
「あの、内間君って、東方とか好き?もしかしてニコニコとかイケる人!?」
 笑顔でそう聞かれて、何を言っているかわからなかった。彼女のような人間から飛び出す言葉じゃないものが飛び出してきた。必死に頷くと、彼女はマジで!と笑顔で喜んだ。
 何が起きているのかよくわからなかった。何故この女は俺に話しかけているのか、何故笑顔なのか、何故話しかけて喜んでいるのか。廊下で固まっている俺は周囲から奇異な目で見られているだろう。
「あのね!私もニコニコ好きなの!ニコ厨と出会えてガチで嬉しい!」
 彼女はそんな俺の様子も気にせず一方的に話しかけてくる。だから嫌なんだよこういう系の女は。俺はこう注目されるのが嫌いなのに。
 彼女が興奮して色々話しかけてくる言葉に相槌をうっていたら、急にごめんねと言って俺は解放された。周囲の目も少し離れたところで、バツが悪いながらもトイレに向かう。用を足している間は気が気じゃなかった。どう教室で避けるかが問題だと思った。
 俺だってあんな可愛い子に近づいて来られれば嬉しいが、教室での立ち位置を考えると、微妙だ。彼女と共にうざい奴らが俺を囲ったりしたら不愉快この上ないことになる。あいつらの思考回路は理解不能だから近寄りたくすらない。

「あー俺はDクラ羨ましいけどなー。何あの可愛い子、久しぶりに三次元良いかもって思いそーになった」
「思ってねーんだ?」
「思ってねー」
 高原康友は笑って前歯をむき出しにした。彼の前歯は彼の顔に似合わずはみ出ている。矯正すりゃいいのにと思うが口にはしない。
 結局あの後平田理沙は終始クラスの奴らに囲まれて、俺の元に来る事は無かった。放課後には他の女に引きずられるように体育館に向かっていた。えー理沙バスケしてたのー?、じゃー一緒一緒ー、マジで、平田バスケ部入んの?俺もバスケ部!、セージうっさい、こいつガチでうぜーから気ぃ付けなよ理沙ー。数時間で呼び捨てにまで進化するあいつらは凄い、新人類、未知生物だ。イヤホンの隙間から聞こえる雑音に溜息をついて立ち上がって、康友と一緒に学校を出た。
 俺が学校で話す唯一の友達。クラスは隣で体育とかは一緒になるがそれ以外は別々だ。一年の時も隣のクラスで仲良くなって、二年の文理選択時に別れてしまったが、結局は隣のクラスになった。朝と夕方、駅までの十五分は何かお互いに予定が無い限り一緒に帰る。俺も康友もクラスに友達は居ない。康友は話す奴くらいは居るみたいだが。二人共帰宅部で、二次元が好きで、ゲームが好きで、ネットが好きで、要するに引きこもり体質だ。
 きっと康友も何かで自分を保っているんだろうと勝手に思っている。康友にさえ歌い手の事は言っていなかった。ただ互いに知っている。俺は良い声をしている事、康友は凄いギターが上手い事。友達が居ないためにカラオケには行かず康友以外知らないこと、他に目付けられるのが嫌でギターを学校には持ち込まず俺以外知らないこと。
「ガチいい加減にして欲しいんだよな、明日話しかけて来たらどーすりゃいいんだよ。俺の立ち位置壊すなつー話だよ」
「ああいうリア充は理解してくんねーよ、聖也ごしゅーしょーさま」

「おはよう、内間君!」
 昨日の懸念通り、席に着いてすぐ話しかけてきたのは平田理沙だった。俺が来たのを見計らって女の集団から抜け出て来たみたいだ。大人しく会釈すると、彼女はちょっとだけ物怖じして、一呼吸くらい空白があってから、笑顔に戻った。廊下で付けたイヤホンを外す。
「ねぇねぇ、内間君はどんな音楽聞く感じ?何聞いてたの?理沙は懐古厨だからさーやっぱ名曲最高って感じで!うん、で内間君どんなの聞く?ボカロ?アニソン?東方?それともロキノン系のやつとか?」
「……まぁ、全般的に……」
 こんな所でボカロとかアニソンとかいう単語口に出す神経がわからない。目を机に向けて鞄から教科書を取り出しながら答えると、右端にスカートがちらちらと見える。
「そっか、全体的にわかる感じ?最近ハマってるのとかある?」
「いや……特には」
 俺が広がりようのない返答をしておいたのに、彼女は次々と話しかける。適当に相槌のようなものを打っているだけで、話は広がっていく。彼女の今はまっているボカロ曲、好きなP名、今期チェックしているアニメ、東方の好きなキャラ、すらすら出てくるその姿に本当に好きなんだなと疑いを捨てる。鞄の中身を出し終え、席に座った俺は目を反らす道具が無くなって、彼女の首元を見つめる。流石に目は合わせられないし、胸元を見ていたらキモい等言われかねないからだ。白い首が面白いように動く。彼女は机に手を付いて、覗き込むように話を続けた。
「でね!マイリス管理して……ってごめんね、何か凄い理沙ばっかり喋ってるね、もうすぐ予鈴だし!つい嬉しくて!今度遊ぼうよ、アキバとか行こう!」
「……はい、機会があれば」
「うん、また声かけるね!」
 女の集団に戻っていく姿だけ見れた。笑顔で手を振っていて、そんなに俺との会話が楽しかったのかと、とりあえず解放されたことに一先ず安心する。すぐにイヤホンを付け直した。ボリュームを上げる。絶対あの女集団が俺の事を何か言っているのがわかるから。ヲタクキモくないとか、暗いとか、デブとか、不細工だとか、随分な事を言ってくれているに違いない。うるせぇよ公衆便器の性格ブスが。
 
 次の日の休み時間も平田理沙は来た、好きな歌い手の話をした。その次の日も平田理沙は声をかけてきた。その次も、その次も、その次も。俺は平田理沙の好みと携帯とフェイスブックのアドレスと癖を把握した。流石に土日はメールを何通かやり取りをするだけだった。絵文字が沢山入ったメールは今まで見たどのメールよりも輝いていた。そんな彼女に捕まって、大分学校での生活は様変わりしてしまったのだが、学校のある間はあまり呟かないようにしていたのなんかが幸いして、俺のオンでの活動に支障は無かった。
 土日はそんなメッセージを横目に録音をして、新曲をアップした。直ぐに数十のマイリスが付いて、徐々にマイリス数は増えた。これから先の休み時間なんかは再生数とマイリス数の確認、通知メールで少しは楽しみが出来る。

       

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