Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

「おっまたせー」
「席取りしてもらって悪いな」
 鞠乃と正也がそれぞれ手にトレイを持ってこちらにやってくる。ドリンクのカップを三つ載せているのは鞠乃。ケーキやら何やら食べ物担当は正也だ。
「志弦ちゃんはキャラメルラテであってるよね?」
「えぇ、そのつもりで頼んでたよ」
「食いモンの方はどれが誰のだ?」
「あたしがショートケーキ、志弦ちゃんはティラミスだよー」
 ドリンク一つプラスケーキ一つ、セットで五百円。飲み物だけ頼むにも味気ないし、ケーキだけというのも口が飽きてしまうため、ここに来たときは二点セットで多少リーズナブルな値段になっているコレを頼む。キャラメルラテとティラミスは私がよく注文する組み合わせだった。
 対する鞠乃もショートケーキにストロベリーミルクといつものパターン。いちご好きで甘党な鞠乃がこの店に初めて来た時、名前だけで即決したペアである。
「わー、いつもと同じやつ頼んだのにすごい久しぶりに食べる気がするー」
「確かにお馴染みのやつだけど、実際ここずっと来てなかったから本当に久々なんじゃない?」
 下手したらかれこれ一ヶ月振りぐらいになるかもしれない。
「前は結構通ってたのか?」
「うん。志弦ちゃんがバイト休みの日とか、学校帰りに必ず寄ってたりしたよねぇ」
「どうりですらすら注文できるわけだ……」
 そうこぼす正也は喫茶店に不慣れだったのだろう。カウンターに立ったところからやけに手間取っていたのをこの席からずっと観察していた。隣で鞠乃に諭されたのか、同じくお得なセットにしたようで、彼の席にはシュークリームと小さなマグカップが置かれている。
「……エスプレッソなんて飲むのね、正也」
「え、何かまずいのか、コレ?」
「飲めば分かると思う」
 催促して口に運ばせてみる。何も知らないでエスプレッソなんて飲んだらまぁ、
「うおっ……すっげぇ苦い……」
 予測できる結果だった。
「わぉ、まさやんエスプレッソ飲んだことなかったんだ」
「知ってたなら事前に教えてくれよ……」
「やー、飲み物の方はすらすら注文するもんだからてっきり。へへ」
 一度、名前の字面だけを見て興味を惹かれてしまった鞠乃が、どんなものか店員に聞きもせず注文したことが一度だけあり、甘党の彼女が一舐めでギブアップしたという経歴がある。
 可哀想だったのでその時は私が自分の飲み物と交換してあげたが、アレは私も少々苦手だ。苦いだけならともかく酸味などコーヒーの味全要素が濃いため、一口毎に舌が萎縮し難儀させられた。
 あの記憶があるので、鞠乃の時と同じように代わってあげようという気は全く起きなかった。
「だいじょーぅぶ! いくら苦くたって甘いもの食べれば平気平気! さ、ここのシュークリーム美味しいから食べてみてって」
「あ、おぅ」
 そう言って、素手でつかみシュークリームを口元に運ぶ正也。
「……お、美味い」
「でしょでしょー? まさやんのおやつ盗むの我慢してあげるから頑張れ!」
「デザートと合わせるとエスプレッソも悪くねー気はするなぁ……でもコレ取り上げられたら飲みきれねーや」
 甘いモノは正義思考で正也に無理強いする鞠乃。因みにケーキをもってしてもエスプレッソを攻略できなかった教祖がそこにいたりする。
「……ねーまさやん、やっぱり一口だけ」
「いや、少しでも減ったらバランスが崩れちまう……勘弁してくれ」
「うぇーまさやんのいじわるー」
 和気藹々とした二人のやりとりを間近で見て、喫茶店本来かくあるべきゆったりとした雰囲気が場に満ちているのだが、反面私の心はざわついている。
 さっきまで遠くからにこやかに眺めていられた彼女らなのに、目の前で見せつけられるようにやられただけでこうも気の触れようが変わるだなんて自分でも驚きだ。
 そのまま和やかな雰囲気でトントン拍子にと望む気持ち。あまり鞠乃と親しくしないでほしいと未だでしゃばる本心。二人だけで進められる会話に感じる入りづらさと孤独。前からそうなのだが、この二人が仲よさげに話していると私が割って入る隙間がほとんどないように思えて仕方ない。
 色んな気持ちがぐるぐると巡り巡って、それをなるべく意識の外に追いやろうと他のことに集中して、いつの間にか正也はおろか甘党鞠乃をさえも凌ぐスピードで、ティラミスとキャラメルラテを空のコップと皿に変えてしまっていた。
「た、食べるの早いんだな」
「そ、そうかしら」
 正也が若干引いている。無理もない。自分でも引くぐらいの速度だった。味とかまるで感じなかったし、食事というよりは作業に近い。
「ぶー。女の子にそんな台詞タブーでしょーまさやん」
「あぁいや別にそんなつもりは、すまん」
「志弦ちゃんはですねー。放課後あたしと一緒に図書室でお勉強してたんですよー。頭使うとお腹空いちゃうでしょー?」
「おー熱心なんだな。でもそうだったならカフェじゃなく、もうちょっと量食べられる店にいけばよかったのに。言ってもらえればついていくし」
「そーいう問題じゃなーい」
「つっ!」
 正也の額に、鞠乃のチョップが入った。
「ふっ」
 思わず笑い出しそうになって必死で堪える。よもや、鞠乃にこんなフォローを入れられる日が来てしまうなんて。
「別にお腹空いてたわけじゃないよ。考え事してただけ」
「ほんとにー? あたしはすっごいお腹空いちゃってたけど」
「私のせいで鞠乃も一緒に勉強する羽目になっちゃったものね。御免ね」
「やーんそういう意味じゃなくって」
 鞠乃を懸想するあまり、学業にも支障が出てしまっているのは事実だ。それで同時、鞠乃に迷惑をかけている。
 そういう意味からしても、私は鞠乃から離れるべきなのだ。
「でも志弦ちゃん、最近様子が変なこと多いよね」
「えっ?」
「この前も珍しく授業サボったりなんかしちゃってさー」
「何だそれ?」
「あーいや……」
 無意識の早食いからとんでもない会話の発展をさせられた。
「ねーねー、もしかして最近何かあったりしたのぉ?」
「いや、何もないけど……それにあのサボりは何でもないってこの前説明したじゃない」
「志弦がサボり? そんなことするんだな」
「でしょー変でしょー?! ホラ、まさやんだっておかしいって言ってるもん」
 鞠乃の言いがかりみたいな語気の強い台詞に、私は機械的に、
「だから心配しすぎよ。何でもなかったって」
 と返すことしかできない。
「じゃあ、何であの日サボったりしたのぉ?」
「あー……」
「あたしにも、答えられないこと?」
「そういう事じゃなくて」
「さっきケーキ食べる時も考え事してたって言ってたよね。何か……心配事がある、とか?」
「いやそんな……」
 何気ない一言が失言になるとは。こちらから言わせれば、鞠乃が珍しく洞察力を働かせていると驚く場面である。
「悩みがあるなら聞くよ? 今ならまさやんもいるし、話しちゃったほうが」
 怖いのは、おちょくりでもからかいでもなく、心の底から心配してるんだよ、といった視線でこちらを見上げてくる鞠乃特有の純粋さである。そんな目で見られたら、本当に何もなくても言葉に詰まってしまう。
 そんな私の様子を見て彼女はますます眉尻を下げ、こちらに身を乗りあげてくる。
 その狭い肩を、手でなだめてやる。
「大丈夫。平気よ」
「……本当に?」
「えぇ。つらくなんてないもの」
 悩みは、ないわけではない。
 けれどそれは絶対に、鞠乃にだけは言えない私の秘密である。
「ごめんね正也、変な感じにしちゃって」
「え? いや、本当に大丈夫なら言うことはねーけどさ」
 正也も居心地が悪かったろう。私はずっと内心でヒヤヒヤしていたが。
 鞠乃の方は、まだこちらを心配そうな顔を浮かべてじっと見ていた。とことん心配性な鞠乃に笑ってしまう。この子を安心させるために表情そのままで、
「急いで食べ過ぎたかもしれない。ちょっと私、席離れるわね」
「あ、うん。分かったー」
 鞠乃にはトイレに行ってくると伝わるよう言い残して、そそくさとその場から立ち去った。
 実際に腹痛がするわけではないが、あの目で見続けられているのは精神的に堪える。少し間を置いて戻れば一段落はつけられるだろう。
 まぁ、席を離れたかった一番の理由は、誰よりも私が落ち着かずじっとしていられないからなのだが。

       

表紙
Tweet

Neetsha