Neetel Inside ニートノベル
表紙

秋の夜長の蜃気楼
三.

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 三.
 クラスが違うため日がな一日ずっと一緒にいられるわけでもないし、練習がある時はあるので毎日下校を共にすることもできないが、それでも以前より鞠乃と正也の交友時間は格段に増加した。
 正也の気遣いで朝に迎えに来てくれる日も増え、一緒に登下校できる時は鞠乃と二人して楽しそうに談話している。それを私が後ろで、という位置取りは最早お馴染みであった。
 小さい頃からの顔見知りといえど、会話の機会が減れば次第と縁遠くなるものだと思うのだが、鞠乃についてはそんなことお構いなしのようですっかり当時と同じ調子で馴染んでいた。
 逆に、疎外感を抱いているのは私の方だったりする。
 こうして二人と距離を取っていると、彼女らが何を話しているかの仔細がまるで掴めないのだ。会話の一部、特に鞠乃が大振りな仕草を混じえての驚嘆の声なんかは聞き取れるのだが、単語一つ一つ全部までは把握してないので、結局文脈が繋がらない。
 更に最近は何やら聞かれたくないのか、顔を寄せ合ってぼそぼそ小声で話す様子も伺える。そんなことせずとも最初からこちらまでは届いてないから大丈夫なのだが、それでも声を潜めて話したい時というのもあろう。誰かの耳に入るのが後ろめたい話題だったり、だ。
 時折どちらからともなく私の方へ振り返ってもらっても、小首をかしげて答えることしかできないこの状況に、少しばかり孤独感を得ずにはいられなかった。
 鞠乃も鞠乃で、例の夜のことについて何一つ言及してこない。
 あの夜。私が半ば意固地になって鞠乃を暗闇の下一人にさせた夜のことだが、叩きつけるような絶叫を胸にぶちまけられ、気絶したように倒れかかってきた後、そのままお姫様抱っこの要領で部屋まで運び、一向に起きる気配がないのを確認してからブレザーだけ脱がせてそのまま寝かせてしまったのだ。
 私の方は罪悪感と自己嫌悪で眠気など全然湧かず、とりあえずのまかないで空腹を満たしてからは、何となく寝室に行きづらくてリビングのチェアにもたれかかったままでいた。鞠乃に対し暴挙とも言える子供じみた振る舞いをした自分が憎らしくて恐ろしくて、電気も付けずずっとぼんやりとしていたのだが、秋の冷え込みは中々に堪えるものがあり、寝床も鞠乃が眠るベッド以外なかったので、食事で使うローテーブルにメモを書き置いてから結局そのベッドに潜り込んでしまった。
 いつの間にか眠ってたらしい私は、起きた隣に鞠乃がいないことに気付いて、昨日のことを口頭でも謝ろうとして飛び起きたのだが、キッチンには前日まるで何もなかったかのように自然と振舞う彼女がいて、言うにも言えず今のまま来ている。その時メモはテーブルの上から消え去っていたのでこちらの意思は伝わってはいると思うのだが、ああまで無反応でいられるのもちょっとばかし怖い。
 酷い事をしたと本当に思ってるし、鞠乃もきっとご立腹のはずなのだが、糾弾されるべき事に無言を貫かれると加害者側の身がもたないのである。怒っているならはっきりと不服を言ってもらいたいし、その折にしっかりと謝罪したい。のだが、こちらの思いを知ってか知らずか鞠乃はそれをさせてくれなかった。
 怒りのあまり一周して呆れが生まれたのか。裏切られたと思ってもう何も期待すまいと平常を装っているのか。考えれば考えるほど、普段通りの彼女がよそよそしく見えてしまって辛い。
 ココまで回想して、あまりの情けなさに苦笑してしまう。
 まるで、子供の拗ね言だ。
 自分で決めたことぐらい、責任持って後悔せず突き進んでみせろと思う。その結果、愛する人が自分から遠のいたり、嫌われることになったとしても、盲目的なまでにただ一つの目的を達成することに躍起になるべきだ。
 弱音など、そこには許されない。
「しーづっるちゃんっ!」
「ひゃっ!」
 漠然と前方を見やりながら歩いていたので、いつの間にか懐付近まで来ていた鞠乃に全然気付かなかった。そこから軽く飛びつかれたらびっくりしてしまう。
「ど、どうしたのよ急に」
「えへぇ。なーんかびっみょーな顔してたからさ」
「ん……そんな顔してた?」
 無意識の内に表に出ていた苦笑が、色んな思考の末に変化するにつれ何ともつかない表情になっていたのだろうか。誰も見てないだろうと気が緩んでいたのは失態だが、それを見逃さない鞠乃の目ざとさも相当なモノだ。
「変な顔してると、気持ちも変になっちゃうよ。もっと笑うのさー。明日は遊園地ですよぉ?」
「……えぇ、そうね」
 言ってから深く息を吐くと、自然とこめかみがすっと軽くなった。
 こうも天然を貫かれると、色々思い悩む方が何だか虚しくなってくる。最近は無駄に長く深く考え込んで空回りに終わってと繰り返していたからかより顕著だった。だから沈みっぱなしの心を引き上げてくれる意味で、鞠乃を見て話していると気が晴れていい。
 右腕に抱きついた鞠乃が、そのままブレザーの袖をくいくいと下に引っ張る。何事かと、耳を彼女の口元へ寄せていくと、
「あの日のことだったら、怒ってなんてないよ」
「う」
「あたしのことを思ってやってくれたんだろうなって分かるし、その後ちゃんと、ぎゅーって褒めてくれたでしょ? すっごい嬉しかった。感謝してるよっ」
「あぁあの、アレは――」
 弁解する間もくれず、そのまま右手を掴んで正也の待つ先へと引っ張る。後ろ歩きをしながらこちらへ手を振ってる彼の顔にも、軽く笑みが浮かんでいた。
 先程の鞠乃天然発言は、撤回しようと思う。
「とうっ!」
「ふ、っと」
 鞠乃のファーストタッチがタックルだと学習したのだろう。左腕に飛びつかれた正也は受け流すように慣性を乗せて腕を上げ、余裕綽々といった感じで手を握り返している。私もまだ鞠乃に手を繋がれたままなので、彼女を中心とした横列三人の小隊が組まれることになった。勝ち誇ったような、堂々とした顔で両手を掲げる鞠乃。高校生になってコレはちょっと恥ずかしいモノがある。
 でも、
「何か、懐かしいね」
「あぁ。こうやって帰ったりしたよなー俺ら」
「はっはー」
 数年振りの再編成だ。当時と比べると、両サイドと中央との身長差がまた開いた感じで、精一杯腕を振り上げた鞠乃の手がようやく私の肩に来るぐらい。その点に手を合わせるには、肘を折ってやらなければいけなかった。
「明日だねー明日だねぇあっしたっだねーぇ!」
「何だかんだで楽しみなんじゃない。初めは遠慮してたくせに」
「えへへ。志弦ちゃんには何か別の形でお返ししないとですねー」
 嬉しいことを言ってくれる。鞠乃のことなので食事の献立か何かだと思うが、彼女の作る料理が日毎美味しくなっていることを思うと期待もつられて膨れ上がる。
「ふふん、何作ろっかなー」
「私煮物がいいな。鞠乃の味付け凄い好きなの」
「そう? じゃーそうだねぇ……」
「へぇ、お前ら二人の飯って鞠乃ちゃんが作ってるんだ」
 さり気なくリクエストを出していると、正也が話題に乗っかって来た。
「うん。志弦ちゃんは出稼ぎ担当、あたしは主婦担当!」
「何か、凄い役割分担だな」
「やめてよ、そんな本格的な話じゃないから。私がただバイトしてるせいで、家事はほとんど鞠乃担当になっちゃってるだけで」
 誤解を招きそうな鞠乃の台詞に思わずビクリとさせられる。
「でもとっても助かってるよー。申し訳ないぐらいだもん」
「そんな気にすることでも」
「だからせめてあたしが家のことしっかりやって、美味しいご飯作っておかえりしてあげないとね!」
 こちらこそ、鞠乃のそのスタンスにとても助けられている。
 正直、両親の元を離れるとき、ちゃんとやっていけるのか不安だったのだ。掃除洗濯はまだしも毎日三食の料理のことまで頭が回らないのではと、寮に移り住む前から気が重かったことを覚えている。だがそんな心配はこの通り鞠乃が解消してくれた。
 それを受けて私も何か、と思って取り掛かったのが金銭問題だったりする。つまり鞠乃の御恩に私が感謝して奉公しているので、鞠乃の言い様では始点が逆なのだ。
「楽しそうだな」
「えぇ」
「そりゃもうねぇ。たっのしーよぉ!」
 こうして私たち二人の生活は上手く回っている。
 そんなことを話していると、ふと鞠乃がこんな提案を出してきた。
「今度まさやんも家来るといいよ。放課後暇な日が多いんでしょ?」
「暇、って……まぁそうだけど」
 鞠乃が家の敷居を跨がせるまで積極的だったことは過去あまり例がない。勿論、正也が朝迎えに来てくれるととびきり喜ぶ彼女だが、自分から家に誘ったことはそんなにないんじゃなかろうか。
「よーし決定だね! その日はあたしがまさやんの好きなおかず作ってしんぜよう!」
「いやちょっと待って、悪くないか、なぁ」
 と、伺うようにこちらを向かれても反応に困ってしまう。迷惑だから来ないでくれ、だなんて立場上言えるわけがない。
 まぁ事実、邪魔とも思わないし、鞠乃がここまで正也を気に入ってくれたことは喜ばしいことだ。それを断る理由なんてそれこそない。
「来たらいいじゃない。歓迎するよ」
「ホラぁ、言ったじゃん!」
 家の決定権を全て握っているかのように話す鞠乃。今件に関して言えばそれで大体合ってるのだが。
 正也は空いた手で頬を掻きしばらく考えた後、
「……じゃあ、今度お邪魔させてもらおう」
「おっけーぃ! 絶対だよ! 絶対ね!」
 こうして、我が寮への正也来訪が決まったのだった。
 その後は学校下から当校への坂を登る道中、正也はどんなおかずが好きか、遊園地はどのルートで回ろうか、なんて話で盛り上がっていた。

       

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